ソーネチカ (新潮クレスト・ブックス)

  • 新潮社 (2002年12月24日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (144ページ) / ISBN・EAN: 9784105900335

感想・レビュー・書評

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  • ロシア古典文学にはまっていたけど、現代ロシア文学を読んだことがないので、とりあえず、現代ロシア文学の女流作家の中編を読んでみました。

    なるほど、こういう感じなのですね。

    ごく普通の女性の生涯を描いた本作。
    いわゆる純文学なのでしょう。ユダヤ人の作者ということで、理想の人間像を描いているような感じですね。

    なかなか興味深い。
    ちょっと、現代ロシア文学もどんどん行ってみますか。

    • nejidonさん
      kazzu008さん、こんにちは(^^♪
      コメント欄ではお久しぶりです。
      リュドミラ・ウリツカヤが好きで、つい嬉しくなって書き込みます。...
      kazzu008さん、こんにちは(^^♪
      コメント欄ではお久しぶりです。
      リュドミラ・ウリツカヤが好きで、つい嬉しくなって書き込みます。
      この作家さんがノーベル文学賞をとってくれるかと期待しているのですが
      誰もそんなことは言わないんですよね・(笑)
      日本なら小川洋子さんか梨木香歩さん(多和田葉子さんという声も)
      だと確信してますが、こちらはもっと誰も言いません(*'▽')
      この作家さんが受賞したら、ひとりで乾杯する準備は出来ているんですよ。
      変なコメントですみません。そのくらい好きだということです。
      ではでは、失礼しました。

      2020/10/25
    • kazzu008さん
      nejidonさん。コメントありがとうございます。ノーベル文学賞候補者は僕も大賛成ですね。特に小川洋子さんはぜひとってもらいたいです。
      こ...
      nejidonさん。コメントありがとうございます。ノーベル文学賞候補者は僕も大賛成ですね。特に小川洋子さんはぜひとってもらいたいです。
      このリュドミラ・ウリツカヤさんも初読みの作家さんでしたが、なんとなく心が温まる良い本でした。どんどん読んでいきたいと思います!
      2020/11/03
  • 静謐な一生。不幸を幸せに変えて淡々と生きるソーネチカの姿に感服。夫の裏切りを許し,少女を夫のミューズとして優しくするのは信じ難い。凡人には真似できない生き方。

  • シェル・シルヴァスタインの絵本『大きな木』(りんごの木が望まれるまま少年に実も枝も幹も与える。最期には切株となっても、老いたかつての少年に対して、疲れた体を休めるために座りなさいといって身を差し出す)で描かれる「無償の愛」は、母性や巣立っていく子供への包容力として広く受け入れられているのでしょう。

    それでは、本書のソーネチカの愛は?
    17年連れ添った夫に裏切られて、さらにその相手は娘として何くれとなく世話を焼いている若い女の子です。
    “あの人のそばに、若くて、きれいで、優しくて、上品なあの子がいてくれたらこんないいことはない。人生ってなんてうまくできているんだろう。老年にさしかかったあの人にこんな奇跡が起こって、絵の仕事に立戻らせてくれたなんて。”
    強がりではなく、その後も奇妙な擬似家族としてソーネチカは2人に愛を注ぎ、夫の死後も女性の生活を支え続けていくのです。
    一時の悲しみや空虚を感じても、ここに嫉妬や怒りはない。とても受け入れられないという反発の声が聞こえそうです。
    2つの愛の間には、どのような違いがあるのでしょうでしょう。
    自らの分身である子供に対しては愛は幾ら注いでも目減りしないけれども、パートナーに対しては与えたものを自らにも与えて欲しいと願うという立場でみると、ソーネチカの愛は成立しない。
    ここは他人に与え与えられる“愛の分量”で幸福か不幸かが決まるのではなく、自らを自律的に幸せにすることができる内面の豊かさを持つ稀有な人してソーネチカを捉えた方がいいのかもしれないと思うのです。

