さよなら渓谷

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (199ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104628049

作品紹介・あらすじ

緑豊かな桂川渓谷で起こった、幼児殺害事件。実母の立花里美が容疑者に浮かぶや、全国の好奇の視線が、人気ない市営住宅に注がれた。そんな中、現場取材を続ける週刊誌記者の渡辺は、里美の隣家に妻とふたりで暮らす尾崎俊介が、ある重大事件に関与した事実をつかむ。そして、悲劇は新たな闇へと開かれた。呪わしい過去が結んだ男女の罪と償いを通して、極限の愛を問う渾身の長編。

感想・レビュー・書評

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  • 辛くて、辛くて、生きていく気力すら失った女がいる。女は、憎くて、憎くて、絶対に許せない男と一緒にいる。どうしても許せない男に「私が死んで、あなたが幸せになるなら、私は絶対に死にたくない」、「あなたが死んで、あなたの苦しみがなくなるなら、私は決してあなたを死なせない」、「だから私は死なないし、あなたの前から消えない。だって、私がいなくなれば、私は、あなたを許したことになってしまうから」

    ゾッとするほど、恐ろしい言葉。でも、切なくて、悲しくなった。これもある種の愛であり、こんな愛し方しかできなくなってしまった過去の過ちに寂しさを感じてしまう。この二人はいったい、どんな人生を歩んで行くことになるのだろうと考えてしまう。二人の未来を想像し悲しくなる。心を抉るような愛憎の物語。

    物語の始まりは、隣家の幼児殺害事件。この事件をきっかけに明らかになる過去の犯罪。事件がなければ、マスコミや警察に過去の犯罪を知られることなく、二人は過ごしていたはずである。


    2017年6月、性犯罪に関する刑法が110年ぶりの法改正があった。だか改正後もなお、多くの課題が残っており、2020年に見直しがされるはずであったようであるが、実現はされていない。

    また、日本の性犯罪に関しては、罪が成立するのに要求される要件が高く、同意のない性行為をされたことが明らかでも、「暴行」「抗拒不能」などの要件が証明されない限り、加害者は罪に問われない。警察に届けたとしても約6割が不起訴となるなど、被害者は泣き寝入りしているようである。本作の場合は、懲役3年、執行猶予5年の刑が言い渡されてはいるが、その後、加害者は普通に生活をしている。

    刑が施行されても、被害者の負った心の傷は晴れるものではないなぁ…と、本作を読むまでは思っていた。
    特に本作でも主人公で加害者・尾崎俊介の野球部後輩の藤本尚人のように親の会社ではあるが藤本建設の取締役となっており、何の制裁も受けていないような、感じていないような者もいる。おそらく加害者のほとんどは、自分の犯した罪を大きさを認識していないかもしれない。そんなことを匂わす描写が本作にもある。

    そんな中で、尾崎俊介は、かなこに対する罪の意識を忘れたことがなかった。
    過去の事件とともに生きている、事件からいつまでも逃げ続ける俊介とかなこ。
    憎しみ、後悔から始まった苦しい愛もあることを本作を読んで思い知らされた。

    「悪人」同様に読んでいる時よりも、読後に訴えかけてきた作品であった。

    映画では、2013年にかなこ役を真木よう子、尾崎俊介役を大西信満で上映されたようである。

  • さよなら渓谷…たしか映画で観たいと思っていた作品。どんな内容だったっけ??とあらすじを思い出せずに読み始めました。

    4歳の男の子が行方が分からなくなって遺体で発見。容疑者がその男の子の母親という事で報道記者が容疑者宅に張り付いているところから始まります。
    母親の立ち振る舞いから、なんとなく実際に起きたあの事件がモデルになっているのかなーと思っていたら、隣家の一組の夫婦に話が移っていきます。

    ここらへんから薄ら記憶が思い出され、「あ、たしかこのふたりは訳あり夫婦だったような…」と何となく先が分かってしまい、そわそわと胸が落ち着かない状態になった。
    話の流れから後半にネタバレという展開になっているので少し面白味が減少してしまったかな。

    ただ、それを差し引いても少し物足りなさがある文章だった。

    集団強姦事件の加害者と被害者の苦悩が描かれている訳ですが、どちらの気持ちもいまいち伝わって来ない…。
    事件事体もほぼ目撃者談で語られていいるし、ストーリーもほぼ記者の目線で描かれている。なんかこう靄がかかっている感じで、もうちょっと当人達の心の奥底というか心の傷や葛藤を掘り下げて描いて欲しかったです。

    あとは、加害者が複数人いるにもかかわらず俊介ひとりにしかスポットが当てられていないのにも不満でした。
    あの運転手はどこに行ったんだよー!

