菊とポケモン グローバル化する日本の文化力

  • 新潮社 (2010年8月31日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784105062217

感想・レビュー・書評

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    https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=10282614

  • 日本のコンテンツがどうして世界に広まり、グローバルな人気を博したのかをパワーレンジャー、セーラームーン、たまごっち、ポケモンを用いて読み解いていく一冊。
    日本のポップカルチャーは、ここ数年で大きく隆盛を見ている。

    特に、もっぱらディズニーやハリウッドが子どもたちを魅了した米国において、ポケモンが覇権をとった意味は非常に衝撃的である。
    注目したいのは、西欧は人間が世界の中心的存在であり、生と死がより明確に区別されているとする世界観に対して、日本は現実世界と異世界が複雑に絡み合い相互に行き来しあっていることにある。
    ポケモンはまさに、テクノロジーを通して、精霊や妖怪などの非現実と現実を違和感なく結びつけた象徴といえる。

    また、すべてのポップカルチャーは、必ずローカライズを行い、国ごとに見事な線引の上で変化をしている日本人特有の柔和さも印象的。
    断固としててIPを貫き通す諸外国との差別化ともなりえている。

    文献やインタビューなどの綿密な調査に基づき考察されたコンテンツビジネスは理解しやすく、どう米国で変更され、受容され、あるいは失敗したのかが肚落ちしやすい。
    また、クールジャパンと呼ばれる娯楽作品や製品が、必ずしも国の文化力を示すものではないという筆者の見解も興味深かった。たしかにポケモンは日本と言うものをあまり感ぜずに楽しめるものであり、どの国においても許容しやすかったように思える。

  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    パワーレンジャー、セーラームーン、たまごっち、そしてポケモンと日本発でアメリカに影響を与えた文化についてを分析、解説している。
    パワーレンジャーとポケモンに関しては耳にしたことがあったがセーラームーンとたまごっちが流行していたことは意外だった。その2つは日本的で流行らないと思っていたのだが、セーラムーンのファッション面が人気となり、たまごっちの世話の面倒臭さが気に入られていると言うのを読んだときは日本とあまり変わらないと感じた。
    ただ、これらは日本の文化が浸透したというよりも、どの文化でも受け入れられる内容になっているというのも中々に面白い。ただ、どうしても日本的な部分は残っているようだが。

  • 東2法経図・6F開架:778.7A/Ta87s//K

  • タイトル(の翻訳)の勝利。

    「菊と刀」を彷彿とさせるタイトルだが,内容は違うし,著者も同著を意識して書いたものではない。
    日本の文化ではなく,日本のおもちゃ(アニメ・漫画を含む)の特徴と,アメリカへの影響を分析したもの。
    原著の発刊は2006年ということを踏まえて読む必要がある。

    ポケモンGOが流行っている現代を,著者はどう分析するだろうか。

    日本からの輸出第1号は,駐留軍のブリキのごみから作ったブリキの自動車のおもちゃだった(70頁)。

  • パワーレンジャー、セーラームーン、たまごっち、ポケモンがいかに世界に影響を与え、日本のどのような側面を現しているかについて書かれた本。その中でも「ポケモン」はやっぱり異質というか傾向が違う気がする。
    そこには虫取りの要素みたいな熱中性があるんだと思う。

  • 日本の子供向けコンテンツがアメリカで受け入れられていることを書いた本。
    色々と誤解されていると感じながらも、アメリカ人から見たクールな日本の解釈が面白い。
    しかしながら、本書の書かれた頃は最も日本のコンテンツの人気が高かったと思わずにはいられない。任天堂の斜陽とリンクしてるような気がします。

  • 日本のポップカルチャーが何故世界に広まっていったかを、パワーレンジャー・セーラームーン・たまごっち・ポケモンをもとに考察している。

    筆者の主張をまとめると、現実世界と想像世界の間を自由に行き来するのが日本文化の特徴。

    ポケモンは、通信や交換を前提とし、友だちとのコミュニケーションを生み出す面があるため欧米でも親たちに受け入れられているという話しは興味深い。

  • 日本の娯楽文化の特徴やら独自性やらを分析した本。個人的に「娯楽」「ゲーム」というキーワードに関心があるため、この本もかなり高いモチベーションで読んだ。日本文化の内側の人間としては、それが日本独自なのか?とか思うことも多かったが、少なくとも大して海外に出たこともない人間よりも、筆者のような比較を専門に行なっている人の分析のほうが説得力があるだろう。比較するうえでは複数の文化圏について体感的に触れる必要があるなと思った次第。

