二十五年後の読書

  • 新潮社 (2018年10月31日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784104393084

作品紹介・あらすじ

書下ろし長篇(12月刊)と連続刊行! 著者の原点と歳月を刻む記念碑的長篇。時に人は過ぎ去った日々から思いもかけない喜びを受け取ることがある。だからだろうか、響子は新たな世界へ繰り出し、追い求めた。完璧に美しい小説と馴れ合いでない書評を、カクテルのコンペティション、数十年来のパートナーとの休らいを。『この地上において私たちを満足させるもの』(12月刊)と対をなす長篇小説。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

静かに進行する物語が、深い余韻を残しながら読者を魅了します。主人公の響子は、作家との複雑な関係や自身の心の葛藤を通じて、人生の喜びや悲しみを探求します。文章は美しく、滑らかで、理知的な魅力を持ち、何度...

感想・レビュー・書評

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  •  文章がとても美しいとういのか、なめらかというのか、読んでいてとても心地よい文章でした。
     大きな事件が起こるわけではなく、決定的な悲しみがあるわけでもない。静かに物語は進み、深い余韻を残して終わります。それがなんとも心地よい。
     タイトルに引かれて、借りて読んだ本ですが、よい出逢いでした。

     本書を通して、読みたい本が4冊も増えました。

    あらすじ:
    主人公は中川響子、55歳。かつては旅行業界の新聞社に勤めていたが体調を崩し退職。その後はエッセイストとなり、やがて書評家となる。彼女は作家の谷郷敬(三枝昴星)と25年にわたる関係がある。彼には妻がいると知るのは2年ほどしてから。その妻は画家でベネチアに住んでいる。
    響子は谷郷の才能と美しい文章に惹き付けられていたけれど、最近はそれに衰えを感じて始めている。そして、そこに不安を感じている。

    その谷郷は妻がベネチアで病に倒れたことを知り、妻の元へと向かう。その後、喪失感もあり、響子は神経症を患い、休養を兼ねてパラオへと向かう。そこで、響子は谷郷の最新の書き下ろしを受けとり、彼女自身も再起していく。

  • 文章の美しさに魅了される。2度読みした文章がいくつもあった。叙情的と言うより理知的な美しさの文章。
    女としての自分を考えさせられた。もちろん落ち込みましたが。

  • ふむ

  • 倫理的には許されぬ、ゆきつくところまでゆきついた男女の狎れ合いは苦い結末を予兆させつつも、終幕につきまとう愁嘆と、取り残される不安から、ずるずると別れを先延ばしにし、曖昧さを許し、馴らされ、丸められていく関係を続ける。
    とうとう永遠の別れを切り出された主人公は、十分に想像の範疇であったにもかかわらず、組み伏せようのない悲哀と、置き去りにされる者の心細さから、突発的なめまいや呼吸困難に襲われる。
    孤独に震え、死の不安を伴う発作に苦しむ彼女の心情に、とても心寄せられぬというのが大方の女性読者の反応かもしれない。

    実に端正で惚れ惚れするような文章なのだが、男女関係がどういうわけかいつもいつも、男にとって都合の良いようなものに見えて不快に感じる部分があるかもしれない。
    あるいは物語の中の会話が、映画やドラマのように脚本めいて、不自然に固いように感じてしまうかも。

    本書を読み終えて、作者の作品をもう10冊も読んでいることを知り、それぞれの作品に共通する主題がわかったような気がした。
    男女の恋愛の理想的な姿なんてとんと関心がなく、あるのは崇高なものに触れたい、一生涯をかけてでも追い求めたい美しさへの探求にあるような気がした。

    エッセイストの主人公も、文章の美醜を細かく問われる分野でもないのに、一言一句に細心の注意を払って一文を完成させていく。
    言いまわしの妙を求めた格闘を通してこそ執筆の喜びが生まれる。
    作者は同じ意味や感想も、幾通りもの言葉で表現できるもの。
    選ぶ言葉の違いによって、文章の美醜は決する。
    駄文にはとことん手厳しい。

    「推敲の不足が明らかな文章や、意味のない改行で文脈をごまかす文章や、まやかしの現在形を使って逃げる文章が増えて、一行に重みもなければ内容もお粗末であった」

    「理解しやすいことは悪いことではないが、たやすく理解できるお話を好む読者は贔屓の作家並みに成長しない」

    「上下巻の大作は通読するだけでも時間がかかるし、内容に見るべきものがなければ一遍に苦痛になる。精読に値する読み応えのなさは失望を呼ぶだけで、なんら高揚のない作業に時間と労力を費やしながら、原稿用紙数枚の書評にゆきつくと虚しくなるのが落ちであった」

