リヴァイアサン

制作 : Paul Auster  柴田 元幸 
  • 新潮社
3.61
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本棚登録 : 136
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105217051

作品紹介・あらすじ

"ファントム・オブ・リバティ"、アメリカ各地で自由の女神像を爆破した男。彼はなにに憑かれ、なにを壊そうとしたのか。

感想・レビュー・書評

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  • 本のあらすじを読むとサスペンスや犯罪心理ものなかと思いき、よりもっとある人間の個性や、生き方というのがクローズアップ。語り部とその語られる人物両方の。
    どちらかというと友情物語のような?

  • 「世界は彼のまわりで変わってしまっていた。利己主義と不寛容、力こそ正義と信じて疑わぬ愚かしいアメリカ至上主義、といった昨今の風土にあって、サックス の意見は奇妙にとげとげしく説教臭いものに聞こえた。右翼がいたるところで力を得ているだけでも十分ひどい話なのに、彼にとっていっそう不安だったのは、 それに対する有効な対抗組織があらかた崩壊してしまったことだった。民主党は力尽きた。左翼はほぼ消滅した。ジャーナリズムは沈黙していた。」

    引用文は、ロナルド・レーガンが台頭してきた1980年代のアメリカについて述べたものだが、文中のアメリカを日本に、サックスを誰かリベラルな作家名に変えれば、今の日本の状況そのものと言っていい。どこの国にもそういう時代があり、そんな時代に抗する人間もいれば、沈黙を守り、時代の波の過ぎ去るのを待つ人間もいる。また、単に批判するだけでなく、直接行動に出る人間だっている。全く逆の立場だったが、三島由紀夫がそうだった。

    これは、一人の男が何故死ななければならなかったのかを、死んだ男の親友で同じ作家仲間であった男が、彼に関わる複数の男女の運命的な出会いと別れ、複雑に入り組んだ愛と性の縺れ合いを通して説き明かす物語である。舞台となっているのは、1975年から1990年までのアメリカ。

    サックスの死から書き起こされた物語は、二人の出会いまでさかのぼる。語り手の新進作家ピーター・エアロンは、大雪で中止になったことも知らずに出かけた朗読会場で作家のベンジャミン・サックスと出会い意気投合する。サックスの小説『新コロッサス』は今のアメリカに対する憤りをバネにして書かれた大作であった。二人はそれ以来親しくつきあうようになる。

    ピーターは、その後結婚し男児が生まれるが離婚。大学時代の憧れの人だったファニーと関係を持つ。彼女はサックスの妻になっていた。理想のカップルに見えたサックスとファニーだったが、ファニーの話ではサックスは他に女がいるという。一方サックスによれば、ファニーは子どもができない自分に悩み、夫の浮気を妄想、自分は妻の妄想に合わせて適当な浮気話を捏造していたという。いずれの物語が真実かは知る由もない。

    ピーターはその後アリスという芸術家とつきあう。誘われて出かけたパーティーで、酒に酔ったサックスはアリスと話している最中に非常階段から転落する。幸いにも洗濯ひもに引っかかって命は助かるのだが、事故を契機にサックスは別人のように変わってしまう。ファニーと別居し、バーモントで一人執筆に励んでいたサックスはある日を境に消息を絶つ。後日、サックスから失踪の理由を聞かされたピーターは、その事件の背後に複雑に絡まりあった偶然の因子が作用していることに驚く。

    玉突きの球が、別の球にぶつかり、今度はその球が全く別のところにあった球をポケットに落としてしまうように、偶然の連鎖が一人の男の人生を狂わせてしまう。非常階段から落ちていくとき、サックスは自分の死を見てしまう。ハメット著『マルタの鷹』第7章に出てくる「フリトクラフト」の主題がここでも響いている。一度死んだ者はそれまでの自分の人生を見直さずにはいられない。サックスは志半ばで不慮の死を遂げた男になりかわり、アメリカを覚醒させる仕事に取り組む。それは全米各地にある自由の女神像の爆破だった。

