千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)

制作 : Yiyun Li  篠森 ゆりこ 
  • 新潮社
3.86
  • (61)
  • (103)
  • (68)
  • (9)
  • (3)
本棚登録 : 697
レビュー : 102
  • Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900601

作品紹介・あらすじ

父と娘のあいだに横たわる秘密と、人生の黄昏にある男女の濁りない情愛。ミス・カサブランカとよばれる独身教師の埋めようのない心の穴。反対を押し切って結婚した従兄妹同士の、平らかではない歳月とその果ての絆。-人生の細部にあらわれる普遍的真実を、驚くべき技量で掬いとる。北京生まれの新人女性作家による、各賞独占の鮮烈なデビュー短篇集。第1回フランク・オコナー国際短篇賞受賞!PEN/ヘミングウェイ賞受賞。ガーディアン新人賞・プッシュカート賞受賞。New York Times Book Reviewエディターズ・チョイス賞受賞。The Best American Short Stories2006収録。グランタ「もっとも有望な若手アメリカ作家」2007選出。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 中国の人はみんなこうなのか、
    それともこの人物たちがみんなそうだからなのか。
    熱くて、なんというか皆何かにとても執着している。
    自分が心を懸けている対象に対しての、愛情の注ぎ方が半端じゃない。
    愛している人への遠慮がない。
    度を過ぎて親切。
    日本人は遠慮しちゃうんじゃないか、もっと。と思った。
    そんな熱さが私にはすごく新鮮だった。

    とはいえ、なんだか中国てそうなんだなーとかそんな感想を持ったわけではなくて、こうして個人の物語として受け取れることに意味がある。

    物語は個人を伝えるメディアであれる。
    その人に寄り添える。
    そうでないやり方なら理解できないだろうあれやこれやを、私たちは物語という受け取り方をすることで理解することができる。
    物語はやっぱり必要なんだ。

    言葉にできないものを描く。
    そりゃ難しいよ。だって、言葉にできないことを書くのだから。
    でも、それが物語が存在する一番の所以ではないか。
    言葉にできないから、物語るしかないのだ。

  • イーユン・リーのデビュー短篇集。第一回フランク・オコナー国際短篇賞を受賞した、その完成度の高さに驚く。どれも読ませるが、読んでいて楽しいと感じられる作品が多いわけではない。むしろ苛酷な人生に目をそむけたくなることのほうが多いのだが、読み終わったあとの索漠とした思いの中に、真実だけが持つことのできる確かな手触りと哀しい明るさのようなものが残っているのを感じる。誰の人生にも人それぞれの秘密が潜んでいて、周りが考えるほど単純なものではない。リーの筆は、ときに厳しく、ときには優しく、人々によりそって、固い殻に覆われた外皮の奥にある核を明るみに出す。全十篇のどれも捨てがたいが、親と子の結婚観をめぐる考え方のちがいが対話を通して浮かび上がってくる作品が少なくない。

    「市場の約束」も、その一つ。三十二歳になる、三三(サンサン)は、大学を出てからずっと生まれ育った町の師範学校で英語を教えている。夫も恋人も親しい友人もいない。母親はそんな娘を心配し、幼なじみで結婚してアメリカに行った土(トウ)が離婚したから、結婚したらどうか、と学校までやってくる。母は旅の客相手に屋台で煮玉子を売っている。他の店とはちがい、茶葉と香辛料をふんだんに入れたそれは絶品だ。

    三三と土は結婚の約束をしていた。天安門事件の頃、大学に美人で評判の旻(ミン)という同級生がいた。学生運動のせいで就職がふいになった旻のために、土と偽装結婚して渡米する策を授けたのは三三だった。ところが、二人は三三を裏切り、本当に結婚してしまう。そのことを知らない母は結婚しない娘の気持ちが分からない。母を悲しませていることを知る娘もまた悲しい。そんな三三の前に一人の男が現れる。男の商売は、金を払った相手にナイフで体を切らせることだった。映画のような幕切れがひときわ鮮やかな一篇。

