闇の中の男

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105217174

作品紹介・あらすじ

ブルックリン在住のオースターが、9・11を、初めて、小説の大きな要素として描く、長編。ある男が目を覚ますとそこは9・11が起きなかった21世紀のアメリカ。代わりにアメリカ本土に内戦が起きている。闇の中に現れる物語が伝える真実。祖父と孫娘の間で語られる家族の秘密――9・11を思いがけない角度から照らし、全米各紙でオースターのベスト・ブック、年間のベスト・ブックと絶賛された、感動的長編。

感想・レビュー・書評

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  • 娘を迎えに駅まで行った時、ちょっと早く着いたので駅前の図書館に立ち寄る。予約本もなく図書館に行くのはほんと久しぶりだ。
    あまり長居しないように気を使いつつ、書架をうろついたところ、ポール・オースターを発見。「この人の本、昔図書館に通っていた頃よく読んだなぁ」と懐かしくなり借りた。

    2001年9月の同時多発テロが起きない世界、そこでは代わりにアメリカ内戦が起きているー という内容の作中作(主人公の妄想)と現実が交互に描かれ絡み合っていく。

    日本語版の発売は2014年で、この本は今回初読。
    相変わらず幻想的で暗い。暗闇の中で懐中電灯で照らしながら読んでいる気分になる。

    とは言え、柴田元幸さんの訳ということもあり読みやすい。ただ、僕の場合、引っ掛からなすぎてするっと行きすぎて、「何書いてあったっけ?」となってしまい何ページか戻って確認する、ということがよくあるのだが…笑

    アメリカが911で背負った苦しさを描いているが、エンディングでは傷つきながらも乗り越えていく強さと希望が感じられ、気づいたら夜が明け朝になってたかのような読後感。

    けったいな世界は転がっていく!

  • オースターがよく採用している、互いに入れ子になる物語内物語。今作では単純な入れ子構造ではなく、物語が進むにつれ輪郭が曖昧になり、中身が渾然一体となってゆく。悲惨さ、残酷さの向こうにほんのり希望が感じられる作品でした。

  • アメリカの片田舎で、一人の男が闇の中、眠れずに過ごす。2階には男の娘と孫娘がそれぞれの寝室に眠っている。
    男は書評家だった。何十年もずっと書き続けてきた。だが今は老いた。妻を失い、自動車事故で脚は動かず、失意の中にある。
    娘は若すぎる結婚に失敗して独り身でいる。教職に就きながら、ホーソーンの娘、ローズの伝記を執筆している。
    孫娘は映画を学んでいる。だが同棲していた恋人が不幸な死を遂げたことに立ち直れず、学校を休学中だ。男の娘である母を頼ってやってきた。
    不幸な3人である。

    男は眠れぬまま、1つの物語を思い浮かべる。
    主人公はオーエン・ブリック。子供向けのパーティで手品を披露して生計を立てている。
    ある夜、ブリックが目を覚ますと、彼は穴の中にいる。そこはもう1つのアメリカ。「911」がなかったアメリカである。しかしそこでは、激しい内戦が起きている。ブリックは投げ込まれたその異世界で、「世界を救う」任務を与えられる。
    奇妙な任務にブリックは戸惑う。本当にそんなことで世界は救われるのか? なぜ自分が選ばれたんだ?
    わけもわからぬまま、異世界で、昔あこがれていた高校時代の同級生に誘惑され、一方で激しい暴行を受ける。
    入れ子構造のようなパラレルワールドである。SFめいた様相も見せつつ、闇の中を手探りで進むように物語は進む。
    だが劇中劇は唐突にぶつりと断たれる。実際の戦場を想起させるような、乱暴な不条理によって。