    「言語という道具を壊して美しい文章は書けないし、彫琢の努力をしない散文はどう読んだところで陳腐である」

    生の充足を得られるものは、何も美の探求からだけでなく、旅のもたらす効用も大きい。
    著者の作品を読んでいると、無性に旅がしたくなる。
    いや、もっと旅をすべきなのだ。

    「ありがたいことに世界は美しい、どこにでもある空と文化に目を洗われ、悠久の地形と色の調和に息を呑む、ちっぽけな人間は旅をしなければいかんな」

    「こうしてぼんやりしているだけでも視野が広くなる気がする、疲れたときこそ、もっと旅をすべきですね」
    「なにより肝心なのは連れとデスティネーションよ、それを間違えてはどんな贅沢な旅も成功しない、人生もそうでしょう」

  • 脊梁山脈以来の乙川優三郎作品。

    とにかく、使っている日本語の多彩さ豊富さ適切さに感心する。奇をてらうのではなく、日本語の豊かさで小説を描き切るのは素晴らしい。

    比して自分の日本語力のなさよ。こうやってレビューを書いていても自分の語彙の乏しさが悔しくてならない。

    物語自体は、どちらかというと退屈な部類である。中年も後期に差し掛かった書評家兼カクテルを愛する女性が仕事と恋と生き方に転換期を迎え、精神を疲弊したなか、南国リゾートで癒され再生をとげる…。それだけの話。

    生き方も考え方もスノッブというかちょっと鼻につく主人公のちょっと鼻につく生活に引き込まれてページを食ったのも丁寧できれいな描写のおかげ。文章には(文学には)こういう力があるから侮れない。

    物語の後半、彼女が復活の書評に選ぶ本のタイトルが「この地上において私たちを満足させるもの」…なんと、乙川優三郎がこの作品の次に上梓した小説なのである。どういうハードルのあげ方や!是非読まねばならない作品がここにも1作出現した。

  •  美文調ではなく、よく磨かれた感じの文章を目指すのか。何か繰り返し、現代的な作品への不満が語られているが。
     最後が温かな空気になっているから、それが心地よく。よかったなぁ 響子さん。

  •  ふむ、そう来たか、という最後のオチにニヤリ。
     著者作品は、2作目。『ロゴスの市』がとても良かったので、著者得意の歴史ものではなく、同じく“読書”、“本”そのものを題材とした本作を読んでみた。

     正直、美辞麗句のオンパレード、そのくせ、ストーリーは遅々として進まず、登場人物も、どこかハイソな縁遠い世界の浮っついた言動が鼻について、感情移入もできずに、なかなか読み進む気になれなかった。

     ベテラン作家と男女の関係を続ける書評家が主人公。馴染みのバーの若いバーテンダーとカクテルの品評会にチャレンジしたり、元恋人が亡くなった親戚(従姉妹)の旦那として出てきて復縁を迫ったり、友人のトラベルエイジェンシーの女性が、都合よく海外旅行をアレンジしてくれて、どうもなんだかなーの展開。
     話もたいして進まないし、どのエピソードも、それぞれ独立していて有機的に絡んでこない。要所要所に挟まれる、文章表現は素敵ではある。特に、本、日本語、そして今の業界というか作家や書評家に関しての言葉は、いくつも付箋を付けたりもした。

    「読ませることを意識して書かれた文章の流れは、それこそ読者に読まれてします。どうにか展開は愉しめるが、なにも残らない。」

    「佳作の代わりに気取った顔を売る作家が増えて、仕事を知らない編集者が尻馬に乗ったりする。好学の評論家が世間知らずなら書評や解説も凡庸で、作品の核心すら付けていない。」

    「過剰に作家を持ち上げる書評、首をかしげたくなる賛辞、なんの役にも立たない青臭い分析、作家より自身の優秀さを証明したいだけの鼻高な文章などがちらついた。」

     若い頃、夢中になって読んだ宮本輝の著作『錦繍』もなんの前触れも、説明もないまま出てきて(作者の紹介もない)驚いた。ずいぶん持ち上げる形で登場させる。

    「それは手書きの文学の未来を暗示しているとも言えるし、時代という保護者にも破壊者にもなる無言の圧力を思い出させてくれるものでもあった。」

     eメールに取って代わられ、手紙での交流が時代遅れとなり、作家も原稿用紙に万年筆ではなく、ワープロ、パソコン上で創作するようになって、なにか大切なものが失われていることを危惧してのことだろう。以下のように続く。

