ティンブクトゥ

  • 新潮社 (2006年9月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784105217112

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

希望と絶望が交錯する物語で、主人公ウィリーと彼の犬ミスター・ボーンズが織りなす旅路は、感情の深い層を描き出します。ウィリーは破綻した人生を抱えつつも、愛する犬のために新しい主人を見つけるためにボルチモ...

感想・レビュー・書評

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  • ティンブクトゥ

    「ティンブクトゥ」、それは天国のこと。遠くて近い場所。
    犬のミスター・ボーンズは、主人のウィリーと楽しくも興味深い放浪の生活を送っていましたが、ウィリーはもうすぐティンブクトゥに召される様子。ウィリーの助言により逃げ出したミスター・ボーンズは、つかの間中国人の子供に拾われて犬嫌いの父に隠れて飼われますが、父親に見つかってあえなく逃走。そして、やんちゃなタイガーと思慮深いアリスと知り合い、典型的なアメリカの上流家庭にお世話になることになります。
    1960年・70年代のアメリカの様子がミスター・ボーンズの目を通して語られます。ヒッピー、中流家庭、上流家庭。
    鷹揚で豊かで、自由だったアメリカ。
    ある視点からみるとウィリーとミスター・ボーンズの生活はみすぼらしく不幸に見えますが、別の視点から見ると、自由で破天荒で楽しい生活にも見えます。
    そして、ミスター・ボーンズもティンブクトゥに続く道を辿って行くことになるのですが、その手段の潔さと誇りに思わず涙がこぼれてしまいました。
    大好きだったウィリーの元への疾走・・・ 人にとって最高のパートナーである犬、ミスター・ボーンズに幸あらんことを!

    竹蔵

  • 犬版の『真夜中のカーボーイ』なのではないか?希望に満ちているようで絶望的な、けれど決して暗くはなく前向きな様子、行くあてがないどこかしらの不安感。読んでいてこんなに泣かされるとは思わなかった。わたしは死後の世界は存在しないと思っているけれど、ウィリーが、ミスター・ボーンズがティンブクトゥをあるというのならあるのだろう。
    ポール・オースターの作品にしてはすごく読みやすかった。犬は文学によく合う。猫派だけど犬の出てくるフィクションはとても好き。

    〈テレビは彼にとって新しい習慣、最近の病院生活の副産物だった。画面に映る像にとり立てて興味があるわけではなかったが、背後でブラウン管がぶーんとうなりを立ててほのかに光っているのは快かったし、その光が壁に投げかける灰色がかった青い影にも心が和んだ。〉

  • <たどり着けそうでたどり着けないユートピア>

    *リストを出たり入ったりしていた1冊。犬の表紙に気にはなっていたもの。今回縁があり、読んでみた。

    主人公はイカれた男と薄汚れた犬。ひいき目に見ても冴えない主従である。
    中年の主人は死にかけている。犬に新しい主人を見つけてやろうと思いついたのが高校の先生だったミセス・スワンソン。彼女が今住むはずであるボルチモア目指して、主従は徒歩の旅に出る。
    主人ウィリーの人生は破綻している。若い頃は才能にあふれ、将来有望であったのに、ふとしたことで身を持ち崩した。ユダヤ系であるのにサンタクロースの幻影にとりつかれ、ヒッピー文化が持てはやされなくなると時代にも見捨てられ、友だちもいなければ家族にも恵まれていない。
    寄り添うのは4本足の相棒、ミスター・ボーンズ。名の通り、ごくごく慎ましやかな外見の犬である。ゴージャスではないが、真の賢さと忠実さを秘めている。
    魂の詩人であるウィリーは、ミスター・ボーンズに、どこかにある理想の地・ティンブクトゥについて語ってきかせる。

    ミセス・スワンソンを見つけ出し、ウィリーは安心してティンブクトゥに旅立ち、ミスター・ボーンズは落ち着いた暮らしを手に入れる。
    始まりのときにぼんやりと浮かぶストーリーラインはそんなふわっとした様相である。
    だが、そんなありきたりの結末はこの物語の終着点ではない。

