甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)

制作 : Ian McEwan  村松 潔 
  • 新潮社
3.69
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本棚登録 : 251
レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (410ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901110

作品紹介・あらすじ

MI5の女性スパイと、若き小説家。二人の間に生まれた愛は、幻だったのか? 任務を帯びて小説家に接近した工作員は、いつしか彼と愛し合うようになっていた。だが、ついに彼女の素性が露見する日が訪れる――。諜報機関をめぐる実在の出来事や、著者自身の過去の作品をも織り込みながら、70年代の英国の空気を見事に描き出す、ユニークで野心的な恋愛小説。ブッカー賞・エルサレム賞作家の最新長篇。

感想・レビュー・書評

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  • 正直に告白をすると、前半を読みながら冗長な文章に小さく溜息をつくこともあったし、主人公の女スパイ・セリーナに対する微かな違和感をずっと拭えずにいた。この違和感は、一流ではない作家が、自身とは異なる性を主人公に選んだ時に感じる違和感に似ていたので、愚かな事に私はマキューアンはそのタイプなのだろうと早合点をした。

    しかし最終章を読み終えた時、それら欠点とも言えるポイントに全て意味があったことを知り思わず唸った。そしてこの「甘美なる作戦」は最初の印象とは全く別の、特別な本になっていた――。

    結末を読み終え、幸福感と高揚を感じながら、しかし「裏表紙に書いてあったような、『涙が止まらなかった』というほどでは無かったな」などと考えながらその夜は眠りについた。そしてしばらく経ってから、この本が私(あまり勤勉では無く、政治や歴史に関する記述は読み飛ばしがちで、「結婚して幸せに暮らしましたとさ」的な結末を好む主人公セリーナのような“中級の読者”)に向けた作者からのラブレターであった事がふいに胸に染みるように感じられ、本を読む人間としてなんと幸せであったことかと、そこで初めて涙した。

    才能に恋するということ。作家を愛するということ。
    そして作家から読者への愛と信頼(“中級の読者”の癖に私はこの作家を疑っていたというのに! )。例え70年代の世界情勢にあまり興味が持てない私のような“中級の読者”であっても、この作品を最後まで読み終えた時、素晴らしい読書体験であったと驚くとともに胸が熱くなるはず。

    「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」
    というセリーナに、恋人の新進作家トムは「トリックなしに人生をページに再現することは不可能だ」と返す。

    まさにこの本を表すに相応しいふたりのやりとり。作家が人生においてたった一度だけ書けるような、優れたメタフィクションではないだろうか。こんなに再読に胸躍らせる本はそうは無い。

  • 冒頭、話者であり主人公のセリーナは、この物語が、ほぼ四十年前の出来事であることを明かす。1970年代、彼女は若く美しく、小説を読むのが大好きな、ごくふつうの娘だった。家庭環境に恵まれ、数学ができたためケンブリッジに進む。成績は芳しくなかったが、不倫相手であった教授の口利きで諜報機関(MI5)の下級職員として働くことになる。ところが、ある日、スウィート・トゥース作戦の担当を命じられる。反共文化工作のため、有望な作家を支援するプログラムに、現代小説に詳しいセリーナが抜擢されたのだ。

    担当の作家は、トム・ヘイリー。大学で文学を教えながら小説を発表している。昇進のチャンスと意気込むセリーナだったが、作品を読み、相手を知るにつけ、トムのことが好きになり、トムもそれにこたえる。関係が親密になればなるほど、素性を隠していることがつらくなり、恋愛と仕事のジレンマに悩むセリーナをよそに、トムの小説は文学賞を受賞し、一躍脚光を浴びることに。ところが、有頂天の二人を待ち受けていたのはスキャンダルだった。

    美人スパイの恋愛と任務遂行の間で揺れる心理を描くスパイ小説であり、若い美女のそれほど豊かではない恋愛遍歴を語る恋愛小説であり、70年代英国の文化、政治状況を描いた歴史小説でもある。主人公が彷徨う、ロックが鳴り響き、ヒッピー風俗のサイケデリックな色彩に溢れた70年代の街頭風景の裏で、国際的には東西冷戦、国内ではアイルランド問題に頭を悩ます英国情報部。それだけでも十分に面白い小説なのだが、ヒロインの相手が売り出し中の作家であることが鍵になる。作家を素材にすることで、実名で登場する作家や編集者、批評と文学賞のあり方といった出版界の内情や、創作論に触れる自己言及的なテクストともなるからだ。

