籠の鸚鵡

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (316ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104563067

作品紹介・あらすじ

欲望と殺意の果てに現れる、むき出しの人間の姿。迫真のクライム・ノヴェル。ヤクザ、ホステス、不動産業者、町役場の出納室長。欲望と思惑は複雑に絡み合い、互いを取り返しのつかない地点へと追い詰める。情事と裏切り、そして二つの巧妙な殺人の後、彼らの目に映った世界とは? 八〇年代半ば、バブル期の和歌山を舞台に、怒濤のスリルと静謐な思索が交錯する。著者の新たな到達点を示す傑作長篇。

感想・レビュー・書評

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  • 2016年初版。時代は1980年代、バブルの時代。山口組と一和会の抗争の時期。舞台は和歌山県。主人公たちは色と欲にまみれた男女。実在の地名や企業が多数出てくること、私自身が当時、大阪南部で暮らしており馴染みのあることも多いからか。リアリティを感じます。「籠の鸚鵡」が、高峰三枝子さんの「南の花嫁さん」の歌詞だと知り懐かしいです。軽やかな歌でしたが。物語は男に左右され、言いなりになることに疑問を持たずに生きてきた女、すなわち「籠の鸚鵡」のような女が自立していく物語だと思います。蛇足ですが、序盤に出てくる女から男に送られた手紙には少々引きます。三流週刊誌のエロ小説を読む感じ。実話がベースなことに驚きました。

  • 帯に「著者の新たな到達点を示す、迫真のクライム・ノヴェル」とあった。これは読まねば、と思って読みはじめ、しばらくたってから「ふうむ」と、首をひねった。たしかに、いつもの辻原登ではない。だが、これが新たな到達点だというのは、ちょっと待ってほしい。新たな高みを目指して登っていたら、目標としていた山とはちがう別の山頂に着いていた、というのが本当のところではないのか。

    辻原登といえば、豊かな文学性、歴史的資料を駆使した物語性の面白さに、清新な気風を兼ね備えた稀代の小説巧者というのが評者の作家像だ。たしかに、近作は、悪や死、犯罪への傾斜を思わせる暗い情念が潜む小説を手掛けていた。だが、それらには巷にあふれる通俗的な読物とは一線を画し、どこかに辻原登らしい気韻のようなものがあった。

    本作にも、辻原登らしい部分はある。小説中盤、峯尾が湯の峰温泉の湯治場に身を隠す場面がそれだ。逃亡中の身であることを忘れたかのように、父が炭を焼いていた大台山系に連日分け入るあたリには、奥山の大気を呼吸することで、やくざ稼業で身に着いた垢が落ち、心身ともに浄化されていく心境が感じられる。冒頭の太鼓腹に角刈り頭の峯尾とは別人の、まるで中上健次描くところの秋幸を思わせるものがある

    冒頭、下津町役場出納室長の梶のところに先日行ったスナックのママ、増本カヨ子から手紙が届く。一通目は小出楢重の絵葉書に吉野英雄の短歌という文学趣味を感じさせるものだったが、その後数を重ねるごとに露悪的で卑猥なものに変わっていく。まるで官能小説から抜き出した文体をわざと歪めてみせたような偽悪的な代物で、個人的には、これがどうにも口に合わない。

    カヨ子は、情夫である峯尾から色仕掛けで梶を落とすように指示を受けている。最初の絵葉書は名刺をもらった相手なら誰にでも出す挨拶状。それ以降は、慎重で用心深い梶を振り向かせるためのカヨ子なりの色仕掛けだ。それにしても、下卑た内容の手紙の末尾に伊藤静雄の「わがひとに与ふる哀歌」を持ってくるという神経が気に障る。大方、カヨ子の出身が長崎であることから諫早出身の伊藤静雄を思いついたのだろう。スナックを訪れた梶が吉本隆明の死を諳んじるところといい、妙な文学趣味がクライム・ノヴェルのテンポを崩している。

    一人の女と金をめぐる三人の男の犯罪の顛末を描いたクライム・ノヴェルである。カヨ子は横顔が女優のイングリッド・バーグマン似の大柄な女。不動産業を営む紙谷という夫がある身で春駒組の峯尾と情を通じている。その紙谷は岸井という男と組んで痴呆症の老人が所有する農地を、書類を偽造して相続し、一億円手に入れた過去がある。岸井から話を聞いた峯尾は、ばらされたくなかったら女房と別れろと紙谷を脅迫。紙谷はやむなくカヨ子と別れたが、関係は続いている。

    時代は八十年代。山口組と一和会の抗争が激しかった時で、舞台となる和歌山にもそれは波及していた。組長から資金調達を命じられた峯尾は、大金を扱える出納室長という立場にある梶がカヨ子に気があるとみて美人局を思いつく。二人の情事を盗撮し、それをネタに公金横領を迫る計画だ。ここまでを読む限り、どこがクライム・ノヴェル?と訊きたくなる、せこい犯罪ばかり。

    それらしくなるのは、角逐する金指組に梃入れとして神戸から送り込まれてきた若頭白神が登場してからだ。それまではうまく棲み分けていた二つの組に衝突が相次いで起こる。その張本人である白神を殺すため武闘派の峯尾に白羽の矢が立つ。沖縄への武器調達の帰途、復路の船上で白神をどうやって仕留め、無事逃げ切るかというこの部分はサスペンスに溢れ、上質のクライム・ノヴェルといっていい。