    作家も、書くことを通じて世界に寄与はするだろうが、その作用たるやあまりにも緩慢である。世界は変革されなければならないと考えたとき、作家はそこに焦慮を覚えるのだろう。オースターはどちらかといえば政治的な作家ではない。しかし、アメリカ人であることを選択した作家として、当時のアメリカに言いたいことがあったにちがいない。「自由の怪人」という爆弾テロの犯人を創造するまでに。

    ありえないような偶然の頻出に違和感を持つ読者がいるかもしれないが、オースターという作家は、嘘のような本当の話の収集家であり、エッセイ集『トゥルー・ストーリーズ』には自身や家族、知人が遭遇した実話が多数収録されている。因みに、屋根から落ちながら洗濯ロープで命拾いをしたのは作家の父である。現実にはそんな話は在り得ないという考えこそ誤りで、現実はそんな偶然で満ち満ちている、というのがオースターの考えである。作中のエピソードも、作者自身の経験がそのまま使用されている。以下の引用はピーターによるサックスの小説評だが、オースターの小説を想起せずにはいられない。

    「どの逸話も真実であり、現実に根ざしているが、それでも、その組み合わせ方のせいで、それらはじわじわと幻想的な色合いを帯びていき、ほとんど悪夢か幻覚が綴られているような雰囲気が生じてくる。読み進むにつれて、作品全体からどんどん安定感が抜けていき、意表をつく結合や飛躍がつぎつぎ現われ、トーンの転換もますますめまぐるしくなっていく。そしてしまいには、作品全体 が空中に浮遊しはじめるような印象を受ける。巨大な観測気球が、地面から重々しく浮かび上がるような感じなのだ。」

    もう一人の自分、という持ち前の主題をいつものように概念的なものでなく、よりリアルに造形してみせたところが今回のポイントだろう。オースターのファンでなくとも面白い作品に仕上がっている。

  • 『幽霊たち』他ニューヨーク三部作で知られるオースターの1992年の作品。
    オースターの作風を時間軸で追っていくと、初期は完全に現実感の希薄なメタ世界で、その後段々と現実感が濃くなってくる。個人的にはメタな構造と乾いた文体が、きちんと現実の世界に降り立っている時の作品が好きである。簡単に言えば、メタと現実のバランスがいい時の作品が好きだ。『ムーン・パレス』とか『ミスター・ヴァーティゴ』とか。
    さて本作である。オースターと政治とはなかなか結びつかない。リヴァイアサンとは国家を象徴する言葉だし、自由の女神のレプリカを破壊して回る登場人物は確かに政治的である。しかしオースターが政治に足を踏み入れたかというと、そうはいいきれない。ある瞬間をきっかけに、登場人物は自由の女神を破壊する爆弾犯になる。しかし、それが、その瞬間の感覚だけが、登場人物を爆弾犯に変貌させたのである。政治的な動機というものは、見当たらない。
    オースターは、偶然や共時的な出来事を重視し、それを「運命」として組み込むという思考の持ち主のように思える。この小説における偶然とは、パーティーで階段から落下するという、事故である。しかし登場人物はその偶発的事故を「運命」ととらえる。そして悟ったように変貌し、爆弾犯として生まれ変わろうとする。彼は偶然と運命を重視しており、政治と論理は受け入れていない。ゆえにこの小説は、政治小説とは言えない。
    ただ、次の文章には興味を惹く。
    「アメリカの国旗というのは多分にイデオロギーで血塗られていて、この旗の下に偽善的な悪の行いも行われてきたことはアメリカ市民にとっても理解するところであって、多くの人々がこの旗に基づく理念というものに批判してきた。
    しかし自由の女神が象徴する理念(自由、平和、法のもとにおける平等)というものを、少なくても表立って批判するというアメリカ人はかつていなかった。たとえアメリカが実際にはこれに全く反する歴史を歩んできたとしてもだ」。
    オースターはユダヤ系ではあるがアメリカの知識人である。アメリカには、こういった自国に対するバランス感覚を持っている知識人は多いのである。なのにどうして、アメリカはああなってしまったのだろう。

