新訳 夢判断 (新潮モダン・クラシックス)

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  • Amazon.co.jp ・本 (457ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105910075

作品紹介・あらすじ

さあ、あなたの夢を言ってごらん――。大胆な編訳と注釈の画期的新訳。夢とは望みを叶え、「本当の自分」が潜む場所。無気力、不眠、拭えない孤独感、新型うつ、スマホ依存、承認欲求の呪縛―― 21世紀のあなたの悩みはすべて、この歴史的ベストセラーによって解き明かされる。フロイトを知り尽くし、40年以上患者の夢や無意識と向き合い続けた精神科医によって蘇る、読んで愉しく寝て愉しい〈心の探検旅行記〉。

感想・レビュー・書評

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  • コロナの自粛期間で読んだ。そういう時でもないと、こういう難解な本を読むのは難しい。『夢判断』の原著の初版は1899年に刊行。100年以上前の名著だ。それほど昔の本なのに、訳者は「この道で最も優れた本」とまで書いている。

    夢は誰もが見る身近なものだ。でも、誰もがその正体が掴めずにいる。意味不明な夢を見て、戸惑ったりする。しかし、無意味な夢は存在しないと本書にはある。無意識から湧き上がった願望が"夢の仕事"によって歪められ、夢として顕在化する。この"夢の仕事"、歪曲といったあたりがポイントだ。夢には願望が表現されるはずなのに、なぜ苦痛な夢や意味不明な夢が存在するのか。夢はどのように作られるのか。そういったことが明らかになる。

    フロイトは自由連想法によって、夢から潜在的な心理に迫ろうとした。本書ではフロイト自身の夢の他、患者たちの治療の過程で得られた夢やフロイトの子供たちの夢なんかが出てくるが、同じ方法で誰もが自分の夢を分析することができる。そういうのも面白いかもしれない。

    朝起きて、見た夢をノートにとる。夢の内容から連想するものを書き出していく。そうして、この夢の源泉はなんだったのか?自分はなぜこの夢を見たのか?といったことを考える。そうしていくことで、潜在的な思考に迫れるという。

    -----
    ・夢も自分の思考のはずなのに、なぜ理解不能な夢があるのか?
    この疑問に関して、”夢の仕事"について説明される。夢は自我によって検閲・歪曲され、それをくぐり抜けたものが、夢として顕在化する。意識下の自分の願望が夢に表現されるというだけの簡単な話ではなく、無意識下の自分の願望が歪曲された形で夢に表現されている。だから、意味不明だったり、意識下の自分の願望と反する夢が存在するようだ。
    無意識下の自分と意識下の自分。自分の中には、複数の自分がいて、それらがせめぎあっているようだ。

    ・夢の材料には、夢を見る前日の日中の出来事・経験が使われる。何かしら夢を見たとき、直近で自分に起こった出来事を思い返す。そうすると、思いも掛けない気付きがあるかもしれない。

    ・本書では、フロイト自身の夢、患者の夢、フロイトの子供から聞いた夢がいくつも出てくる。夢の内容だけだとわけがわからないが、夢の分析の過程が生々しく書かれている。特に、フロイト自身の夢の分析から、自身の(そのままでは受け入れ難かった)願望が明らかになるのは興味深かった。人間の願望は、そんなに清らかではない。しかし、それらを認識し受け入れることで、新たな道が開けるのかもしれない。

    ・誰もが見るような典型的な夢がいくつか説明されている。「裸で恥ずかしい夢」、「愛する者が死ぬ夢」、「試験に失敗する夢」。自分も見た覚えのあるものがあって、フロイトの解釈を見ると、なるほどあの頃の自分はもしかして・・・と不思議な気分になった。

    ・夢は誰もが見る身近なもの。でも、それを人と共有することは難しい。だから研究するのも難しい。とても身近なのに、誰もが理解できていない。これほど不思議なことはないな、と今更ながら感じた。

    ・「夢占い」なんかのキーワードでネット検索すると、XXXが出てくる夢はXXXの意味があるというようなことを説明したサイトが出てくる。それらは全くの的外れではないのかもしれないけど、そんな簡単なものではないんだろうなと思った。

    ・自分の夢を人に話すと、思いも掛けない・知られたくない自分の願望を人に知られてしまうのかもしれない。フロイトは学問のために自分のプライバシーを犠牲にして、この本を書いている。『さすがにこれ以上は自分をさらけ出したくない』といった記述があったりと、葛藤が読み取れる。本書はフロイトの内面を描いた、とても生々しい物語としても楽しめる。

  • まごう事なき名著。
    無意識、前意識、意識のモデルで、夢の生成過程を説明しているのは「無理がない」。
    過度に性的な説明に走っているとされるフロイトの理論だが、本書を読むと性的な説明になることに「無理はない」。
    とにかく、「これは科学的営為」といえる典型例だ。