    事実、セリーナが目を通す、作者の未刊、既刊の小説から採られたらしいトムの小説は、概要にとどまらず、ほぼそのままで短篇小説として読めるような形で作品内に登場する。悪戯心から牧師である双子の弟の身代わりに説教をした兄がそれに魅了された女の狂気に支配され、自分と家庭を崩壊させてしまう話や、自分で家財道具を売り払っておきながら、盗みに入られたと嘘をつく妻に、どうしたことか欲情をつのらせる夫の話などは、マゾヒズムや自己懲罰の心理がにじむ独特の味わいを持つ短篇小説として、独立した一篇として読みたいと思わせるほど完成している。

    トムが編集者と交わす文学談義のなかにピンチョンが腰掛けた椅子が登場したり、作家自身が勤務した大学のキャンパスが描かれたり、と文学好きなら、それだけでもかなり楽しめるこの小説は、最後にとんでもないどんでん返しが待っている。最後まで読み進めた読者は「やられた!」と叫ぶや否も応もなく、もう一度冒頭に戻って再び読み返しはじめるにちがいない。それというのも、自ら中級の小説好きと認めている主人公は、「トリックは好きではない。わたしが好きなのは自分の知っている人生がそのままページに再現されているような作品だ」と、作中で意見を開陳しておきながら、この小説自体が、とんでもないトリックであるからだ。

    レビューという限界があり、これ以上、そのトリックについて触れるのは避けたい。ただ、手法自体は特に目新しいものではない、とだけ言っておこう。中級以上の読者なら、今までに一度ならず目にしているはずである。要は、アイデアを作品として肉付けしていくその手際にある。作家マキューアンの手腕は、自分の手持ちの作品、あるいはこの小説のために新たに考えた短篇小説のモチーフを、すべて、何らかの形で、この小説を形成するモチーフと重ねあわせている、という点に尽きる。一篇の小説を書くために、「小説のための小説」を複数ひねり出すという、きわめてメタフィクション的なあり方である。

    作家が小説を書くということはどういうことなのか、何もないところからフィクションを生み出す創作の秘密とは、どのようなものなのかを、懇切丁寧に、それも人を鮮やかに欺くかたちで示して見せるという、はなれわざをやってみせたマキューアンに拍手。ボードレールは『ボヴァリー夫人』を読んで、エンマのなかに、フローベールという男性が入り込んでいることを発見している。男である作家が、女になるということの難しさと、それゆえにうまく成就したときの歓びは、作家冥利というものだろう。セリーナという美女のなかに入りこみ、中年男とのセックスを含むいくつかの恋愛沙汰を経験した作家は何を得たのか、それを知るには、何よりもまず、この小説を読んでみることだ。

  • 面白かった。
    正直、トリックに長けた小説は面白いと感じても、技巧の問題のような気がして、好きではない。
    この小説はなんなのか。
    読んだ後、頭がこんがらがる。小説全体がラブレター。
    セリーナの幼少期から始まる物語なこともあって、かなり感情移入して読んでいた。
    そのあたりが、読後に混乱させられる。
    その混乱と困惑の余韻に浸るのも、楽しい。

  • ラストにニマニマしました。最後の最後でサラッと語られたことに、えっ?と思わず始めの方にページを繰り、この小説って最初から最後まで、そういうこと...?と理解したら、もうニマニマどころかキュンキュン。「イノセント」と同じになってしまうけど、なんという恋愛小説!はあ、面白かった。

  • 2月22日読了。

  • 文学

  • 友人にオススメされたので読む。
    すすめてくれた友人の理想像にぴったりすぎて、物語が全然頭に入ってこなかった。

  • ケンブリッジで数学を専攻したセリーナは、大学での数学的センスが周りの学生と比べるべくもないことから、文学を読みふける。そして、不倫関係にあり、決別された教授の勧めで諜報機関に事務職員として働くようになる。
    身分的に最も下の事務員だったが、ある日文化工作の作戦を担当するように命じられる。
    そして、売れない作家に近づくが、その作家と愛し合うようになてしまう。

    イギリスの諜報機関が登場するが、決してスパイ小説ではなく、まさに甘美な恋愛小説です。
    それにしても、セリーナはよほど魅力的な女性らしい。

  • 最の高 Tsukasa

  • 面白かった。最後まで読んで、happyな気持ちになれた。

  • この小説好き!主人公のセリーナが恋愛や70年代イギリスの文化、セリーナが行う読書を通じて立体的に描かれていて、現実的な雰囲気を感じる。また現実的な部分が虚構性みたいなものと組み合わさっていくのも面白かった。

