孤独の発明

制作 : Paul Auster  柴田 元幸 
  • 新潮社
3.74
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本棚登録 : 89
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105217020

作品紹介・あらすじ

孤独を発明する…誰が?孤独が発明する…何を?静がなブームを巻き起しているカルト的作家の劇的な「自伝」。

感想・レビュー・書評

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  • 「父は一定の空間を占めている人間のようには見えなかった。むしろ人間のかたちをした一塊りの貫通不可能な空間という感じだった(p10)」

    たぶん「作家自身の父」について書かれた本だが、あまりにも掴みどころのない「父」である。
    孤独の生涯。
    生きているのに、ここにいない人。
    (「父はどこか別の場所にいた。こことそこのあいだのどこかに。ここにいることはけっしてなかった。そこにいることもけっしてなかった」)

    難解だが、ポール・オースター(柴田元幸訳)は相変わらず美文ですばらしい。
    『偶然の音楽』のほうがファンタジー要素あって好きだけど。

  • この本は、「孤独の発明」という北極星のようなタイトルのもと、「見えない人間の肖像」と「記憶の書」という2部構成になっていて、一見、バラバラの断章のようですが、その中身は不動の星で見事に貫かれています。

    「見えない人間の肖像」は、他界した父親の膨大な遺品を整理していた息子の物語。自分自身の表面にとどまることによってのみ人生に耐えられる父親、家族や他人と接するときも、自分の表面を与えるだけで済ませてしまう男、目の前にいるのに、どこにもいない、存在の危うい父親の生と孤独、さらにその父親を育てた祖父との繋がり、生と死の連続性を己自身に向けて肉迫していく息子の葛藤と悲哀を存分に描いています。

    じつは常々私が興味をもっているキーワードの1つが「孤独」。この章の「孤独」は、ソロー、寂しいというものではなくて、退却という意味の孤独。自分自身をみなくてもいい、自分が他人から見られているということを見なくてもいいという孤独。それはまるで内奥にある狭い部屋の中で過ごす男の姿。決してそこから出ようとはせず、鍵のかかったドアは閉ざされたまま錆びついてしまったよう。愛する妻や息子がその古びたドアを叩いても、なにかに怯えるように耳を塞いでうずくまっている、小さな子どものような父親像が浮かび上がってきます。

    ***
    さらに後半「記憶の書」では、13の記憶にまつわる断章。作家Aと3歳の息子との絆を描きながら、Aの実際の記憶と、はるかに遠い自己のルーツも含めて沈み込んだ潜在記憶の喚起へと迫っていく物語です。

    「その8」では、「ピノキオの物語」を共有したAと息子。2年前に巨大なフカに呑み込まれてしまったジェペット(ピノキオを作った男)と、人形ピノキオとのフカの腹中での再会。

    「……コローディオのオリジナル版がディズニー版より優れているのは、物語のこうしたモチーフをできるかぎり明かすまいとしている点にある……ディズニー版ではそれが露骨に表現されてしまい、物語を感傷的にし、したがって矮小化してしまっている。ディズニー版のジェペットは、息子をください、と神に祈る。コローディオ版の彼はただ単に息子を作る(しゃべる木切れ、「生きた木」から人形を作る――これはミケランジェロの彫刻論にも通じる。姿はすでに素材のなかにある。芸術家はただ、真のかたちが現れるまで余分な物質を削ぎ落すだけだ。だとすれば、ピノキオの存在は彼の肉体に先んじてあるということになる。物語のなかでの彼の課題は、まさにその存在を見つけだすことだ。言いかえれば、自分自身を見つけるということであり、とすれば、これは誕生の物語というより、成熟の物語なのだ」

    Aと息子の可愛らしい日常会話から、Aは息子という1人の人間の成長、ほとばしる未知数の生について学び、一方で他界した父親という男の死を見つめていく、いつか息子が大きくなったとき、父親である自分のことを知ってくれる日がくるだろうか……背中合わせの生と死、そして命の温かい繋がりを感じることができます。
    さらにオースターの詩人・作者としての深い思弁も展開されていて、ミケランジェロの彫刻論などは、ミラン・クンデラも夏目漱石も同じようなことを言っていて驚嘆しますよね。

    「……ジェペットの体の重みに沈みそうになりながら、ピノキオが寂寞たる海を泳ぎ、灰色がかった青い夜を進んでいく姿……息子の背に乗った父。ここで喚起されているのは、明らかに、アエネーアスが老父アンキセスをおぶって、陥落したトロイヤを去る姿である」