    夢判断の指針となる名言の数々をいくつもメモした。

  • 神経症治療のうちの一つ、夢と自由連想法の知見から、心理学的知見として夢の構造を探り、心的装置の構造(特に無意識を前意識とに区別し機能の整合性をとる)と作動性を、システム論的に整理する。フロイト自身とヒステリー患者の豊富な夢の例を分析して、夢の法則を示していくという記述で、さながら夢の文法書といったところだ。夢には、無意識下の潜在的思考による願望を叶える第一システム(無意識)があり、その無制限な願望に対して、日中の覚醒時のように道徳的に検閲し抑圧する第二システム(前意識)が、夢に四つの加工(要素の圧縮、中心テーマの置き換え、概念の絵画的置き換えによる視覚表現化、挿入付加の二次的加工)を促し、顕在的内容として現れる、システム論的構造がある。それを当人による自由連想や質問によって解釈し、前日の経験や忘れていた記憶を辿り、主に幼児期の(特にヒステリーの場合は性的)体験に達することで、無意識の潜在的思考を分析する。治療の場合は、それにより症状を解消することを目的とする。
    患者にはブルジョワ階級で教養がある者が多く(道徳や教育に関わる前意識の検閲作用が強く出ることにより強迫症となるらしい)、そのため想起される象徴の対象として古典詩や劇が多々あり、有名なエディプス王の逸話による古くからある欲望の説明が出てきても、一向に不自然ではない。単に古来の普遍的な欲望と、ハムレットを引いて抑圧が文明化により進むことを示唆しているだけのようだ。証明というよりは解説にかかる隠喩だろう。実際、フロイト自身は、夢における象徴が単なる補助的な翻訳にすぎず、主たる分析は患者の自由連想による個人的な記憶を引き出すことにある、といっている。これも通俗的な夢占い風の精神分析のイメージは異なる。もっとも、症状の源泉となる記憶が個々人によるものであるから、一面的に解せないことは至極当然ではある。他方で、記憶と相互に多重でかつ多義的な夢の顕在的内容を、連想の紆余曲折から抽出し、最終的に性的なものに結びつけ結論づけるのは、半ば強制的な印象もあった。フロイトも言及しているとおり、どこで分析終了とするかは決められないため、結局は症状が改善されればそれでよい、というところに落ち着くのだろう。
    夢-無意識は、前日の出来事と幼児期の記憶に強く結びついているが、言語と密接に関わっている点は、哲学や文学の領域にあり興味深い。現実の事象と普段結びつけられている様々な言語イメージが、前意識で無価値と判断されると、無意識下で中途半端な形で混淆し、睡眠時に連想により異常な形で結びつき返し、無意識から知覚へ退行(逆流)し、夢の中で具現化された状態で映像化する。夢判断は、そうして現れた夢の顕在的内容から遡行して解釈するわけだが、ゲーテの詩『水車小屋の娘』など文学作品に象徴翻訳を適用するあたりは、文芸評論的な手続きにも見えるし、例示と分析は短編小説と推理小説のようでもある。医学書であり文芸書であるような、当時の心理学、すなわち精神科学と自然科学の間であるような精神-分析の立ち位置を体現した著作といえる。
    ・訳者まえがき
    夢がわかれば自分の心がわかる。フロイトが自署のうち最も重要とした。ブロイアーとの共著『ヒステリー研究』で、正常異常の区別が理論的につけられないことを発見し、父の死によるノイローゼの最中、自分の不可思議な夢に注目した。夢で叶えられる、自分の心の奥底の別の考え、願い。当時ドイツで分離していた、主観を排した自然科学と主観的な精神科学を繋ぐ、精神-分析。プラグマティズム、アメリカ心理学者ウィリアムジェームズは、フロイトを評価した。実際、デューイ『心理学における反射弓の概念』のシステム論的概念に近かった。
    ・1
    これまでの学術文献において、夢の核心をついたり謎を解いたりするものはないに等しい。アリストテレスだけは、『夢』『夢占い』で心理学の対象にしている。夢は人間の魂の産物、人が眠っているときの心の活動であって、睡眠中の少しの刺激が拡大解釈され、病気の兆候を知ることができるとした。
    それ以前は霊的なものとされ、現在においても根強くある。
    ・2
    夢の読み解きの二つの方法、一つの夢を別の話に置き換える象徴的夢判断、夢を暗号文とみて暗号鍵にしたがって別の言葉に置き換える暗号解読。科学的に扱うには、前者は汎用的でなく、後者は暗号表の信頼性の保証がない。しかし、人々の昔からの頑固な確信の方が、学問的判断よりも真実に近い。語る夢を症状として解釈する自由連想法、思ったり感じたりすることに注意を払い、それに内省のスイッチすなわち自身でチェックしないように全て報告すること。つまり、内省という制約から自由な連想で、他人に聞かせる独り言の解釈。内省してしまう人は緊張していて思いつきを意味がないと排除してしまう。自己観察時は、心的エネルギー(19世紀科学化した物的エネルギーにちなんだ、のちのリビドー)、すなわち注意の配分の仕方において、入眠直前の状態や催眠状態のような心的状態。内省的活動が弛緩し、不随意思考が露わになる。フリードリヒ・シラー、この態度は詩作において重要。理性で一つのアイデアをつまらないと断ずるのではなく、雑多なアイデアがすべて出揃った後で他のものと繋がるかであり、狂気の時間の長短が芸術家と夢想家を隔てる。夢を説明するにあたって、症例の知識が必要な患者や、健康な知人、文献には技法が使えないので、自己分析を紹介するとする。
    「イルマの注射の夢」
    担当患者のイルマの症状解明「解決策」を提示したが受け入れられず、年下の友人オトーから病状が変わらない報告を受け、仲間のリーダー格ドクトールMに見せるため病歴総括を書いて寝た時に夢。
    夢は、私に責任はないと言ってくれており、オトーを非難するという望みを叶えてくれている。夢は望みの成就。怒りを向けた三人の代わりに、選んだ三人が代理される。皆の健康への気遣い、医者としての良心。「あなたは医師の本分、誠実、約束を果たしていない」と感じていた。解釈は他にもできるが、一つの発見で十分満足している。夢は望みを叶える機能がある。性こそは、神経症の根源として最重要視している要素。
