俺俺

著者 :
  • 新潮社
3.08
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本棚登録 : 809
レビュー : 191
  • Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104372034

感想・レビュー・書評

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  •  「他者のいない楽園」への欲望とその崩壊を描く。「氷河期世代」以降の人びとの抱える孤独感やアイデンティティの危機、弱肉強食的社会の矛盾、ナショナリズムの現況と予想される末路をうまく戯画化している。作中太字で表記される「俺」「俺たち」を「日本人」と読み替えるとこの作品が理解しやすくなる。

  • 出来心から俺俺詐欺をしてしまった”俺”は、奇妙な日常に突入する。”俺”に出会ってしまう、そして”俺”は増殖し、”俺”達は殺し合いを始める…。
    という話。

    シュール…。シュールすぎて意味が分からなかったけれど、なんとなく言いたいが分かるような気がした。
    他人と自分の境界線、時々なくなってしまうような気持ちなることがある。
    そういう部分を強調した作品だろう。

  •  オレオレ詐欺が真に恐ろしいのは、両親が電話の主が自分の子どもかどうかわからないことだ。両親が自分の子どもを区別できないなら、自分が自分であることを区別できる人間がどこにいるというのだろうか。オレオレ詐欺は、現代人のアイデンティティーに深刻な疑念を投げつける。

     「俺俺」は、「俺」が増殖していくSF小説だ。実家に行くとそこには「俺」がおり、コミュニケーションの障害に悩んでいた「俺」は、「俺」との交流に満足を感じるが、やがて「俺」との間でも不協和音が生じ、無数の「俺」が出現するに至って、事態は急速に破綻へと向かっていく。

     この小説を読んでいると、読んでいる方もアイデンティティーの揺らぎを感じることにならざるをえないだろう。というのも、自分の意志が明確でなく、「場」に染まりやすいとか、コンプレックスの塊であり、自己卑下的で、しかしそれとは裏腹の高いプライドも持っているとかいった「俺」の性格は、読者の「俺」のものでもあるに違いのだから。この小説は、語り手の「俺」と読者の「俺」が混線していくことも明らかに狙いとして持っている。

     そのことを考え合わせると、「俺俺」が読者参加型のリレー小説というツイッター企画の素材として提供されたこともおもしろい。読者が書き手となり、「俺」となって、無数の「俺」を書き継いでいったということなのだから。ここでは、「主体の揺らぎ」についての幾重もの実験がある。

     「俺」という主体の自己同一性の不確かさを小説において展開した意欲的な実験作と言えるだろう。

  • あるところで『安部公房が好きな人」にオススメです』という紹介文を目にして読んでみました。
    確かにね。
    しかし悩ましい作品です。読了しても整理がつかず、他の人がどう感じたのかネットで検索してみました。そうしたらこれもバラバラですね。色んな人が色んな受け止め方をしている。

    "俺"の周りの人間が次々に"俺"に変わり、"俺"は他の"俺"になり、記憶でさえ混線する。増殖し続け"俺"だらけになった果てに"俺"同士の殺し合いが始まる。と言うのが粗筋。なにせ主人公の永野均が檜山大樹と言う別人に変わり、会社の同僚達おろか自分の記憶さえすり替わって行く。一方では別の永野均が現れ、さらにまた別の永野均を名乗る学生が出てきて・・・・。書けば書くほど読んでる人には判んなくなる(笑)。

    安部さんがその作品の中で、名刺に自己を奪われたり、マスクをかぶることで人格が変わったり、コンピューター上に自己の複製を作ったりして「人間の存在の不確かさ」をテーマにしたように、この小説も他者との混和による「アイデンティティの崩壊」を描いて居て、そういう意味ではよく似ています。星野さん自身が影響を受けた作家の一人に安部さんの名前を挙げてますし。ただ、安部さんが何処か内面に深く沈み込んでいくような物語なのに対し、この作品はやや外向的で毒々しくスラップスティック感があります。