  • 文化人類学の目線から日本のクールジャパンとなどと称されるそのパワーの根源に迫る。かなりの分量だがかなりおもしろいため読み進めるのが苦ではない。様々な文化産業から日本のソフトパワーの力強さ、そこに内包される社会問題を浮き彫りにする。

  • (推薦者コメント)
    日本のソフトパワーの代表的存在の一つであるポケモン。何故アメリカでポケモンや日本の様々なキャラクタービジネスは上手くいったのだろうか。文化人類学の観点から説明を試みる。

  • 外国の方が、ポケモンなどを題材として日本文化について書いています。とても興味深いです。
    ポケモン含むキャラクタービジネスは、ポストバブルの景気後退期に唯一成功している日本のビジネスなんですって。
    ドラえもんはのび太だけ、ディズニーも自己完結してるストーリー、でもポケモンは誰でもトレーナーになれる+日本っぽさが少ない=世界に開かれていくファンタジー。
    こう思うと、子供同士のコミュニケーションを助長するしかけがあるポケモンは、「一人ぼっちにさせない」ゲームなんですよね。
    キーワードは、現実世界と異世界/多様変容とテクノアニミズム/細部まで設定/かわいい、持ち運べる…

  • 日本人らしさってなんだ―――今までのテンプレな「菊と刀」は昔々、外から見た日本。でもこの本ではクールジャパンを通して徹底的に日本人をアメリカや他の国から浮き彫りにしている。堅い視点で論じているから勉強したい方、知識あるオタク、分厚いハードカバーに負けない方向け。決してライトな本ではないです。著者の深読みとも言える解釈は面白い。

  • ローカライズされたものが世界に通用する

  • ↓貸出状況確認はこちら↓
    https://opac2.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/BB00158699

  • 久々に読んだ「文化論」系の一冊。

    表題には「ポケモン」とはいっているが、別にポケモンだけを扱ったわけではない。
    終戦直後の米軍相手のブリキおもちゃの製造販売に始まり、ゴジラ、スーパー戦隊シリーズ(パワーレンジャー)、セーラームーン、たまごっち、ポケモンという日本初の"モンスターたち"を中心に据えた現代文化を、「文化を輸入したアメリカ人」の視点から考察していく。

    「ポケットの中の野生」(中沢新一)や「ポケモン・ストーリー」(畠山けんじ・久保雅一)はじめ、ポケモンetcを文化やビジネスなどの観点から捉えた日本の著作・学術研究についても余すところなく触れて背景理解を固め、その上で「アメリカ人はどう捉えたか」という観点から独自の論考を展開している。そういう意味ではモレのなさ、切り口の鋭さが両立しており、価値ある研究だと感じられる。

    非常に多岐にわたる考察がなされているので文脈から外して切り取ってくるのもはばかられるのだが、印象に残ったことを少し記述しておくと。
    「アメリカでポケモンはヒットしたが、そこで考えられた戦略、とられた戦術は明白なローカライズを前提としていた」
    ということ。
    ゲームデザイナー田尻智氏はじめクリエイターたちは、日本の子どもを想定して作った。また、そこから派生したポケモンのアニメも同様である。
    だが、それはそのまま輸入されたわけではなく、ローカライズがされていた。日本風の名前を米国風に、といった表層的変更だけをしたわけではなく、文化的土壌を鑑みたうえで、「日本っぽさ」をなくし、「アメリカではないどこか」を演出することに力点を置いたことである。
    また、売り出した順番も、日本ではゲーム→アニメ(当たり前だが)だったが、アメリカではアニメ→ゲームとした。
    アニメについては、たとえば「おにぎり」を差し替えたりした。日本っぽさは必要がなく、むしろ神話世界への没入の妨げになるという考えから。また、最初の映画「ミュウツーの逆襲」では、日本版ではミュウツーは必ずしも悪として描かれているわけではない(というかむしろ人間のエゴの被害者?)のに対し、アメリカ版では最後にミュウツーは「悪事、その間違いを認める」のだという。

