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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784105063412
感想・レビュー・書評
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英国人ジャーナリストによるケインズとハイエクについて歴史的に考察した本。ケインズとハイエクの考え方そのものを分析研究するのではなく、両者の交流や社会的な評判を時系列的に追っている。学術的とは言えないが、両者の性格や交流関係をよく理解できた。
「(ベルサイズ条約)ケインズは、この条約は「ドイツを毎年毎年叩きのめす」ものであり、「文明史上、残虐な勝利者による最も非道な行為のひとつ」になるだろうとした」p28
「ケインズは、権力ある立場の人々が正しい決定を下しさえすれば、人生は必ずしも本来のように厳しいものではなくなるという楽観的な見方を選択した。ハイエクは、人間の努力には絶対的な限界があり、自然の法則を変えようとする試みは、たとえ善意からであっても予想外の結果に終わるのが関の山であるとの悲観的な意見を支持した」p60
「(ケインズ)投資額が貯蓄額を上回ると、景気が拡大するとともにインフレが起きる。逆に、貯蓄額が投資額を上回ると、景気が後退し、デフレと失業が発生する」p72
「(ケインズ)われわれは悪循環に陥ろうとしている。金がないから何もしないと言うが、何もしないからこそ金がないのだ」p78
「ケインズは、英国の乗数は2であると唱えた」p158
「(ケインズ)大規模な不況を終わらせるのは戦争しかないと結論するだろう。これまで戦争は、大規模な公債支出の対象として政府が価値をおく唯一のものだったからだ」p161
「(ハイエク)「自由の条件」での一般的な結論は以下のとおりである。第一に、個人が他者からの強制を受けないようにするには、国家が一部の人々に対して「他者に強制しないこと」を強制しなければならない。第二に、民主主義と資本主義は、私的財産の概念と、自由市場で機能する強制可能な契約の概念に基づくものであり、どちらの主義にとっても法の支配が不可欠である」p251
「(ハイエク)政府は、まともな人々によって構成されているのであれば、厳格な規則によって過度に規制されるべきではない」p253
「(ヴォルカー)若干のインフレによって経済が活気づくために、やがてもう少しの物価上昇が必要になる。人々がそれに慣れてしまうと、その効果も消滅する。抗生物質のように、また新たなものが必要になるのだ」p298
「企業がすでに現金がだぶついている時に国の貨幣供給量を増やしても、結局は「糸を押すことはできない」という警句の意味が裏付けられただけだった。これは、景気刺激策としての金融政策の無力さについて述べた言葉で、いかに多くの貨幣が利用可能になっても、企業に投資を強要することはできないという意味だった」p323
「さまざまなサービスのうちハイエクが民営化すべきと考えたのは、「教育から輸送、通信(郵便、電信、電話、放送サービスを含む)にいたる、いわゆる「公益事業」のすべてと、種々の社会保険、そして何よりも貨幣の発行」だった」p332詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
これを読むと、現在各国における積極財政派と規律重視派のスタンスが、そのままケインズとハイエクの性格の違いに起因することがよくわかる。前者は理屈よりも結果を重視し、政策の効果の良し悪しを柔軟に理論に反映させることができるが、悪く言えばまあノンポリだ。後者は理論にまず絶対的な信頼を置き、政策の効果が芳しくなければそれは理論でなく運用が間違っていたのだとする、頭の固い頑固者。本書で繰り広げられる米国経済政策のクロニクルを見てもわかるように、これら二つの立場のどちらかのみに完全に依拠する立場は現実的に取り得ないが、しかし政策ごとに見ていけばどの政権も必ずいずれかの経済観を採用している。この二大巨頭の個性の間を揺れ動くことで今日の世界経済の姿があるかと思うと感慨深い。
個人的には、レーガノミクスに関しソローやガルブレイスの言が引かれているように、特に成熟した先進国において、小さな政府が標榜されているかに見えてその実ケインズ主義的な政策が実行されているケースが多くなってきているのが気になった。また、ケインズがハイエクとの論争で記した言葉「経済学では他の学問とは異なり、完全に相手を説得する事は出来ない」が、単なるニヒリズムを超えて経済学という学問の限界を物語っているようにも思えた。 -
ケインズ、均衡理論について「長期的には、われわれはみんな死んでいる」
