わが悲しき娼婦たちの思い出

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105090173

作品紹介・あらすじ

これまでの幾年月を表向きは平凡な独り者で通してきたその男、実は往年夜の巷の猛者として鳴らしたもう一つの顔を持っていた。かくて昔なじみの娼家の女主人が取り持った14歳の少女との成り行きは…。悲しくも心温まる波乱の恋の物語。2004年発表。

感想・レビュー・書評

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  • 「満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた」
    冒頭でこうこられたら引き込まれずにはいられません。
    売れないコラム書きの老人がなじみの女将に見繕ってもらった少女は、老人の前でただただ眠る。その姿に、肉欲を越えて深い情愛をもつ老人の話。
    ラテンアメリカ文学の老人のまあなんと元気なことか。この小説の元となった川端康成「眠れる美女」には秘め事の背徳と老いの哀しさが出ていたのですが、そんなもの吹き飛ばすラテンパワー。
    カサレスの「豚の戦記」でも老人と若い女が結ばれるし、プイグの「南国に日は落ちて」の姉妹は「だってあの頃は75歳、ほんの小娘だったのよ、でも今は81歳。もう小娘じゃないわ」なんて会話を交わします。
    本来なら「眠ったままの少女とそれを見る老人の恋愛」など決して成り立たないものを成り立たせているのが小説家の面目躍如。
    またこの主人公の皮肉めいたユーモラスさがくすりと笑えます。

  • 肌身を通して若さと老いを識り、恋愛と人生に動物的鑑識眼を備えた著者が七十七歳になって発表した作品。除夜の鐘を聞く気持ちで頁を捲り、言葉の内に現れてくる神秘的な合図を吟味することを心がけた。
    九十歳という年齢で心血を注げる相手を見つけた主人公のこまやかな心理描写は、天鵞絨のごとく親密な温もりを発している。人物の変わりゆく所と変わらない所が入り交じった文章から、甘酸っぱい味がして調和の感覚が湧き上がってくる。
    難解さを避けて「愛というのはお互いが長い時間をかけてゆっくり育んでいくものだ」と伝える物語がここにある。

    • 大野弘紀さん
      その意味において、
      愛とは、小説のこの言葉の編みこみにも、似ていますね。
      その意味において、
      愛とは、小説のこの言葉の編みこみにも、似ていますね。
      2020/01/03
  • まず状況設定が面白い。九十歳の老人が十四歳の少女に恋をする。それも相手は眠ったままという、普通だったら考えられない途方もない状況を、何でもないありふれた日常を語るように淡々と綴っていくその様にマジック・リアリズムの神髄を見る思いがする。

    次に、下手をしたら野卑になりかねない老人の私娼窟通いの日々を、ラテン・アメリカらしい明るさに満ちた祝祭的な雰囲気の中に置くことで、陰惨さのかけらもないおおらかで幸福感に溢れた仕上がりになっていること。読後感が爽やかで、読者を元気にさせてくれる。

    それに、主人公の人物造型が実に魅力的だ。容貌は冴えないが、馬並みの一物を持ち、若い頃から娼婦のもとに通い詰め、五百人を超える女と相手をしたというカサノバ級の猛者でありながら、音楽と古典文学に造型が深く、外国語に堪能でその特技を生かして長い間新聞記者として、文化欄のコラムを担当するという表向きの顔も持っている。長年に渉って、物を書いてきたことにより老コラムニストは、周囲の敬愛を受けている。

    この「博士」が、九十歳の誕生日を迎えようとする前日の朝、突然神の啓示のように「満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしよう」という思いつきを得たのが、ことのはじまりである。古馴染みで政界にも顔の利く私娼窟の女主人を介して、十四歳の処女を紹介してもらうのだが、薬を飲んで眠っている少女の健康的で美しいからだと裏腹な身なりの貧しさに感情を揺さぶられ、何もせずに眠るのだった。

    その日を境に、老人は自分の部屋にいても少女が傍らにいるような気がしてならない。九十歳にして初恋を経験したのだ。臆病な性格で恋愛には不向きだと自らを律し、表向きはモラリストを演じ、性欲は金で解決してきた男が、九十歳を前にしてやっと、自分の真の姿を発見し、それと和解するという幸福なストーリー展開。

    言うまでもなく川端康成の『眠れる美女』から設定を借りて書かれた作品だが、じめじめした日の当たらない島国から雨季と乾季の劇的に転換する新大陸に移植された植物が大輪の花を咲かせたように、まったく別の物語になっている点が見事。

    魅力的な登場人物には、事欠かないが、私娼窟を営むローサ・カバルカスは、戦友にも似た立場で老人の再生劇を傍らで見守る。また、古いなじみの娼婦で、老人の性技だけでなく人間的な魅力をよく知るカシルダ・アルメンダは、少女に会えぬことで悩む老人を慰める。二人の港での語らいは、しみじみとした余韻を残す。

    若い頃からいる家政婦のダミアーナは老人に処女を奪われて以来、ずっと老人を慕い続けてきた。「もし結婚していたらいい夫婦になっていただろうな」という老人に「今さらそう言われても」と応えるのだが、しばらくしてから、家中いたるところに真っ赤なバラの鉢植えが置かれ、枕許のカードには「ひゃくさいまで長生きされますように」の言葉が。

