狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

著者 :
  • 新潮社
4.11
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本棚登録 : 503
感想 : 44
  • Amazon.co.jp ・本 (672ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104774029

作品紹介・あらすじ

戦後文学史に残る伝説的夫婦の真実に迫り、『死の棘』の謎を解く衝撃大作。島尾敏雄の『死の棘』に登場する愛人「あいつ」の正体とは。日記の残骸に読み取れた言葉とは。ミホの「『死の棘』の妻の場合」が未完成の理由は。そして本当に狂っていたのは妻か夫か――。未発表原稿や日記等の新資料によって不朽の名作の隠された事実を掘り起こし、妻・ミホの切実で痛みに満ちた生涯を辿る、渾身の決定版評伝。

感想・レビュー・書評

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  • あまりのぶ厚さに手を出しかねていたが、読み出したらやめられなかった。これは労作にして傑作。「死の棘」の妻島尾ミホの人物像に迫ることで、従来の作品観に敢然と異議を申し立てている。筆者の論は、長期にわたる地道で粘り強い取材に裏打ちされていて、圧倒的な説得力がある。

    「死の棘」が他の私小説から抜きんでた評価をされてきたのは、その前日譚があったからこそではないだろうか。特攻隊長として南の島にやってきた男と、村長の娘である美しい少女との恋。それは予想されていた「死」では終わらず、二人は結婚し、やがて修羅の日々を迎える。

    著者は、そのほとんど神話となった二人の出会いから、事実はどうであったのか、島尾敏雄やミホ、そして周囲の人々が何を思い、どう行動したのかを丁寧に検証していく。まずここが非常に刺激的だ。このときミホは二十五才、東京の女学校を出た後島の代用教員をしていて、決して「南の島の素朴な少女」などではなかった。

    ここを皮切りに、従来定説となってきた解釈に疑問が呈され、語られることのなかった時期の実像が掘り起こされていく。島尾敏雄の愛人のこと、ミホの実父のこと(ミホは実は養女でそのことを語ろうとはしなかった)、養父母への愛着、中断されてしまった長編小説…。次第に浮かび上がってくる姿は、「求道的な私小説作家と、そのミューズ」というイメージからはかなり隔たっている。

    感嘆するのは、そうして二人の実際のありようを(特にミホは書かれたくなかったであろうことを)明らかにしながら、筆致がまったく暴露的ではないことだ。雑誌での著者インタビューなどを読むと、これを書くことにかなりためらいがあり、出版後もなお葛藤があるそうだが、これはやはり「書かれるべき物語」だと思う。本書ではしばしば、「書くこと」「書かれること」についての言及があり、書いたり書かれたりすることで人生が変わっていくことへの、懼れに似た気持ちが述べられている。私はここに「書く人」としての著者の覚悟と誠実さを強く感じた。

    「死の棘」とこれに関連する小説のほとんどすべての内容は実際の出来事であり、島尾敏雄がずっとつけていた日記が「ネタ」だったそうだ。それを知ると、考えずにはいられないのが、当時六歳と三歳だったという二人の子どものことである。「死の棘」に書かれた地獄のような狂態は、幼い二人の目の前でのことであった。小学生のときしゃべることができなくなったというマヤさんは、若くしてガンで亡くなったそうだ。胸が詰まる。
    (私は「私小説」が好きではないが、その理由の一つは、私小説にはしばしばこういう、「自分」だけにかまけて庇護すべき弱いものに無頓着だったり、むしろ進んで害を与えたりする人が描かれるからだ。それが人間の「業」だとは思えない)

    長男の伸三さんは、この本のために取材を申し出た著者に対し、「書いてください。ただ、きれいごとにはしないでくださいね」と言ったそうだ。どうしたらこういう言葉の出る人になれるのか。頭を垂れるしかない。