  • 冒頭に「事実と虚構を混ぜ合わせることを
    許可してくれたソフィ・カルに感謝する。」とある。
    また、「すべての現実の国家は腐敗している。」との
    ラルフ・ウォルドー・エマソンの言葉も記されている。
    爆死した友人の為に書き残そうとした物語。
    そこに多くの人達の人生が絡む。
    偶然なのか必然なのか?
    事実なのか虚構なのか?
    不在の真実を追い続ける無限ループ。

  • アメリカ各地で自由の女神像を爆破した男「ファントム・オブ・リバティ」。彼は何に絶望し、何を破壊しようとしたのか? 人生を、世界を変革することを夢見た男の物語

  • 失踪した友人が「ファントム・オブ・リバティ」として爆死を遂げた――新進作家から爆破犯へと変身した友人ベンジャミン・サックスについて、回想、伝聞を元に記録を紡ぐ作家ピーター。しかし彼が描くのは、サックスの人生をなぞる物語というより、ピーター自身を含むサックスを取り巻く人間たちの人生の輪が相互に絡み合う、一本ではなく複数の輪郭を持つ緻密で複雑な物語世界だ。様々な証言で綴られるサックスの物語は、最後まで何が真実で何が虚構か、女神像の爆破行為の理由は一体何だったのか、決定的な回答がないまま終わりを迎える。サックスの未完作品のタイトルでもある「リヴァイアサン」という表題は、ホッブスの著書のイメージが強いが、元はと言えば聖書に登場する怪物の名前でもある。あえて政治的な意味を持たせてのタイトルではなく、運命というには余りに乱暴な、偶然の繋がりやタイミングが起こす小さなきっかけが人生の輪と輪を結び合わせ、ほどき、思わぬ道筋へ押しやっていく、その止められない流れそのものに与えられたタイトルなのだろうと個人的には受け止めた。おそらくこの小説でオースターが描きたかったのは、回り続ける人生の輪の運動そのものであり、この複雑で美しい輪と輪の織り成す紋様には、明確なゴールは(そしてスタートも)必ずしも必要ではないということなのだろう。

  • 2010年8月13日購入

    文庫で持っているような気もするが・・・
    500円均一に魅せられて購入。

  • 冒頭でいきなり男が爆死。かなりインパクトのある幕開けではじまる本書。爆死した男、ベンジャミン・サックスがなぜそこに至ったかという過程を、友人である「私」が語っていく、という物語です。「自由の女神」を爆破することに、日本人である私はあんまり意味を見出せないんだけど、アメリカ人にとっては、ナリョナリズムの象徴なのかなあ。まあ、とにかくベンジャミン・サックスにとって、女神の爆破は目的ではなく、たぶん、手段でもない。ストーリー的にはそんなに意味がないような気がする。自由の女神もベンジャミン・サックスの爆死も。「私」とベンジャミン・サックス、彼の妻をはじめとする女性たちの間の人間関係を緻密に描ききっている。さすがオースター。可哀想なベンジャミン・サックス。繊細すぎるのも考えものよね…とタヌキばばぁと噂される不遜な人格を持つワタシは思うのでした。絶対小説家にはなれない。

  • この物語を読み始めると、最初の一ページ目からその世界に引き込まれ、どんどん読み進んでしまいます。友人の死をきっかけに、その友人がどうしてその死に至ったのか、親友である主人公の目を通して語られています。読者もその視点を通してある男の人生を、どうしてその死に至ったのかを知る事になります。

  • 「一人の男が爆死する」という何ともダイナミックな文でこの小説は始まり、その謎が徐々に明らかになっていく。人が如何にして行動へと向うか。友情や愛情の曖昧な境界線を人はどのように踏み越えていき、その過程で何を失ってしまうのか。自ら責任を感じた時の人の恐ろしさと面白さを惜しみなく教えてくれる一冊。

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