    人形ピノキオが、ジェペットを背にしながら大きかった父を乗り越えようとしている姿が目に浮かびます。それはもはや父と生身の息子のよう。それとともに、炎上するトロイヤで嘆き悲しむ孤独の王女カサンドラ、同時に敗将アエネーアスは、老父を背負い、幼い息子の手を引きながら聖都イリオスから逃れて、ローマ帝国の礎を築くことになるのです(ウェルギリウス「アエネーイス」)。このような一連の喚起やイメージは、そこにあって、考えることなく言語を超越して強烈に読む人の頭の中に映り込んできます。その人の中で再創造され、原初の時間が現在に引き戻されるのは、まさにポエジーの力というものでしょうね。

    「その9」では、さらに核心に迫ります。
    「1人の男が独りきりで部屋に座り、書く。その本が孤独について語っていようが他人とのふれあいについて語っていようが、それは必然的に孤独の産物なのだ。Aは自分の部屋に入り込み、他人の書物を翻訳する。あたかも他人の孤独の中に入り込み、それを自分のものにしようとするかのように。だがもちろんそんなことはありえない。なぜなら、ひとたび孤独が破られてしまえば、ひとたび孤独が他人によって引き受けられてしまえば、それはもはや孤独ではない。それは一種のふれあいである。部屋の中には1人しかいない。だがそこには2人いるのだ。そこにいて、同時にそこにいないもう一人の男」

    そうそう、静かに読書していると、ときどき著者がそっと肩をたたいてくれるときがあります(笑)。こうして著者と友人になって、密かに語り合える喜びは何にも代えられません(^^♪

    クライマックスへ。
    「たとえ1人で、この部屋の底知れない孤独の中にいても、自分は1人ではないのだという認識。もっと正確にいうなら、その孤独について語りはじめようとした瞬間、彼は単に彼自身である以上の何ものかになったのだ。だとすれば記憶というものも、ただ単におのれの個人的過去でよみがえらせる行為というだけではなく、他者たちの過去のなか、すなわち歴史のなかにみずからを没入させる行為にもなってくる。自分がその参加者であると同時にその傍観者であるところの歴史、自分がその一部であると同時にそこから隔たっている歴史、そのなかにみずからを没入させること。したがってあらゆるものが彼の心のなかに同時に存在している」

    見事ですね。詩人は歴史の中にいながら、決して歴史と同化することなくパラレルな立場にある。そして自分でありながら自分ではない他者性……ミラン・クンデラ、ヨシフ・ブロツキー、そしてオクタビオ・パスやペソアといった現代の詩人らが表現を変えながら同じようなことを伝えているのをみると、時空を超えてあらゆるものが繋がっていくようで感激してしまいます。

    また、この本は、決してわかりやすいとはいえない奥深い思弁を描きながらも、じつに物語性に富んでいて神話のようにわかりやすいのです(矛盾するようですが…)。しかも彼の作品を読んでいると、決して書くことの自己満足に陥ることはなく、読者を突き放すこともない。固い木の実をかみ砕く親鳥、お腹をすかせて待っている雛たちにそっと分け与えるような……そんな包み込むようなオースターの優しさを感じることができるのです。

    剛毅な詩人オクタビオ・パスは、これからの新しい詩のイメージとして、「祝祭(参加と共感)」+「瞑想(宇宙と自分自身を相手にしての静かな対話)」を兼ね備えたものを未来への提言としています(オクタビオ・パス「もうひとつの声」)。
    オースターのこの本は、祝祭と瞑想、まさに動と静の両義性をそなえた作品ではないかな~なんて唸ってしまいました。

  • 訳者あとがきが解説も兼ねていて、大変分かりよい。
    人混みにいる時に孤独を感じる。一人と孤独は違う。

  • Of all the books written by Paul Auster to date, I like this novel the best. Auster is extremely sensitive both to language and ideas...
    翻訳も素晴らしく、この訳本を手にして以来、柴田元幸先生のファンにもなりました。

  • すべてはここから始まる。詩と翻訳から作家活動をはじめたオースター初の散文作品。『孤独の発明』は二部構成。第一部は、自分の父について書かれた「見えない人間の肖像」。これは、一種の人物描写エッセイ(ポルトレ)と考えればいいだろう。第二部は、偶然、孤独、父と子といった後のオースター作品に繰り返し登場する主題をめぐる断章を集めた「記憶の書」である。