  • 併読している本が多いことを差し置いても、読了まで一年半もかかった本はこれが初めてかもしれない。
    読み進めていると、みぞおちが痛むような暗い気持ちになって、なかなか進まなかった。島尾敏雄の「死の棘」を読んでいるときもそうだったが、「目の前を過ぎて行くものを目のまえでとらえて記録する」接写的世界観の島尾の文体は、目眩や吐き気を覚える感覚がある。
    物事を仔細に捉える「目」を持つ二人の、「知力も体力もある者同士の総力戦」(長男、島尾信三氏の言葉)を徹底的に掘り下げて、今まで言説されてこなかった真相。読む方も何かを差し出さなければならない気持ちになるような、身を削って書かれた名作「死の棘」と、その主軸となった妻、島尾ミホを巡るノンフィクション。

    誰も検証すらしてこなかったミホを巡る巫女的な見方や夫婦愛の描かれ方に疑念を抱いて、丹念に取材を重ねて得られた新しい見方。そのプロセスをまた詳細に記録していく様。
    「狂っていたのは妻か夫か」
    帯に踊る見出しが、著者の梯氏にものりうつったかのような熱量の文章だった。
    創作の犠牲になって狂っていった小説家の妻を描いた作品といえば、「HEROINES」(ケイト・ザンブレノ)を思い出すが、島尾敏雄とミホは、互いの血肉を貪り合ってるような凄まじい生き様を私達に見せつける。
    作中、ミホの著作にも触れられていたが、断片的に引用されたそれを読むだけで、ミホもまた天才的な書く人でありまた見る人であったことがわかる。
    「小舟に乗った漂流者」、そのようにしか生きられなかった二人。そう思われていた「死の棘」の世界だが、書くこと、書かれることを互いに繰り返しながら生き切った、凄まじい2人の生命の記録だったのだとも思えた。

    • SHE, her.さん
      他の本に手を出しつつだったのもありますが、なかなかしんどい読書時間でした!でも読んで本当に良かったと言える作品です。
      他の本に手を出しつつだったのもありますが、なかなかしんどい読書時間でした!でも読んで本当に良かったと言える作品です。
      2021/11/18
    • workmaさん
      ほ~。
      なるほど。
      いつか、精神的余裕があるときに じっくり取り組んでみたいです。
      ほ~。
      なるほど。
      いつか、精神的余裕があるときに じっくり取り組んでみたいです。
      2021/11/18
    • SHE, her.さん
      是非!コメントありがとうございました。ブクログでコメント頂いたの初めてで嬉しかったです。
      是非!コメントありがとうございました。ブクログでコメント頂いたの初めてで嬉しかったです。
      2021/11/18
  •  「死の棘」本体を読んだとき、「おぞましい自己愛」「夫婦のプレイ」「共依存」などと感想を書いたが、その印象が決して外れていないことを本書で確信した。他者の吐しゃ物をひろげて見せつけられているような嫌悪感には根拠があったのだ。こうした私小説を愛だの宿命だのと賛美する神経が知れないが、梯さんはさすがに冷静だと思う。     
     トシオがかつての教え子(遠藤さん)に吐露したという、「夫婦だからってここまで束縛していいものか」という心情がすべてを物語っている。そうした事態をみずから仕掛けなければ小説を書けなかった人間の性があまりに哀しい。

  • 死の棘を読んでなんの感動も共感もなくて、この本を読めばもっと理解できるのでは?と思ったけど、全然だった。なぜこの死の棘が有名になったのかも理解できない。

  • 序章 「死の棘」の妻の場合
    「戦時下の恋」「二人の父」「終戦まで」「結婚」「夫の愛人」「審判の日」「対決」「精神病棟にて」「奄美へ」「書く女」「死別」「最期」
    島尾敏雄とミホ夫婦についてなんの予備知識なしに読み始めたせいか、最初からふたりの生い立ち、ドラマチックな出会い、結婚生活、その成り行きにいちいち驚いてしまう。「死の棘」って実話?それとも小説?
    敏雄の日記、関係者の証言、ミホ本人からの聞き取り‥今回初出の資料もたくさんあり、「死の棘」未読(!)の私でもこの本の凄さや面白さが分かる。順序が逆になったが「死の棘」を読まなければ。

