冬の日誌

制作 : Paul Auster  柴田 元幸 
  • 新潮社
3.87
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本棚登録 : 275
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105217181

感想・レビュー・書評

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  • 冬のニュー・ヨーク。ワシントン・スクエアは雪におおわれ、ベンチにも人の姿はない。コート姿の人の影が寂しく道を急ぐ様子。モノクロームで撮られた静謐な写真を使った書影が、いかにもポール・オースターらしい情感を湛えている。これは小説ではない。同じ作者による既刊の『孤独の発明』や『空腹の技法』に連なる、自分を素材にした一種の自伝的エッセイである。

    この後すぐに出ることになる『内面からの報告書』を、訳者は「ある精神の物語」と呼んでいる。対になっているこちらは「ある身体の物語」。たしかに、顔面を引き裂いた釘による怪我から、淋病や毛じらみといったセックスに係わる疾病まで、六十何年かの間、作家に降りかかってきた身体的な災難を片端から書き並べて見せるところなど、まさに「ある身体の物語」だろう。

    ただ、人間の身体と精神は別々のものではない。時には、ひとつながりのものであって、精神が難局に耐えられなくなった時に、それは身体を襲うことになる。オースターは、母親の突然の死に直面した時、一滴の涙を流すこともなく火葬から遺物の処理をこなし、一息ついた後、突然のパニック発作に襲われ、死を意識する。

    「これこそ君の人生の物語である。道が二叉に分かれたところへ来るたびに、体が故障する。君の体は心が知らないことを知っているのであり、故障の仕方をどう選ぶにせよ(単核症、胃炎、パニック発作)、君の恐怖と内的葛藤の痛みをつねに体が引き受けてきたのであり、心が立ち向かえない――立ち向かおうとしない――殴打を体が受けてきたのだ。」

    オースターの小説は、ミステリの体裁をとりながら、カフカやベケットの不条理劇を思い浮かばせるニューヨーク三部作から、最近の『闇の中の男』まで、内省的でありつつも底にユーモアを湛え、読んで面白いだけではない、考えさせられる何かを隠し持っている。初期から読んできた読者なら、ユダヤ人差別に対する激しい怒りの表出も、最愛の妻に対する臆面のない称賛もすでにおなじみのものばかり。

    それまでに住んできた所番地をすべてさらして、当時の暮らしの有様や思いを語る口調は、「君」という人称を使っていることもあって、どことなく懐古的。もうすぐ六十四歳になろうとする作家は、自分の生涯を総浚いする気になっているのだろう。年寄りの昔話ほど、聞いていてつまらないものはないわけだが、さすがにポール・オースター。事実を語っても小説以上に面白い話を選び抜いている。

    ほんの少ししか離れていない位置に座っていた友人が雷に打たれて死ぬ話は、すでに他の作品で読んで知っていたが、近所の悪がきに庭に繋いでいた愛犬のリードを解かれ、車に轢かれて死んだ話は初めてだ。子どもと犬が飛び出てきて、どちらかを選ぶしかなかったと語った相手の言葉に「違う、あの人は間違ってる、犬じゃなくて子供にぶつかるべきだったんだ、あいつをぶっ殺すべきだったんだ」と思ったところなど、いかにもオースターらしい。弱い者、虐げられている者に対する姿勢は少年時から変わらない。

    家族を乗せて運転していたカローラで事故を起こした時の話も短編小説のようだ。友人の父親の飄逸な遺言「いいか、チャーリー」「小便のチャンスは絶対逃がすな」から始まり、運転の上手さを誇っていた作家に対し、珍しく妻が異変を予感するところからサスペンスを高めていき、ついには交差点で左折時に対向車の速度を見誤って激突に至る事故の顛末を当人でなくてはかけないリアルさで綴っている。

    偶然交差点に居合わせたインド人医師の冷静な対処もあって、幸いなことに同乗していた愛犬も含め、家族は全員助かるが、新車のカローラは無残な有様に。後日、廃車置場を訪れ、どうしてこれで自分たちは助かったのか、と首をかしげる作家にドレッドヘアーの管理者が語る「天使があなたたちを見ていてくれたんだよ。あんたたちは昨日死ぬことになっていたんだけど、天使がひょいと手を伸ばしてこの世に引き戻してくれたんだよ」という言葉がいい。

    逆に、何もかもうまくいかなかった時の話。当時住んでいた家のせいにするのもどうかと思うが、何とその家の前の住人が残した持ち物の中に、ナチス関連の書物やら何やらに混じって、エーコの『プラハの墓地』にも出てくる『シオンの議定書』を発見する。ユダヤ人のオースターにとってこれ以上ない最悪の書物と一つ屋根の下に暮らしていたわけだ。本当の話なのか、と思わせるような『トゥルー・ストーリーズ』の作者ならではの面白さ。

    一方的に読んできただけだが、古くから知っている友人の過去の打ち明け話に付き合っているような心持ちになってくる、どことなく心温まる本である。それにしても、オースターがここまで女好きであったとは。若い頃の話など、女狂いの域に達している。それにしては、前妻であるリディア・デイヴィスのことはあまり詳しく書いていない。現在の妻に対する遠慮もあるのだろう。とにかく、この美しい首を持つシリに対するべた惚れぶりには、読んでいて「ああそうですか」と何度も言いたくなった。

