遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)

制作 : Brian Evenson  柴田 元幸 
  • 新潮社 (2014年2月28日発売)
3.68
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  • レビュー :38
  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901080

作品紹介

幻想と覚醒が織りなす、19の悪夢。驚異の短篇集、待望の邦訳刊行! 前妻と前々妻に追われる元夫。見えない箱に眠りを奪われる女。勝手に喋る舌を止められない老教授。ニセの救世主。「私」は気づけばもう「私」でなく、日常は彼方に遁走する。奇想天外なのにどこまでも醒め、滑稽でいながら切実な恐怖に満ちた、19の物語。ホラーもファンタジーも純文学も超える驚異の短篇集、待望の邦訳刊行!

遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)の感想・レビュー・書評

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  • 私の肉体は、精神は、どこからどこまでが私の物なのか。私のいる世界と他の人々との世界は本当に同じ世界なのか。そもそも私とは、何をもって私といえるのか。そういうことがこちらの夢にも出てきそうなほどぎっしり描かれた短編集。これは超ビンゴ!短編19編というと、あれもこれもで読むそばから忘れていくかと思ったけれど、そんなことはなく、非常に印象に残る話ばかりだった。「居心地の悪い部屋」で作者の名前覚えておいて、よかった!長編も読んでみたい。

  •  ブライアン・エヴンソンは1966年、アメリカ、アイオワ州生まれ。モルモン教徒として育つが、デビュー作が冒涜的だとして破門されている。O・ヘンリー賞を三度受賞している有名人だが、翻訳初短編集であるという。

    【追われて】は殺人者の一人芝居。ずっと逃げ続け、追い続ける車のシーンが印象的だ。左手が妻になっていて、その妻に追われているという妄想にびくびくしながらも、おそらくその妻は主人公自身が殺していて操縦している車のトランクのなかに入れている。殺人者当人でありながら、殺したという確かなものが何もなく、生きていることと死んでいることの二つが同時に起きている妻という存在を抱えながら、永遠にこの恐怖のなかを生きようとする。
    【マダータング】は言葉がうまくしゃべれなくなる大学の教授と、それを介抱する娘の話。文脈を共有できず、ディスコミュニケーションが続くなか、教授が自死をとうとう選ぼうとするのだが、うまくいかずミスする。慌ててかけつけた娘に見つかったとき、教授が返す台詞も、まったく文脈の共有できないもの。鮮やかに浮かび上がる孤独とむなしさの最後の場面が、とても良い。
    【供述書】はとても痛快な聖書のパロディ。それでいて、聖書を馬鹿にするだけで終わらない。主人公は最後に、教祖めいてくるのだ。神はつくられたものだというのはよく伝わるが、主人公が死刑が確定したとき、自分を神としてしまう、そこもキリストの物語のパロディーなのだが、うまく書きすぎていて、信徒はぐうの音もでないのでは。うまいこと書きやがって……ともし自分がキリスト教徒だったらうなるしかないぐらい面白く書かれてある。
    【テントの中の姉妹】は育児放棄の話で、テントをはる感じが原始キリスト……のような感じで、父親を待つのも、父なる神を待っているように思える。宗教小説として読むと非常に面白い。
    【九十に九十】はエンターテイメントだと思える。出版業者の狂想曲というか、異常さを描いている。人形におびえる編集長と、その編集長が主人公に下す罰ゲームがすさまじい。
     この短編の一番の名場面はこれ。
    『彼の右側からはじめて、順に回っていった。ポール・マスウェンは、保守的で煽動的な下院議員が書いた、女装趣味の弟が神の御心に背いたゆえエイズで死にかけていることを書いた本を提案した。シンチーはH・Hを見て、彼女がうなずくと自分もうなずいた。ターコは有名人によるほぼ同内容のーーどれも父親に犯されたが「生き抜いた」のみならず「乗り越え」もしたというーー回想録を四冊揃えていた。ふたたびうなずきがチックのごとく営業部長から人民のボスに伝わった。ジョン・バーナム・ガッタはJ・エドガー・フーヴァーとジョン・ウェインの所有していた服の写真史を提示した(「いいぞ!」とシンチーが声を張り上げた。「いいぞ!」)。ダフ・マクウェイドはアフリカン・アメリカン研究で全米第一人者の教授を口説いて、『アフロ=アメリカーナ!』なる文化事典の編纂を引き受けてもらっていた。「何よりいいのは」とダフィは言った。「仕事は学生たちが単位を取るためにやってるんで、金を払わなくていいんです」。H・Hのうなずきはなかなか生じなかったが、ようやく生じ、ほどなくシンチーのうなずきも続いた。ベルヴァ・アデアは三冊の回想録を買っていて、一冊では女性ロックミュージシャンが子供を産まないという決断を語り、もう一冊では女性詩人が子供を産まないという決断を語り、もう一冊では女性作家が四十五歳にして子供を産むという決断を語っていた(H・Hはこれに対してわざわざ言葉を発したーー「よく探したわね!」)。テッド・ピルナーはあっさり「三つの崇拝物、三つの簡単な言葉、三つのシンプルなタイトルですーー『ゴム』『革』『絹』」とだけ言った。「結構!」とシンチーが言った。「素晴らしい!」