    受忍を美徳とし、家族に尽くすことに自らの価値をみいだす前時代的な女性の一生として本書を読むことや、ソーネチカを無垢な心をもつ聖なる愚者の系譜とすることは、どちらにも違和感があります。
    相手の幸せのために自らを犠牲にするといった依存性は彼女にはありませんし、幸福の物差しが彼女独特のものとはいえ、慎ましくとも自らを幸せにするために、彼女は行動していきます。

    一つ思うのは、夫と出会ったときのソーネチカは図書館の臨時貸し出し係でした。彼女は貴重な書物を、資格のない夫に対して権限もないのに自らのカードを使って貸し出します。
    個人所有されることはなく、隔たりなく素晴らしい世界に触れて分かち合う。そんな図書館の書物は、ソーネチカの愛や幸福を表しているようだなと感じるのです。

  • 本好きが高じて図書館の書庫で働くソーネチカに始めは感情移入したけれど…。
    人生を物語に例えるとしたら、ソーネチカの人生の主人公はソーネチカではないみたい。
    主役やヒロインは他にいて、自分はその隣にいられるだけで幸せ…って、そんなことある!?
    誰だって自分の人生の主人公は自分自身だろうと思っていたわたしにはちょっと衝撃であった。
    でも、この本の主人公は間違いなく「ソーネチカ」なのが、皮肉というかなんというか。
    だからといって、彼女を不幸だとは思わないのは、彼女は本の中に無限の世界が広がっていると知っているから。

    • 淳水堂さん
      マヤさんブクログおかえりなさーい!
      マヤさんブクログおかえりなさーい!
      2024/03/29
    • マヤ@文学淑女さん
      ただいまです〜!読書ノートと並行して記録していきたいと思っています!
      ただいまです〜!読書ノートと並行して記録していきたいと思っています!
      2024/03/29
  •  この本で注目されるのは、試練を乗り越えるソーネチカのそのやり方だ。私には到底共感できるものではなかったけれど、拒絶したいとは思わなかったのが不思議だった。
     そして、本好きであるソーネチカの一面が垣間見えるのも魅力的だった。
     恋の痛手を負った13歳。夫ロベルト・ヴィクトロヴィチがヤーシャと関係を持っていることを知った後。自分達の家が取り壊されることになり、新居で1人過ごさなくてはならなくなった時…。
     その時々で、ソーネチカは作り物の世界に身を委ねる。あの常人離れしたモノの捉え方もここから来ているのだろうか?
     また全体として、ソーネチカの一生が、淡々と、ゆったりとした時の流れを感じさせるように語られており、心穏やかな読後感を味わえる貴重な体験だった。

  • 評価が難しい作品。

    作品に流れている空気は好き。

    しかし、ストーリーはどうかと聞かれたら、
    好きとも言い切れないし、かといって嫌いでもない。

    主人公の女性の人生が、
    幸せであるか、不幸せであるかわからないように、
    はっきりした答えが私の中では見つけ出せない。

    主人公ソーネチカの考え方は理解できるか、
    彼女の生き方に共感できるかと
    自分に問い質してみるとうーん、って思わず唸ってしまう。

    20代の自分にこの質問をぶつけられたなら、
    絶対無理だと即答するが、
    30代でこの作品を読み、ソーネチカという女性と向き合うと、
    これだけ深く夫を愛し、芸術家である彼を理解し、
    みなしごのヤーシャ、まして
    夫との「共犯者」となった娘を母親のような愛情でくるむ事ができる
    ソーネチカを「痛い」と思いつつも、心のどこかでは「うらやましい」と
    感じている自分に気づいた。