    ・3
    長患いの患者の夢には、決まり文句「少しでもましなことを考えなくっちゃ」(夢の中での正当化)がある。
    ・4
    苦痛や不安な夢も、背後に望みを叶えようとする考えがあるかもしれない。解釈して初めてわかる。
    「ブロンド髭の叔父の夢」
    教授候補の友人Rが叔父という夢で、優しい気持ちを持っていて、縦に引き伸ばされた顔で、ブロンド髭が明るく強調されていた。
    すぐに夢をナンセンスと切り捨てたが、そのことが内心解釈に気が進まないことを示している。この拒否は、理屈ではなく感情。不快な考えを回避する抑圧verdrängung。
    教授候補の二人オツムが弱いRと訴えられそうになったNを、贋金作りで捕まった叔父に重ね、任命されないのは彼ら自身のせいだと言おうとしている。優しい気持ちは、Rの頭が弱いという主張に抗い取り繕っている。望みに対する防衛Abwehr。人は検閲を恐れて、言い方を和らげ、言いたいことを歪曲する。自国の係官を中国の出来事にするなどして、巧妙に読者に本当の意味が伝わるように。夢には、二つの心的なシステムがあり、第一が願望成就、第二が検閲歪曲。夢の内容が苦痛であっても、歪曲により望みを偽装する。検閲にとって苦痛なだけ。全ての夢が願望成就に由来するのであって、検閲歪曲は防衛で創造的でない役割にすぎない。
    「スモークサーモンの夢」
    神経症の女が見た夢で、冷蔵庫にスモークサーモンしかなく、日曜日で店も閉まっており電話も繋がらないため、夕食会を諦める。
    夢の前日に夫が痩せたいので夕食の招待を断ると言っていた。また、同じ日に訪問した女友達を、夫がいつも誉めるので嫉妬していたが、夫の好みに合わず痩せている。太りたいと言っていて夕食会を催促された。
    夕食会を開催すれば夫により気に入られるので、控えた方が良い。スモークサーモンは友人の好物。材料がなく夕食会を開かないという願望を叶えた。
    また、望みが叶わないということで、友人と自分を入れ替え同一化した。同一化はヒステリー症状の模倣だけではなくて、同じ症状が自分にあるという同化である。同一化は性的な関係のあった人物。褒められるべきは自分だという願望。
    「甥が棺に横たわっている夢」
    女性患者の姉は、長男オトーを亡くしており、二男カールと暮らしているが、カールが棺に入っている夢を見た。
    女性患者は、以前姉の家に暮らしており、よく訪ねてきていた文学教授と結婚目前だったが、姉に阻まれて以来忘れられず、その後も講演や音楽会で遠くから見ていた。オトーの葬式では教授が来ていた。
    以前と同じ状況で教授に会いたいという願望。葬儀により歪曲されているが、オトーを亡くした折にも再会できた嬉しさを抑えきれなかったのだろう。
    ・5
    A
    『植物学モノグラフの夢』
    ある植物についての短い専門書モノグラフを書いたが、それが目の前にあり、乾燥標本のある彩色図版をめくっている。
    前日の朝、書店の窓に『シクラメン属』というモノグラフを見かけた。また夕方に、コラー博士のコカイン麻酔の被験者となった博士ケニヒシュタインと会話した。友人にコカイン使用を推奨したことで非難されたが、緑内障の局所麻酔にコカインの使用可能性を書いたモノグラフの著者で、大学生の頃本のツケを溜めたが勉強のためだったと言い訳を正当化している。
    モノグラフに会話の代理をさせている。心的なアクセントが仲介項を介して置き換えられていく。備給されていない事柄が、強く備給されている事柄から十分なエネルギー供給を受けて、意識に上る。取るに足らないものへ、心的な置き換えが行われた。
    夢は、誘発する経験を統一する傾向がある。過去に重要な素材がそうでない素材に置き換えられ固定されていると、かなり昔の忘れていた出来事でも、前日の体験と繋がって夢に材料を提供する。どうでもいいことは夢の引き金にならない。子どもの夢や、喉の渇きなど夜間の知覚の夢を除いて、単純無垢な夢はない。
    B
    幼児期の経験を夢が再現することがある。
    C
    寝ている時の身体的刺激が夢に反映されることがある。目が覚めるのを防ぐ。
    第一システムが抑圧された望み、第二が叶うのを阻止する。抑圧すなわち下方に押さえ込む。不快な夢は第二システムの検閲が突破されて感じる。
    D
    誰もが起源を同じくする典型夢は、推測しやすいが、慣用句的象徴の働きが大きく、それと結びつく個人的な記憶を引き出しにくい。恥ずかしく思うこと、身動きがとれないことは典型夢。裸で恥ずかしい夢は、裸になりたいという夢が叶えられるが、恥に歪曲されている(『皇帝の新しい服(裸の王様)』)。恥ずかしい本人A、裸になりたい本人a、当惑する相手B、無関心な相手bとすると、夢の願望はa-bだが、第二システムに歪曲されA-bとなる。子供時代の経験はa-B、現実にはA-B。相手が無関心なのは、夢見る人たる王の願望を叶えるため、人々が気付かないふりをするB→b。
    "恥のない子供時代は楽園のようであるが、そもそもパラダイスというもの自体が幼年期についての集団的なファンタジーに他ならない。"
    人はオデュッセウスのように、異邦人の間の苦痛から故国のパラダイスを夢見て、裸同然のボロ切れの恥ずかしさで目が覚める(ケラー『緑のハインリヒ』)。
    時間の近さは意味の近さ。連続していれば一つの範疇。
    愛する親族の死でかつ深く悲しむ場合は、典型夢で、当人の死を願っている。ただし、今ではなく子供の頃のいつか。兄弟姉妹への敵意、妊娠中の子、同性の親へのライバル視などが何年も経って再現されることがある。子供のように利己的で欲求を満足させる第一の自分、利他の精神や道徳心がそれを阻止する第二の自分(のちの自我、超自我)。ヒステリー性格は第一の「困った子」に近く、強迫神経症は第二が重石としてのしかかる。子供にとって死は旅行に出かけるのと変わらない。しかし、神経症だけが固有の傾向というわけではなく、拡大され目につきやすくなっているにすぎない。