ハイエクはオーストリアでインフレを経験していてインフレに対する嫌悪感が強かった。
1930年頃の2人の誌上での論争は非常に不毛。
全般的にケインズとハイエクの研究および思想の歴史的・政治的背景がよくわかる。 -
経済学ではなく経済学史のノンフィクション。
30年周期でおこる好況不況の波の中で2つの経済学派が入れ替わり立ち代り主流反主流に立ち国家経済の舵を取っていく様が、「ケインズ/ハイエク登場→出会い→ケインズとの論争→ケインズ派の隆盛/ハイエクの没落→ハイエクの復活→リーマンショックによる米国のケインズ復活」という流れで描かれる。
私は経済成長の要因を人口増とイノベーションからしか理解できない程度の経済学理解なので、どっちが正しいとか言えるもんではないのですが、ケインズが舵を取れるのならケインジアンが適切な経済政策であるというどうしようもない学生時代からの持論を改めて確認しました。 -
160416 中央図書館
かなり面白そうなのだが、時間に追われパラパラ読みのみ。。 -
経済界の2代巨頭である、ケインズとハイエクを、学説比較ではなく、出会いから論争を現代まででエピソード中心のまとめている。時系列にまとまっており、現代までつながっているので、ノンフィクションとしても読めると思う。
結局は今の経済もこの2つの考えの中で揺れ動いているんですよね。目次は下記の通り。
第一章 魅力的なヒーロー
ケインズがハイエクの崇拝対象になるまで 一九一九~二七年
第二章 帝国の終焉
ハイエクがハイパーインフレを直接経験する 一九一九~二四年
第三章 戦線の形成
ケインズが「自然な」経済秩序を否定する 一九二三~二九年
第四章 スタンリーとリヴィングストン
ケインズとハイエクが初めて出会う 一九二八~三〇年
第五章 リバティ・バランスを射った男
ハイエクがウィーンから到着する 一九三一年
第六章 暁の決闘
ハイエクがケインズの『貨幣論』を辛辣に批評する 一九三一年
第七章 応戦
ケインズとハイエクが衝突する 一九三一年
第八章 イタリア人の仕事
ケインズがピエロ・スラッファに論争の継続を依頼する 一九三二年
第九章 『一般理論』への道
コストゼロの失業対策 一九三二~三三年
第十章 ハイエクの驚愕
『一般理論』が反響を求める 一九三二~三六年
第十一章 ケインズが米国を魅了する
ルーズヴェルトとニューディールを支持する若手経済学者たち 一九三六年
第十二章 第六章でどうしようもなく行き詰まる
ハイエクがみずからの『一般理論』を書く 一九三六~四一年
第十三章 先の見えない道
ハイエクがケインズの対応策を独裁に結びつける 一九三七~四六年
第十四章 わびしい年月
モンペルラン・ソサエティーとハイエクのシカゴ移住 一九四四~六九年
第十五章 ケインズの時代
三十年にわたる米国の無双の繁栄 一九四六~八〇年
第十六章 ハイエクの反革命運動
フリードマン、ゴールドウォーター、サッチャー、レーガン 一九六三~八八年
第十七章 戦いの再開
淡水学派と海水学派 一九八九~二〇〇八年
第十八章 そして勝者は……
「大不況」の回避 二〇〇八年以降 -
【選書者コメント】経済学部だが教わっていないので
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学説の話よりも、エピソードがメイン。期待していた内容と違ったので、半分くらいで終了。
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2010年の中間選挙で勝利した共和党は、ケインズ主義的な景気刺激策によって財政赤字を増大させ、その一方で長期金利を低水準にとどめるために政府国債を、連邦準備制度が買い戻し続けたため、米ドルの価値は下落した。 これを読むと、今の日本の”アベノミクス”(ミルトンのマネタリズムとケインズ主義)の意味と、これからどうなるのか、なんとかくみえてきます。 学者ではなく、ジャーナリストが書いたものなので、分かりやすく解説されています。お勧めです。
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二大巨頭をめぐる議論はいつまで経っても決着がつかないのかもね。サッチャーが亡くなったこの年に、ケインズとハイエクを読むのもまた一興。もっと、もっと2人を理解しないといけないな。
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おもしろかった。
経済学の流れの一部を其の時代時代に照らし合わせて
理解できた。どちらも不況や社会問題から
「経世済民」を自分の力・理論で取り組もうと
した結果だね。
