贖罪

制作 : Ian McEwan  小山 太一 
  • 新潮社
4.06
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本棚登録 : 296
レビュー : 40
  • Amazon.co.jp ・本 (446ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105431013

感想・レビュー・書評

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  • あぁ、そういうひっくり返しなのか。

    最後の誕生日パーティーで、あの二人の登場を待っていたのは私だけではないはず。(泣)

    オースティンを再読したくなった。

  • ある女性小説家の人生を通し、小説家のエゴと現実の相克が語られる。作品のトーンは暗く重い。

    主人公の頭の中にあった秩序と空想の心地よい世界は、その完成を見ることなく、猥雑な現実に冒されてしまう。しかし、主人公の空想こそが現実を冒そうとする我儘な欲望を秘めていることが露呈し、そこに悲劇が生じる。これが物語の発端である。

    主人公の空想が現実に生きる人間の生をかき回し、歪めてしまった。それでも、身勝手な欲望を抱えながら彼女は小説を書く。老年の彼女の、小説家というものは身勝手なものだという述懐ほど小説家(≒近代的人間)の業を照らし出すものはないだろう。

    本書は第一級の文学であり、同時にメタ文学なのだ。

  • 映画を先に見たが

    はるかに奥深い。

    ずっしりと読後感がある。

  • 読みながら、いつものマキューアンらしくない語り口に不思議な懐かしさを感じていた。まるで、一昔前のイギリス女流文学でも読んでいるような気がしてくるのだ。時は1935年の夏、舞台はロンドン郊外に建つネオゴシック風の屋敷。

    不在がちの夫に代わり一家を守るのは妻エミリ。それとケンブリッジ帰りのセシーリアと13歳になるブライオニーの姉妹。今日はロンドンで銀 行に勤めている兄のリーオンが友人を連れて帰省する日。ブライオニーは兄に見せようと叔母の離婚が原因で家に来ている従姉弟たちを使って自分の戯曲『アラ ベラの試練』を上演しようとするのだったが…。

    セシーリアと庭職人の子のロビーは幼馴染み。二人は互いに惹かれ合っていることにこの日まで気づかなかった。花瓶に水を汲もうとして取り合 ううち、誤って割ってしまうという行為を通して、二人はそのことに気づくが、妹がそれを盗み見ていたことから話がややこしくなる。作家を夢みる少女は、出 来事に別の意味を見出したのだ。姉を毒牙から守ろうと暗闇で従姉を襲った人影をロビーだと証言するブライオニー。

    「人間を不幸にするのは邪悪さや陰謀だけではなく、錯誤や誤解が不幸を生むこともあり、そして何よりも、他人も自分と同じくリアルであると いう単純な事実を理解しそこねるからこそ人間の不幸は生まれるのだ」というブライオニーの言葉通り、祝祭的な真夏の噴水の前での愛の情景から始まった物語 は、錯誤が誤解を生み、その連鎖が一つの家族を崩壊させ、恋人たちを引き裂くという悲劇的な結末を迎える。

    五年後、兵士となったロビーはダンケルクにいた。恋人の待つ故国に帰るためドイツ軍の爆撃の中を逃げ続けるロビーの視点で描かれる第 二部は極めてリアルな戦争小説になっている。第三部はブライオニーの視点で描かれる。かつての自分の行為を後悔し、戦下のロンドンで見習い看護婦として働 くブライオニー。ゆるしを求め、姉のもとに向かうのだが、果たして贖罪は果たされるのか。

    純粋な愛の物語としても、作家志望の少女が犯した罪の物語とも、或いは一人の作家が自分が作家として立つきっかけを作った事件を、一生懸け て書き直し続けた未完の小説とも読める。果たして少女を陵辱した真の犯人は誰だったのかというミステリーとして読むことも可能だろう。作者はその手がかり をはっきり残している。

    それだけではない。小説形式に意識的なマキューアンらしく、この作品、特に第一部はヴァージニア・ウルフへのオマージュとも思える仄めかし に満ちている。ケンブリッジで学位まで取りながらも、まともな学位授与式も女性にはないとセシーリアが不満をもらすところなど、いかにもと思わせるし、晩 餐の支度に花を探しに行くのは『ダロウェイ夫人』冒頭の引用だろう。食事の支度における使用人との確執、ロビーを襲うシェルショックもそうだ。