    ソフォクレス『エディプス王』、それと知らずに父を殺し母を娶るエディプス。我々にも生まれる前から、それぞれ最初の感情として、母への性的興奮、父への憎悪という同じ呪いがかけられている。神経症にならない限り幼児期を過ぎると解き放たれる。
    シェイクスピア『ハムレット』、ハムレットは、父を殺して王になった叔父への復讐を父の霊から任されるが、抑圧されたハムレットの幼児期の願望を実現した叔父を殺すことは、自己嫌悪、良心の呵責からできない。シェイクスピアは父の死後にこの劇を書き、息子の名はハムネット。
    典型夢の二つの特徴、①夢にも思わないことは、第二システムの検閲をすり抜ける。②大切な人の命を気遣うことが日中にあれば触発される。
    不安夢は、恐怖症がその時々の状況を元々の不安に結びつけるのと同様、夢の内容を不安に結びつけ抑圧された望みが検閲をすり抜ける。
    覚醒時には克服されていた利己的傾向が夢の中にはある。
    試験の夢は、子供時代に受けた罰の再現で、今の何かの遂行の心配や、責任の重圧を感じた時に呼び覚まされる。試験に受かった者だけが「杞憂に過ぎなかった」と安心させてくれる夢をみる。「くだらない子供じみたことにこだわっている」という自己非難のニュアンスもある。
    列車に乗り遅れる夢は、旅が死の象徴で、死の不安に対して、まだ死なないと安心させてくれている。
    飛行、墜落、泳ぐ夢は、子供の遊びに恐怖や眩暈があると喜びが大きいことと関係し、再現される。
    象徴を翻訳するだけで解釈したことにするなど過大評価してはならない。夢見た人の連想が主であり、象徴翻訳は補助にすぎない。
    帽子=男性器、建物=男性器、階段を下る=性交、坑道=膣、梨りんご=乳房、家=人体、窓台=胸の膨らみ、行為の回数=対象物の数。
    ・6
    夢の解釈は、内容ではなく、自由連想から潜在的な夢の思考を引き出し、顕在的な内容との関連を明らかにすること。
    A圧縮
    夢の潜在的思考は広範囲で豊富。夢が忘却されるのは錯覚で、断片で覚えている。
    ひとつの顕在的内容の要素がいくつもの潜在的思考により多重的に規定され、さらに個々の潜在的思考がいくつもの顕在的内容を形作る。混ぜこぜの人物や、仕草や特徴を媒介にして代表的な人物を作るのが夢の圧縮のひとつ。
    夢で言葉が変形される有様はパラノイアやヒステリー、強迫症で行われる語新作と似ている。
    "子供たちは、ときに言葉をモノのように扱って、新しい単語や人工的な構文を作ることがあるが、同じことが夢や神経症でも行われるのである。"
    →『逃走論』の若者言葉評価
    B置き換えVerschiebung
    Versciebungずらすこと。置き換え。心的アクセントの位置の移動。
    Übertragung移すこと。転移。心的エネルギーの移動。
    夢の中心テーマとして顕在的な内容が、潜在的思考では中心ではないことがあり、潜在的思考の本質的事項が顕在化するとは限らない。心的強度の転移や置き換えが起こる。圧縮と合わせていわば二人の現場監督とも言える置き換えは、第二システムの検閲すなわち心的防衛による。ひとつの考えが他の考えに置き換わることのほかに、抽象的な思考を絵画的視覚的な別の表現のされ方をする。神経症や伝説、習慣に共通する象徴が用いられる。良い詩が二つの考えを相互に誘導しあってまとまり、後から韻が整えられるように、夢も次に来る表現を想定してひとつ目が表されているのかもしれない。
    C関係性の表現
    夢は要素間の論理的関係を表現する手段がない代わりに、関係を暗示する。
    論理的関連は、ラファエル『アテナイの学堂』のように同時に描く。
    割り込む事柄は、条件の従属節「もし…だったら」「…するときに」。
    因果関係は、原因の夢に続いて結果の夢が述べられる。
    これかあれかという二者択一は、同時に可能であるかのようにこれもあれもと表現される。「庭か部屋」と報告される夢は「庭そして部屋」と変換するとより夢内容に近い。
    人物や場所が同一視、合成される。それによって圧縮され、検閲を避ける。わかりやすい共通点があれば、さらに重要な別の共通点に置き換えられている可能性がある。共通点があってほしい、取り替えたいという望みでもある。夢の主人公は、他人が登場していてもその同一視により「わたし」である。
    葛藤や矛盾は無視される。夢には否という概念がないようだ。対立概念の一方が他方と同一視されて同時に表現される。
    何かができないという運動抑制は異議申し立て。
    さらに、何かができないという感覚は、強い否定で、抵抗する意志。運動系に沿って伝達されるインパルスが意志。
    逆さまになった内容、坂を上るのが最初が苦であとが楽、兄と境遇が逆など、自分が乳母に抱っこされたいという逆さまの願望があると推察できる。
    反転された内容の部分を戻すことで、不可解な夢全体をはっきりさせることがある。順序、時間も同様で、因果が反転する。
    多くの圧縮を受けると、要素は鮮明になり、他の要素を最も良く代表する。要素の鮮明さはぼやけていないことで、部分や全体の鮮明さは辻褄が合うこと。夢の中で良いと思えた物が、そうであってほしいという単なる願望に過ぎなかった。
    →夢で見た曲が実際弾くとそうでもないことと同じ。
    不明瞭であること自体が、ひとつの文脈としてつながっていることがある。父かわからない→父親が誰か不明、切れ目があり欠けている→女性器に男性器がない。断片やグループになっていたらその数が意味になる。旧約聖書のファラオの雄牛の夢における、フラウィウスヨセフス『ユダヤ古代史』の記載のように、色々な夢が同一のことを言っているかもしれない。
    D計算と会話
    時間や日数が金額に変換されたり、席数が月数に変換されたりする。夢は計算しない。潜在的思考にある数字をかき集めて、計算の形で描写し仄めかす。