    他者から見れば過酷な状況に身を置いているのに、
    それでも自分を幸せだと思い、
    穏やかに己の人生を歩み続ける彼女。

    幸せでもないし、不幸でもない。

    ただ、人間の一生ってそんなものなのかなと。

    幸せだけで出来ている人生も
    不幸だけで出来ている人生も
    ないはずだ。

  • やせぎすのっぽの本の虫、ソーネチカの一生を書く小説。山あり谷ありの人生の中でもソーネチカは常に「自分はなんて幸せなんだろう」と幸せをかみしめている。それは娘の友達の孤児を家に迎え入れ、彼女と夫が不倫していることに気づいても変わらないのである。さすがにショックは受けるが、それまでと変わらず孤児を娘同然の扱いをし、夫にも何も言わない。むしろ、この事件が夫の絵の意欲を燃え立たせてくれたことにまた幸せをかみしめるのだ。
    ここまでくると忍耐強さや性格という問題ではなく、異常さを感じるレベルなのだが、不思議と嫌な感じはない。ソーネチカは誰かや運命を恨んだりしないし、悲しまないし、ただ淡々と幸せを感じながら日々を送るのみだからだろうか。こうやって抑圧を無視するようにして生活を続けるのは、いかにもロシアっぽい気もする。
    レアとラケルになぞらえて、ソーネチカをうつくしいレアと形容する部分には光を感じた。そう、レアは別に境遇に甘んじてはいなくて、ラケルと争って子どもを産んでいたわけだからね。でもそれが普通であって、ソーネチカの行動や物事の捉え方には人を超えた、まさに「神の恩寵」とでもいうべきところがある。誰もがそうあるべきでもないが、それを目にした人間は畏怖の念を禁じ得ない、というような。不思議な読後感の小説だった。

  • 不思議な本

    体形に影響するほど本好きな主人公、ソーネチカ。
    ソーネチカは本の虫だったという書き出しから、
    本好きな人のちょっと特殊な一生の話かと思っていた。
    が、本は夫と知り合うきっかけだったにすぎず、
    結婚後は、本とは一切関係がなくなった。

    本の次は、夫と子供に集中するソーネチカ。
    さまざまな生活の苦労は尽きなかったが、
    二人の世話をすることで幸せをいっぱい感じていた。

    最後には、娘の友達で、行き場のなかった女の子を
    家に住まわせる。
    そして、その娘は夫の愛人となって、
    夫とその娘は二人で住むことになり、
    ソーネチカは一人で家に住むことになるのだけど・・

    老いた夫が若くて美しい女性と愛し合えることは
    彼にとってとてもしあわせだ、ということで、
    ソーネチカはそれは幸せだと結論づける。
    三人で公的なパーティにも出かける。
    そんなソーネチカに対して、夫も愛人も優しい。
    誰も無理せずに、幸せな気持ちでいられる。

    って、普通だったら、何なのコレ?って
    異議申し立てをしたくなるような内容なのだけど
    エ~!? マジで?!と思いながらも、
    素直に、自然に、読めてしまう不思議さ。

    いったいこれはどういうことなのでしょうか?
    語り口、表現の効果なのですよね?
    不思議な、不思議なものがたり。

    以上が一読後の感想。以下は読書会後の感想。

    「白のモチーフ」ということが語られた。
    夫の愛人となったヤーシャ=白さについて p.102

    「ロベルト・ヴィクトロヴィチ(夫)はたえまなくヤーシャの白さについて思いめぐらせる。」

    「(ヤーシャの)顔は白の極致、あたたかさのきわみ、活気のきわみであり、大事な色調の源でもあって、あらゆるものがここから生まれ、育ち、遊び、そして「死の白」と「生の白」の神秘について歌いだすのだった。」

    以前はただ恋に盲目になったロベルトの戯言と感じたが
    もっと深い意味があるのかも、と思った。
    ここから「白」についての記述が目立つし・・。

    ロベルトが死んだ後、
    ヤーシャは若くてハンサムで金持ちのフランス人と結婚
    娘のターニャは数ヵ国語を使いこなす国際的キャリアウーマンでシングルマザーとなり、
    ロベルトの白い絵は世界中で大ブレークし、
    そして、ソーネチカは「甘く心地よい読書の深遠」に戻っている。

    ソーネチカはロシアの大地と厳しい自然とともに
    変化をそのまま自然に受け入れているということを
    強く感じるようになった。

    そして、「白」で象徴されているのは
    人生の新たな局面への変化ではないかと思った。
    ヤーシャが白というのは、ヤーシャの出現によって
    ロベルトも、ソーネチカも、新たなフェイズへと変化したことを示したのではないか・・

    ソーネチカはヤーシャによって
    夫との生活を終わらせ、
    再び愛する「読書」の世界にもどってきた。
    ただフェイズが変わって、自分のしあわせも変わった。

