百年の散歩

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 356
感想 : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104361052

作品紹介・あらすじ

わたしは今日もあの人を待っている、ベルリンの通りを歩きながら。都市は官能の遊園地、革命の練習台、孤独を食べるレストラン、言葉の作業場。世界中から人々が集まるベルリンの街を歩くと、経済の運河に流され、さまよい生きる人たちの物語が、かつて戦火に焼かれ国境に分断された土地の記憶が立ち上がる。「カント通り」「カール・マルクス通り」他、実在する10の通りからなる連作長編。

感想・レビュー・書評

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  • ベルリンのあちこちの通りで「あの人」を待つ。
    けれど待ち人はなかなか来ない。
    来ない「あの人」を待ちながら、のんびりムードでそぞろ歩きしながらの連作短編集。
    目に止まった景色や周囲の人々の観察、街の歴史に思いを馳せながら。
    百年前にトリップして空想に浸ったりして。

    言葉遊びのような文章が楽しい。
    日本語、ドイツ語、フランス語等多様な言語が踊り出す。
    韻を踏んだような言葉遊びにニヤリとなる。
    私はベルリンを訪れたことはないけれど、一緒に散歩した気分になれた。
    百年前に建てられた建物等をゆったりと見ながら、百年前に思いを馳せながらの散歩、なんて贅沢なことか。

  • 「百年の散歩」(多和田葉子)を読んだ。
    読んでいる自分も『あわあわ』とした影みたようになって「わたし」に寄り添ってベルリンの街を通りから通りへ彷徨うその揺らめきが快感となって魂を揺さぶる。
    自分の中のこれまでの多和田葉子さんのイメージよりも今回は少ししっとり華やいている気がする。

  • ベルリンの実在する通りをタイトルとした10編の話を収録した、エッセイ風の小説。

    「あの人」を待ちながら、目に止まった自然や建物、人々などについての思いを馳せていく。その対象は現実のものであったり、過去へと飛んだ想像の世界であったりするのだが、その境界は曖昧でふわふわと漂っている。
    取り立てて大きな筋があるわけでもなく、言葉や文字の遊びを楽しみながら、思考の飛んだ先を作者とともに想像しゆったりと散歩していくような味わいのある一冊。

  • 3/25は散歩にゴーの日
    わたしは今日もあの人を待っている、ベルリンの通りを歩きながら。
    多和田葉子さん『百年の散歩』を。

  •  言葉から言葉へ、「音」を介して広がるイメージの面白さこそ多和田葉子、そんなふうに「洒落た」読み手たちはいうのだ。そうなのだろうか、一章「カント通り」から二章「カール・マルクス通り」にかけて散歩しながら居眠りを始めた奇特な方はいらっしゃらなかったでしょうか?
     面白さなど、人それぞれなのですが、ぼくにとって、多和田の面白さといえば、文章の中に多層化して畳み込まれた意識、そこから目の前の風景の底に流れる、多層化した時間を見抜く確固とした眼の力、あるいは、意志と呼ぶべきものが現れてくる瞬間に出会うことなのです。
     「そうだったのか」という納得が何となくやってきて、再び消えてゆく。とても居眠りなどしていられない。たとえば、「コルビッツ通り」にあふれ出す子どもたちを見つけた多和田の喜びの深さ、これは、なかなか出会えない多和田葉子の素顔がのぞいた瞬間かもしれかもしれませんね。そこが面白い。
    https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202002170000/

  • ベルリンの通り名、いろんな場所に、いろんな名前がついている。ドイツ、全然知らないかとことに気づく。再読したい。

  • ベルリンに点在する芸術家や思想家等の名前が付された通りや広場を題名とする10編。
    巻頭の「カント通り」誤変換を装う言葉遊び的な出だしからニヤリ。
    エッセイともフィクションともつかない境界のはっきりしない、不思議な味わいにして多和田さん独特の文章。鋭い風刺性、政治性を記す一方で、無邪気にも無防備にも思えるような美しい一文が不意に現れて、惹き付けられる。
    各編の題名の場所を歩く語り手の周囲のスナップショットと共に、空想、妄想めいた語り手の思索の飛翔に、随伴している読み手もまた、ベルリンの地と歴史性の中を散策する。

  • あの人を待ちながら、ベルリンを歩き回る。人の名前のついた道では、その名の人が現れる。あの人には会えないままである。どこにも行き着けない、ずっと続く散歩。

    シーンを思い描きながら読むが、「左の肘を」とか「右隣に」とか、具体的に位置関係が書かれた途端、自分の思い描いていたシーンが左右反対であることが続き、その度に頭の中の空間を丸ごと裏返しにしなくてはならない。

    オリオン座の右側のペテルギウスが…と娘が言うので、いやペテルギウスは左上だぞと正したら、だってオリオンはこっちを向いているんだから右の肩のところじゃんと言い返されたのを思い出した。

  • ベルリンにある実際のストリートにちなんだエッセイ集。購入時の期待としては、散歩+風景やレストラン、町の人々との交流などを想像したいたが違った。「あの人」を待ちながら空想にふける主人公の現実と空想が混じった不思議な流れ。好みに合わず期待と違ったという点で星一つ。

  • これもちょっと私には向いてなかったかな。小説はどうも好き嫌いが出てしまうようだ。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ・ようこ)
小説家、詩人。1960年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ハンブルク大学大学院修士課程修了。文学博士(チューリッヒ大学)。
1982年よりドイツに在住し、日本語とドイツ語で作品を手がける。1991年『かかとを失くして』で群像新人文学賞、1993年『犬婿入り』で芥川賞を受賞。2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花文学賞、2002年『球形時間』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2003年『容疑者の夜行列車』で伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞、2005年にゲーテ・メダル、2009年に早稲田大学坪内逍遙大賞、2011年『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、2013年『雲をつかむ話』で読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞多数。2016年にドイツのクライスト賞を日本人で初めて受賞。
著書に『ゴットハルト鉄道』『飛魂』『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』『旅をする裸の眼』『ボルドーの義兄』『献灯使』『百年の散歩』などがある。
本書の続編『星に仄めかされて』は2020年に刊行された。


「2021年 『地球にちりばめられて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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