    日中の会話のことばの断片が、意味を無視して材料として(特に科白として)使われる。同じ言葉で人物を変更したり、接着剤的に日中と様々な潜在的思考をつないだりする。
    フロイト「non vixit彼は生きていなかったの夢」
    故フライシュル教授がブリュケ教授の研究室に入ってくる夢、友人フリースと会話していた故パネトゥがフロイトの「生きていなかった」というと同時に消えてしまう夢。
    "パネトゥの学問への貢献ゆえに私は彼の記念像を建てたいと思い、他方、彼は邪な望みを持つがゆえに、私は彼を滅ぼすのだ。"
    フロイトにとって、3歳までいつも一緒だったイギリスの一つ上の甥ジョンは、過去の幽霊のようなもので、その子供時代の関係が、のちの同年代の者と付き合うたびに支配しており、いわばジョンが変身を繰り返し、無意識の中で固定し消せなくなった彼の本性の様々な面が新しい人たちの上に現れた(転移)。
    E荒唐無稽(不合理、不条理、ナンセンス)
    日常の言い回しが映像化されると馬鹿馬鹿しく見える。死者が出てくるのは、「もし生きていたら何と言うか」という想像が表現されたにすぎない。
    潜在的に「ナンセンスだ」と批判し嘲る気持ちから、無意識的思考が展開され、反転や運動抑制の感覚により異議申し立てを行う。反対を唱えつつナンセンスを嘲り笑いのめす。「世の中は狂っている」など。
    父親の権威は、子供の批判精神を養い、父の死が父を敬わせ、夢の検閲を強化する。
    フロイトは1886年10月に男性ヒステリーを報告しており、物議を醸した。
    夢の仕事は圧縮、中心の置き換え、絵画的な置き換え、二次的加工の四つ。
    夢における判断、夢に対しての意見や気分も夢の一部。それ自体が潜在的思考とつながっているので解釈できる。夢の中での判断は、単に見かけ上にすぎず、集合体をばらし、要素に還元してその由来を探らなければならない。
    大それた望みは実人生で禁圧されなくてはならないが、子に大人物であってほしいという願望を、子にその名前をつけることで満足させるのも一つの転移。
    F情動(感情)
    夢の内容は置き換えられるが、感情は変わらないので、ちぐはぐになることがある。感情は、抑圧されて置き換えられた潜在的思考を辿るときの道標になる。顕在的内容に感情が認められる場合は潜在的思考にも認められるが、感情は抑圧されていることが多く、潜在的思考を再構成してはじめて明らかになる。
    無意識的な潜在的思考においては、思考連鎖は矛盾する思考連鎖とも結びついているが、思考に連なる対立する感情は、検閲により相互抑制を行うので、感情が無意識に閉じ込められる禁圧がなされる。物事が反対の意味に転化しうるのは、我々の思考において対立概念が深いところで繋がっているから。また同じ感情でも、別の潜在的思考を隠れ蓑にして抑圧された感情が解放される。夢の中の感情はいくつもの流れが合流したもの。
    G改訂作業(二次的加工)
    夢の中の夢に対する驚き怒り失望は夢の一部だが、「これは夢に過ぎない」というのは、夢を維持する口実。検閲が抑えきれず、不安や苦痛に耐える術。
    検閲システムは内容の制約や抹消だけでなく、挿入や付加も行う。挿入「あたかも〜」夢内容を繋ぎ隙間を埋めるだけ。夢の中でいち早く忘れられる接着部分。
    ファンタジーという出来合いの物語による潜在的思考の要素。記憶に基づいた、覚醒時の意識的な白昼夢Tagtraumに引き続いてヒステリー症状が起きている。夢Traumと同じく願いを叶えるものであり、幼児期に受けた印象に基づいて、検閲が緩むときに作られる。夢は二次的加工は話をまとまったものにするが、それは白昼夢的なものを作ろうとしている。
    ひとは、無意識から意識に上がる記憶や知識のような前意識システムにおいて、秩序をもたらすために、関係を定めようとするが行き過ぎると思い込みになる。夢も同じく、一貫して見えるものは怪しいので、つねに潜在的思考を辿る必要がある。
    夢とは、睡眠状態で可能となる特殊な"形式"の思考以外の何者でもない。形式は第二システムによる夢の仕事。生産物としての夢は、まず道義心の検閲を逃れなくてはならない。中心テーマ=心的アクセントの置き換え、概念の絵画的視覚的表現への置き換えがなされるが、これには潜在的思考への強度が十分に与えられている必要があるので、要素は圧縮される。論理的関係は形式的に同時表現される。感情は抑えられるか似た要素に置き換えられる。夢は挿入付加による二次的加工がなされ、見かけ上理解しうる形にまとめられる。
    ・7
    『お父さん、僕が燃えているの夢』
    息子が亡くなり隣室で寝た父が見た夢で、息子が自分が燃えていることを咎める。
    実際に、倒れた蝋燭から遺体に引火して服と腕を燃やしていた。
    A抵抗
    夢は忘れてしまうが、夢を正しく思い出しているかと疑うこと自体が検閲によるもので、正しく言い直そうとした表現こそ抵抗が働く部分。忘却も抵抗。忘れた中身は、分析で潜在的思考として取り戻せる。それは決まって最重要な部分。長い間隔が空いてからの方が、抵抗を克服していることがあるので、解釈が進む。
    連想が限界となった場合は別日にすると進むことがあり、解釈できたと思っても別の深い解釈がありうる。
    解釈には抵抗があるが、週〜月にわたる一連の夢によって、見当をつけた解釈が同じ文脈にあると確認できることもあるので、前後したり仄めかしたり中心になったりするときは相互に補完し合うものと考えてよい。
    連鎖の集合、夢の臍(へそ)から思考世界Gedankenweltが広がっており、曖昧なままにしておくしかない部分がある。
    睡眠中に検閲による抵抗が弱まるので夢をみる。そのために覚醒時に排除され忘却する。