    胎児の恰好をして眠る少女は九十歳にして青年のように甦る老人の「死と再生」の隠喩だろう。少女デルガディーナが、眠りながら老人の愛撫やキスに応え、瞬く間に女として成長し美しくなっていくあたりの描写は『百年の孤独』を思い出させる魔術的な文章詐術で、南米コロンビアのうだるような熱さや、嵐のようなスコールを描く筆とともに文章に酔わされる思いが深い。何度でも読み返したくなる一冊である。

  • 主人公がとても魅力的だった。

    「あの子はあなたに首ったけよ」
    という言葉に泣いてしまった。

    美しい恋の物語。

    娘目線のバージョンも読んでみたい。

  • 小説の書き出しはこうである。

    ---満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた---

    この冒頭の一文がまさにこの小説のストーリーの要約である。

    カルシア=マルケスの書き出しは他の作家の比類を見ないほどインパクトが強い。

    『予告された殺人の記録』の書き出しはこうだ。

    ---自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝五時半に起きた---

    どうして殺されたのか、被害者はどういう人物なのか、読者の好奇心は否応なく掻き立てられる。

    本書、『わが悲しき娼婦たちの思い出』の書き出しも、あまりに強烈で肝をつぶしてしまう。

    訳者の木村栄一さんもあとがきに書かれているが、訳者の木村さんもこの書き出しには違和感を感じたのだという。

    木村さんの感じた違和感は、90歳という年齢の主人公が自分の誕生日を祝うという発想の奇妙さと、その誕生祝がうら若い処女である必要があるのか。
    ということだが、全く同様のことを私も感じた。

    この主人公は昔馴染みの娼家のおかみに頼んで14歳の女の子を紹介して貰う。

    かくして90歳は、14歳の女の子と何度か夜を共にする。

    『コレラの時代の愛 』で、老年の愛、そこに至るまでの壮大な人生の記憶をガルシア=マルケスは巧みに描ききった。
    本書も主題としては、51年間9ヶ月ひとりの女を思い続けるという『コレラの時代の愛』と同じくらいラディカルであり、『眠れる森の美女』から発想を得て着想したことを明らかにし、冒頭にも川端康成の文中引用をしている。

    しかし、この小説には、冒頭の言葉で感じた違和感や奇異なる感情がずっと消えずに最後まで残ってしまった。

    90歳の主人公の老人は非常に元気である。
    結婚はしたことはなく独身で、若いときはお盛んで、514人の女を抱いたのだという。
    最もこれは50代までの数で、メモにつけていた人数らしい。まるでヴィクトル・ユゴーのように(笑)
    でも、彼はロリコンでもなんでもなく90歳で、なぜ14歳を性的対象として求めたのか・・・
    孤独を満たすのなら、猫でも犬でもいいではないかと気づく読み手のこともちゃんと考えて、猫も登場させているが、そりゃ猫よりは14歳がいいのに決まっている。
    決まってはいるが、妄想ではなく実際、14歳をゲットする90歳がいるだろうかというこの犯罪的ともいえる主題に私は嫌悪感を覚えてしまったのかもしれない。

    訳者の木村さんは、あとがきの最後で、ふたたび、この書き出しの部分に言及し、独自の見解を導き出しているので読んでいただきたいと思う。

  • 陽性の『眠れる美女』。川端康成に想を得たという。そりゃガルシアマルケスは自殺しないよな。

  • 90歳の初恋。プラトニックラヴ。南米の香り。
    ガルシア=マルケスは名前は知っていたが、読んだことはなかった。
    会話も地の文と同じという初めて読む文体だったが、流れが途切れることなく読みやすかった。
    "満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた。"
    こんな一文から始まるのに実際は眠っている少女をただ眺めて添い寝するだけ。妄想のなかで一度動いているが最後まで眠ったままの彼女に話しかけたり優しくキスしたりするだけで満足している。恋をしているから。
    現役で新聞記者の仕事もすれば恋もする。猫も飼いはじめる。
    馬面で不細工とあるけど、カッコいいよな。

  • 90歳の誕生日を迎える老人がうら若い処女を狂ったように愛して自分の誕生祝にしようとするという 老人の割にはマッチョなことをする話。やはり男の人にしか書けない小説ではあるのでしょうが 頁をめくるたびに彼の死を予想するわたしを裏切り、孤独な偏屈老人は、真実の愛に満ちた第2の人生への階段を駆け上っていくのです 90歳なのに!!

    読んでいる方としては もう勝手にしてくださいよという感じでしたが それでも 普通考えて死にそうな人が鮮やかな再生を遂げるこの物語は わたしたちの「老い」に対する価値観を疑わせ、また「こっちは心臓止まりそうになるくらいの命がけの恋をしているんだから、あなたたち若い人も少しはまじめに恋愛しなさい」と怒られているような気にもなります

    ガルシア・マルケスは ほんとうにすごい人
    人生の喜びも悲しみも、意味も無意味も この人が一番わかりやすく代弁してくれるのかな、と思いました。

    痛快なお話で、時には涙も出ますが、よろしければぜひどうぞ

  • 最初からぶっ飛んでて面白かった。ラテンならではの熱と渇きを感じた。

  • 『眠れる美女』のねっとりとした執拗ないやらしさに比べるとアッケラカンとしたヤラシさ。お年寄りの妄想を読んでいる気分。
    物語は面白くなかったけれど、これまで挫折してきたマルケスのほかの本に比べて翻訳がすこぶる読みやすかった。

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