    人生にはいくつかのフェーズがあって
    そのそれぞれで、自分らしいしあわせをみつける
    それが『ソーネチカ』の世界だったのかも・・

  • 当たり前の生を描いた物語なのだが、はじめは強烈な違和感がある。ソーネチカが自分の置かれた状況をひたすらに受け容れて、自然に生きてゆく。しかも、それを幸せに感じている。娘の同級生に夫を奪われているのに、夫の精神に活力を与えたこの少女に感謝すらする。とても理解が追いつかない。家族というものに対する考え方の違いもあると思う。それでも、考えれば考えるほどに、ソーネチカという女性の揺るぎない大きさに圧倒される。読み終えて、自分が狭量に思えるほど。まあ、物理的にも大きいと思うのだが……(笑)

  • 読んでるあいだ、規則的に時に不規則に
    心地いい音楽がずっと脳内に流れていた。
    容姿にコンプレックスのある幼いソーネチカは本と現実の境界の曖昧な世界に埋没してゆく。
    そのまま生涯を終えるのかと思いきや、大人となり
    ソーネチカの言うところの神の摂理に感謝するほどの現実を生きた。
    本来なら怒るようなことでもなんて自分は恵まれ幸せなんだと捉える。
    普通なら心が折れそうな現実に襲われようともソーネチカはすっくとその場所に立っている。曲がっても折れない柳の枝のような逞しさにただただ驚嘆する。
    それは本を読み続けたこれまでが血となり肉となり彼女を強くしたようにも思えた。
    何の取り柄もないように見えたソーネチカは図らずも夫の死後その葬儀の時に一際輝きを放つ。彼女がいたからこそ夫は世界的著名な画家となれたのでは。
    本を読み続けた少女は大人になって自分の人生を生き
    最後はまた本の深遠に戻った。その生き様に憧れすら覚えた。
    本を読み終えてもなお、いつまでも余韻に浸る
    他に類のない静謐な読書体験でした。


  • 美しくない本の虫であるところのソーネチカは、しかしあまりに従順で寛容に過ぎるようにも見え、始めから終わりまで感情移入し続けるのは難しいかもしれない。
    女の一代記であるストーリーよりも、ソーネチカが本にのめり込む様子や、遠回しなようでストレートな性愛の描写、人物たちに降りかかる苦難と苦悩など、文章の(あるいは翻訳の)巧みさが印象に残った。

  • おすすめ資料 第107回 変化を続ける社会の中の静かな文学(2010.2.19)
     
    変化に次ぐ変化、発展に次ぐ発展を続ける現代ロシア社会では、その時勢に合わせてアップテンポなストーリーやスリリングな展開が面白い小説や映画が好まれているのかと思いきや、今、ロシア文学界で脚光を浴びているのは、主人公の生活や一生を淡々と語るといった静かな作品を作り続けているリュドミーラ・ウリツカヤです。

    たとえば、この『ソーネチカ』(原著≪Сонечка≫は≪Медея и ее дети≫(1996)に所収)。
    時代はソ連時代、主人公は図書館で働く本が大好きな女の子ソーネチカです。
    ソーネチカが働き、結婚し、出産し......という女性としての生活を営む中での出来事が淡々と語られています。

    ウリツカヤはこの作品で1998年にフランスのメディシス賞(外国文学部門)、同年イタリアのジュゼッペ・アツェル賞を受賞し、世に認められるようになりました。
    彼女はここ15年あまりの間に多くの作品を生み出してきました。

    それら作品の日本語訳として一番新しいところでは『通訳ダニエル・シュタイン』(原著≪Даниэль Штайн, переводчик≫(2006)、2007年ボリシャヤ・クニーガ賞受賞)がありますが、まだまだすべての作品が翻訳されている訳ではありません。
    彼女の作品はわりと読みやすいロシア語で書かれており、短編が多いです。
    当館では原著も数冊そろえていますので、翻訳された作品を読んで彼女のスタイルが気に入った人には、ぜひ原著にも挑戦することをおすすめします。