    死の間際のウィリーはシェイクスピアばりの地口・諧謔・技巧に満ちた長科白を繰り出し、ミスター・ボーンズは幽体離脱よろしく、いるはずのない場所で見るはずのないものを見る。
    時折、安住の地を見つける気配を見せながら、ストーリーは迷走し続ける。

    物語は未完の印象を残す。ずっと続いていく、予測不能な回転と方向転換に満ちた曲線のある短い一部分のみを描いたもののように。
    もしかすると、世界のどこかで、ミスター・ボーンズはまだ疾走し続けているのかもしれない。

    ティンブクトゥを思うこと。それは蜃気楼を思い浮かべるのに似ている。
    ティンブクトゥを追いかけること。それは逃げ水を追うようである。

    ティンブクトゥ。それは夢を見ることそのものなのかもしれない。

  • 或いは、嘘っぽさを、文章を錨にしてリアルの地平に繋ぎとめることこそが、オースター節の真骨頂なのかもしれないぞ、とも思ったり。
    本当は、犬が主人公とか、あんまり好きじゃない。どうしたって出てくる嘘っぽさが全体をチープにしちゃうからね。
    でもまあ、さすがはオースターというか、それでも最後まで楽しく読んだ。錨は錨でも、それ自体が美しい鉄の塊ということ。
    なんか、途中でこれは全体で文学的ギャグなのか、とか思う部分もあったりして(去勢手術のとことか)、しんとした、舞台が都会でありながらも夜の森の奥の冷えた空気を感じさせるような、いつもの物語的な底の知れなさは、(少なくとも初読みでそこまでぐいと持っていかれるようなタイプの深みは)感じられなかったけど、そういう断片はそこかしこにあったように思う。
    老犬と暮らす身としては、読むのをしばし中断して、じっとその表情を伺ってしまうような瞬間があって、それは悪くない時間だった。彼女に何て思われているだろうか、と考えて、いつもより少し余計に頭を撫でてみたり。

  • トンブクトゥという地名なら以前から知っていた。泥を支柱に塗り重ね、日干し状にして建てられた城のようなモスクのある、西アフリカ、マリ共和国の砂漠の都市。黄金郷との噂もあり、ヨーロッパ人にとっては、地の果てにある夢の国のように想像されていたという。ティンブクトゥはその異名。この世に住む家とてない放浪詩人ウィリーにとって、死んだら行き着ける最後の地、つまりは天国の謂、それがティンブクトゥだ。

    「ミスター・ボーンズは知っていた。ウィリーはもはや先行き長くない」という書き出しではじまった小説は、次段落の冒頭で「しょせんは犬の身、ミスター・ボーンズに何ができよう?」とつづく。なるほどね。ボーンズ( bones )つまり「骨」。犬なんだから。手を変え、品を変え、様々な奇策で面白いストーリーを繰り出して読者を楽しませてくれるオースター氏、今度はこう来ましたか。

    犬の視点で語るという手は、たとえば、ヴァージニア・ウルフに『フラッシュ』という先例がある。さらに、これは柳瀬尚紀氏によれば、ジェイムズ・ジョイス作『ユリシーズ』第12章、所謂「キュクロープス挿話」が犬の視点による語りだ、という。その見解に基づいた訳さえある。オースターに、ウルフやジョイスに対抗する気があったかどうかは知らないが、文学から文学を作るのは、オースターの得意とするところである。一度はやってみたかったのかもしれない。

    ホームレスとなって街を彷徨い歩くことは、この作家のオブセッションだ。オースターの主人公はすでに何度も路上生活者となっている。不変のモチーフでもって、毎回異なるストーリーを展開することを己に課しているような作家としては、一度は、このテーマを「異化」したかったにちがいない。『ドン・キホーテ』好きのオースターだ。ドン・キホーテにサンチョ・パンサという従士がいなければ、あの物語がああまで面白くなったかどうか。人語を解する犬をおつきにした放浪詩人の遍歴物語のはじまりである。