  • 梯さんによる終始冷静な視点がいい。ミホさんに実際にお会いして、その独特に存在感を認識しながら決して流されることなく、「事実」を見つけようと考察している。死の棘で言われた「究極の夫婦愛」という理想化された視点ではなくて、なぜそう解釈されたのか、では実際は、と順序だって探っていく姿勢がすごい。ミホさんが生きていた当時に評伝を書かれていたら、きっとここまでの客観性は保てなかったのではないかな

  • 「図書」2019年6月号で梯久美子さんの対談を読んで興味を持った。今自分のテーマになっている「聞き書き」の流れで。
    しかし怖かった…。

  • 渾身の労作であり、評伝として傑作の部類であることは間違いない。
    しかし。。。

    20歳前後の頃に「死の棘」を読み、なんて嫌な話だろうと思い、大嫌いだった。こんな恋愛もこんな結婚も絶対にしない、こんな男に当たったら全力で逃げる!と心に堅く誓って、その通りにした。「死の棘」も二度と読むことはなかった。
    たぶん今読んでも、やっぱり嫌いだと思う。

    ただ、夫婦の共有する時間や事柄は、夫サイド妻サイドでそれぞれに見ているもの、見えるものが違うものだなと思う。最近も『運命と復讐』を読んでその意を強くした。
    それで、ミホ側からはどう見えるのだろうと思ったのだった。

    しかし読めば読むほどやっぱり「嫌な話」で、読むのがしんどかった。やっぱり『死の棘』には共感出来そうもないし、島尾敏雄が作家としてとった立場も創作の方法も、嫌悪ばかりを感じる。
    そして、それを祭り上げた批評家たちはなんなんだ。
    都会からやって来たインテリ隊長と、土着で神秘的でピュアで美しい少女との恋? 
    批評家たちは、なぜそんな図式にあてはめて賛辞を送ったのか。男性批評家たちの勘違い願望としか思えない。やっぱり嫌だ。

    評伝としてはとてもよく出来ている。
    1人の男を(それがどんな男であれ)愛し抜いたミホはすごいな、と思う。それは鬼気迫るまでで、確かに尋常ならざるまでの希有な愛だ。それは賞賛に値するかもしれない。
    しかし、人を愛するとはかくも恐ろしい。

    もう1人の当事者である川瀬さんサイドからも見てみたかった。

  • 「狂うひと」梯久美子著、新潮社、2016.10.30
    668p ¥3,240 C0095 (2017.09.24読了)(2017.09.14借入)(2016.12.10・3刷)
    副題「「死の棘」の妻・島尾ミホ」
    今年は、島尾敏雄の生誕100年ということで、便乗して、「死の棘」を読みました。
    ついでに、昨年出版されて話題になった「島尾ミホ」(島尾敏雄の妻)の評伝が図書館にあったので借りてきて読むことにしました。

    以下は読書メモです。

    「狂うひと」を読み始めました。
    第一章、戦時下の恋を読み終わりました。
    敏雄とミホがであって、結婚の約束をするあたりまでが記されています。
    出会ったときは、敏雄27歳、ミホ25歳です。場所は、加計呂麻島です。奄美大島のすぐそばにあります。
    敏雄は、水雷艇による特攻隊の大将です。ミホは小学校の教員です。
    梯さんは、最初ミホの著作、「海辺の生と死」などに興味を持ち取材を始め、何度かミホさんにインタビューを行っています。4度目?のインタビューのあと打ち切りを宣告され、取材は中止になりました。その後1年ほどで、ミホさんが亡くなったので、息子さんの伸三さんが新潮社に遺品の整理を委託しています。遺品は、敏雄さんとミホさんの残した、原稿、ノート、日記、手紙、メモ、などです。
    著者も、この遺品を閲覧しながらこの本を書いています。
    本の後ろのほうに、「死の棘」あらすじが掲載されているので、「死の棘」を読んでいない人でも、「死の棘」の概要を知ることができるようになっています。
    梯さんの文章は、他の優れたノンフィクションライターと同様に、読む人の心を上手につかみながら引っ張り込んでゆくので、思わず先へ先へと進みたくなります。
    衝撃的な、事実がいくつか出てきますが、まだ読んでいない方の、読んだ時の楽しみにしておきたいと思います。