    でもそれだけでは無く別の要素もありそうな気がします(これが頭の整理がつかない原因)。
    では、それが(何せ世の中が"俺"だらけになる物語なので)「画一化・均質化する大衆批判」かといえば、どうもそれについての批判や分析的なものは見られず、突っ込んでいません。むしろその先にある「同族嫌悪(=自分の嫌な部分を他者に見出し、激しく攻撃する)」なのかなと思えます。実際、物語の前半では3人の"俺達"が仲間意識で強く結びつくのですが、次第に嫌な部分を見つけ、"俺達だらけ"の中で無意味な殺し合いが始まり、終盤ではカニバリズムまで出てきちゃう、相当なものです。
    ただ、それについては割にシンプルかつ直接的に原因や結論が書かれていて、ならばこれほどの長編では無く、短編から中編でも十分だったのではないかと思ってしまいます。エンディングに描かかれるディストピアからの脱出もやや安直な気もします。

    しかし、この小説、映画化されてるんですね。そりゃ無茶でしょう。誰が誰なのか混然とし、頭がグチャクチャになり、しばしば前を読み返さざるを得ないような話ですから、映像化したらさらに混乱。それともスラップスティック・コメディ化したのかな。

    色々書きましたが、他に無い不思議な面白さを持った話で、最後まで緊張感を持ったまま読ませて貰いました。

  • ■ 1320.
    <読破期間>
    2013/2/26~2031/2/28

  • 自分の中の嫌いな部分を他人に見つけてしまうから、他人を許せない。そんな想いを物語にした作品だなと思いました。まずは自己肯定から。

  • (2013年1月28日読了)
    図書館の書架でこの本を見つけた時、亀梨くんがこんな映画を演るって言っていたよな。。。まさかのコレ?と思って借りてみた。
    偶然からオレオレ詐欺となってしまったところから始まった話が、こんな形で終わるとは想像もつかなかった。
    俺が俺でなくなって、他人が俺になり、目が覚める度に他人になって行く俺。どんどん俺が増殖して、誰も彼もが俺となる。皆俺だから考えることが手に取るようにわかるので、初めは嬉しくて楽しいけど、徐々に恐れる気持ちが強まり、果ては殺し合いになる。
    物語のなかでは、本当に俺が増えて行っているけど、俺の中に俺を増殖させ引き篭もるのではなく殻を破れ、そして他人も自分とは変わらないんだとのメッセージを感じた。
    非現実なのに現実的で、なかなか面白かった。

  • 面白かったけど怖かった!

    世界がどんどん「俺」になる

  • なんだこれは。頭おかしくなりそうな本。読んでいくうちにSF、ホラーというのかな、不条理!生まれ変わりですらなく、もうぜんぶ俺だから、削除されたら別の俺になる。
    装画がとてもしっくりくる!マックならなおよかったけど。

  • 誰かと意見が合致したとき「お前は俺か」と、言いたくなるときはありませんか?
    その相手は、普通は赤の他人のはず。けれど、この本ではそれは「俺自身」なんです。

    目の前にいるのは俺、そこらかしこにいるのも俺、自分の差別化がだんだんできなくなっていくとき、俺たちは増殖してゆく。
    俺が増えてゆく理由に、様々な解釈ができる、想像するのが楽しい小説でした。

  • 今、まさに、俺俺時代なのかもしれない。
    私だって、自分以外の他人に会えば、電源をオンにしなくちゃならない。

    自分と他人の境目あってないようなものなのか。

    でも、自分には結婚とかできないんだよな。

  • 他者とは結局は分かり合えない、
    とはいえ、意外と同じことを考えていたりするもの。

    自分は他人とは違う、唯一無二の存在である、
    という自我は誰もが多かれ少なかれ持っていて、
    その自我を守りたいがために誰かを傷つけてしまったり、
    自我が傷つけられたことで自分そのものを亡きものにしてしまったり。

    でも「自我」なんて本当はたいしたことなくて、
    特別だとおもっている「自分」と同じことをしている人なんて、
    ゴマンといるのだ。

    著者が込めた思いはもっと色々あるだろうけど、
    わたしに残ったのは以上のことで、
    自分の思い上がりとか、ぐちぐちと無駄に悩んでしまう
    「自我」について、たしなめられたように思う。