    峯尾の高飛び用の資金をめぐってカヨ子と梶、紙谷がそれぞれの思惑で動く後半部分が締まっていれば、クライム・ノヴェルの格好はついたのだろうが、ファム・ファタルとは到底いえない中途半端なカヨ子という女をヒロインに持ってきたことと、横領はしても荒っぽい犯罪は似合わない男二人のせいでノワール色が薄れ、緊迫感のない終幕となったのが惜しい。題名は、スナックでかかる歌謡曲、高峰三枝子が歌う『南の花嫁さん』の歌詞から。地方にも映画館が何軒もあり、日活ロマンポルノがかかるなど、程よい時代色が往時を知る読者にとっては懐かしい一篇。

  • 初めての辻原さんの作品。
    面白かった。ほかの作品も読みたいと思わせてくれました。

    ただただ役場の職員がアホすぎる。客観的に見ると何故騙されるのかイライラしてしまう。
    やくざ稼業も大変なんだと思った。

  • ある年代の男性にとってはこういうヒロインが理想なのだろうなあ。男性に都合よく色気を振りまくイメージ(手紙のくだりは苦手で飛ばした)。彼女に共感できるかどうかで評価が違うのだと思う。

  • 一人の女を巡って、ヤクザ、元夫、馴染みの客の3人が対立しながら騙しあい、金と欲に翻弄される。さらに背景に山口組の抗争と内部分裂がからんで、話が複雑になっていく。

    単にピカレスク物というほど悪党ばかりではなく、どこか憎めない男女の騙しあいは、エルモア・レナードなどよりウエストレイクに近いが、それが思いっきりウェットなのが日本風。
    読後感も悪くないが、読み終わってみると全く不要なエピソードや枝葉もあったが、これは連載故仕方のないことかな。
    感情描写よりも、背景や事実描写が多く映像向きの作品かもしれない。

  • 正直展開的にもっと面白く出来そうだがイマイチでした。

  • 主要人物みんなが悪者。でもこれヤクザの世界では結構ふつうなのか?とも思わされる。にしても怖い世界だ。梶の奥さんもっと何かしてほしかった笑
    普通の世界が一番。あと現代はないので、タイムスリップしたような感じがしました。

  • とにかく私の好みではなかった。結構評価が高いのに。この作家さんも知らなかったけど、この作品が「笑える」と書評した人の気持ちも分からない。

  • 山口組に係る実際の動きに,フィクションを交えて楽しめるストーリーになっている.増本カヨ子に絡む紙谷覚,梶康男,峯尾宏が繰り広げる物語だが,峯尾が白神忠を殺害する過程で様々なシミュレーションをするところが楽しめた.やくざ稼業も当時は華やかなだっとようだが,警察の締め付けでこの著書のような動きは取れなくなっているようだ.本当に良いことがどうかは疑問だ.話の中で,梶の開き直りがそれまでの彼の態度からしてやや意外な感じがした.

  • タイトルは『籠の鸚鵡』。『籠の鳥』ではない。

    ヒロインのカヨ子は、スナックを経営している。
    夫と別れたのは嫌いになったからではない。
    彼女を気に入ったやくざが、高齢者を騙して土地を取り上げた夫を脅し、無理やり離婚させられたのだ。

    しかし彼女は、特に不満もなくやくざである峯尾と付き合い、彼の目を盗んで元夫の紙谷とも関係を続けている。
    カヨ子には自分というものがあまりなく、強く求められれば簡単に相手になびくところがある。

    そんな時、和歌山のとある町の出納室長・梶がカヨ子に魅かれ、関係を持ってしまう。
    それを知った峯尾は証拠を手にして梶を脅し、大金を得ることを考える。
    峯尾に言われカヨ子は梶を誘惑するのだが、彼女の書く手紙がみだらでバカっぽいのである。
    きちんとした手紙のマナーを守って書いているのだが、内容が内容だけに絶妙にバカっぽい。ここが上手い。
    基本に忠実でありながら中身のないカヨ子という女性を、この手紙が見事に表現している。

    バブル期の和歌山で、実際に起こった出来事をモチーフにしながら、鸚鵡のように他人の生きざまを受け入れてなぞるカヨ子を、『籠の鸚鵡』というタイトルで表しているのだと思った。

    最後まで読んで、『籠の鸚鵡』はカヨ子のことだけではないことに気づく。
    この辺の構成が上手い。
    というか、何気ない描写が、のちになって作中人物の人となりを表していたということが多くあり、ひとりひとりの人物に厚みと重さを与えている。
    だから、人間のくずのような彼らに可笑しみをおぼえ、憎めなくなってしまう。
    梶については、もう哀れとしか言いようがないけれど…。

    それにしても、町の出納室長が、なんとうかつなことをと思わざるを得ない。
    飲み屋に名刺をおいてくるなんて、普通のことなんでしょうか?

    下手な人が書くと不愉快極まりない人物と出来事の連続が、結構心に刺さって、思わず瞑目して、手を合わせそうになってしまう。
    「ナンマイダ、ナンマイダ」

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著者プロフィール

辻原登
一九四五年(昭和二〇)和歌山県生まれ。九〇年『村の名前』で第一〇三回芥川賞受賞。九九年『翔べ麒麟』で第五〇回読売文学賞、二〇〇〇年『遊動亭円木』で第三六回谷崎潤一郎賞、〇五年『枯葉の中の青い炎』で第三一回川端康成文学賞、〇六年『花はさくら木』で第三三回大佛次郎賞を受賞。その他の作品に『円朝芝居噺 夫婦幽霊』『闇の奥』『冬の旅』『籠の鸚鵡』『不意撃ち』などがある。

「2023年 『卍どもえ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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