    自由連想は、要素の繋がりで潜在的思考に至ると意味で夢の解釈の唯一の方法だ。自由連想は目標表象(イメージ)ziel vorstellungを停止して、無意識の目標表象が働き出し、不随意な思考が展開する。目標イメージなしの思考はヒステリー、パラノイア、内因性精神病(統合失調症、躁鬱病など)にもなく、錯乱状態のうわ言(譫妄)にも意味があるが、検閲が働き過ぎていて読み取れない。
    音・多義性・時間的一致の言葉遊びのような表面的な連想でも、検閲によって深い連想が遮断されていることがわかり、深遠な結びつきが認められた。
    ヒステリー治療に行われる自由連想は、精神分析においても患者にとって治癒という目標イメージは失われないため、必ず患者の状態に関わっている。縦坑を掘る途中で潜在的思考に突き当たる。
    B退行
    『僕が燃えているの夢』の形式的特徴は、燃えているという断定、感覚的イメージへの変換。
    潜在的思考の祈願は、顕在的な夢では現在形になる。望みが叶っていることの表現。
    心的局在、すなわち心的舞台装置とは、顕微鏡や写真機の光学器械内部における、像が結ぶに至るまでの諸段階で、光が位置する"場"に相当する。この構成部分は、審級Instanzまたはシステムと呼ぶ。
    注釈:審級は、神聖ローマ帝国における、領邦領主ローマ法専門家による帝室法廷、宮廷顧問官の宮廷法廷の二つの最高審級と思われる。
    構成要素をψシステムと呼ぶ。
    無意識→前意識→ 興奮強度、注意→感覚末端(入力)、運動末端(出力)、意識。
    夢は、検閲が弱まることに加えて、心的興奮が知覚システムに後戻り、背進的に、退行する。ヒステリーやパラノイアの幻覚のように、心的興奮が途絶えない場合にも起こる。
    思考から視覚イメージの退行性変換において、抑圧され無意識に留まっている(普通は子供時代の)記憶の影響がある。視覚的な幼児記憶が自らの復活を求めて、潜在的思考を引き寄せ、視覚イメージ化している。夢は幼児記憶が最近の出来事に転移した産物。
    退行の三つの側面、ψシステムの初期状態への位相的、幼児期の古い心的構造に戻る時間的、表現が幼児期の原初的様式と入れ替わる形式的。
    ヘッケル-ダーウィン的な系統発生学的な幼児期、すなわち人類の初期の心性。個人の発達は、偶発的出来事による、人類発達史の再演にすぎない。
    C望みを叶えること
    全ての夢の意味は一つだけ、望みを叶えることである。アリストテレス、夢とは睡眠状態まで連続する思考。
    望みの由来は三つ、日中誘発されたが達成できなかった前意識のもの、日中誘発されたが禁圧された前意識から無意識に戻されたもの、日中とは無関係に長らく禁圧されていた無意識のもの。大人は、子供のような日中の望みは放棄されることから、それだけで夢が形成されることはなく、無意識からの備給が必要となる。意識から前意識を通して刺激があると、それと連合して無意識の大きな強度を、前意識的な望みに転移する。神経症心理学によれば、抑圧された望みは小児期に由来する。夢も同様。
    心配事や反省などがあるとき、A夢は無意識的内容を別のもので表現する代理で不快な感情を禁圧する、あるいは、B当惑材料が顕在化して望みを叶える。
    Bもまた不快だが望みを叶えることであり、無意識の抑圧されたものを解放する。
    昼間の満足が許せない場合の処罰を望む「わたし」は前意識システムなあるので、意識と無意識の対立ではなく、わたし(自我)と抑圧されたものの対立があるといえる。
    昼間の名残は夢生産のための企業家で、無意識の望みという資本家から心的費用を借りて、作る。どちらの依頼でも作ることができるし、資本家が企業家であることが一番多い。自由に入手できる心的費用。置き換えは、潜在的思考の要素の強度が、顕在的内容の知覚の強度に代理されている。中心テーマが関連要素を巻き込んで夢に表現される。
    神経症は、無意識イメージは前意識に入れないので、重要でない前意識イメージに強度を備給して隠れ蓑にすることで、繋がって入り込む。これが転移Übertragung。心的エネルギーの移動でもあり、幼児的欲望の現実の相手の上へのイメージ再体験でもある。夢も抑圧されたものが転移され、大きな強度をもった、見かけ上つまらないもの(最近のこと、昼間の名残)が検閲をすり抜ける。
    心的興奮が除去されたときの知覚の記憶が、欲求Bedürfnisから生じた心的興奮の記憶痕跡と結びついて、再び欲求が生じると満足を再現しようとする。これを望みWunschといい、知覚の再現を、望みが叶うということになる。心的興奮だけを収める知覚同一性は、幻覚にすぎないから、内的備給を維持し続ける必要がある。精神病の幻覚や、空腹時の空想。前意識システムは、代わりの現実的満足へ方向転換させる。
    "思考とは畢竟、幻覚的な願い事の代用にすぎない。"
    夢が望みを叶えるのは当たり前。望み以外に心のシステムを動かすものはない。夢は退行路を使うだけだが、とっくに放棄された原始的な道具の使い道のようである。
    "心的な活動が幼く、それ故に能力の足りなかったときに覚醒時の状態を支配していたものが、今や、夜の心的活動に追いやられているのだ。"
    覚醒時には禁圧されるシステムが、精神病では再発動する。外界では欲求が実現できない(快楽原則現実原則)。
    神経症も願望を充足するもの。夢と同様、前意識システムが反動的に関与しうる。無意識と前意識の葛藤、二重規定。
    前意識システムには、眠り続けたいという願いがあるが、無意識の望みを叶えることを支えている。
    D不安
    意識は、ドイツ哲学では専ら表象が描かれるものであるように、全能で他は問題にならないようなものだった。しかし我々の議論の枠組みでは、単に、心的知覚の感覚器官、というだけである。
    感覚的表面…外的興奮→知覚システム→意識システム
    思考的表面…内的興奮→無意識→前意識→意識(快、不快)
    夜間は前意識が睡眠を求める。感覚的な夢だったり、前意識が注意を向けると、意識が励起され覚醒に導かれる。
