狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 444
レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (672ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104774029

作品紹介・あらすじ

戦後文学史に残る伝説的夫婦の真実に迫り、『死の棘』の謎を解く衝撃大作。島尾敏雄の『死の棘』に登場する愛人「あいつ」の正体とは。日記の残骸に読み取れた言葉とは。ミホの「『死の棘』の妻の場合」が未完成の理由は。そして本当に狂っていたのは妻か夫か――。未発表原稿や日記等の新資料によって不朽の名作の隠された事実を掘り起こし、妻・ミホの切実で痛みに満ちた生涯を辿る、渾身の決定版評伝。

感想・レビュー・書評

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  • あまりのぶ厚さに手を出しかねていたが、読み出したらやめられなかった。これは労作にして傑作。「死の棘」の妻島尾ミホの人物像に迫ることで、従来の作品観に敢然と異議を申し立てている。筆者の論は、長期にわたる地道で粘り強い取材に裏打ちされていて、圧倒的な説得力がある。

    「死の棘」が他の私小説から抜きんでた評価をされてきたのは、その前日譚があったからこそではないだろうか。特攻隊長として南の島にやってきた男と、村長の娘である美しい少女との恋。それは予想されていた「死」では終わらず、二人は結婚し、やがて修羅の日々を迎える。

    著者は、そのほとんど神話となった二人の出会いから、事実はどうであったのか、島尾敏雄やミホ、そして周囲の人々が何を思い、どう行動したのかを丁寧に検証していく。まずここが非常に刺激的だ。このときミホは二十五才、東京の女学校を出た後島の代用教員をしていて、決して「南の島の素朴な少女」などではなかった。

    ここを皮切りに、従来定説となってきた解釈に疑問が呈され、語られることのなかった時期の実像が掘り起こされていく。島尾敏雄の愛人のこと、ミホの実父のこと(ミホは実は養女でそのことを語ろうとはしなかった)、養父母への愛着、中断されてしまった長編小説…。次第に浮かび上がってくる姿は、「求道的な私小説作家と、そのミューズ」というイメージからはかなり隔たっている。

    感嘆するのは、そうして二人の実際のありようを(特にミホは書かれたくなかったであろうことを)明らかにしながら、筆致がまったく暴露的ではないことだ。雑誌での著者インタビューなどを読むと、これを書くことにかなりためらいがあり、出版後もなお葛藤があるそうだが、これはやはり「書かれるべき物語」だと思う。本書ではしばしば、「書くこと」「書かれること」についての言及があり、書いたり書かれたりすることで人生が変わっていくことへの、懼れに似た気持ちが述べられている。私はここに「書く人」としての著者の覚悟と誠実さを強く感じた。

    「死の棘」とこれに関連する小説のほとんどすべての内容は実際の出来事であり、島尾敏雄がずっとつけていた日記が「ネタ」だったそうだ。それを知ると、考えずにはいられないのが、当時六歳と三歳だったという二人の子どものことである。「死の棘」に書かれた地獄のような狂態は、幼い二人の目の前でのことであった。小学生のときしゃべることができなくなったというマヤさんは、若くしてガンで亡くなったそうだ。胸が詰まる。
    (私は「私小説」が好きではないが、その理由の一つは、私小説にはしばしばこういう、「自分」だけにかまけて庇護すべき弱いものに無頓着だったり、むしろ進んで害を与えたりする人が描かれるからだ。それが人間の「業」だとは思えない)

    長男の伸三さんは、この本のために取材を申し出た著者に対し、「書いてください。ただ、きれいごとにはしないでくださいね」と言ったそうだ。どうしたらこういう言葉の出る人になれるのか。頭を垂れるしかない。

  •  「死の棘」本体を読んだとき、「おぞましい自己愛」「夫婦のプレイ」「共依存」などと感想を書いたが、その印象が決して外れていないことを本書で確信した。他者の吐しゃ物をひろげて見せつけられているような嫌悪感には根拠があったのだ。こうした私小説を愛だの宿命だのと賛美する神経が知れないが、梯さんはさすがに冷静だと思う。     
     トシオがかつての教え子(遠藤さん)に吐露したという、「夫婦だからってここまで束縛していいものか」という心情がすべてを物語っている。そうした事態をみずから仕掛けなければ小説を書けなかった人間の性があまりに哀しい。

  • 死の棘を読んでなんの感動も共感もなくて、この本を読めばもっと理解できるのでは?と思ったけど、全然だった。なぜこの死の棘が有名になったのかも理解できない。

  • 「図書」2019年6月号で梯久美子さんの対談を読んで興味を持った。今自分のテーマになっている「聞き書き」の流れで。
    しかし怖かった…。

  • 序章 「死の棘」の妻の場合
    「戦時下の恋」「二人の父」「終戦まで」「結婚」「夫の愛人」「審判の日」「対決」「精神病棟にて」「奄美へ」「書く女」「死別」「最期」
    島尾敏雄とミホ夫婦についてなんの予備知識なしに読み始めたせいか、最初からふたりの生い立ち、ドラマチックな出会い、結婚生活、その成り行きにいちいち驚いてしまう。「死の棘」って実話?それとも小説?
    敏雄の日記、関係者の証言、ミホ本人からの聞き取り‥今回初出の資料もたくさんあり、「死の棘」未読(!)の私でもこの本の凄さや面白さが分かる。順序が逆になったが「死の棘」を読まなければ。

  • 同じ資料を使って、書きようによって、いくらでもきれいごとにできるのに「きれいごとにはしないでください」と言ったご子息。きれいごとだけで感動させようとする世の中の流れに逆らっている。
    私はこの本を読んでものの見え方が変わった気がする。立派な仕事をした人も、一生立派なだけで生きたわけではないなら、自分のことも周りのことももっと許さなくてはと思う。

  • 「愛の顛末 純愛とスキャンダルの文学史」

  •  現実がある。小説を書く。現実をなぞって書くのが「私小説」の方法。作家が現実を小説のように生きるとしたら、それは倒錯だろうか。小説に描かれる妻が、作品の主人公として現実を生きるとしたら、それは狂気だろうか。戦後文学の、私小説のぶっぐネーム島尾敏雄とその妻の本当の生活はどこにあったのか。
     よくぞここまで踏み込んだものだ。梯久美子の力技に拍手。

  • 読みにくい本です。

  • 「死の棘」の島尾敏雄の妻であるミホの評伝。あの小説はそのままの事実を書いたものか。それとも脚色されたものか。愛人とは誰か。ミホの狂気は強調されているのか。ありのままか。膨大な手紙、メモ、ノート、日記からミホと敏雄の人生をあぶりだす。

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著者プロフィール

梯久美子(かけはし くみこ)
1961年、熊本市生まれのノンフィクション作家。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『狂うひと―「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)などがある。

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