  •  ふとしたはずみで「俺俺詐欺」に手をそめた「俺」は、みるみるうちに存在の確かさを失っていく。文字通り、誰とでも入れ替え可能な自分。星野智幸、今まであまりいいと思ったことがなかったけど、この発想には度肝を抜かれた。
     アイデンティティの喪失という、くりかえし書かれてきた陳腐なテーマに陥りかねないように見えながら、「どうせ他人とはわかりあえない」という絶望と、「自分を完全にわかってくれる誰か」を求める甘さは、たしかに、今この社会にある空気を映し出している。
     何も説明する必要がない、完全にわかりあえる「俺」たちのユートピアは、その瞬間から、妙にリアリティのある悪夢へと転じていく。殺人事件の記事が数行の死亡告知のように羅列されている新聞など、すでに存在していそうで怖い。固有の名前がどんどん意味を失う一方で「マック」などのブランド名が頻出するのも面白い。
     誰もが自分、だからこそ信用できない。ここに映し出されている他者の否定と鏡合わせになった自己否定は、何か大きいものに抱きすくめられることを望みながら、外国人やホームレスを襲撃するひとたちが抱えているものに通じている気がしてならない。
    これほど巧みに、今の社会の底にうごめいている気分を描き出した作品なだけに、最後の終わり方はいささか蛇足では。物語を「今」から切り離すことで、もしかしたら作者は、戦前のファシズムといった歴史を意図的に想起させようとしているのかとも見えるが、それはあえて必要のないことではなかったか。この奇妙な寓話の意味は、もうしばらく「俺」たちの脳内でぐるぐるさせておいた方がよいだろう。

  • ものすごくナンセンスな話かと思いきや、均一化された人間への警鐘とも取れる意外と深い話ですよコレ。「人は人と無意識の領域で繋がっている」とか倫理で昔習ったような気がするんですけども、そんなことを思い出しました。俺らの見た目は全然違う、となってましたが、ついつい同じ顔の大群を想像してしまって、立派にホラーだなぁと思った^^; にしても、1日に2回もマクドとか絶対無理!(笑)

  • なんだこれは・・・と思いながら、気づくと夢中で一気読み。

    だんだんと‘俺’が蔓延していく(まわりが‘俺’ばかりだと気づかされる)感じとか、微妙にズレていく感じとかがおもしろかった。

    終わり方も悪くなかった。

  • いちいち、おもしろかった!

  • 生きていく中で、自我というのは絶対的だと錯覚している。
    小さなきっかけから俺が他人になっていき、俺の前に俺が現れる。
    唯一絶対的である「俺」が、いとも簡単にずれていく。

    読んでいて、俺と一緒にいつの間にか視点がズレていくのが面白いと思った。
    とにかく設定が良い。でも途中でふろしきを広げ過ぎてついていけなかったのが残念。

  • 俺が違う俺に出会う話

    さくっとよめた
    後半はぐだった

  •  去年の話題作。
     ある日、俺が「俺」でなくなっていることに気づく。さらに赤の他人が「俺」として現れたかと思うと、周りにどんどん「俺」が増殖し始める。他人の中に自己を投影しては同一化していく「俺ら」は、意思を持たない魚の群れのようにもたれ合い、やがて同調できない者を排除し始める。そして、ついに「俺」同士で命を奪い合うようになり、社会は崩壊する。

     何げない日常の中で、俺がいつの間にか他人に変容していくところから、すとんと世界が転回するところは非常にシュールだった。
     一個の集合体となりながらも自分のアイデンティティにしがみついて生き延びようとする「俺」、人の役に立ってはじめて自分の価値に気づく「俺」の姿は、ありきたりだけど、作者のメッセージとして象徴的だった。

  • 凄い展開。冒頭のシーンであまりの有り得なさに読むのを止めようかと思ったが、最後まで読んで良かった。

  • 新しい感覚をくれて面白かった。誰かに俺がいる感覚というのがリアルだった。共感とかいうものを仕事に使うから、私は他者にそれを探す。この感覚が最初は最高!で、自分の中のシャドウを認めていくという作業が結局自分を殺していく。とか。もうしばらくは読みたくないけど。

  • 自分と他者との境界線が無くなるお話。
    軽快な文章でさくさく読める!
    でもメッセージはちゃんと伝わる。
    男性作家さんで初めてはまりました