     読んだらわかるのだが、ほんとうにゲラゲラ笑える。
    【見えない箱】のパントマイム師とセックスしたという話は、今まで恋愛の心理を色々描いてきたものを読んできた中でもかなり濃くて深くて好きだった。箱がそこにずっとあって……というのは切ないし、よくわかる。パントマイム師というかピエロというかクラウンというか、そういう存在と寝たという描写は、詩的でちょっとグロテスクで美しい。
    【助けになる】での夫婦のすれ違いかたの描きっぷりといい、人と人とのずれの表し方がこの作者はえげつないのだ。つらくかなしい恐怖がいつもある。
    【父のいない暮らし】も、ほとんど自殺していたような父のとどめをさして、警察に追求されるも、母のせいにする少女の話。「話したって理解してもらえないから、沈黙するしかない、決して説明できない殺人」というものを設定したのが凄い。
     それと、【アルフォンス・カイラーズ】は幽霊船ホラー小説も楽しめた。
     いったい何が書いてあるのかわからない、ちんぷんかんぷんなものも多いけれども、充分楽しめた。ただ、タイトルになっている【遁走状態】が、一番面白くなかった……。ぜんぜんわからない……。

  •  19編からなる短編集。
     うち1編は漫画によって表現されている。
     読み進めていくうちに面白さが加速度的に増してくる。
     どういう順番に並べられているのか判らないが、とにかく後半になっていくにつれて、読むのを止めることが困難になるほどに面白くなってくる。
     別に連作短篇でもないし、それぞれの短編に繋がりがある訳ではないのだが、どんどん面白い作品が登場してくる。
     きちんと物語の背景が説明されている作品は少なく、よって何故登場人物がこのような状況に陥ったのかは想像の範疇を出ることはないのだが、この状況そのもの、またそんな状況に翻弄される登場人物の状態そのものに、たまらない面白さを感じる。
     登場人物も、そんな状況を把握することが出来ないままに受け入れるのだが、そもそも自分自身が誰なのか、といった根本的な問いに答えられなかったりもする。
     中にはなかなか理解しづらい内容の短編もあったのだが、本書の残り半分くらいからは、まさにノンストップで読み切ってしまった。
     久しぶりに夢中になって読み進めることが出来る作品だった。

  • この短編をおかしいと思う私はおかしいのか?
    この短編をおかしいと思う私は私なのか?
    私はこの短編をほんとうに読んだのか?

  • ポップな陰惨。陰惨なポップ。
    まとめながら再読の必要。

    年下
    追われて
    マダー・タング
    供述書
    脱線を伴った欲望
    怖れ 絵/ザックサリー
    テントのなかの姉妹
    さまよう
    温室で
    九十に九十
    見えない箱
    第三の要素
    チロルのバウアー
    助けになる
    父のいない暮し
    アルフォンス・カイラーズ
    遁走状態
    都市のトラウブ
    裁定者