    ドン・キホーテは騎士道物語の読みすぎで心を病んでいた。文学青年だったウィリーは、ドラッグ漬けがたたって精神病院に送られ、将来の望みを絶たれることに。しかし、あるクリスマスの夜、サンタクロースによる啓示を受けたウィリーは、他者を幸せにするため、愛犬を連れて家を出る。ドン・キホーテの面白さは、風車を怪物と思って戦う騎士を、冷めた目で物語っていることにある。気の狂った主人に同調するようにしていながら、サンチョの目は実態を見抜いている。サンチョが主人を見捨てないのは、彼が正しいことをするからではない。彼を愛しているからだ。

    犬の視点で、この世界を見ればどうなるか。浮浪者同然の詩人との徒歩旅行も、雑種犬であるミスター・ボーンズにとっては快適な生活でしかない。排泄の場所や時間は自由だし、外の空気に触れていられる。寝るときは、大好きなウィリーに腕に抱かれて眠るのだから安心なことこの上なし。逆に、ウィリーと分かれたあと、子どもに拾われてからの、段ボール箱や犬小屋の生活は雨風の心配こそしないですむが、愛する人といっしょに寝られないという点で、とうてい満足できるものではない。

    犬の視点を持ち込むことで、ふだん我々が当然視している一般人の生活ぶりが、たとえ最後の飼い主であるジョーンズ一家のようなアメリカの郊外生活者らしい一見快適極まりないものであっても、女性の自己実現という観点からは、早すぎた妊娠、子どもの病気、夫との性格の不一致等々の問題を抱えての括弧つきの「幸福」であることが、読者の目にまざまざと映る効果を生む。

    好んで住所不定、一所不在の生活を主人公に強いてきたオースターには、子どもの学資やローン返済のため、否が応でも九時五時の会社勤めを送る、巷に溢れる男たちの生活が、もしかしたらよく飲み込めないのではないだろうか。金などはある日突然誰かの遺産が転がり込んでくれば、何とかなるし、ないならないで、あるうちはそれで生活し、なければ死ぬまでといった骨絡みのニヒリズムが彼の内部に巣食っているのではないだろうか。そんな気がしてならない。

    犬という外部の視点を得たことで、市民生活というものが一般的に獲得している価値観をぺらっと裏返して見せることができた。通常なら理解しがたい種類の人間との間に愛情関係すら打ち立てることができた。そういった点で、オースター版『犬の生活』の執筆は、作家にとって心地よい作業ではなかったか、と思うのである。

  • お腹いっぱい食べて暖かい寝床で寝ることより、路上で暮らしていて腹ぺこでも愛する人と四六時中一緒にいることのほうがしあわせ。
    というのは究極の愛だなあ。
    主人の犬を思う愛、犬の主人を思う愛。
    純粋すぎてかなしかった。

  • 文庫本で既読の単行本です。

  • 久しぶりのオースター。昔のオースターは結構文庫本でそろえたのだけど(『オラクルナイト』より前のもの)これは未読だったので。オースター作品ではわりととっつきやすいというか読みやすいほうかも。

  • 最近ポール・オースターにはまったかも(4作目)。
    オースターの良い所は、読みながら自分の過去を
    想い出す事かな。

  • 約10年ぶりのポール・オースター。だけど、あんまり入り込めなかった…。犬好きじゃないってのもあるけど、それだけでもないような。

  • 久しぶりのオースター。
    表紙のいかにも愛らしい犬の写真を見たら、犬好きは飛びつかざるを得ないだろう。
    実際、犬の一人称の話なのだけど、こんなに可愛い犬ではないだろうと思う。
    もっとよれよれで、それこそぼろ雑巾のような犬のはず。
    表紙詐欺だ。
    しかしこれはいい詐欺だ。
    そのぼろぼろの犬が、愛おしくてたまらなくなる話だった。
    健気なだけでなくて、この犬、ミスター・ボーンズが犬であることを差し引いても魅力的なのだ。
    挿入される様々な語りは、相変わらず面白い。
    単にハートウォーミングな「いい話」で終わらないところも憎い。
    もう、ラストがね!
    「偶然の音楽」「リヴァイアサン」のラストには何度読んでも泣かされるのだけど、この作品も痛ましさと潔さに胸が揺さぶられた。
    柴田訳は今回も見事。