    男は毎日、失意の孫娘と映画を見ている。孫娘は時折、鋭い批評眼を覗かせる。男は小津の「東京物語」が気に入っている。未亡人が幕切れ近くで手にする懐中時計は、彼女の心情を語る「命なき事物」である。
    男と孫娘は、眠れぬ男の寝室で語り合う。男や娘、孫娘の人生について。さまざまな人に起こった悲劇について。世界の残酷さについて。密やかに流れる静かな時間。確かにある親密なぬくもり。2人の姿は一幅の静物画を見ているようでもある。

    2008年の作品である。
    全編に911後の「喪失感」は漂う。しかし、911がなかったとして、そこに暴力はなかったのかといえばそうではない。国家規模の大きな枠でも、個人対個人の小さな枠でも。
    911後にアメリカの分断化は確かに顕在化したけれども、たとえ911が起こらなくても、いずれは対立は明らかになっていたのではないか。老人の妄想には作者自身の確信が滲む。
    暴力も悪もすべての人の中にある。
    しかし、闇の中で苦しむ誰かの背をそっと撫でさするような優しさやぬくもりもまた、すべての人の中にある。

    「このけったいな世界が転がっていくなか(As the weird world rolls on)」は、詩人としては大成しなかったローズ・ホーソーンの詩の一節である。
    この奇妙な世界を生きていく、いびつな存在である私たち。
    世は悲劇や理不尽に満ちているが、くすりと笑える瞬間や美しいきらめきもまたどこにでもある。
    時折、眠れぬ夜を過ごす。しかし、いつだって夜はいずれ明ける。
    生きている限り、世界が回り続ける限り、私たちはそうして歩み続ける。

  • 『写字室の旅』との対応は、現実と虚構の混合、交錯か。

    何が現実で、何が虚構か。

    あり得たかも知れない現実。私たちは絶え間ない分岐のたった一つの枝にいるに過ぎない。

    圧倒的な悲しさによって呑み込まれた虚無。

    物語があるだけに、その断絶は堪える。

    他人は結局のところ、分からないのに、解釈し続けてしまう自分がいる。

    戦争にロマンやドラマはない。
    その点でオースターにしては珍しく、本作はアクチュアルだったな。

  • 2014年に表紙のデザインに一目惚れして買った本を積読していて今更読了。話は入子構造となっており、それがだんだんと微睡のように混ざっていく形。ツインタワービルの件がどれだけ絶望させて疲弊させたのかが伝わる暗くて疲れてて老いを感じさせてハァ〜となるような文体だった。大人の老いと慢性的な絶望と疲れは年々ひどくなっているので、部屋の隅に置いて熟成させたのが、かえってよかったかもしれない。緩慢な文章をしっとり呑んでいたので、最後にタイタス青年の悲劇でガツンッて頭を殴られたように終わるのがよかった。

  • 語り手の老人ブリルを中心にその家族構成が少し複雑なので、多少わかりずらい。更に、ブリルは自分自身にブリックが主人公の物語を語っており、それが全体に含まれている。

    ブリックは朝目覚めるとパラレルワールドのような場所にいる。それはFalloutのゲームが始まる前の、核攻撃以前の内戦状態のような世界だ。ブリックは、その悲惨な世界や運命をもたらした当の本人、ブリルを殺す役目を負わされるわけだが、結局果たせずに殺されてしまうのは、まあ妥当なんだろうが、残念と言えば残念。

    オースターにはこういう、物語を語ることそれ自体に対して言及する姿勢がある。読者は、ブリックはブリルを殺すだろうと期待する。ところが、あっけなくブリックは殺されて、おそらく本来語るべきブリルの話に戻っていく(これは献辞からみて妥当だろう)。

    そして、そもそもブリックの物語は、おそらく死んだタイタスに関係し、それは最近のテロリストとの戦争にも絡んでいるのだと最終的にわかる。もしかしたら、タイタスはオースターの「ガラスの街」で描いたクインに類していて、文学への希望も愛も(カーチャとは戦争に行く前に別れていたという)失って、そこにもしテロリストとの戦争があったらこうなるかもしれないという投影なのかもしれない。