    これが作家の性(さが)というものなのだろうか。今まで暮らした家や、少年時に食べた食べ物に至るまでの羅列ときたら、露悪的と言いたくなるほど。年齢のせいなのか抑制が効かなくなったようだ。これで身体の物語なら、精神の物語である『内面からの報告書』は、どうなるのだろうか。愉しみなようでもあるし、怖いようでもある。刊行を心待ちにしながら、この稿を終わることにしよう。

  • 過去の自分に向かって「君は・・」と語りかける自分史。
    久しぶりのオースターです。小説だと思って借りたのですが、ジャンル的にはエッセイに当たるもののようです。
    淡々たる饒舌。
    これまで住んだ沢山の家の事、恋に落ちた女性たち、家族、30年連れ添い今も深く愛する奥さんについて、時代で並べるという事もせずに、ただひたすら書きこまれた文章。ほとんどページに余白というものが無く、しばしば見開きの2ページが全て文字で埋められています。
    もちろん翻訳なので原文は推測するしか無いのですが、饒舌なのに切れがあって、文章だけで作品の中に引き込まれて行きます(訳者さん、ご苦労様)。
    64歳になって老いを感じながら過去を振り返る。ただ、そこにあるのはおセンチなノスタルジーでは無く、淡々とした報告書のようです。来し方を振り返り、確認した上で次のステージに向かう、そんな感じがします。
    この「冬の日誌」はフィジカルな振り返りで、対をなすメンタル面が「内面からの報告書」という作品だそうです。少し間をあけて読んでみることにします。

  • 久しぶりのポール・オースター! 私は彼の本を読んでいるととても幸せな気分になるから不思議(^^♪

    60代になったオースターが半生を回想したカッコいい本で、とりわけ「身体」をみまった痛み、怪我、死と隣り合わせの恐怖と緊張に満ちた体験を物語のように綴っていておもしろい。

    「君」と語りかける二人称が新鮮です。作者オースターが過去のオースターに語りかける、幼いオースターは作者オースターであると同時にいまのオースターではない。人は二度と同じ川へは入れない、他者性をもつ様々な顔のオースターは、初期の『孤独の発明』や『ガラスの街』を彷彿とさせます♪

    「クラスメイトの何人かは体に障害を持っていた。……今日ふり返ると、こうした子供たちは君の教育の欠かせない一部分だったことがわかる。生活の中に彼らがいなかったら、人間であるとはどういうことなのかをめぐる君の理解はもっと貧しいものになっていただろう。深さも思いやりもない、痛みと辛さの哲学への洞察を欠いた理解になっていただろう」

    繊細さと共感力の高さは彼のあらゆる作品に溢れていますので、今更わたしが言うのもおこがましいのですが、この本を読んで一番驚いたのは、私の想像をはるかに超えたユダヤ系の人たちへの迫害、偏見、差別。ひどく不条理で陰湿なそれは、おそらくオースターの半生、とりわけ幼少のころのあらゆる場面で剥き出しの暴力となり痛みになったはずです。

    おもえばオースター作品の根底には、いつも大きなものに小突きまわされる小さなものたちへの憂いや配慮が感じられます。そんな彼の人間性が、小気味よい、でも一筋縄ではいかない独特の物語世界をとおして多くの読者の心を幸せにしたり温めたりするのかも。

    ちなみに、この本は、「精神」面にクローズアップした『内面からの報告書』と対になっています。また『トゥルーストーリーズ』を補完する本にもなっていますので、あわせてお読みになると面白いと思います。柴田さんの翻訳もいつもながら素晴しいですよ♪

  • まずジャケットが素晴らしい。

    小説家にとっては作品が自伝でもあって、あえて自伝を書く必要というのは覚え書き以外にはないのではないかな、と思いながら、読んだ。

    人生の冬に差し掛かり、自分のこれまでを振り返っているわけだが、自分を「君」と二人称にすることで、自分の半生に対して、ある距離感を保って描いたのは成功だと思う。
    部分的には、これもまたウィタセクスアリスかーそれは別に興味ないんだよなーと思うところも。

  • 遅かれ早かれ終わりがくることを自覚する64歳の作家が書いた自叙伝。
    移り住んできたたくさんの家を順番に述べる部分もあるが、子供の頃や青年期の思い出、結婚生活での出来事などが順不同に織り込まれ、まさに細切れに記憶を辿っているという感じが味わえる。
    著書のいくつかの作品の主題となっている、アイデンティティを意識させられた。

  • ポールオースター、現代アメリカ文学を代表するうちの一人である作者(私は割と最近『リバイアサン』からのお付き合い)が晩年を迎えて、己が半生を綴った文字通りの『日誌』。
    序盤はやや単調に感じてしまったが、後半、共感とともに引き込まれていた。

    ひとりの人間と彼を取り巻く複雑な環境からは人生における喪失や哀しみ、決して平坦ではなく、喜びよりは苦悩に彩られている様が強く窺えた。

    ただ読後、不思議なことにネガティヴな感情よりむしろ仄かに希望を抱かせる作品であった。

    まさに『パンドラの甕』の趣き。

  • とても私的な話ばかりなのだけど、君、という繰り返される呼びかけのせいか、自分に起こったことのように思えて来る。
    と言っても、今ここにいる私ではなく、どこか遠いところ、時間も空間も遠い私。
    読み終えると、長い旅から帰ったような気持ちになった。

  • Paul Auster's biographic novel. Memories of physical experiences, and life in N.Y. and Paris. (マサト)

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