- Amazon.co.jp ・本 (639ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105058739
作品紹介・あらすじ
マークが、事故に遭った。カリン・シュルーターはこの世に残ったたった一人の肉親の急を知らせる深夜の電話に、駆り立てられるように故郷へと戻る。カーニー。ネブラスカ州の鶴の町。繁殖地へと渡る無数の鳥たちが羽を休めるプラット川を望む小さな田舎町へと。頭部に損傷を受け、生死の境を彷徨うマーク。だが、奇跡的な生還を歓び、言葉を失ったマークの長い長いリハビリにキャリアをなげうって献身したカリンを待っていたのは、自分を姉と認めぬ弟の言葉だった。「あんた俺の姉貴のつもりなのか?姉貴のつもりでいるんなら、頭がおかしいぜ」カプグラ症候群と呼ばれる、脳が作り出した出口のない迷宮に翻弄される姉弟。事故の、あからさまな不審さ。そして、病室に残されていた謎の紙片-。幾多の織り糸を巧緻に、そして力強く編み上げた天才パワーズの驚異の代表作にして全米図書賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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『われらが歌う時』はあんなに好きだったのに『舞踏会』と『幸福の遺伝子』はなぜか全く入り込めなくて途中で読むのをやめてしまったパワーズ。今回、背水の陣でこの本を手にとりました。
『われら』は私にとってわかりやすく感動的だったのに対し、こちらはわかりづらく、しかし確実にじわじわくる感じ。
序盤は冗長な気がしないでもなかったけども、途中でふと、パワーズは好きなことを好きなだけ好きなように書いているのでは?と気づいてからは、ならば、とにかく今回はそれに付き合おうと腹をくくった。
んで、迎えた終盤。登場人物ひとりひとりが、自分自身のどうにもならなさ、やむにやまれなさに、ばったばったと膝から崩れ落ちていくさまが、とにかく圧巻で美しくかなしく、もう動悸がとまらなかった。そして、私もまた、人生のあるときに、カリンであり、マークであり、ウェーバーであり、シルヴィーであり、ダニエルであるのだと思って本を閉じた。で、一夜明けて読んだ訳者あとがきには、この小説の構造自体が脳なんだって書いてあるじゃないか。唸る。
他にも、理系ぽいテーマなのに詩的(というか詩そのもの)なところとか、アメリカ社会のなんともいえない寂しさを鋭すぎる切れ味でちょこちょこ入れ込んでくるところとか、ほんとうにみごとだったのだけれど、なんといっても、鶴。
鶴が想起させるイメージの豊さよ。
何年か前に読んだ、南北朝鮮の境界線を舞台にした、アンソニー・ドーアの『The Demilitarized Zone』っていう短編でも、鶴がものすごく印象的に使われていたのを思い出した。パワーズがすごいのか鶴がすごすぎるのか、もはや私にはよくわからない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
発売と同時に買って読む本なんてリチャード・パワーズくらいしかいない。「われらが歌う時」もそうだったけど、この「エコーメイカー」も一気に読んだ(とはいいつつ、途中「生物の進化大図鑑」という分厚いのを買ってしまったせいで読書ペースはがた落ちだったけど)。
「囚人のジレンマ」や「われらが歌う時」と同じく、この本も家族が濃密に描かれる。親や姉や弟など人と人の距離が近いという感じ。それをさらっとさまざまな知識をおりまぜつつ(ほんと博識だなあと思う)、読み手自身の日々日常のイライラを彷彿とさせながらいろんな複線を絡ませ(このあたりはいつも村上春樹と重ね合わせてしまう部分と感じる)、とても読みやすくしあげてしまうのはあいかわらずだな(これも村上春樹っぽい)と思う。
「ガラティア2.2」自体が人工知能、そしてこの「エコーメイカー」は脳それ自体を模して作られている感があるのが面白い。今回はミステリーっぽく読めるところもいい。
読んでる最中に寄り道して「脳のなかの幽霊」を読みたくなって仕方なかった。例の章だけでもちょっと読んでみてもよかったかも。
さて「2666」をいつ読むか。 -
読み終えたくない本に出会うと嬉しいが、読み終えるのが淋しい。
こちらは2020年のベスト。発行年でなく自分が読んだ年の。 -
いやー長かった。なぜこんなに長いのか、著者なりの理由はあるのだろうが、そこまでの熱心な読者でない人間からすると、もう少し核心をコンパクトにまとめてほしかった。
911後のアフガン・イラク戦争について、おそらくはリベラルであろう著者と違った登場人物たちの思いが丁寧に描かれているところは感心した。 -
表現の仕方がとっても美しい本です。
私が無知なせいで途中何度か読めない漢字が出てきて、調べてる間にリズムが途切れてしまったのが悔やまれます(自業自得です…)
登場人物が抱えるそれぞれの荷物や葛藤の中に身を置いた時、いいようのない息苦しさのようなものを感じました。ストーリー的には途中でなんとなくオチが読めてしまうところが少しだけ残念。 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/2368 -
カナダヅルの飛来地ネブラスカを舞台に、事故から親しい人を偽物と感じてしまうカプグラ症候群を発症した青年を巡る物語。
ケアマネ、介護士としての私の仕事柄、脳が萎縮したり、傷ついたりしたときに生じる心や性格の変化、その中でなんとか統合を守ろうとする本人や他者の受容について考えてしまう。新しい〝その人らしさ〟として接していくのか、それとも改善すべきものとして治癒を目指していくのか。
分厚いけど一気読み、専門用語など全て理解できたわけじゃなけれど、あとがきの言うとおり、この本自体か脳を模した構造をしているとするならその脳というものの凄み、そして著者の力量を強く感じました。
カナダヅルの大群を、いつか死ぬまでに見に行きたい。 -
事故で脳損傷を受けた弟(損傷した脳で施行される事柄やパターンが凄く面白い)と、それを親身に看病する姉や周囲の人々が織り成すドラマ。社会的状況、水域・環境問題、鶴の保護、姉の置かれた状況、脳神経学者の葛藤、事故の真相と残された謎のメッセージ。それぞれが絡み合って物語はすすむ。登場人物の全てが大なり小なり問題を抱えている。飽きることなく最後までグイグイと引っ張られるようにページが進む。最後の方に出てくる鶴が舞う描写は凄く詩的で美しい。パワーズは美しいものを実物よりも美しく描写する作家だと思う。