  • 勿論、この作品の白眉は「主人公オーガスト・ブリルの紡ぐ、ジョルダーノ・ブルーノ的多次元世界としてのメタ話中話」ではなくて「孫娘カーチャへ亡き妻ソーニャとの日々を語る眠れない未明」だとう思う。殊に、孫娘の誕生を機に二度目の同居をソーニャが決意する下りは伴侶持ちには感動的ですらある☆でも個人的には、話中話の主人公、手品師ブリック・オーエンとアルゼンチン妻フローラの話はスピンオフしてほしい。

  • 随分久しぶりにポール・オースターを読む。話の組み立て方が相変わらず凝っている。物事の中で物語が展開するお馴染みのパターン。しかもそれは単なる入れ子の構造ではなく、物語が進むにつれ輪郭が曖昧になり入れ子の中身が渾然一体となってゆく。さすがにオースターらしい。途中までわくわくとした気分で高揚しながら頁を繰っている自分を意識する。

    しかし、途中から雰囲気が変わる。徐々に作中の人物に語らせる言葉に意図的な刺々しさを感じ始める。違和感が押し寄せる。剥き出しの感情、それも決して幸せな気分ではない。怒り。打ち降ろしようのない振り上げた拳。いらいらとした感情が登場人物の背後に蠢く。

    どろどろとした感情を小説に持ち込まないで欲しいとか、ポール・オースターらしくないとか言って拒絶するつもりはない。しかし、この焦燥感と怒りの感情は双方向の遣り取りを生み出さない。一方的に言葉を発するものから受けとるものへ作用する。そして、それを受け止め損ねた読み手を置き去りにする。むしろその峻別を意図しているのか。そう勘ぐる程に言葉が鋭い。

    もちろん、これまでのオースターの作品とてニューヨーカー的リベラリズムが基調となっていたし、政治的な色で言えば青を志向していることは明らかであったけれど、個人的な主張を読み手に迫るようなことはなかったと思う。恐らく違和感の元はそんなところにある。オースターが揶揄する人物が「お前の旗を見せろ!」と迫ったことと同じことを、主旨は違うとはいえ迫つている。その矛先の鋭さが、ことの良し悪し以前に拒む気持ちを駆り立てる。

    中盤までの複線化した物語は、結局何処へも辿り着かない。それはオースターの小説によくある二疋の蛇が互いの尾を食らって徐々にその輪を小さくしていく展開と見えるのに。その先に待ち構える空白を巧みに描いて見せてくれるのがオースターの魅力であると思うのだが、この本の中に仕組まれた二重三重のからくりは、まるでメビウスの環のように思わず魅せられてしまう程であるのに、途中で打ち捨てられたままとなる。そんな消化不良も手伝って久しぶりのオースターにやや呆然とした気持ちになる。

    作家自身の心の闇。9.11以降のニューヨーカーのPSTD。どうしてもそんなようなことを考えてしまうけれど、何かを力ずくで取り除こうとすれば、それは新たな心の闇を生む。為すべきことは、ひょっとしたら沈黙なのかも知れない。口を禁んでいれば、少なくとも誰かを傷つけることはない。消極的な自殺願望。そんな思いの狭間で、オースターは答えを保留する。その態度に唯一救いを見る。