    読み終わりました。660頁は読み応えありますね。
    敏雄さんの生まれたのは、1917年ですので、生誕100年です。それで読むことになったのですが。ミホさんは、1919年の生まれですので2歳下ということになります。
    この本は、ミホさんの評伝ですので、ミホさんの生まれてから死ぬまでが丹念にたどられています。小学校は、加計呂麻島で過ごし、高等女学校は、東京で過ごしています。18歳で卒業し、東京で就職しています。
    一年後に病気を機会に加計呂麻島に戻り、25歳の時に小学校の代用教員を始めて、この年に敏雄と出会って恋の落ちた?
    昭和20年8月13日に、敏雄は、特攻に出撃待機状態となり、死ぬはずで、ミホもその後を追って死ぬはずだったのですが、終戦となってしまいました。
    敏雄は結婚の約束をして、島を去っていきました。
    ミホは闇舟で奄美から、鹿児島に向かうのですが、到着までに一か月かかっています。
    結婚してからの敏雄の放蕩ぶりは、残念ながら書かれていません。敏雄は、小さいころから日記をつけており、「死の棘」も日記をもとに書いています。
    その日記を読んだミホが、その中に書かれている17文字がもとで、発作が起こり始めたということなのですが、その17文字は何だったのでしょう?
    「死の棘」は、一緒に入院するところで終わっていますが、退院後は、奄美大島の名瀬市に行っています。
    退院した後も治癒したわけではないのですが、あることをきっかけにほぼ落ち着いたようです。
    その後、敏雄のほうが鬱になり書けなくなったので、代わりに?ミホのほうがエッセイや小説を書き始めます。題材は、敏雄に出会う前の島での出来事のようです。
    敏雄は、1986年に69歳で亡くなっています。ミホは後追いで亡くなるかと思いきや87歳まで生きています。
    「死の棘」を読んでよくわからなかったところが、いくつか明確になったと思います。
    敏雄の愛人の名前は、仮名(川瀬千佳子)で記されています。既に死亡しているようなのですが、死因は明かされていません。
    息子さんは、健在ですが、娘のマヤさんは、52歳で亡くなっています。10歳ぐらいの時に失語症?になっているようです。原因は不明とのことです。夫婦げんかの影響がなしとは言えないのでしょうけど。
    いくつかネタバレに近いことは書いてしまいましたが、肝心なところのネタバレには気を付けたつもりです。

    【目次】
    序章 「死の棘」の妻の場合
    第一章 戦時下の恋
    第二章 二人の父
    第三章 終戦まで
    第四章 結婚
    第五章 夫の愛人
    第六章 審判の日
    第七章 対決
    第八章 精神病棟にて
    第九章 奄美へ
    第十章 書く女
    第十一章 死別
    第十二章 最期
    「死の棘」あらすじ
    島尾敏雄・ミホ年譜
    謝辞
    主要参考文献