経済学を勉強することは、問題解決力を養うかな。
僕はちなみに「ハイエク派」かな。どちらかに
決めない方がいいけどね。 -
p39
ケインズが述べているように、「外国の物価水準が不安定なときには、自国の物価水準と為替相場の両方を安定的に維持することはできず、どちらかを選ばざるを得なくなる」
p60
ケインズとハイエクの間の戦線はこのようにして形成された。ケインズの意見では、生活状況を改善するためにできることをする、とくに失業者のためにそれを実行するのは政府の義務だった。これに対し、ハイエクは、独自の形ではあれ、大自然の力ど同様に不可変な力に対して政府が干渉するのは無意味だと考えていた。ケインズは生物進化論を経済活動に不当に当てはめた自由市場主義への固執を否定し、経済のはたらきに対する理解が深まれば、責任能力のある政府は、景気循環の谷で最悪の影響を防ぐ決定を下せるようになると唱えた。いっぽうのハイエクは、経済が具体的にどう動くかを見抜くのは不可能ではないとしても困難であり、そうした知識にもとづいて経済政策を立てようとするのは床屋が初歩的な手術をするようなもので、益よりも害のほうが多くなる可能性が高いと最終的に結論した。
ケインズが、人間は自分の運命を管理する役割を与えられていると考えていたのに対し、ハイエクはある程度不本意ながらも、人間は他のあらゆる自然の法則に従わざるを得ないのと同様に、経済の自然な法則にも従って生きることを運命づけられていると考えていた。こうしてこの二人は、人生と政府に関する二つの対立的な見解をそれぞれ代表するようになった。ケインズは、権力ある立場の人々が正しい決定を下しさえすれば、人生は必ずしも本来のように厳しいものではなくなるという楽天的な見方を選択した。ハイエクは、人間の努力には絶対的な限界が定められており、自然の法則を変えようとする試みは、たとえ善意からであっても予想外の結果に終わるのが関の山であるとの悲観的な意見を支持した。
p65
ハイエクはこう振り返る。「私がまじめな議論を挑んだ瞬間から、彼は私を真剣に受け止め、以後、私を尊重してくれるようになった。(中略)ケインズは私のことをいつもこのように話していたと承知している。『もちろん彼はクレイジーだが、彼の考えもかなり面白くはある』」
p208
大衆行動の経済的行動に関する演繹的仮説の基盤んあるのは、現在や未来の状況について、完全市場での意思決定に必要な完全な知識を各個人がもつという、理想的な状況である。しかし、この完全市場は存在しないのだ、とハイエクは聴衆に念押しした。現実の生活で経済的意思決定を下すのは、現状に関する部分的な知識を、これから起きそうなことについての最善の推測に組み合わせ、それにもとづいて行動する個人である。そして、各個人は将来の状況がどうなるかについて、それぞれ異なる(そして多くの場合正反対の)判断にたどりつく。その判断が正しかった人もいれば、誤りだった人もいる。しかし、そうした意思決定をすべて総合したものが、活動している市場の動的状況を形成しているのだ。
こうした論理展開から、彼は二つの重要な結論に行き着いた。この講義ではどちらも明確にされなかったが、いずれも彼の思考が新しい方向へ向かう道を開くものだった。その一つ目は、市場で起きていることについての社会的な知恵が反映されるのは価格であり、政府などの外部のちからが価格決定に介入することは、まともに動いている速度計の針を押さえて車のスピードを調節しようとするのに等しいということ。二つ目は、どのような人間も--ハイエクの置言う「忌まわしい独裁者」ですら--ある経済を構成するあらゆる個人の考えや欲望、希望を知ることはできないということだった。全体主義的な支配者、あるいは一見善意で政治に関係なさそうな「計画者」でも、自分たちが物事を一番理解しているとの前提や、他者の考えを承知しているとの思想のもとに経済に介入すると、彼らが一人ひとりの利益のために動いているのだといくら主張しても、必然的に個人の願いはかなわなくなり、彼の幸福や自由も奪われてしまう。
p304
1970年代以降、こうした学者らは、おおまかには昔のケインズとハイエクの対立軸に沿って二つに分裂していた。そのひとつは「淡水学派」で、彼らの属する大学が米国の五大湖の周りに集まっていたことからそう呼ばれた。もうひとつは「海水学派」で、彼らの大学は米東海岸沿いに位置していた。淡水学派はハイエクと同様に、国家にとって最大の災いはインフレだと考え、海水学派はケインズのように、失業のほうをより深刻な問題だと捉えていた。