    「死を正しく語るには」は、リーの子どもの頃の実際の思い出が生かされていると思われる。武装兵士に警備された核工業部の研究センターに勤務する父と教師の母を持つ「わたし」は、リーの出自に重なる。その「わたし」は、夏と冬の一週間だけ、ばあやの住んでいる胡同(フートン)にある四合院で暮らすことができた。胡同の子どもたちの暮らしは、秘密のベールに覆われた研究所の子どもたちのそれとはまったくちがっていた。原爆を落としたトルーマンや失脚した劉少奇の名前が、遊び唄の中に出てくるのだ。

    地主階級だったせいで、親が決めた甲斐性のない男と結婚してしまったばあやは、その不甲斐なさを詰りながらも夫を愛していた。同じ四合院に住む北京の庶民階級に属する人々が、夕涼みに出てくる中庭での会話や、鶏をつぶして煮込み料理を作ったり、君子蘭を大事に育てる様子など、おおらかで、開けっぴろげで、それでいてつつましやかな、昔と変わらない中国の人々の飾らない暮らしぶりを、今は成人した女性の回想視点で綴っている。文化大革命や天安門事件といった大文字の歴史の裏に隠された日の当たらない庶民の暮らしぶりを描くとき、リーの筆はあたたかくやさしい筆致をしめす。無頼を気取る宗家の四兄弟でさえ、懐かしく思い出される対象となるほどに。

    表題作「千年の祈り」もまた、心の通じない父と娘の関係を描いている。結婚してアメリカに暮らす娘の離婚を聞きつけた石氏は、なぜ離婚したのかを娘の口から聞きたくて、観光を理由に渡米する。結婚したら夫婦は何があっても共に暮らすものだと昔気質の父は考えている。ロケット工学者だった石氏は、秘密を漏らすことを禁じられ、家族にも無口で通してきた。両親が不仲であったことを娘は知っていた。会話のない家庭は上手くいかない。夫と別れたのも、父と会話ができないのもそのせいだ。

    石氏はアメリカに来てから公園で出会ったイラン人女性と通じない言葉で度々会話をしている。言葉の通じない他人同士の方が、血のつながった家族より気持ちが通じ合えるという皮肉。実は石氏には秘密があった。彼と家族の間に壁が築かれていったのはそのせいだ。しかし、妻も娘も周りの噂で気づいていた。隠しおおせていると思っていたのは父親だけだったのだ。アメリカを去るにあたり、石氏はマダムと呼んでいるイラン人女性にだけは、真実を打ち明けなければと思い、隠されていた秘密を語りだす。

    父と娘のような近しい関係にある間どうしであっても、何かが邪魔をして、心と心が通じない状況に陥ることがある。それはいつの時代のどこの国であっても起きることかもしれない。しかし、大きな悲劇をもたらすものが、神でも運命でもなく、国家であったり、党であったりする時代、社会というものがあるのだ。人と人との自由な話し合い、語らいが許されない時代、社会状況がどんな悲劇を生むか、リーは声高には主張しない。話者は諦念を秘めた静かな声音で語りだす。聞く者は耳をすませて、その語るところを聞かねばならない。いかに嗚咽の衝動に迫られようとも、その口が閉じられるまで、じっと口を閉じ、耳を傾けねばならない。

    リーは、これらを英語で書いている。中国語でなく、英語で書くことで、かえって書けるのだという。自由な考えや思いをそのまま表現することを禁じられ、封じてきた国の言語でなく、自分の思いは口に出して他者に伝えなければ何も始まらない土地に来て、ほとばしるように物語が出てきたのだろう。そのみずみずしい水脈は尽きることを知らない。近くて遠い国が、この作家の登場により、一気に近づいてきた印象を受けるのは評者だけではあるまい。

  • 下北沢古書ビビビで購入
    朝の通勤読み始めにはきつい、死が多い短編集
    どうしようにも抜け出せないところにいる人たちの、日常のさざ波を書く、というか。
    とてもよかったのだが、もう一度読むまでには体力をつけないときつい。

  • 文革~天安門~資本主義化を経た中国を背景に「孤独」を抱えた物語が10篇。
    主人公は、ゲイの青年だったり、小学生に恋心を抱く女性だったり、孤独な女教師だったり、毛沢東そっくりに生まれた男だったり。
    文革の時代を過ごした人々についてが非常に興味深い。