  • 不器量でぱっとしない容姿の女性ソーネチカの生涯。

    最初の10ページくらいは彼女と本との関係について滔々と記述されている。私はこの部分がいたく気に入ってしまって、何度も何度も読み返した。

    ソーネチカは本を読むことが大好きなのだ。
    身も心も本の世界に入り込んで生きている。

    「まるで、ふっと気を失うときのように、ふっと本の世界にはいりこむと、最後のページを読みおわるまでずっとその状態から抜けられなかった」

    図書館の地下書庫で運命の出逢いをして結婚をする。そしてどちらかといえば不幸な人生を歩むのだ。どちらかといえば、不幸。

    幸か不幸かは主観的な問題なのだ。この物語はとても客観的な文章で綴られていて、登場人物たちの心情説明も淡々としている。ソーネチカはどんな物事も粛々と受け止める。辛くてどうにもならないときは、本を読む。

    表紙の絵がとても良い。

  • 主人公の人生における読書というもののあり方が印象的。それが主人公の読書以外の生活に向き合う態度にも通じている。本好きにとっては、こんな生き方がシビレるのかも知れない。

  • 虚構と現実の区別もつかなくなるほど、青春時代をしじゅう本ばかり読んできたソーネチカ。出会って間もなく結婚した男・ロベルトは反体制的な芸術家。
    当局の監視の下で流刑地を移動する貧しい生活の中、生まれた一人娘ターニャと夫を支え続ける彼女にとって、想像の世界はすでに遠く、現実の世界こそがすべてとなった。
    やがてターニャの同級生・ヤーシャを引き取り二人目の娘として愛するが、それはソーネチカに逆らい難い運命のいたずらをもたらす――。

    ソヴィエト時代の流刑生活、貧困、夫や、娘の裏切り。失望を積み重ねるばかりのままならない人生のなかからも喜びを見出し、「なんて幸せなんだろう」と感じ入るソーネチカ。波乱の人生をいきる平凡な女性の一生と心の機微を静かに描く中編小説。

  • 人を愛し人生を愛した平凡な女性の稀有な物語として読みました。

  • 静謐に降り積もる綿雪の軌跡の様な世界。表紙に在る様な雪景色の中に足跡を残す様に、閑静と繰り広げられて往く小さな人間の生命の営み。―然うしたひっそりとした、緩慢でそこはかと無く物寂しげな雰囲気を纏って居る、ソーネチカ・ワールド。・・世情の煩雑さ、遽しさとは隔絶された或る種の閉鎖的な空間の中、誰も居ないかの如く進められて往く、"絵本の様な御伽噺"と云った雰囲気を有った一冊。
    表現に嘗て無い程の柔軟さが在り、やわらかな輪郭が全体を覆って居る。恰も人間が主体で無く、人間が空間を縁取った軌跡に沿って蹌いて居るかの様な描写が全体的に施されて居る印象を受けた。
    平仮名の遣い方が何とも巧妙で、しっとりと・・厭な湿り気で無く、或いはパサパサとした感覚でも無しに、保湿されて居る。
    睡りに落ち、白昼夢の中に這入って往くのを、本を閉じるのと併行させたかの様なsynesthesiaを覚える。
    『文学の麻酔』と云うワードに魅力を感じた。

    内容は極めて退屈な物で在ったが、現代文の題材としては適しているのではないかと思われる。
    読み易さは然程無いが、嚥下に困窮する事は決して無い、と云う様な一冊。

  • 読み終えて本をパタンと閉じたときに、読書という楽しみと喜びを与えてくれた何かに感謝したいと思った。

  • 常に『従』の位置にいるソネーチカが最もひとを見る力があって、しかも誰より幸福であった。物語は重い展開なのに読後感がよい。

  • ふむ

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著者プロフィール

1957年生まれ。東京外国語大学名誉教授。ロシア文学、比較文学。著書『ロシア万華鏡』(五柳書院、2020年)、『ロシア文学の食卓』(ちくま文庫、2022年)、共著『アレクシエーヴィチとの対話』(岩波書店、2021年)、共編書『ロシア文化55のキーワード』(ミネルヴァ書房、2021年)、訳書ウリツカヤ『ソーネチカ』(新潮社、2002年)、クルコフ『灰色のミツバチ』(左右社、2024年)など。

「2024年 『ロシアの暮らしと文化を知るための60章』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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