  • もっとメタ的なじめっとしたタイプを予想していたのだが意外なほどスケールのでかい展開でなんかちょっと笑ってしまった。


    こだまでしょうか?いいえ誰でも

  • 『新潮』2009年6月号に初回掲載。ちょうど第1章が初回だったのだが、この引きがとてつもなく面白そうだった。たまたま読んで続きが気になってた作品。初回は予備知識というか事前情報がないまま読んだのでよもやこういう展開になるとは想像していなかった。
    中盤まではちょっとホラーかSFかっていうテイストで、『増殖』あたりから俺俺俺・・・で頭の中がぐるぐるしてくる。とにかく怖くて気持ち悪いのだが、最後が気になって気になって読んでしまった。昼休みに読んでいたのだが、消化不良になりそう。食事時に読むのはオススメしません。
    ラストはある意味想定通りなのだが、あの混乱具合をラストまで書ききって収束させた作者の頭の中ってどうなっているのだろう、すごいなあ。それにしても周りが自分だらけなんて究極の悪夢だ。想像するだけでもイヤすぎる。

    同調が猜疑へ、否定・排除から再び信頼・肯定へというストーリーは結局、現実において人が自己と他者を認める作業と同等なものだと思う。メッセージ性が強くて容易に映像化できないこういう本を読むと「小説を読んだ!」という気分になって非常に満足。

  • 大江健三郎賞受賞のニュースを見て、興味を持ったので読んでみた。俺俺詐欺をきっかけに始まる不条理小説、と言ってしまえば簡単だが、自分が自分である根拠を押し付けられる(奪われるより先に)ことで増殖していく“俺”の物語は、単にシュールで不安を煽るというより、アイデンティティーとは何なのか、“自分”という存在の拠り所はどこにあるのか、自分と自分が生きる現代社会について恐怖と共に考えさせる作品になっている。
    自分を分かってくれる人が欲しい、という親和への欲求が他者への排他を生み、そうして生まれた他者を斥ける自分が親和の幻想を破壊していく…俺俺世界がたどる末路は、非現実的でありながら、とてつもなく現実的な恐怖感を残す。KYと言われるような存在であってはならず、けれど個性的であることにも価値を置く世界で、我々はどのように自己存在を確立させて生きていけば良いのだろうか?世間のニーズに流され、何となく選んだ“自分”を身にまとって生きる…俺俺世界はかなり身近に迫っているのかもしれない。
    自分の価値を認めて初めて、他者の価値を認めることができる。自己存在とは何か、と考えることで、本当の多様性、本当の親和性の在り方についても考えさせられる作品。久々の本格的な和製不条理文学、面白かった。

  • 110406*読了

    不思議なお話。でもメッセージ性が強い。
    終始俺俺詐欺の話かと思っていたら…こんな俺俺だったのね。
    現代を風刺した小説だと思う。
    自分のことしか考えない。自分以外のことはどうでもいい。そんな俺がどんどん増えていく。そして削除しあう。そんな日本社会。
    ミステリーではないのだけれど、人間の恐ろしさにぞくっとします。
    過去や現在のことを忘れて、俺俺にならないようにしないと。
    あんまりこういった作品は読まないので新鮮でした。

  • 不思議で引き込まれる世界観
    石田徹也さんの表紙がとても合ってます

  • 抜群だよね。

    なんかオレって存在価値ないんじゃないの?(マックでのメシ、大量生産大量消費の権化である家電量販店での勤務がその比喩)

    共感できるやつらと集まろう(オレの心が分かるのはオレしかいない。オレ山)

    なんだよ、似たようなヤツばっかりで、オレって意味ないじゃん、個性ってなんなんだよ(オレ山の崩壊)

    と、私なりに理解しました。アイデンティティーをめぐる長く、そして深い文学の流れに、21世紀の現状を記した作品ではないでしょうか。

  • 俺がいっぱいになって怖かった。あり得ないのにありそうな話。

著者プロフィール

星野智幸(ほしの ともゆき)
1965年ロサンゼルス生まれ。東京都立戸山高等学校、早稲田大学第一文学部文芸専修をそれぞれ卒業後、産経新聞社記者に。1991年産経新聞社を退職、1991年から1992年、1994年から1995年の間、メキシコに留学。1996年から2000年まで、字幕翻訳を手がけていた。
1997年「最後の吐息」で文藝賞を受賞しデビュー。『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞、『俺俺』で大江健三郎賞、『夜は終わらない』で読売文学賞、『焰』で谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞している。

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俺俺 Kindle版 俺俺 星野智幸
俺俺 (新潮文庫) 文庫 俺俺 (新潮文庫) 星野智幸

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