    無意識は壊れることはなく、失われず忘れられない。30年前の屈辱などでも無意識的情動は再生されるので、興奮エネルギーが備給されて表に現れた発作の運動性放散を、精神療法は無意識過程を鎮め忘却に追いやる。「時が解決した」という記憶・印象の薄れも大変な心的作業。
    "精神療法が行うのは、専ら、無意識システムを前意識システムの管理下におくことである。"
    無意識の興奮過程は発作となるか、前意識が拘束して一瞬目が覚めるか。夢見は、無意識の興奮を放散させ、一瞬の覚醒に少しのエネルギーを割くだけで前意識の睡眠を保障する。ローベァトゥ「排泄理論」、夢は萌芽のうちに封じられた概念の排泄物であって、完結して記憶されるべきを収めるための脳の安全弁、排泄作業の報告である。フロイトは、望みを叶えることが本来の目的であって、無意識的興奮の放散は付属的機能とする。
    不安夢は、無意識の望みが、前意識の禁圧を超えて叶うと、望みが叶う夢が不安となる。前意識が無意識を制御の現れとして神経症や恐怖症などの症状があり、それが失われると不安発作が起きる。様々な神経症が不安神経症に陥らないための症状によって構成されている。前意識が禁圧するのは、不快な情動だけでなく、無意識の表象(考えやイメージ)に及ぶ。性的渇望が不安に影響し、夢を作る。両親の性交は子どもにとって、性的興奮が意識から排除され、不安にさせる。子どもの夜間不安発作は、外的経験ではなく、自然発達過程によって引き起こされる性的リビドーの増加である。
    E抑圧
    潜在的思考は、意識に気づかれることなく、前日の昼間に作られ、眠る時までに完成している。ヒステリーや強迫神経症は、意識なしに構成される。意識、すなわち知覚器官に感知されるためには注意という心的機能が向けられなければならないが、他の事柄に向けられたり、間違い役立たないと判断すると意識に上らない。思考の連鎖そのものは前意識的思考として放置、禁圧されている。一般の思考が、考えの目標から連想を通じて備給エネルギーが移動するのに対し、放置された思考は備給がなく、禁圧された思考は備給を回収されている。これらの思考連鎖に、無意識的な望みのエネルギー転移され、無意識に沈み、異常な心的過程を経て病理的形成物を産む。ある考えのエネルギー強度が放出され、別の考えへの移動を繰り返すと、思考連鎖全部の代表として一つの思考要素に圧縮される。夢の圧縮は、前意識中の論理的関係か、無意識中の視覚的記憶の引力によって、知覚に分け入る強度を得る。夢では圧縮によって中間的イメージや考えが妥協形成されるが、覚醒時においては言い損ないの形で現れる。
    夢においては音や意味の連想が、内容連想と同等である。
    矛盾する思考はあたかも矛盾がないかのように併存する。
    以上の異常な心的過程は、備給エネルギーを流動的にして、より放電可能な状態に置く。
    ヒステリーは、幼年期に由来し抑圧されている無意識の望みが正常な思考連鎖に転移するから。
    望みとは、不快から快を目指す流れ。幻覚だけでなく現実的満足をさせる二つ目のシステム(前意識)が必要となる。満足とは逆に、外的苦痛を避けるための反射的な運動には、刺激がなければ知覚の記憶は再生される前に除去されるが、これが抑圧の原初的形態。苦痛から目を背ける不快原則。二つ目のシステム(前意識)は、不快記憶に備給しつつ、再現手前で止める。興奮の搬出と知覚同一性の達成を行う一つ目の無意識のシステムを一次過程、それを制御し現実的な思考同一性を保つ二つの目の前意識-意識のシステムを二次過程と呼ぶ。二次過程は、人生の経過とともに形成されるが、その自己理解は、無意識の望みによる存在の核心まで及ばない。前意識が備給するには、無意識は広範に過ぎる。
    小児期に由来する一次過程の望みは叶えられると、二次過程の考えの目標と齟齬をきたし不快しか生じない。これが抑圧の本質。
    幼児期に基づく無意識的願望の記憶には、遅れて発達した前意識システムはアクセスできないので、不快"回避"原則によって、転移されていた不快な思考から切り離される。これが抑圧の過程。
    F無意識と意識そして現実
    場所を想起する局所論的モデルから、エネルギーが特定の思考配列に備給あるいは回収される力動的(力学的)モデルの比喩へ。心的構成物は特定の審級の影響を蒙るか外れるか。システム論が局所論や力動論を内包しうる。
    "我々の内的知覚の対象となりうるもの(※〝意識〟が認識するもの)は全て実体のない像で、光が望遠鏡の中を通って行くことで形成する像のようなものである。"
    テオドールリブス、無意識は心理学の問題そのもの。意識を過大視しない。無意識が大きな円で意識がその中の小さな円。無意識こそ本当に心的なもの。その深奥の性質は我々にはわからず、外界が感覚器官により不完全に表示されるだけなのと同様、意識に上がったデータによって不完全に表示されるだけ。
    夢が昼間の知的作業を片付け、良いアイデアを出すといったことはない。創作活動は意識の働きを過大評価されるが、ゲーテやヘルムホルツの話すように完成品のごとく意識に上がってきているので、夢ではなく昼間と同じ無意識の思考による。
    哲学者は無意識を意識的でないとするだけだが、無意識は意識とは別の心的過程がある。
    ヒステリーを見ると、無意識と前意識だけでなく、前意識と意識間にも検閲があり、それは弱い強度の思考はすり抜ける閾値がある。
    プラトン、徳のあるものは邪な者の行いを夢で見て満足する。人の性格は行動や意識的発語で十分。行動はその前に心的力で抹消されるはず。
    夢は未来ではなく、由来した過去を教えてくれる。しかし、不滅の望みが過去に似せて未来を作り出し、叶ったものとして見せてくれることで、我々を未来へと導く。
    ・訳者あとがき
    本書は精神科面接勉強のための第一級の空前絶後の本。心理の理解は、患者よりも、自分のことの方が知り過ぎていてポイントを絞りにくい。ノートに書いて折に触れて連想すると、2週間もすれば夢の意味がわかる。自分で夢判断ができるようになると、小さな魔法の手鏡を手に入れたような感じ。

