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Amazon.co.jp ・本 (472ページ) / ISBN・EAN: 9784104623068
感想・レビュー・書評
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満州国演義シリーズ第5作。綏遠事件に続いて西安事件が起こり張学良は蒋介石を西安に監禁して抗日戦に全力を尽くすようにと方針転換を要求した。この西安事件で国共が協力しあえる状況ができた。一方日本国内では近衛文麿が首相になり盧溝橋事件の不拡大方針を決定。しかし国内の対支一撃論になすすべもなく近衛内閣も軍部の走狗となる。そして通州事件が起こり、これによって暴支膺懲の世論が内地では炎のように燃えさかってしまい、悪名高い南京事件へと繋がっていく。詳細→
http://takeshi3017.chu.jp/file9/naiyou10143.html -
前巻にて勃発した二・二六事件の事後処理として皇道派勢力が壊滅し、陸軍内部を統制派が掌握してくところから始まる。
とはいえ軍部内でのゴタゴタはこれで終わったわけではなく、盧溝橋事件から日中戦争へと至るなかで戦略を巡って新たな内部対立が起こる。
戦線非拡大か対支一撃かというのがその対立の中身なのだけど、中国で巻き起こる抗日運動の激しさと、それに対する兵士達の報復感情は、戦局を"一撃"どころか途方もないところまで拡大し泥沼化させてしまう。
悪名高い南京事件もそうした過程の中で起こった事件のひとつで、誰にも制御できなくなった人間集団が巻き起こした最悪の事態だと言えるのかもしれない。
満州事変以後、孤立化しつつもなんとか国際社会から敵視されずに済んでいた日本が、明確に太平洋戦争へと至る道を進むようになるのは、この盧溝橋事件以後。
また、軍部内でゴタゴタが続き、誰もが現実的な戦略感覚すら持たないまま事態だけが拡大していく、という現象もこの辺りから始まる。
それにしても本書は相変わらず現代にあまり伝わっていない話を細部まで伝えている。
満州国を"五族協和"の地にするという志の活動家集団が、現実的な実務家の岸信介や甘粕正彦に破れていくあたりも興味深い。
まるで、明治維新期の大久保・伊藤系の実務家 対 西郷・板垣等の志士の対立構図にも思える。
とはいえ、衝撃的だったのはその破れた人々のその後だろう。
満州国を"五族協和"の理想郷にするのだという大義名分に燃えていた青年達は、今度こそ官僚達に邪魔されずに"五族協和"の国家を築くのだという理想を、北支(北京等の満州を除いた中国北部)に向けるのである。
他人の住む地域に勝手に新国家を作ろうということ自体が、その地域の人達にとって迷惑でしかないわけなのに、それが本当に素晴らしいことであるかのように考えているあたり、言葉で飾った活動家連中の思考の身勝手さがとても怖いし寒い。 -
ひ弱かった四郎が、向き不向きを別に立ち位置を定めつつある。太郎が最も自分を見失っているのか。三郎はあまりもの実直さが危なげだ。そして次郎は新たな境地を開くことができるのだろうか。いよいよ日本が崩れゆく中で、果たして彼らは生き残れるや否や。
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盆休みには昭和史関連をとの思いで本シリーズの第5巻を選んだが読むのに1ヶ月かかった。後半の南京入城、大虐殺の描写は鬼気迫るものがあり緊迫感高まる。次郎の変身、この先どういう展開になるのか、いよいよ船戸ワールド炸裂。
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満州国演義も早くも第5巻になるのだが、ところで、ここまで明確に歴史小説としての存在感を前面に出した作品というのは、これまでの船戸小説にはあまりなかったわけで、従来の冒険小説畑としての船戸ファンというのは、このシリーズをどんな思いで捉えているのだろうか。
もちろん架空の主人公を据えて狂言回しとして躍らせ、実はイデオロギーを歴史のなかに語ろうとする方法は、船戸がこれまで採ってきたものである。小説という手法は、娯楽小説であるゆえに普及し、普遍化してゆく表現であり伝達手段であると思う。娯楽小説、つまり戯作ならではの一般性である。新書のようなドキュメンタリーの手法は、よほどでなければ普遍化しないが、船戸という名、そして冒険小説という形態でならば、歴史は、そこらの教科書以上に記憶に食い込む。
ぼくがこのシリーズを読むとき、常に脳裏に思い描くのは五味川純平の大作小説『戦争と人間』である。船戸がこのシリーズで満州における日本の侵略の歴史を辿ろうとするとき、その対象となる時代は、五味川純平がかつて辿った道である。同じ娯楽小説という形をして普遍化しようとしながら、もっと表現に対する圧力の強い時代に、五味川は同じ道の先行者であった。
今、『戦争と人間』を読もうとしても、わずかに光文社文庫の古本という形でしか入手することはできない。しかし船戸は五味川の歩んだ満州の道を、ほぼなぞっているかに見える。異なる風景、異なる場所、異なる人物であっても、あの大地に繰り広げられた民間による侵略、軍部の台頭、暗躍する特務機関といった空気はまさに、同じものをなぞったものであるように見える。
本書は、前作の二・二六事件を受けていよいよ南京事件に突入する。軍部の腐敗に歯止めをかける軍隊内内戦は二・二六の主犯者たちを処刑することで終焉したのだ。五味川純平の『戦争と人間』も本シリーズも二・二六事件が重要な歴史的局面であることを示唆するかのように、どちらも膨大なページ数を費やしている。
南京事件では『戦争と人間』において登場人物らに重要な転機が訪れる。日本側が中国側に行った虐殺に対し、中国側が日本人に対し虐殺でもって応える。兵士たちという枠を飛び越えて、民間人に悲劇は及ぶ。戦争が、戦争というルールを持っていた最低の名目さえ失ってゆくプロセスが、このあたりで露わに剥かれて行く。これは船戸も五味川も同様である。いや、船戸の方がまだヤワだと言っていいくらいだ。
船戸の創作した四兄弟、五味川の創作した五代コンツェルンの一族。どちらも架空の主役たちだが、時代に翻弄され運命を狂わされてゆくという点では、まぎれもなく同じだ。歴史の歯車を裏側から動かしている顔として、特務機関の工作員の脅威がある点もまさしく同じ構図だ。
五味川の大作は五代一族のカタストロフで終る。船戸の大作もまた、敷島四兄弟の滅びを持って終焉するのだろうか。時代の歯車は、ぎしぎしと、より重たげに、向こう側に、回転しようとしている。 -
2012/04/14完讀
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益々すごい。学校で現代史は習わないし日中戦争を描いた映画やドラマ、また小説を読む機会も少ない。中国と仕事をする人、中国に駐在する人は必読ではないかと思う。しかし日本の統治能力はゼロであり軍部の暴走が止められなかった、また軍部においても命令が一本化されておらず命令無視が常態であったのであれば組織の体をなしてない。酷い。
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「満州国演義」シリーズも巻が進むごとに重い内容になっていく。今回も南京のことに触れている部分は読み進めるのに気が重かった。実際あったことの何分の1なんだろうけれど.....。「ありえたかもしれないもう1つの日本」になるための最終分岐点が、このあたりだったのだろう。東条でなく石原、統制派でなく皇道派だったらなどと考えてしまう。続編にも期待したい。
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