  • 自分がおかしいのか世界がおかしいのか、それともその両方なのか。生きているのか死んでいるのか、それとも生きていて死んでいるのか。そんな人たちの話。最後に血の気が引く話も全く意味のわからない話もあり、好奇心から読み始めるものの、どれも一度読んだら忘れられないほどの恐怖を感じる。「同じ空間にいても、その空間で違った生き方をして、違った世界を占めている」。そう、自分が見ている世界と他人が見ている世界は違う。もしかしたらおかしいのはストーリーじゃなくて、どこかおかしいと感じる自分なのかもしれない。


    p40
    もともと彼の言語感覚には若干緩いところがあった。気が散っていると、音、リズム、連想、類比などに基づいて、ある言葉を別の言葉と入れ替えてしまったりする。そのせいで人からは、ぼんやりした人間だと思われた。でも今度のは違う。前はら気が散っていると自分では言い違いがわからず、周りの人たちの表情を見て初めて元に戻って修正できたのである。今度は間違った言葉を言うのが自分でも聞こえたのであり、言っているさなかにも間違っているとわかっているのに、直すことができないのだ。

    p42
    俺は前と同じ人間だろうか?と彼は自問した。要するにそういうことかもしれない、と思った。もう前とは違う人間なのかもしれない。あるいはもしかすると、彼は彼という人間のごく一部にすぎず、ほかの部分を占めるのが誰であれ、そいつは言葉をきちんと学ばなかったのかもしれない。

    p48
    いいや、と彼は考えた。いま人から向けられる目つき、それだって十分耐えがたいのだ。そこに同情が加わりでもしたら、もう自分は人間だという気持ちが持てないだろう。一人で抱え込んでいた方が、ギリギリまで自分の内にしまっておいた方がいい。そうしていれば、少なくとも部分的にはまだ人間でいられる。

    言語に呑まれるっていうのはこういうことなんだなと彼は思った。考える力を失うというのは。他人の言葉を喋るというのは。でもほかには、全然喋らないしか手はない。

    p132
    想像のプロセスはまっとうな頭を駄目にしかねない、とシントは思った。だから出遅れにならないうちに停止させないと。「ありうる」ものがくるくる舞うのを止められるのは「ある」ものだけだ。

    p223
    どうしてあたしを遠ざけるの?妻は言った。
    遠ざけてない、彼は言った。
    あなたはあたしたちの関係を破壊しているのよ、妻は言った。あなたは自分を殻のなかに閉じ込めてるのよ。
    そんなことしてない。
    あたしに自分を開いてちょうだい、妻は言った。世界に帰ってきてよ。
    それから、妻の動きと感じられる音が聞こえた。こっちへ滑るように、両腕を上げて寄ってくる。彼も両腕を上げかけ、突然、妻に抱きすくめられていた。妻がしがみつくのを彼は拒まず、妻の背中を軽く叩いた。わざとらしい、そう思った。同じ空間にいても、その空間で違った生き方をして、違った世界を占めているのだ。どうして妻から距離を感じずにいられよう?少なくとも彼にはそのことがわかる。妻にはそれさえわからない。とはいえ、こっちも努力はすべきだろう。助けになろうとするなら、させてやろう。彼は何度も妻の背中を軽く叩いた。
    でもなぜ、と、彼のなかのある部分が問うていた。なぜお前の世界で関係を持たなくちゃいけない?なぜ俺の世界じゃいけない?

    p232
    正しいと思えること、自分では納得できることを言っても、誰も本当にわかってはくれない。他人は自分とは別の世界に住んでいるみたいな、あるいは、こっちが水の中から話しているみたいな感じなのだ。

    p247
    だがそのとき私は、ただ単にその言葉を、頭の外に追い払ったーいや、むしろ、表面下に押しやった。言葉は闇のなかにとどまって、やがてゆっくり、死体のように、ふたたび起き上がることだろう。

  • 読了

  • 2017.1.21 「テントの中の姉妹」を読む。

  • In the greenhouse、 ninety over ninety など、19の短編。
    世界が、自分が認識したものとはいつの間にか違っている恐怖。
    ただし途中、ゾンビモチーフと思われるものもある。
    ソンビや吸血鬼は使い尽くされて完全に陳腐になったモチーフだと感じる。どんな言葉で語ろうとも陳腐でなかったことはない。いっそ陳腐でくだらないモチーフとして使えばいいのに、真面目にやるから、本当にばかばかしい。
    ホラー映画ノベライズも仕事としてやってるらしいが、その悪影響がこういう陳腐さにでるのかなー、と思う。

  • 文芸フェスで会った作家本人は温厚な熊みたいな風貌だったのにこんなに不穏な作品を書く人なのか。トークでも初期に影響を受けた作家にポーを挙げており、ポーの作風はもう忘れたが(えっ)ダークな幻想の様相を深めている、と思われる。悪夢の中で自分が何者か見失い正気と狂気が紙一重となるような怖さ。2014年のベストに入る珠玉の短編集。

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