    「欧米の作家の書斎からタイプライターの音が消えて、指先にこめていたなにかが失われてきたのと同じことかもしれない。」

     こうして折に触れ、良い作品とは、美しい日本語とは、作家のあるべき姿はいかなるものかを語り、そして、本作の中の登場人物である作家(ちょっと落ち目っぽい)が、1冊の本を書きおろし自分の愛人である書評家の女に読ませる。一読して彼女は呟く

    「こんちくちょう、生き生きしやがって」と。

     その書物のタイトルが、

    『この地上において私たちを満足させるもの』

     本作と連作で上梓された作品そのものだ。書評家の彼女をしてこう言わせる。
    「もう怪しい魅力的な世界が骨格を持って立っている」
    「量産は考えられない薫り高い文章」
    「美しい日本語がつづいて、それに勝る言葉など見つかるわけなかった」

     おいおい、自分で自分の作品を、ここまで持ち上げて大丈夫か?!と心配になる。
     
     本作は、実は、つまらなかった。
     が、この作中作の出来次第で、その評価も変わるかもしれない。『この地上において~』を読んでから、こちらのレビューもすべきかと思ったけど、素直に本作を読み終わったところで、一度書いておく。 この作中作を読むのが楽しみだ。

  • 歴史小説の美文が素晴らしい著者が現代小説。高齢期を迎えたヒロイン響子は長年の公私にわたる深い付き合いのあった作家三枝の影響もあり、書評を書く立場になっている。三枝もまた歳を重ねてきた小説家の文章が枯れてきたという危機感をヒロインに感じる。これは著者自身?確かにあの美文は感じなかった。初めて現代小説を読む私自身の感じなのかなとも思うが…。メインテーマから逸れるかも知れないが、亡き従姉妹の夫が大学時代の恋人で、30年ぶりの偶然の出会いからのいろんな場面での会話が興味深かった。このような会話になるのかな、と。

  • 190105*読了
    久しぶりに夢中で読み切った小説となりました。
    出合ったきっかけはブクログの記事。なんとなく惹かれて、図書館で借りました。女性作家ものばかり読んでいるので、乙川さんのことも存じ上げず、もしその記事を目にしていなかったら知ることもなかったであろう小説です。偶然が繋げれてくれたご縁に感謝。

    自分とは接点のない五十五歳の未婚女性。なのに、すごく惹かれる。孤独と戦いながら生きている人なのに、こんな風に生きたいとすら思ってしまう。わたしは響子さんのような五十五歳になれるだろうか。五十五歳になった時、こんな信念を抱いて、こんな生き方ができているのだろうか。
    孤独になりたいわけではないのだけれど、自分の生き方を貫きたいとは思います。あと、書評家という職業にも憧れます。

    響子さんが日本語の文章の美しさを何度も語るだけあって、久しぶりに整った日本語で書かれた小説を読んだように思います。文学に触れたというか…。今までに触れてこなかった単語もたくさんあって、難しく感じるはずなのに、流れるように読めてしまう。描写が上手くて、頭の中で人物が淀みなく動いていく。
    最近、読んでいても、うっと詰まってしまう小説が多いように思っていたので、うーんこれはすごい。

    乙川さんの他の小説も読もうと思います。乙川さんが創り出す文章をもっと味わいたいです。

  • 初出2017〜18年

    今年読んだベスト。
    なめらかな美しい文体はさすが。
    ラストが予想できたが、読み終えたくなかった。

    旅行業界紙の記者からエッセイスト、さらに没良心と戦う書評家に転じた50代の主人公中川響子。30年近く前にパラオで出会ったカメラマン谷郷は、作家に転じ、美しい文学を間に置く恋人の関係が続いてきた。
    最近良い作品が描けていない谷郷を響子は心配する一方、充分に推敲されず洗練されていない最近の小説、作家を、文学を愛する故に容赦なく批判する書評を書いて反響を呼ぶ。(当然そこには作者の思いが溢れている。)

    別居してヨーロッパで画家として生きている谷郷の妻が病で苦境にあることを知って、谷郷は身辺を整理してベネチアに向かい、響子は喪失感と増えた仕事に追われて体調を崩し、南の島に西洋に向かう。そこに届けられたものが、この本のタイトル。