    しかし、猛暑のまとわりつく汗、じめっと暗い部屋での静かな生活のなんともいえない雰囲気の表現は好きでした。ラストは少し美談っぽくなってるところが気にはなりましたが、まあ全然救いようが無いよりかはいいのかな…。
    機会があれば映画も見てみたいと思います。

  • 集団強姦の加害者と被害者のその後を描く。
    全体的にみると、こんな甘いもんじゃないはずだし、切ない恋愛ものとしかとられないかもしれない可能性もあると思った。
    ただ、作品の端々に、男視線でレイプというものをみるとこうみえるのだな、と分かるし、それをまた作者が客観的に捉えて描いていると感じる部分があって、男女の意識差を炙り出そうとした作品と捉えることもできた。
    最も要らなかったのは作品の最後の記者の質問。
    あれのせいで、苦しく切ない恋愛作品みたいになってしまっている。

  • 「さよなら渓谷」
    香川照之が、真木よう子に橋の上で迫る、的な記憶の残像はどうやら違う作品の映画だったようだ。


    一般的には、普通では、俄かに信じ難いストーリーであった。愛とは簡単じゃないけど、これは複雑だろうよと。


    息子が失踪したシングルマザー。事故か事件か。ミステリーの本ボシはこちらかと思いきや、隣に住む夫婦だった。それも、失踪事件とのダブルストーリーになるのでもなく、ミステリーでもなく、愛とは一体何なのか?であった。


    愛とは何なのか?となると、例えば、純愛とか片想いとかそういった類ではなく、そこには決して消せない罪があり、持って当たり前の復讐心がある。復讐したい、許さないという気持ちに加え、いつかばれてしまうかもしれない、誰も許してくれない、と言う恐怖が、次第に愛に繋がっていったと言うのか。この恐怖が、加害者はまだしも被害者にあると言うのが、愛を複雑にしていると思う。


    客観的な立場からすれば、尾崎に対しては許す気は起きない。何を今更となる。当時のかなこにしても、何でついて行くんだ、高校生なのに、となる。どちらにも同情し難く、しかしながら、尾崎が圧倒的に悪い。警官が尾崎に呟くのも、小林が激怒するのも当たり前だ。しかし、この客観的な視点だけでは、理解できない複雑さが二人の間にあったと言う訳だ。


    こんな複雑な愛(のようなもの)をすぐ理解するのは無理だろう。でも、無理は無理なんだが、だけども、最後のかなこの去り際だけは、理解できるのだ。

  • うーむ、評価が難しい作品。3時間以内で一気に読めてしまった。登場人物の心情に共感できないが、それは仕方ないのだろう。

  • 自分の人生を誰かの手によってめちゃくちゃにされて、どこへ行っても誰といてもその呪縛から解放されることはなくて、辛くて、死にたくて…苦しみばかりの道から解放される方法が、人生をめちゃくちゃにしたその相手と一緒にいることだけだとしたら?
    物語を読むと、自分だったらどうだろう?っていう想像をしてみるけれど、さすがにこのお話は想像が追い付かなかった。
    でも人間の心理がどんな風に動くかって、周りからすると理解できない方向に向かうこともあるとは思う。

    終始薄曇のはっきりしない空、みたいな雰囲気が漂っていて、主要な登場人物がみんな鬱屈したものを抱えていて、重苦しい。
    どこへ向かっても、どこにも逃げられない。
    罪を犯した側でも、善良な部分がわずかでも残っていれば、自分が犯した罪にいつまでも追いかけられながら生きなければならないということ。

    系統としてはミステリだけど、すっきりと事件が解決して終わるような物語ではない。
    吉田修一さんのミステリって謎解きとは違う部分が主体になってておもしろい。パレード然り。

  • かなこの正体が判明してから一気にひきこまれて読み切れたが
    全体としてずっと重い、じとっとしていた

    どんな者であっても、しあわせになることができる可能性がある、またはそうであってほしいという願いをこめて

  • 図書館にて借りました。

    多分、実際の事件を元にしているであろうと云われてる作品と聞きました。
    実の息子を殺したと容疑をかけられている女性の隣に住むカップルは実はレイプ事件の犯人と被害者だった。

    もし自分がレイプされたら許せるのか?
    絶対許さない、許せない。もしかしたら、友達や家族がそんなふうに被害にあった方が殺しても殺したりないと思う。

    興味深かったのが、「男同士は許してしまう」と云う言葉。
    確かに女同士でも、そういった事はあると思う。
    そして一番許して貰いたい人には、絶対に許して貰えないなんてことも。

    最後にひとつ、選択を迫られる。
    こんな話なのにとても切ない。

  • 過去の忌まわしい記憶と、どこまでも付き纏う、歪んだ情念。本作の舞台である夏の季節がもたらす、皮膚にへばりついて剥がれない腐臭のように立ち昇る怨恨の帳。鬼畜の所業によって奈落へと突き落とされる者と、その業に囚われる者。許される事の無い罪が執り成す異常と言える愛の形。理解するには、余りにも常軌を逸している。しかし、その愛は紛いものであるのだろうが、罪の鋼殻を突き抜けた先にある、お互いの魂が求め合った本物の愛なのだと思いたい

  • 不快感の描写を書かせたら右に出るものはいないんじゃないかと
    思ってしまうほど、吉田さんの本は読んでて臨場感がある。
    でもそこが好きなんだなぁ。細かくて。
    夏美と尾崎の関係って実際あるんだろうか
    そういうことが。
    分かるような、うーん、分からん。

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著者プロフィール

1968年長崎県生まれ。法政大学経営学部卒業。1997年『最後の息子』で「文學界新人賞」を受賞し、デビュー。2002年『パーク・ライフ』で「芥川賞」を受賞。07年『悪人』で「毎日出版文化賞」、10年『横道世之介』で「柴田錬三郎」、19年『国宝』で「芸術選奨文部科学大臣賞」「中央公論文芸賞」を受賞する。その他著書に、『パレード』『悪人』『さよなら渓谷』『路』『怒り』『森は知っている』『太陽は動かない』『湖の女たち』等がある。

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