- Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105900656
作品紹介・あらすじ
早朝のオフィスで、カフェの定席で、離婚した彼女の部屋で、寸暇の密会を重ねる中年男女の愛の逡巡…表題作。孤独な未亡人と、文学作品を通じて心を通わせた図書館員。ある日法外な財産を彼女が自分に遺したことを知って…「グレイリスの遺産」。過って母親の浮気相手を殺してしまった幼い自分のために、全てを捨てて親娘三人の放浪生活を選んだ両親との日々…「孤独」。アイルランドとイギリスを舞台に、執着し、苦悩し、諦め、立て直していく男たち女たち。現役の英語圏最高の短篇作家と称される、W.トレヴァーが、静かなまなざしで人生の苦さ、深みを描いた12篇。
感想・レビュー・書評
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背表紙に「自分はあの時、たしかに愚かだった」とある。
そう、誰でも過去に思い出したくない記憶、些細なことなのだが自分の愚かさが恥ずかしくてたまらず思い返さないように押し込めているが、夜中にふと蘇ってて頭を抱える記憶がある。トレヴァーはそんな愚かさを淡々と読者の前に差し出す。
結婚相談所で出会う男女の話が印象的だった。劇場のバーでの待ち合わせも面白い。自称カメラマンで女性に運転させられるかにしか興味がなくタダ飯をせしめようとする男。対する女性はもういい年で、若い男性と二人でレストランにいる姿を知り合いに見せることで「女として終わってはいない」と自尊心を満足させる。救いようのないシチュエーションだが、どちらも淡い満足感を抱いて別れる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この本でウィリアム・トレヴァーを知りました。
短編の巨匠。
無駄のない研ぎ澄まされた文章に静けさと奥行きを感じます。特に余韻を残す物語が多く、読んだあと、心の中ではっきりとしないけれど爽やかな淡い感覚が広がってゆくのを感じます。
ほとんどが悲しかったり、渋い物語なのに、感傷的にならず淡々と、しかしスッキリと読者にゆだねているあたり、感服します。
彫刻もやっていたらしく、無駄のない文章にらしさを感じました。あとがきに載っていて、あぁやっぱりと納得したのは、まずは登場人物の詳細な情報までたくさん書き出し、削っていくというもの。今、大好きな作家のひとりです。 -
「外国にいるほうが、自分の国の人間について書きやすい」
当代切っての短編作家とされるトレヴァーだが、不況のなか職探しでイングランドに住み着き、そこで自国アイルランドなどを舞台にした小説を書いているという。
なるほど、アイルランドを思わせる気候や風土、決して豊かではなかった頃のアイルランドで暮らす市井の人々の、その生きざまを静かに写し取ったかのような短篇集。
各編、なぜかどうしようもなくやるせない人々ばかりが登場し、目の前に立ち塞がる人生に、その弱さを露呈しながらも生きざるをえない姿を前にして、ただなすすべもなく読み進む・・・そんな小説ではある。
だが、ラストにはそんな主人公たちに共感する自分がいて、決して好きにはなれないのではあるが、いつのまにやらその苦しみや孤独に自然に寄りそっている。
そこにもまた一つ・・・という感じで置かれたなにげないピースが集まって、見えてくる何がしかの人生の真実。生きてゆくというただそのことに、思いがけず尊さなど感じ取ってしまったのかもしれない。 -
作者は長篇も書いていて、映画化もされているものもあります。しかし本領発揮は、本書のような短篇集においてでしょう。
スタイルとしてはリアリズムの枠内に収まる作風です。イギリスやアイルランドを舞台にして、人間関係(特に男女)における憂いを絶妙な抑制をもって描いています。表題作のように不倫や浮気を描いている作品がいくつか含まれていますが、そのようにどちらかというと通俗的な人間関係にもきちんと機微を見出すことで、しっかりと読ませます。
個人的には、本作は映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』を想起させる作風でした。どちらも人間関係における憂いを基調としています。 -
短篇集。どの作品ももの悲しく、孤独な人々が描かれているのに、読み終わっても憂鬱な気分にならないから不思議。自己憐憫に浸る登場人物がいないからかもしれない。ほんのささいな役でしか登場しない人物さえも、その人生が透けてみえるよう。何が、とうまく言えないのに、何だか好き・・・という、この感じ、子どもの頃、キャサリン・マンスフィールドの短篇を読んだ時に感じたような・・。自らの職業に懐疑的となっている神父と学習障害者の娘との対比が鮮やかな「ジャスティーナの神父」、図書館司書と未亡人との本をめぐる交情とその顛末を描いた「グレイスの遺産」、少女時代から両親と三人で外国を渡り歩いた女性の回想「孤独」、たった一度だけ聴いた音楽を終生、心のなかでよみがえらせ続けた田舎屋敷の召使の「ダンス教師の音楽」が特に心に残った。元夫と、その妄想話を定期的に聞かされる女性との関わりを描いた「路上で」は、男女関係の不可思議さを思う。
――A Bit on the Side by William Trevor -
どこにも行きつかないが、人生の一編を切り取ると、そこに余韻が。
ひりひりとか、ため息とかでるような。 -
海外の短編小説好きとして、前から読みたかった本でした。 読み終わった今、とても不思議な感覚に包まれています。登場人物は皆恵まれているわけではないというか、辛い境遇にいることが多い。また彼らも素晴らしい人物であるということもない、むしろ困った人たちが多い。そして最後まで行っても決して何かが報われたり、希望が見えてくるというわけではないのです。それでも共感とは少し違う、応援したくなる気持ちが湧いてきます。
特徴的なのは視点がぽんぽんと移っていくことです。それによって、それぞれの登場人物の精一杯の思いが伝わってくるように感じます。そのためそれぞれの人生をジャッジするということがほとんどなく、ある種淡々とそれぞれのひたむきさを描いていくというスタイルのようです。
結果として、作者の人生に対する賛歌というか慈しみの思いというか、優しさが残ります。
冗長な記述というのがほとんどないので、なかなか読む方は気が抜けません。何度も読み返したほうがいいような気もします。「正しい人生」というものを押し付けられて辟易としている人にぜひ読んでもらいたい素敵な本です。 -
「現代のチェーホフ」「英語圏で現存する最高の短編作家」と言われる著者による短編集。
アイルランドの漁村から一攫千金を夢見てアメリカへ渡った恋人が迎えに来るのを待つ娘は、彼のことを好きなのではなく、アメリカでの暮らしに憧れていただけだった…「大金の夢」
図書館員が文学作品を通じて心を通わせたことのある女性から遺産を残されて困惑する「グレイリスの遺産」
母親の浮気相手を階段から突き落としてしまった少女が一家3人で家を捨て、ヨーロッパを転々とする「孤独」
自分の課外授業の間に若く美しい妻が浮気をしていると知っている老教師とそれを知って生徒としての良心の呵責を感じる「ローズは泣いた」などなど。
読むほどにじわっと来る。