    作者が好きらしいカクテルも物語の重要なアイテムだが、如何せん下戸なので理解が及ばない。
    終盤の舞台、フィリピンのスールー海の小島での長期滞在は、一庶民には羨ましい限りで現実感が薄かった。まあ、行ってみたいけど。

    気に入った作家たちが亡くなって、この3年、新しい作家を探して新刊書を週3冊読んできたが、過去の秀作も読んでみようという気にさせられた。
    それにしても、作者はもう時代小説を書かないのだろうか。

    追記
    12/22の朝日新聞の書評欄に、諸田玲子がさすがと思える文章を書いている。「本を閉じたとき、文学への限りない愛を感じた。死や別離や苦悶の先にある希望、それが文学だよ——と、と著者の声が聞こえてきたような。」全く同感。

  • 55歳、独身、書評家の響子は、作家の谷郷と関係を持っている。趣味は新しいカクテルを考案すること。優秀なバーテンダーと組んで、大会で勝つのを目標にしている。仕事、恋愛、趣味。彼女の人生はどう転がっていくのか・・・

    まだるっこしいことをまだるっこしい文章で書かれたのを読むのが好きな自分にとってはご馳走。

    これと言ってドキドキするような展開が続くわけでもなく、やや淡々と進む。その過程で、文学についてかったるい議論が続出する。そのかったるさはある人にとっては毒でしかないだろうし、私のような好き者のヘンタイには薬になる。

    主人公の内面をひたすらに進むので、「55歳独身女性の人生はどんなものなのか」を体感している感じがした。時代小説を中心に書く、しかも男性作家が、現代小説でしかも女性の内面を描くのを読むのもまた趣き深いものがある。

  • 旅行業界から転身してエッセイスト、そして書評家にと進んだヒロイン。
    彼女の過去と現在にかかわってきた男たち。
    人生の夕暮れに際して、彼らが選ぶ道はどこに続くのか。

    クラシカルな文体がますます冴えわたり、これはもう、ひとつの芸の域。
    思うがままに生きてきたようで、結局自分の望みを手に入れられてないという焦燥感を抱えるヒロインは、自分勝手な女だとは思うけれど、理解できる。
    男も、女も、哀れ。

  • 一気読み。
    物語を追って止められなくなるのではない。
    そこに書かれている文章を求めて、追ってしまう。
    芳醇な言葉が紡ぐ大人の世界。ああ、好きだなあ。

    『トワイライト・シャッフル』の「ビア・ジン・コーク」だったかな?その登場人物を広げて深めたような感じ。もしかして、同一人物だったりするのだろうか。
    一筋縄ではいかない男女間を描いて、この硬質な雰囲気。
    格好良い。

    著者の読書への思いが、言葉に対する真摯な姿勢が、文章を書く者としての覚悟が、びしびしと感じられる作品。
    読み終わると結構疲れた。でも、心地よい。
    しかし、カクテルが飲みたくなるなあ。

  • 「ロゴスの市」「トワイライトシャッフル」など、生きるということの例えようもない哀しさと力強さを、この上なく美しい文章で表現し続けてきた乙川さんが、「完璧に美しい小説」をテーマに描いた作品。
    作中作である「この地上において私たちを満足させるもの」が12月に連続刊行されるという力のこもった作者の記念碑的長編小説。

    文学は芸術であるという作者の思いがページの端々から感じられ、わかりやすいだけの言葉と、妥協の産物として量産される小説への痛烈な批判が止まらない。
    作家、書評家、ひいては読者への苦言は、まさに現代の小説を取り巻く環境への静かな怒りと嘆きを表現して容赦がない。

    作者は時間のせいにして文章をとことんまで磨く努力を怠っていないか、書評家は耳に心地いい無責任な賛美のみを書いて、核心をつく批判を避けてはいないか?私たち読者は、ただ読みやすく、奇を衒った作品ばかりをもてはやしてはいないか?どれもこれも思い当たり、耳に痛い言葉の数々。
    それぞれがそういう努力をしなくなれば、文学というものは廃れ、活字の力も失われていくのかもしれない。先行きは暗い・・・

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著者プロフィール

1953年 東京都生れ。96年「藪燕」でオール讀物新人賞を受賞。97年「霧の橋」で時代小説大賞、2001年「五年の梅」で山本周五郎賞、02年「生きる」で直木三十五賞、04年「武家用心集」で中山義秀文学賞、13年「脊梁山脈」で大佛次郎賞、16年「太陽は気を失う」で芸術選奨文部科学大臣賞、17年「ロゴスの市」で島清恋愛文学賞を受賞。

「2022年 『地先』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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