    僕は、日本発の現代の"アニマ"はそのまま受け入れられたのか、すごいなー、などと今までは無知にも思っていたのだが、本書を読んで決してそうではないことを知った。あくまでビジネスとして輸入/輸出され、それは文化的にいかに受け入れられるかを介在者たちによってコントロールされる。
    それは良い、悪いということではなくて、コンテンツ・商品としての必定なのだろう。

    さて、となってくると、日本は単純に「クール・ジャパンの魅力」とか言っていて良いのかという疑問が湧いてくる。どのコンテンツがどういう理由で海外消費者の心を掴んだのかを複合的な手法から調べた上で、輸出戦略を立てる必要があるのではないか。
    といっても、それぞれのコンテンツはあくまでそのクリエーター(集団)の意思から作られているものだから、それを産業という枠組みの中で統括的に扱えるのかというとそれも困難だろうとは思うけれど…。
    それに「当たったから同じようなものをつくろう」なんていう創造性のかけらもないコンテンツがヒットするとは思えないし。

    1人でも多くの優れたクリエーター(集団)の作品が海外に適切に届くような環境づくり、およびヒットの予兆を早く感じ取り、それをブーストするような仕組みは必要だな。
    (…と、ビジネスライクな結論になってしまったが、そーいうこと考えなくても面白い一冊でした)

    ただ著者も触れるように、本書の邦題が「菊とポケモン」なのはどうなんだろう。
    まぁ「ミレニアル・モンスターズ」よりは商業的にヒットする確率は高かったと思うけど、「菊と刀」にどうしてもなぞらえられることで、読み手をそういう枠組みにはめてしまう可能性があるんじゃないか。
    ま、これも「輸入/輸出ビジネス」としてのローカライズはやむなし、ということの証左のひとつなのかなー。

  • 外国人の視点から見て書かれたポケモンを中心として書かれたクールジャパン本。
    中には疑問のある解釈もあったけど、思った以上に面白かった。
    ところどころ間違った情報もあったような気がするのだけれども、日本の作品が書き換えられたうえでアメリカで放映されているという例も多いらしいので間違っているわけではないのかもしれない。それか翻訳ミスか。
    後、訳者も書いているけれども、原著が2005年に書かれたものなので少し古い印象を受ける部分はあった。まるで、今の日本は消費離れといわれているのに、この本では若者はブランドを消費することのみを望んでいるような書き方が。
    それにしても本当、ポケモンが与えた影響は本当にすごいと思い知らされた。

  • クールジャパン現象を人類学的に分析した本。多様変容とテクノアニミズムをキーとして分析を進めていく。ただ、原書が発行されたのは少し古く、しかもアメリカに偏重しているので、いまのクールジャパンとは少し違っていることもある。最近のオタク文化や、ヨーロッパでの日本カルチャー人気はまた違う現象な気がしないでもない。ともあれ、内容は誠実で示唆に富み面白い。その分、この邦題のミスマッチが惜しまれる。ルース・ベネディクトの本とは全く方法論も異なる。なぜ、こんな邦題が。。。

  •  ベネディクトの菊と刀をもじったタイトル。しかし本人とベネディクトとは理論の相違があることを著者は示している。この本は時系列的に日本のサブカルチャーをアメリカとの関連から考察した本。ゴジラからスーパーヒーロー、セーラームーンからたまごっち、そしてポケモンと。米国の日本文化の受け取りの変容を非常にわかりやすく書かれているので、ふむふむと納得しながら読めました。

  • この本を読んでゾッとした。
    ポケモンの海外流行は、日本のソフトパワーの現れと捉えていたが、そういうものじゃないのかもしれない。

    「菊とポケモン」という題ではなく、原題「Millennial Monsters」の方がしっくりくる。
    「モンスター」が出現した背景にある「アトミズム」「ノマド社会」「テクノアミニズム」などの日本社会の様子をしっかり描き出していると思う。

    著者は「商品化される日本の娯楽作品が、異なるレベルにある要素--戦後日本/新世紀における帝国、遊び/資本主義、文化/商品、グローバリズム/ローカリズム--を(スチュアート・ホールの言葉を借りると)いかにたくみに接合しているかを検証していく」(原文まま、pp.38--39)
    としているが、これらの要素をまたぐもの=モンスターは時代とともに、また場所によって変容している。

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