  • ユングの夢分析に対して、フロイトの夢判断。フロイトは夢が自分の本当の望みを表しているとし、自分の夢を注意深く観察することで本来の自分が求めるものを見つけ出すことができると言う。これについては面白い考え方だなぁと思った。しかし、自身の奇妙な夢の起因や要因といったところを探りたい私にとっては、なんとなくもどかしさが残る一冊。

  • (2021-07-11要再読)
    最後流し読みしてしまった感は否めない。
    注釈は合間にいれるのではなく、区切りの良いところにまとめてほしいとおもった。読みにくい。
    本編は最終章である夢と心理学

  • (現実も含めて)「主観」で捉えた現象に対して、さらに「主観的に意味づけをする」とはどういうことか? フロイトは何にどのような意味づけをしたのか、という「夢」とは別のあたりがけっこうおもしろい。

    そもそも「意味を求める」とはどういうことか?「なぜ意味がある」と感じるのか、いうのも読んでてたのしい。

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著者プロフィール

Sigmund Freud 一八五六―一九三九年。オーストリアの精神科医、精神分析の創始者。モラビア地方の小都市フライベルク(現・チェコのプシーボル)にユダヤ商人の長男として生まれる。幼いときにウィーンに移住、一八七四年ウィーン大学に入り、八一年医学の学位をとる。開業医としてヒステリー患者の治療を模索するなかで、従来の催眠術と決別する精神分析療法を確立。二十世紀思想に決定的ともいえる影響を与えた。

「2019年 『精神分析学入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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