淡水学派は、経済を市場の参加者の合理的な決定に左右される、感覚力のある有機体として考えることを主張した。政府は自由で公正な市場を保障すべきであり、政府支出や課税は経済の自然な秩序を歪めてしまうというのだ。彼らは次の三つを仮定した。第一に、個人は選択すべき未来であると判断したことにもとづいて合理的な意思決定をする。第二に、実業家は、経済成長を促すための公的支出が増税やインフレ悪化を招くと懸念されるときには、新たな投資を手控える。第三に、グローバリゼーションと電子的コミュニケーションの発達によって市場の効率性が高まり、あらゆる人々に利益をもたらす。淡水学派の主張では、不況は景気循環の定常的な側面として辛抱すべきものであり、解決すべきものではなかった。また、彼らは「サプライサイド」の解決策、つまり規制な法人税などの政府の抑圧を取り除くことで、より安価な財の提供を企業に促し、それによって需要を拡大させる策を支持した。
p305
いっぽうの海水学派は、経済をその自律にまかせることは万人向けの策ではないと考えた。そして、不況を経済の不調を示す症状、または予期せぬショックの結果と捉え、景気循環の谷で生じる失業の解決策を求めた。市場は、とくに組織労働者によって形成されている場合は、変化への対応が遅くなり競争が不完全になるというのだ。
海水学派はサプライサイド改革の論理は認めながらも、経済制度に注入する資金を増やして財を購入しやすくすることに集中する、いわゆる「需要牽引型」の解決策をより重視した。
p318
この騒動は、市場をほとんど規制しないことで経済成長と繁栄を実現するという、数十年にわたる実験が失敗に終わったことを示唆していた。「知識体系の全体が崩壊してしまった」とグリーンスパンは連邦議会で語った。「私は、組織、とくに銀行をはじめとする組織が私利を追求することで、そうしtあ組織の株主や株式はもとtもよく保護されると考えていたが、それは誤りだった。(中略)私はショックを受けた」。このグリーンスパンの発言は、その八十年前にケインズが大恐慌について述べたことの繰り返しだった。ケインズはこう書いている。「われわれは、その仕組みを理解していない、扱いにくい機械の操作に失敗し、大混乱に巻き込まれてしまった。(中略)その結果として、われわれが豊かになる可能性は、当面--おそらくは長い間--なくなってしまうだろう」。
p322
2008年11月、ワシントンDCで開かれたG20に出席した世界各国の指導者らは、迫りつつある大不況を回避するために共通の政策をとることで合意した。そして、金利を引き下げ、税収を上回る額の公共支出を認めることを約束した。2009年9月にピッツバーグでふたたびG20が開かれたころには、長期不況への突入は回避されると見込まれていた。しかし、2010年初夏になると、世界の指導者間の空気は一変した。ケインズ主義的な公共支出による対応策が効果を発揮し始めるやいなや、"高い買い物をした後の後悔"が襲ってきたのだ。国家債務の規模を見た債権者は、政府が債務不履行に陥ることを懸念し、これが通貨に悪影響を及ぼした。
p326
フリードマンのとった立場からは、ケインズ対ハイエクの戦いでどちらが勝ったのかを判定する、最善の方法についてのヒントが読みとれる。経済学においては、フリードマンはケインズの立場に近く、ケインズの経済学をたびたび称賛していた。とくにそれが顕著だったのがケインズの『貨幣改革論』についてである。ハイエクは「ミルトンのマネタリズムとケインズ主義のほうが、私の思想とこのいずれかの思想よりも共通点が多い」と認めていた。しかし、政治に関しては、フリードマはハイエクのほうに近かった。ケインズは国家の介入を市民の生活を改善するのに適した手段だと考えた。フリードマンは、国家が経済に介入するたびに、富を創出する自由市場のちからが妨げられるというハイエクの考え方に同意した。フリードマンは減税を良しとしたが、それはケインズが推奨したように経済に注入する資金を増やすためではなく、減税の結果として政府の規模が縮小すると考えたからだった。この点でハイエクは大きな進歩を実現させた。ハイエクの反国家統制主義的な感情に触発された人々の力によって、共産主義の独裁体制は最終的に崩壊した。
p328
フリードマンは政府の規模は最小限にとどめるべきだとしながらも、安定的な経済成長を確保するために経済を管理すべきだと考えた。フリードマンが選んだ経済管理手段である金融政策には、国営の中央銀行が不可欠だった。ハイエクは貨幣の発行を、彼とケインズの共通の懸念だった景気循環を終結させるカギだと考えていた。「金融制度に政府が介入しなければ、産業界の変動も不況もなくなるだろう」とハイエクは断言した。「貨幣の発行を、発行した貨幣を安定的に保てるかどうかで事業の成否が決まる会社にまかせれば、状況は完全に変わる」 -
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