  • うーん、なんかハーレクインロマンスみたいな小説だった。文章は読みやすく続きが気になって読み進められるんだけど、読後感が何だかなぁという感じ。

  • 美人女スパイ小説にして恋愛ものとは、マキューアンらしからぬ平凡なテーマじゃないの、作家の思想の裏にいる国家という設定は面白いけれど、と思っていたら最後にどんでん返し。こう来るとは思っていなかったので完全にマキューアンのたくらみに騙された。小説中小説を面白く読んでいたが、さらに振出しに戻る重層的なメタ構造だったというね。私は最後にどかんとオチを作る小説はさほど好きではないが、マキューアンの手練れのストーリーテリングの手腕には感服する。小説を読む楽しみを与えてくれる。

  • マキューアンは文章が濃い。だから読み飛ばしては意味がない。
    深い教養とシニカルな知性に裏打ちされた物語は、どれだけ細部まで自分が読み取れているか考えながら読むのが楽しい。
    それでいてストーリーは俗っぽいのよね。
    今回も作家と美人スパイの、騙し騙されの恋愛劇だからマキューアンじゃなかったらちょっと読む気になれないところ。そこを読ませる話にするのはさすがだし、挿入されたストーリーの数々が素晴らしく、「この話、ここで書いていいの?もったいない!」っていうくらい面白い。特に双子の兄弟の話と泥棒に入られる話。
    意外にハッピーエンドだったのが、ちょっと物足りなかったが、数日間、本当に充実した読書ができた。これを約束してくれる作家ってたくさんはいないから、マキューアンの作品の中では特別好きではないが、良かった。
    しかし、これが映画化されたら(『贖罪』もそうだったが)様々な味わい深いディテールは失われ、単なるどんでん返しのある恋愛ものになりそう。映画を見て小説までわかった気持ちになってはいけない作家だと思う。

  • ああマキューアン。苦手なのに読んでしまうマキューアン。すっごいメタな小説でした。でも小説ってみんなそうじゃん?と言っているようなこの作品。読みどころはたくさんあって、セリーナみたいに、「自分を投影できるほどほどのリアル感とハッピーエンド」を求めて小説を読むのは邪道なのか? とか、作家の人生がその作品にどれほど反映されているものなのか?とか、著者自身の自虐的な皮肉とか、出版業界のこととか、作中作がおもしろいとか、語りどころは色々。恋愛小説としてはどうなんでしょう?やっぱ変態ばっかじゃない?(笑)

  • (最初は面白かったんだけれど、後半は…? うーん、手紙オチ?!)

  • 男の書く女の恋愛って感じ。男が女を書くのには限界があってその気持ちが悪さが男が都合良く扱う女セリーナって感じ。
    男も気持ちが悪いから甘美とは真逆。
    回りくどくて、この作家に限らず何度も読まされる70年代の決まりきった描写に飽々。幼少期と10代を省いてあったのはよかったけど、その先が永い。
    親友と話している時の笑顔を忘れないでと何度も入る陳腐なスパイ。
    絶賛されてるから批判的なこと書けなくなってるみたいな本だよね。
    全然好きじゃない本だということがわかっただけでもよしとするか。

  • 私には合わない。とにかく合わない。
    翻訳が合わないのか原作の文章自体から合わないのか、判然としないけど、両方な気がする・・・。
    それ必要?っていう描写が多く感じられて、いちいち気取ったようなまわりくどい文にも辟易。

    内容も私には何も響かない。
    だいたいにおいてロマンティックとかいうフレーズの本は得意ではなかったのになぜこれを読んでしまったのか後悔が押し寄せる。
    主人公の感情移行が伝わってこなかったのが後悔の原因かも。読みながら置き去りにされた印象。
    女スパイとしての覚悟もあったのかすらわからなかった。

    甘いラブストーリーが好きな人にはいいのかもしれない。

  • 前に原書を読んだのだけど、これまでのマキューアンほど魅力を感じず、英語能力のせいだろうと思い、翻訳を待っていた。
    それで今回読んだわけなのだけど…うーん。
    読後感は変わらなかった…。
    最高にロマンティック!というレビューをちらほら見るけれど、これ、ロマンティックかなぁ…?
    主人公も彼女に関わる男も女もただただ身勝手で、愛ではなく、恋でもなく、自己満足にしか思えない…。
    多分、主人公が好きになれなかったのも楽しみ切れなかった大きな原因。
    最初から最後まで馬鹿な女だった…。
    単に馬鹿だから悪いのじゃなくて、人が望む馬鹿に自らなろうとするのが腹が立つ。
    彼女は相手をしてくれるなら誰でも良かったんじゃないかな…。
    これまで読んだマキューアン作品の女性は大体好きだったので残念。
    ラストも、いかにも狙いましたというオチの割にあまり新鮮に感じなかった。
    作中の小説がどれも面白そうだったのは良かった。

