百年の散歩

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 291
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104361052

作品紹介・あらすじ

わたしは今日もあの人を待っている、ベルリンの通りを歩きながら。都市は官能の遊園地、革命の練習台、孤独を食べるレストラン、言葉の作業場。世界中から人々が集まるベルリンの街を歩くと、経済の運河に流され、さまよい生きる人たちの物語が、かつて戦火に焼かれ国境に分断された土地の記憶が立ち上がる。「カント通り」「カール・マルクス通り」他、実在する10の通りからなる連作長編。

感想・レビュー・書評

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  • ベルリンのあちこちの通りで「あの人」を待つ。
    けれど待ち人はなかなか来ない。
    来ない「あの人」を待ちながら、のんびりムードでそぞろ歩きしながらの連作短編集。
    目に止まった景色や周囲の人々の観察、街の歴史に思いを馳せながら。
    百年前にトリップして空想に浸ったりして。

    言葉遊びのような文章が楽しい。
    日本語、ドイツ語、フランス語等多様な言語が踊り出す。
    韻を踏んだような言葉遊びにニヤリとなる。
    私はベルリンを訪れたことはないけれど、一緒に散歩した気分になれた。
    百年前に建てられた建物等をゆったりと見ながら、百年前に思いを馳せながらの散歩、なんて贅沢なことか。

  • ベルリンの実在する通りをタイトルとした10編の話を収録した、エッセイ風の小説。

    「あの人」を待ちながら、目に止まった自然や建物、人々などについての思いを馳せていく。その対象は現実のものであったり、過去へと飛んだ想像の世界であったりするのだが、その境界は曖昧でふわふわと漂っている。
    取り立てて大きな筋があるわけでもなく、言葉や文字の遊びを楽しみながら、思考の飛んだ先を作者とともに想像しながらゆったりと散歩していくような味わいのある一冊。

  • 3/25は
    散歩にゴーの日
    わたしは今日もあの人を待っている、ベルリンの通りを歩きながら。多和田葉子さん『百年の散歩』を。

  • ベルリンに点在する芸術家や思想家等の名前が付された通りや広場を題名とする10編。
    巻頭の「カント通り」誤変換を装う言葉遊び的な出だしからニヤリ。
    エッセイともフィクションともつかない境界のはっきりしない、不思議な味わいにして多和田さん独特の文章。鋭い風刺性、政治性を記す一方で、無邪気にも無防備にも思えるような美しい一文が不意に現れて、惹き付けられる。
    各編の題名の場所を歩く語り手の周囲のスナップショットと共に、空想、妄想めいた語り手の思索の飛翔に、随伴している読み手もまた、ベルリンの地と歴史性の中を散策する。

  • あの人を待ちながら、ベルリンを歩き回る。人の名前のついた道では、その名の人が現れる。あの人には会えないままである。どこにも行き着けない、ずっと続く散歩。

    シーンを思い描きながら読むが、「左の肘を」とか「右隣に」とか、具体的に位置関係が書かれた途端、自分の思い描いていたシーンが左右反対であることが続き、その度に頭の中の空間を丸ごと裏返しにしなくてはならない。

    オリオン座の右側のペテルギウスが…と娘が言うので、いやペテルギウスは左上だぞと正したら、だってオリオンはこっちを向いているんだから右の肩のところじゃんと言い返されたのを思い出した。

  • ベルリンにある実際のストリートにちなんだエッセイ集。購入時の期待としては、散歩+風景やレストラン、町の人々との交流などを想像したいたが違った。「あの人」を待ちながら空想にふける主人公の現実と空想が混じった不思議な流れ。好みに合わず期待と違ったという点で星一つ。

  • これもちょっと私には向いてなかったかな。小説はどうも好き嫌いが出てしまうようだ。

  • 苦戦しました。
    何を言いたいのか伝えたいのかさっぱりわからず。
    言葉遊びも中途半端だし、ドイツ語になるとそれこそわからない。
    ドイツ語で読むと違うのでしょうか?

  • ベルリンの10の通りや広場を「あの人」と出会うことを願って散歩する.思いや考えは時代や場所を超えて巡り行き,喫茶店に入ってまたぐるぐるする.このたゆたうとでもいうべき肉体の散歩と精神の高揚と鎮静,表現も独特で美しい.そしてベルリンはこの様な彷徨が似つかわしい.

  • ベルリンの街を散歩していると、時代を現実を超えて、いろいろなことが去来していく。。。

    鳥の名前は単語としては知っているのだ。AmselとかRotkehlchenとか。でもそれは詩に出てくるから知っているだけで、頭の赤い鳥とか、道端でミミズをつついている黒い鳥とかの姿と結びつかない。単語は単語でぴらぴらと宙を舞っていて、鳥は鳥で木の枝にすわって知らん顔している。言葉は本当は世界とはなんの関係もないんだというしらじらとした妙に寂しい気持ち。

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著者プロフィール

多和田葉子(たわだ ようこ)
1960年、東京都生まれの小説家、詩人。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業後、西ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社。ハンブルク大学大学院修士課程修了。長年ドイツに暮らし日本語・ドイツ語で執筆する。著作は各国で翻訳されており、世界的に評価が高い。
’91年「かかとを失くして」で第’34回群像新人文学賞。’93年「犬婿入り」で芥川賞受賞。’96年、ドイツ語での文学活動に対しシャミッソー文学賞を授与される。’11年、『雪の練習生』で野間文芸賞、’13年、『雲をつかむ話』で読売文学賞と、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
世界的な賞も数々獲得している。2016年ドイツの文学賞「クライスト賞」を日本人として初めて受賞。そして2018年『献灯使』がアメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」翻訳文学部門を受賞している。

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