  • 芥川賞を受賞した九段氏(とても良かった)が影響を受けたと聞いたので、さっそく読んでみた。

    かつて、アメリカ大統領選において、フロリダ州(ブッシュの弟が知事)の不正でブッシュがゴアから当選を詐取した時、ニューヨークは怒りのあまりにアメリカ合衆国から独立すると大騒ぎして話題になったことがある。オースターも、その中心人物の一人だった。9.11の時には、テロに対する怒りと悲しみもさることながら、それを機会に新しいアメリカを目指すことをせず、待ってましたとばかりに中東戦争に突入したブッシュに激しい怒りをぶつけたのも、ニューヨークでありオースターだった。この物語は明らかにこれらの歴史的な大きな転換点のアナザーストーリーであるが、同時にもう一つ、オースターの私生活と深く入れ子状態にもなっていて、それが話の広がりと深みと澱みになり、読者を混沌に陥れる仕掛けとして効いている。オースターは、大学生の時にリディア・デイヴィスと付き合っていたが、その後二人は結婚してパリに住み、子供を作っている。さらにその後、アメリカに戻り離婚して、オースターは再婚し、新たに子供もできている。その愛と離別と、二人で仕事をする生活と子育て、喪失などのオースターの悲喜交々は、大きな歴史の流れの再構成と縦横に交錯して織り上げられ、公と私の複雑なアナザーストーリーの三次元模様の風呂敷として大きく広がっていく。
    見事な手腕と絶賛したいが、オースターには自分を投影した登場人物を、なぜか突き放して悪人として描くことができない、誰にも思い当たる欠点がやはりあって、どんなに懺悔していても自己弁護の臭いが残る。すごい切れ味なのに、どこか切り口がザラついて、すっきりしない平凡さが残るのは、そのせいじゃないかという気がする。これはもしかしたら、アメリカ文化全般に染みついた癖のようなものかも知れないが。
    あと、「けったいな」という関西言葉がおそらく意図的に何度も使われているけれど、これはさほど効果的とは思えませんでした。

  •  ベタな作家の本を読めてないことはたくさんあり、そういうのをたまに読みたくなる。装丁が渋くて読んでみたら、やはりポール・オースターなのでしっかりオモシロかった。
     元物書きの老人が夜眠ることができない中、思い出したくない過去や考えたくないことを振り切るために物語を創作するという設定からしてオモシロい。寝る前に限らず嫌な過去などが唐突に頭に去来して何とも言えない気持ちになることは往々にしてあると思う。それを乗り越える行動が物語の創作なんだ!という驚きがあった。
     老人の創作した物語と老人、娘、孫娘の現実の話がクロスオーバーしつつ描かれていく。前者については一種のエンタメ小説になっていた。アメリカ国内で内戦が起こるパラレルワールドへ飛ばされた男の話でSF的な展開が好きだったし、メタ構造で創作している著者をブッ飛ばさないといけないアイロニーもいい。以下引用。

    *私自身を物語に入れることで、物語は現実になる。さもなければ私も現実ではなくなる。私の想像力のもうひとつの産物にすぎなくなる。*

     ただ個人的に好きだったのは後者の現実パート。三世代で娘、孫娘ともにパートナーが不在で3人暮らしという設定がとても新鮮で、彼らのコミュニケーションの様を読んでいるだけで癒された。ハイライトは老人と孫娘の会話だろう。前半の映画にまつわる議論、特に『東京物語』から見る近代化と親子関係という話はとても興味深かった。また後半、老人が亡き妻との関係を孫娘からの質問に回答していくシーンは結婚生活の酸いも甘いも含まれており思わず”That’s life.”とでも言いたくなるような内容だった。これとかグッときた。

    *歳をとるにつれて、問題も減じていくように思えたんだ。でも三十五、三十八、四十、あのころはなんだか、自分の人生が本当に自分のものじゃない気がしていたんだ。自分が真に自分の中で生きてこなかったような、自分が一度も現実だったことがないような。現実ではないがゆえに、自分が他人に影響を及ぼす影響もわかっていなかった。自分が引き起こしうる傷も、私を愛してくれる人たちに自分が与えうる痛みもわからなかった。*

     創作された物語だけでなく戦争が大きなテーマの作品になっている。孫娘のパートナーがイラク戦争に志願し悲惨な結末を迎えるところの描写は辛かった…その姿をしっかりと眼に焼き付けて闇の中に置き去りにしないという考え方にシビれた。あとがきを翻訳を務めた柴田元幸が書いており、そこでアメリカにおける911と^物語をめぐる話がありそちらも興味深かった。他の代表的な作品を全然読んでないことに気づいたのでグイグイ読んでいきたい。

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