    これまで、巧いなあとは思いながら、読後に何か苦味のようなものを感じていたマキューアンの小説だが、その正体は自分の創り出す世界に対す る作家のアイロニカルな視線にある。確かに現代において小説の中で衒いなく「愛」を描くことはマキューアンならずとも難しいにちがいない。舞台を大戦前に 置いたことで、それが緩和され、居心地のいいものになっている。末尾に、「ロンドン、一九九九年」という一章が来る。それまでの安定した小説世界をひっく り返してしまうような仕掛けで、このあたり、やはりアイロニカルなのだが後味は悪くない。小説の名手イアン・マキューアンの代表作と言うべき作品である。

  • ショッキングで悲しく、心に響く内容。誰にでもある、ちょっとした間違いが引き起こす大きな結果。彼女の場合、それが取り返しのつかない事態を招いてしまう。悪気はなかったが間違えてしまった人、それに便乗した悪意ある悪賢い人、被害者、その恋人。

    それぞれの気持ちが理解できるだけに、結果が心に迫る。戦争のシーンなど、非常にリアルで心が痛む。

    細かなディテールのせいで最初は読みづらいと感じたが、途中からずんずん引き込まれて作者の世界に連れ込まれる。

    最後に、ほんの少しの希望。作者が村上春樹と仲がよいと聞いて、なんとなく納得。

  • 大好きなマキューアンの中でも本当に大好きで大切な一冊。
    読んだ直後の感想を発見したので貼っておく。

    これ、すごい。これこそ文学。
    まだ3月だけど、今年一番印象に残る本になりそう。
    これ読んでまた初めての読書体験してしまいました。上巻読んでいるとき、あまりの怒りで電車の中の見ず知らずの人にいきなり殴りかかりそうになり。(本そのものや作者への怒りは白石一文で経験済みですが)本の内容というか出来事にこんなに怒りを掻き立てられるなんて驚きだよ。あまりに頭に血が上ったので、電車の中で日能研の問題を解いてみたりもした。その勢いで下巻も一気に読んじゃった。1時30分に帰ってきてすぐ読み出して3時30分まで一気読み。
    わたしは小説を書こうと試みたことはないけれど、小説を書きたいと思う人はこういうのが書きたいのではないかしら?文学を志しているなら読んだほうがいいと思う。

  •  田園の屋敷の心温まる光景がじわじわと破局に向けて進んでいく展開が心苦しい。幸福を目の前にして引き裂かれる恋人たちのその後には第二部と第三部で2度胸を打たれた。小説家が登場人物を物語の中で幸福にするのは、それしか方法がないからだ、というのがとても切ない。〈神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない――たとえ無神論者の小説家であっても〉という一節が読み終わったあとにじんと来る。

  • 幼い少女の純粋さ、愚かしさ、全能感、すべてが安全だという感覚、新しい世界に触れたときの眩暈がするような驚き。
    そういった「一人の繊細な少女」を形成する要素のひとつひとつが、肌で感じられるくらい近くに描かれていて、冒頭の幸福な劇準備の様子から、やがて彼女が引き起こす罪まで一気に読ませられました。

    ここまでの事を引き起こしてしまった後では、どんな行為も贖罪にはなり得ないと思いながらその後を読み進めていましたが、最後の最後に、今まで読んできたものがなんだったのかを理解したときに、過ぎ去った彼女の年月の重さ、抱えてきた思いが、堰を切るように一気にこちら側に流れ込んできて、呆然とするとともに胸を打たれました。

    彼女の「贖罪」が正しいことかはわかりませんが、年月を経て、すべての人々がいなくなった後にも残るだろう彼女の贖罪の姿には、せつなさと、祈りにも似た思いと、ある種の美しさを感じます。

  • 「つぐない」という映画の原作で、イギリスでは2001年の発表、日本では2003年発行。
    13歳の少女の誤解から姉と幼馴染みの恋が無惨に壊されてしまう。
    空想的で感性はあるが思いこみの激しい少女と、周りの人間の抱えている性格的な弱さや置かれた立場による苦しみがどう作用したか。
    真実に迫ろうとする筆致は迫力に満ちています。
    大戦によってまた人は翻弄され…一生をかけた償いという意味は次第にわかってきます。
    作者は76年作家デビュー、98年の作品「アムステルダム」でブッカー賞を受賞してます。

  • 最後に、陳腐な救いがないのがいい。真ん中あたりの、敗走兵の記述に圧倒される。これを読んだ後、どんな言葉や態度で謝っても無駄とさえ思う。してしまったことに、一生かけて償うしかないのだ。

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