    父は、「見えない人間」であった。そこにいるはずなのに、いるような気がしない。ふれようとすれば、すっと身をかわす。対話をしようとしても会話にならない。自分のまわりに見えない壁をつくって、そのなかに閉じこもっている、そんな人物だったようだ。仕事には熱心で、それなりに財産も残しているが、家庭人としては、何かが欠落していた。結局、両親は離婚し、兄妹は母と暮らすことになる。父の死を知らされて思ったのは、このままでは父が永遠に消え去ってしまうというあせりだった。物を書くことを生業とする息子として「私」は、父が一人暮らしていた家や遺品、幼い頃の記憶を手がかりに、自分の父の肖像をペンで残すことにする。

    「私」は、あるがままの自分という人間を、父に愛された記憶がない。いくら記憶の断片を引っ張り出してみても、自分の伸ばした手は父をつかめないし、父の目は自分の方を向いていない。では、その父はどのような子ども時代をすごしたのだろう、と疑問に思いながら、父の子ども時代の写真を見ていておかしなことに気づく。一家の集合写真は、父の父、つまり祖父が立っているべき部分が切り取られた状態で継ぎ合わせてあるのだ。

    写真には父の一家の秘密が隠されていた。作家というのは何と業の深いものだろう。「私」の筆は、父の、今風にいう「デタッチメント」が、どういう経緯で生まれたのかを暴いてゆく。なるほど、幼い頃にそんな経験をした子が、長じて人の子の親となったとき、どんな態度をとればいいのか分からなかったとしても仕方がない。それほど過酷な体験を父はしていた。オースターの息子ダニエルに寄せる溢れんばかりの愛情は、どの作品からもうかがえるが、父と祖父との間にあった不幸な因縁が、自分と父の関係に影響していたことを反面教師にしてのことであった。

    「記憶の書」は、同名の表題の下に、男が日記風に書き続けているノートの体裁をとっている。最初の妻との別居、母方の祖父の看病、その合間を縫うように、郊外のかつての自分の部屋で週末を息子と過ごす男は、オースターその人と考えていいだろう。ただし、日本の私小説めいた設定から作家自身をモデルにした身辺小説と思ったら読み誤る。これはそんなものではない。

    ニュー・ヨーク、ヴァリック・ストリート六番地の十階にある狭い部屋に置いた机の前にすわる一人の男。仮に名前をAとしておく。Aがやろうとしているのは、自分を掘り下げることだ。暗い部屋に一人いる男は、鯨の腹のなかにいたヨナを思う。また、ピノキオのジェペット老人を。そこから、語ることを拒む、というテーマと、本物の子どもになるためには海に飛び込んで父を救わねばならないというテーマが生まれる。

    あとは連想ゲームのように、つぎつぎと記憶のなかから蘇るイメージを拾い上げ記録していく。複数のテーマが網目状に関連しながら、「記憶の書」を形成してゆく。キケロやパスカル、ヘルダーリンといった先哲の残した言葉や逸話もある。マラルメとその早世した息子の写真、同じくレンブラント描くところの息子ティトゥスの肖像画、アンネ・フランクの写真もある。

    作家が何かを書くということは、無から生まれるものではない。かつて自分が享受した文学や哲学、美術、音楽、歴史、或は今世界に溢れている現実の出来事、自分の家族や家系に伝わる逸話、人から聞いた話などの記憶、また、意識下に追いやられていた無数の記憶の断片からひとつのイメージをすくい取り、それにまつわる別のイメージを呼び起こし、ある種の化学反応のようなものを起こさせることで、書くべきことがノートの上に現われるものなのだ。

    それは孤独な作業である。しかし、誰もがその作業をしてきた。部屋の中でひとり、自分の内奥を穿つ作業を通して、作家は自分の前に生きた多くの詩人や作家を自分の中に引き込み、今一度その人生を生きる。病んだ息子を思うマラルメは、Aである。息子の肖像画を描くレンブラントもAだ。そうして、Aは自分が一人でありながら、同時に多くの人であることを認識する。

    その後、数多の作品を発表し、今やストーリー・テラーとして名高いオースターが、その出発点において如何に内省的かつ真摯な作家であったかを知ることのできる貴重な作品である。その批評家としての一端を『千一夜物語』を論じた文章からもうかがうことができる。物語ることが命じられた死を延期させる、という主題が入れ子状に物語内物語を構成しているという指摘は、目から鱗が落ちた気分だ。今更ながら、自作に物語内物語を多用するオースターの出発点を知った思いがした。

  • オースターで一番好きかも。実用的なアメリカ文学/孤独文学ガイドにも。

  • ポール・オースター
    ここまでさまざまな問題を探求できるってのはうらやましい。疲れるだろうけど

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