  • 恋愛小説であり、推理小説であり、仕事小説
    何かに分類できない感じ。
    そして、なんというか、もってまわったような言い回し
    風景や事実にも馴染めず
    うんんん、ストーリーは面白いけど
    どうしても、小説の中に入り込めない
    最後まで、読んでいて苦痛という珍しさ
    読解力がないんだろうなと、本当に思ってしまった
    すごい挫折感でいっぱいという感想です

  • 絶賛評が多い。「そうなんだろうな、でも…」と中途半端な気持ちになる。マキューアンなのだからして、すごく凝った小説だ。作中作が興味深かったり、「書くこと」について考えさせられたり、メタ的な仕掛けにもあっと驚かされる。でも、でもさ…。

    ヒロインのセリーナに感情移入できなくて、なかなか読み進められず、えらく時間がかかった。いや別に主人公に共感できることが小説にとって一番大事とは思わないけれど、共感するにしろ反発するにしろ、その気持ちに寄り添えないと小説の流れにのっていけないのだ。なんでかなあと思うに、やっぱりセリーナが「はっとするほどの美人」だから、ってことなのかも。ちょっと抜けててキュートなんだけど、どうにも「その気持ちわかるなあ」と思えないのよ。

  • まず、これから⁉︎

  • 東西冷戦時代、共産主義に対抗して『動物農場』『1984』を無料で広めるなどスパイ達による情報戦が繰り広げられた!MI5の女スパイと若き作家。冷戦のさなかの甘美な作戦!わくわくしながら読みはじめると…美人で勉強ができるけどおとなしい女学生の思春期が半分近くまでつづく…。初老の教授と一夏の不倫もなんかパッとしない。むしろ妹や友達の方が華やか…。作家との恋愛も普通のOLみたいと見事な肩透かしをくらう。さすがマキューアン!平凡な私の期待をはぐらかしつつ作中作のメタフィクションの世界になっていく。楽しく読みながら、高度なマキューアンの作戦にはまってしまったようだった。

  • こういう作家がいるから本を読むのがやめられない。
    人生に降り掛かる事件と、それによる感情の揺らぎを描く一方で、最後に読者を「こういうことだったのか」と驚かせてくれる。

  • イギリス、40年前。小説好きな美少女が、恩師・愛人の勧めで諜報機関に就職。地味な仕事。作家に資金提供する工作員となる。作家と恋仲。マスコミにその工作がばれた時。

    スパイ映画に出てくる諜報機関、多数の職員が働く職場でもあるのだと再認識しました。

  • またやられたな、この作家に。
    確かに70年代の英国の空気を感じさせてくれるものの、まぁ異色のスパイ小説かとパラパラと読み進めていたが、、、最終章で全てが変わる、とんでもない怪物小説家だな。
    新作が出ているようなので、数年後には翻訳されるかな?何にしろ追いかける作家に決定。

  • 最終章で涙した。素晴らしい幕切れ。

  • 【Entertainment】甘美なる作戦/Ian McEwan(村松潔訳)/20150307(31/315)<410/6646 ><R>
    ◆きっかけ
    ・日経書評

