- Amazon.co.jp ・本 (60ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105197025
作品紹介・あらすじ
子どもたちへの一番大切な贈りもの。美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性「センス・オブ・ワンダー」を育むために、子どもと一緒に自然を探検し、発見の喜びに胸をときめかせる。
感想・レビュー・書評
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1956年 原題”The Sense of Wonder “
この本の題名は以前から聞いていて、何人ものブク友さんのレビューからも読んでみたい一冊でした。地球の美しさと生命の神秘をたたえた美しい文章。星の名前、鳥の名前をたとえ知らなくても、ただ観察し五感で感じることが大切だと。
もっと早くに読んでおきたかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性。
60年以上も前に、このような事を考え、環境破壊の恐れを危惧していたレイチェル・カーソンの思いに、私も答えなければと感じずにはいられない。
幼い頃から、子どもたちに自然や共に生きているものたちに触れて、楽しく感じてもらうことの意義は、今の年になった私からすれば、是非体験してほしいと、本当に心から思います。私ができなかっただけに、なおさら。
ですから、お子さんを持つ、親御さんに読んでいただくのが一番なのですが、私のように、大人になってから気付く方もいらっしゃると思います。今になると、本当に何故見過ごしていたのだろうと思うのですが。改めて周囲を見回すと、私が生まれる前から存在している素晴らしいものばかりなことに。
空を見上げれば、青い空、夕暮れ以外にも、たくさんの星があって、宇宙が広がっている。
公園に行けば、さまざまな植物や虫たちが、そこかしこに生きている。
海に行けば、波の寄せては返す悠久的な営みに、もうひとつの生まれ故郷のような、郷愁感を呼び起こし、その中で生きているものたちへの健気さに、感動する。
自分の家の周りだって、耳を澄ませば、さまざまな鳥や虫の鳴き声が聞こえてくる。植物たちの息づいている生命の意志だって、感じようと思えば感じられる。こんなにたくさんの神秘的な生き様を、毎日毎日、感じていたはずなのに。
うん、確かに孤独じゃないよ。 -
側に置いときたい。
コケが雨水を吸うように筆者の根底に溢れる信条が優しく自分の中に入ってきた。文章の森へ一歩踏み込むごとに心が浄化される。月並みだけど本当にそんな感覚。
研究者で想像力も豊か。
トウヒの苗を動物たちのクリスマスツリーに見立てるところとか、エッセイであることを忘れて絵本を読んでいるようだった。
森本氏の写真も自然の瑞々しさやイメージがよく伝わってきた。もっと大きく載せて欲しかったけど、実物大を見て自動的に納得するよりも想像力を掻き立てるためにあえての大きさにしているのかな。
「自分=自然の一部」と思えるような体験をしたい!と胸を張って言いたいけど、いっちょ前にインプットしても生来の出不精気質な自分がアウトプットするにはまぁまぁハードルが高い…
想像以上に自然慣れしていなかったと愕然&自覚した体験から始まった。 -
本文たった54ページの短い本。難解なことも書かれていない。だが、内容は濃い。
本書の良さを説明しようと思うとむずかしい。
主張を一言でまとめてしまうなら「自然の不思議さ、美しさに目を向けよう」というごくありきたりなものになってしまう。「筋だけを知れば十分」という読み方では、この本の魅力はわからない。
時々ページを閉じては窓の外を眺め、ゆっくりと流れる雲がいつの間にか形を変えていることに気付いたり、あるいは、虫の声に秋を感じ、あの有名な和歌を思い出してみたり(あれは虫ではなく「風の音」だった)……そうした自然に対する自身の実感と結びつくことで、本書のメッセージは心の中に浸透し、開いていった。
僕たちの身の回りには、不思議なこと、知らないことがたくさんある。普段は無視してしまっているそうした物事に気がつき、心動かされることで、退屈な暮らしはどんどん彩られていく。これは『暇と退屈の倫理学』で言われるところの「パンだけでなくバラも求める生き方」そのものだろうと思う。
手を洗ったあとの指先に残った水滴が、重力にひかれて落ちていくのを見ていると、その輪郭をなす曲線がきれいな左右対称をしているのに気がつき、しみじみと驚いた。
日々何事もなく見過ごしているものの中に、探し物は隠れている。
短い本なので一箇所だけ抜粋。
・地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけだすことができると信じます。(p.50) -
よしもとばななさんのエッセイでお勧めされていた本。
写真も多くて読みやすい。
星空、鳥、昆虫、など見落としがちな自然にあるものを甥のロジャーとみているお話。
ごく当たり前に毎日見ている(通り過ぎてしまっている)ものを意識して観察したくなった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
見すごしていた美しさに目をひらくひとつの方法は、自分自身に問いかけてみることです。
「もし、これが、いままで一度も見たことがなかったものだとしたら?
もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」と。 -
人間の知覚のなかでは、記憶・認識のなかでは、すべてのものは止まっている。情報は、この性質をよく反映している。しかし、この世の何一つとして動きの途中でないものはなく、あらゆるものの影響を受け、影響を与えている途上にないものはない。
小さな子供が何かを初めて目にしたときのように、口を開け目を見開いて、そこで起こる一部始終を見届けることをやめた日から、私たちは現実から離れはじめる。蓄えた情報に寄りかからないこと。絶えず刮目させてくれる「自然」や「不思議」に心を開き、共に歩むこと。
これを失えば、加齢は魂の老化、認識は都合の良い思い込み、人生は孤独への一本道となる。
「センスオブワンダー」は絶えずそんな危機を生きる人間に、みずみずしい命を吹き込んでくれる大切な回路なのではないだろうか。 -
★きっかけ
Twitterの保育士兼ママアカウントの方が勧めていたので。
★感想
綺麗で雄大な情景が広がる詩のような一冊。
例えば、今窓の外で鳴いている虫はオーケストラの一員のような、風の音の中になにが聞こえる?というような、自然の中で自分が小さな小人になったような感覚になった。
でもそれは小人になる必要なんかなくて、ただ見方を変えること、子どもが感じる「感覚」に心を寄せることが大事なのかなと感じた。
自然って不思議だし、美しいし面白いよな…うーん、深い。。
最近子どもと外遊びをしていて、服が汚れるから、靴が濡れるからやだーって思ってたことがあるけど、別に洗えばよくない?って思えた(笑)
し、よく立ち止まって色んなところを見ていることがあるから、今度同じ目線で私も物を見てみようかな。この時間って、とても素敵な子どもからの贈り物よねー。
大きな感動や発見はなかったけど、それって今でも私が自然が好きだからなのかなと気づきの一冊にもなった。 -
自然にふれる・感じることで心が豊かになり、内面的な満足感や生きるよろこびが得られるという筆者の主張にはすごく共感できた。
子供の遊べる公園や森などが減ってきている現代、我々世代は意識的に自然を感じられる機会を子供たちに与えて、次世代に"The Sense of Wonder"を受け継いでいかなければならない。 -
レイチェルさんの言葉に共感。皆に手にとってもらいたい、そして子供たちを自然に触れさせて欲しい。
『もしも私がすべての子供の成長を見守る善良な妖精に話かける力をもっているとしたら世界中の子供に生涯消えることのない「センスオブワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう』
『妖精の力にたよらないで生まれつきそなわっている子供のセンスオブワンダーをいつも新鮮にたもちつづけるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子供たちと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくともひとり、そばにいる必要があります』
この本を翻訳された上遠恵子さんに幸運にもJOLAでお逢いした際にもこの一文の話をお聞かせ下さいましたが、私もその大人の一人であり続けたいと思います。 -
周りの空気が澄み渡っていくような読後感を与えてくれる本。
いろんなことが取るに足らないことのように思えてきて、目の前の景色が匂いや色彩を帯び、なんだか素敵に見えてくる。
知らないことを恥じたりなにかを教えなければ、と堅くなるのではなく
一緒に感じることを大切にして、楽しみながら時間を過ごしていこうと思った。
・センスオブワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性
・「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない
レイチェル・L.カーソンの作品
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