    ●クローズアップの連続(96頁)
    不安定な心理状態や他者との関係のゆがみが風景描写に反映されるのが戦後の島尾作品の一つの特徴である。特に『死の棘』においては、主人公の目を通した外界は近景ばかりで遠景を欠き、読者はクローズアップが連続する映画を見せられているような一種異様な気分にさせられる。
    ●何の屈託もなく(120頁)
    何の屈託もなく、わがままいっぱいに育ったとミホは言った。父母と暮らした日々の中で、嫌だと思うことをしなければならなかった経験はただの一度もないという。
    ●浜降りの日(140頁)
    浜降りの日に蓬餅を食べないと馬になり、海水で足を濡らさないと梟になるという言い伝えが島にはありましてね。幼いころの私は、父がいつ馬や梟になるのかと、ドキドキしながらそっと顔をうかがっておりました。
    ●屈辱(227頁)
    由緒ある家系に誇りを持っていたミホだが、神戸の生活でそれが重んじられることはなく、奄美出身だというだけで侮蔑の視線を受けた。その屈辱は一生尾を引いたと思われる。のちに『死の棘』に描かれることになるミホの狂乱は、結婚以来プライドを踏みにじられてきたことへの怒りと悲しみの噴出でもあったのである。
    ●日記の作品化(241頁)
    日記を作品化することは、『死の棘』のはるか以前、学生時代からの島尾の方法だったのである。
    ●ハイカラな娘(248頁)
    ミホは、東京でビリヤードや車の運転を習い、帰郷のついでに婚約者のいる朝鮮に渡って旅行してくるような活動的な娘だった。帰島後はパーマにハイヒール姿で名瀬の街を闊歩して、奄美の人々を仰天させている。演芸会では男装し、またギターを弾くなど、ハイカラな一面を持っていた。
    ●独特の文体(321頁)
    『死の棘』は、読者を主人公と共に異界に踏み込んだような気分にさせる独特の文体で書かれている。書かれている出来事は日記にもとづいているが、文体は日記とはまるで異なる。外界を語り手の内面に巻き込むようにしてえんえんと続く息の長い文章、平仮名を多用した文字遣い。
    ●建仁寺垣(321頁)
    細い割竹を密に並べ、太い割竹を横方向に渡して押さえた、どこにでもある竹垣である。京都の建仁寺に由来するところからこの名がある
    ●ためし(407頁)
    『死の棘』のミホの糾問の中心にはつねに性の問題がある。愛情と性行為を分けて考えることのできないミホにとって、「あいつを喜ばせていた」のは許しがたいことであり、もしいま夫が「あいつ」より自分を選ぶなら、それは性をともなう愛情でなければならない。その論理に従ってミホは、島尾を糾問すると同時に、愛情を性行為によって証明させようとする。それを島尾は、「ためし」と受け止める。
    ●戦時下の恋(471頁)
    ミホの発作は、文学仲間の女性との情事を知るという形でミホに訪れた「戦後」に対する拒否反応でもあった。戦時下での命がけの恋の続きのつもりで結婚生活を始めたミホだったが、戦後の島尾はそんな妻を置き去りにして文学にのめり込んだ。ミホだけが戦時下の時間にとどまっていたのだ。
    ●治癒(594頁)
    ミホが発作を起こさなくなったきっかけは、奄美に移住した翌々年に加計呂麻島に渡り、生まれ育った屋敷が跡形もなくなっていたのを見たことだった。(生まれたのはこの屋敷ではないので、言葉の綾ですね) 自分がそこへ帰りたかった世界はもう存在しないことに気づき、両親も「島尾隊長」もいない世界を生きていかなければならないと自覚したとき、戦後という時代と、その時代にゆがめられた島尾への抵抗としての発作は収まっていったのである。

    ☆関連図書(既読)
    「死の棘」島尾敏雄著、新潮文庫、1981.01.25
    「魚雷艇学生」島尾敏雄著、新潮文庫、1989.07.25
    「散るぞ悲しき」梯久美子著、新潮社、2005.07.30
    (2017年9月26日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    島尾夫妻それぞれの日記や手紙、草稿、ノート、メモなど、膨大な未公開資料によって妻・ミホの生涯を辿る、渾身の決定版評伝。

  • 同じ資料を使って、書きようによって、いくらでもきれいごとにできるのに「きれいごとにはしないでください」と言ったご子息。きれいごとだけで感動させようとする世の中の流れに逆らっている。
    私はこの本を読んでものの見え方が変わった気がする。立派な仕事をした人も、一生立派なだけで生きたわけではないなら、自分のことも周りのことももっと許さなくてはと思う。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『百年の手紙 日本人が遺したことば』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』などがある。

「2020年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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