    ◆感想
    ・Howtoやビジネス本は結構読み飛ばして、takeawayを自分なりにとりだすのだが、この本はそうはできず、字が小さい400P超の小説で結構読了に時間がかかった。
    ・読了した時はようやく終了という感があったのは確かだが、最終局面に近づいた数日はその後の展開がとても気になって、国も時代も性別もおかれている立場が全くことなるセリーナに自分だったらどうするのだろう?とひどく悩まされた。そこまで誘った著者には感嘆せざる得ない、ここ最近で最も印象に残る一冊になった。
    ・1970年代冷戦下、不況やIRAのテロ、オイルショックなどによる閉塞感に覆われた英国が舞台。その舞台をセリーナやその周辺の人物を通じての描写がまずとても巧みで、70年代の英国に惹きづり込まれる。先般出張で行った際に実際に立ち寄ったGreenpark駅等も記載があったのがさらにそうさせた。
    ・端的には、ハリウッド映画ネタになりそうな「スパイ」の愛と裏切りの物語、しかし、最後の恋人のトムからセリーナへの手紙の終わり方は、著者にその後自分がセリーナならどうするかを考えさせられることを含めてとても多くの余韻を残してくれている。要すれば、この物語を悲劇にするのか、あるはハッピーエンドにするのかは読者に委ねられている。
    ・とすれば、小生はこれは悲劇ではないだろうかとも思う。裏切りを知らされたトムがセリーナを裏切った関係を、その後すべてを承知して、恋愛関係を続けるなんてことは、それ以上の愛が互いにあればこそ成り立つものだが、果たしてこの二人はどうなのだろう?と考え込んでしまう。
    ・結局、Howtoやビジネス本のようなtakeawayはなかった。求めること自体可笑しなことだが、そうではない、恋愛という大多数の人間が織り成す悲喜劇の各人の想い、喜び、悲しみ、憎しみ、等々全てのこの著者の巧な描写によって、自分のこととして考えさせられた、ビジネス本にはおよそ得られない大切なこと(=人の想いを知る)が味わえたことにとても感謝をしている。
    ・映画化を望む。
    ◆引用
    甘美なる作戦 イアン・マキューアン著 裏切りと純愛が交錯する悲喜劇
    2014/11/9付日本経済新聞 朝刊
     米ソ間の冷戦たけなわの一九七〇年代初め、英国の諜報(ちょうほう)機関が奇怪な作戦を実行する。女性工作員を自国の新進気鋭の作家に接近させ、潤沢な生活費をあてがいつつ、反共宣伝のオピニオンリーダーへと育成しようとするのだ。工作員の身許(みもと)も金の出所も作家自身には隠し通すはずだった。ところが工作員と作家が熱烈な恋に落ちてしまったことから、「甘美なる作戦」の歯車が狂いだす。
     小説を読むことの歓(よろこ)びをマキューアンほど味わわせてくれる作家もいない。一見平凡な人物も彼の手にかかると魔術のような輝きを帯び、人生の謎に翻弄される唯一無二の存在へと生まれ変わる。そうした人物たちを自在に操り、悲哀、幸福、幻滅、歓喜、絶望がこもごも明滅するツイストの利いたプロットを織り上げてゆく手際は、ため息が出るほど巧妙で洗練されている。しかもそのプロットは、単に生の哀歓をなまなましく浮き彫りにする愚直なリアリズムの埒(らち)には収まらない。マキューアンはいつも、読者を不意打ちする突拍子もない大小のアイデアを用意し、日常的現実の彼方(かなた)へわれわれを拉致し去る。
     注目すべきは、かつての傑作『贖罪(しょくざい)』でもすでに隠し味として効果を上げ前作『ソーラー』では全開になっていたマキューアンの喜劇的センスが、いっそう鋭利に研ぎ澄まされ、ばかばかしさがほとんど漫画の域に達したこの諜報作戦のドタバタぶりを、上品な大人のユーモアで愉快に描ききっている点だ。むろん喜劇は悲劇へと容易に反転する。喜劇の背後から悲劇が滲(にじ)み出し、悲劇への陶酔は喜劇の炸裂(さくれつ)で相対化される。やがて読者は、結局自分の生きている実人生そのものが「おもしろうてやがてかなしき」何かなのだという醒(さ)めた認識へと導かれる。ひとことで言えば、ビタースウィート。このビタースウィートを描かせたら、マキューアンほどの手練(だ)れはいない。
     裏切りと純愛の交錯する精緻な恋愛心理小説であり、四十年前の英国の現実を堅固な細部とともに活写する風俗小説でもあり、また小説の中に小説を嵌(は)めこみ、まるでクラインの壺(つぼ)のようにその小説内小説が再度、外枠の小説へ還流してくるといった巧緻なメタフィクションでもある。さらにマキューアンは、そのメタフィクションに私小説の装いをまぶし、真偽のあわいの薄明地帯に読者を取り残して楽しんでもいる。こういう一筋縄では行かない作家を生み出した英国小説史の伝統の厚みに、改めて深い感嘆を覚えずにはいられない。
    原題=SWEET TOOTH
    (村松潔訳、新潮社・2300円)

  • やられた! 見事にやられてしまった!
    こんなことがあるから読書は止められない。
    この小説を読者が手に取っているという事実がセリーナとヘイリーのその後を、21世紀を生きているはずの2人の状況を説明するという、なんとも心憎いエンディング。

    やっぱりマキューアンはすごい。

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