    余韻を残す優れた作品で人にも勧められる作品だろうけど・・・・、
    うーん、どうもお行儀がよいというか、優等生的といいうか、何か物足りない。
    「市場の約束」の最後のように「狂気」を描いていてもどうも狂った感じがしない。

    フラナリー・オコナーと似ているようで、あのぐっとつかみかかるものがない。
    いや、本当にうまい作品だし、いい作家なんだけどねぇ。

    ロックでいうと、パンクしててもお行儀がいいポール・ウェラー的。

  • 共同体の声

  • 現代中国の人の感情や思考、習慣にこの本を通じて初めて触れた。
    そう意味で私には色々なエピソードがとても興味深かった。

    また著者はアメリカで執筆しているので中国の共産体制や毛沢東礼賛を皮肉って見せる。その切り口が上手。


    切ない物語がたくさん詰まっていて、良かった。

    ある人が他の人には伝わらない労りや後悔を抱えてる、切ないってこーゆーことだよねって思う。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「切ないってこーゆーことだよね」
      辛さの中に、ちょっと光が見えるような感じが胸を打ちます。
      「切ないってこーゆーことだよね」
      辛さの中に、ちょっと光が見えるような感じが胸を打ちます。
      2012/08/28
  • 「誰かと同じ舟で川を渡るためには、三百年祈らなくてはならない。・・たがいが会って話すには―長い年月の深い祈りがあったんです。」

    再読。
    堀江敏幸の紹介文に惹かれて読んだ短編集。
    近代以降の中国のお話を手にしたのは、これが初めてだと思う。
    著者は米国在住だけれど、登場人物たちの感情の動きには、欧米圏とはまた違った風にさらされてきた視線が活きている。
    大きな流れに飲まれて、自らが「小さな」「一部」であることを知って生きてきた人々。そして急に流れから自由になったときにうまれる、一種の諦めにも似た戸惑い。
    そんな彼らに、望む望まないにかかわらず人はひとりであるって普遍的な真実がおりかぶさって生まれた話の数々です。
    ラヒリとよく比べられているようだけど、見せる世界はロイに近いのかなと思った。
    読後感ははらりと切れて、良い意味でおいてけぼりにされるようでした。


    「死を正しく語るには」は、現世が天国での生活への準備だととらえるキリスト教圏では新鮮だろうなと思う。「それでも生きてほしかった」、と思う主人公のあたたかい祈りが沁みました。
    あとは表題作の「千年の祈り」が好き。父の考え方と、娘の言葉が、自分の過去に語りかけてきた。
    「自分の気持ちを言葉にせずに育ったら、ちがう言語を習って新しい言葉で話す方が楽なの。そうすれば新しい人間になれるの」。


    他も印象的だけど、感覚よりは想像力で読む部分が多かったと思います。
    まだ私が感じ取ったことのない人生の真実が、たくさんあるということでしょう。

  • すべてよかった。「わたしたち誰もがそうであるように、彼の物語もまた、誕生のはるか以前に始まった。」と始まる「不滅」は長い長い王朝の歴史に絡み取られて自ら「ご先祖様」に引き寄せられてしまう運命をたどる個人の話と「独裁者」の顔が量産されるポップさが印象的だった。
    「あまりもの」はなんだか知っている話!と、どこで読んだか振り返ってみたけど、それはニューヨーカーのポッドキャストで昨年あたり聞いたのだった。靴下のくだり、それはあかんやろとその時は思ったけど、いま読んでみると、これはラブストーリーだったんだ。Granny Linの恋の物語だ、と心温まりしかしほろ苦かった。

  • 時代も場所もイデオロギーも出自も仕事もセクシャリティも違うお話ばかりなのに、夢見る幸せの「かたち」が皆似ているのはなぜだろう。

全102件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1972年北京生まれ。北京大学卒業後渡米、アイオワ大学に学ぶ。2005年、短篇集『千年の祈り』でフランク・オコナー国際短編賞,PEN/ヘミングウェイ賞など数々の賞を受ける。現在カリフォルニア州在住。

「2016年 『さすらう者たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

イーユン・リーの作品

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)に関連する談話室の質問

千年の祈り (新潮クレスト・ブックス)を本棚に登録しているひと

ツイートする