  • 明るい方向に進むかと思うと事件が起き、悲しいことかと思うと笑える出来事になる。
    ポール・オースターが、読者を裏切りながら話を展開していく。
    読んでいて心の振れ幅が大きくなる。
    心が揺れるので「わたしはどんな展開を期待して読んでいたのだろう」と考える。
    そして自分の深層心理にはっと気づく。
    これがポール・オースターの狙いなのかな・・・と思った。

    そして、月並だけれど、幸せってなんだろうと考えてしまった。
    ウィリーの生き方は、世間一般でいうところの成功とか安定とは無関係。
    ミスター・ボーンズは、ウィリーの死後に様々な経験をするが本当に幸せなのかな。
    世間一般に存在する「大多数の者にとっての幸せ」と、全く個人的な「幸せ」の相違。

  • 職場のすてきな女性に気に入った本を聴いてみると、最期は泣いてしまったけれど良い本だった、という、この本を教えてくれたので、図書館で借りた

    「へっぽこ詩人」・ウィリーの飼い犬というより相棒であり「イングルーシュ」を理解はするものの喋れない、ミスター・ボーンズの目線から語られるおはなし

    読み始めてすぐ、沈鬱だ、と思う
    そして、読み終えてからじわじわと、いたたまれない、と感じる
    全5章からなり、日本語になると韻が感じられなかったり、ウィリーの話し言葉には癖があったりで、はじめは読みづらさを感じた
    それでもやはり、ストーリーテラーが犬なのは興味深いし、2章からは文体にも慣れた
    ペットを飼っていない私は泣かなかったけれど、犬や猫を飼っている人が読むと、また違った感じ方をするのだろう
    救いがあるのかないのかわからない、不思議な感覚のお話だった

  • オースター流、忠犬ミスターボーンズ物語。

    オースターにしては色々微妙でした。

  • 犬目線のお話。
    ホームレス詩人のご主人が死にかけている前半と、彼と別れて放浪し、新たに出会い、別れを経験する老犬。
    さっくり読めましたが、ラストがな……
    ホームレス詩人の会話もあんまり好きじゃなかったのですが、これはキャラクターのせいなのか、米文学のせいなのか、いまいち判断がつきません。
    とりあえず、この翻訳(有名な柴田元幸さん)は大丈夫みたいなので、また海外物を読みたくなったら別の作品ももう一個読んでもよい。

    Cover Jacket Photograph / Dan Burn-Forti/Getty Images
    Design / Shinchosha Bookdesign Division
    原題 "TIMBUKTU"(1999)

  • 初めてのポール・オースター作品。

    「犬」が物語の視点軸。

    軽快なリズムの文章。
    おもしろいストーリー。

  • ティンブクトゥ、という地名をニュースでよく見かけたので。
    いまだにオースターがよくわからないが、わかるような予感を求めて読んでしまう。まぁ犬も好きなのでね。表紙かわいい。

  • オースターの中では一番好きな本。ティンブクトゥの意味が最後最後で分かる。文体、筆致、構成、すべてにおいてさすがとしか言いようがない。

  • 原文の持つリズム感を訳すのは難しかったんだろうな、と推測。日本語で読むと、特に前半にクドイ部分がうるさく感じられる。主人公である犬の視点は自然であり、これは煩くない。

  • ホームレスの詩人と犬の物語。犬が主人公。すべて犬の視点で語られる。犬が人の言葉で、自分の置かれた状況や気持ちを語るっていうのが、なかなか面白い。

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