世界文学を読みほどく (新潮選書)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (455ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106035449

作品紹介・あらすじ

私たちは、物語や小説によって、自分たちのいる世界を表現し、同時にそのありかたを掴んできた。では、小説とは何か。世界はどう私たちを取り囲んでいるのか。小説と世界は、どのように影響しあい変遷し、その結果どこに達したのか。稀代の読み手であり、誠実な発信を続けてきた作家が、21世紀の今に生きる人々に向けて語る、文学観・世界観の集成。京大講義録。

感想・レビュー・書評

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  • 作家池澤夏樹が2003年9月に京都大学文学部の学生を相手に行った夏期特殊講義の講義録である。七日間午前と午後に分けて計十四回の講義。採り上げた作品は自作『静かな大地』をのぞけば、スタンダールからピンチョンまで世界文学の傑作と呼ばれる十編。一回の講義で一作品を読んでいくというスタイル。

    一読後の印象は、京都大学文学部というから、さぞ難しいものになるのだろうという予想をくつがえし、一般教養的な誰にでも分かる言葉を使っての講義だったので拍子抜けした。現役の文学部の学生相手にこれくらいの内容だとすると、一般に文学を大学で学ぶというのがどれほど意味のあることなのかという疑問が浮かぶ。もっとも、芥川賞作家から直に世界文学についての講義を受けることができる機会というのは一般人にはなかなかないわけで、そういう意味では大学というところは特権的な場であると言えるかもしれない。

    世界文学というと仰々しく聞こえるが、取り扱ったのがすべて小説であることからして、この講義は小説論を扱ったものである。小説の始まりは「神話」だとはよく言われることだが、作家はそれに「ゴシップ」を加えてもいい、と言う。講義の中でも採り上げている『ユリシーズ』が神話的な作品であるとしたら、今回は扱っていない『失われた時を求めて』が、ゴシップ的な小説である。今日、文学を語ろうと思ったら、必ず言及されるこの二作はその意味でも両翼を担っている訳だ。

    カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』の中に「人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の中にある」という言葉があるそうだ。そしてその後に『だけどもう、それだけじゃ足りないんだ』と、つけ加えられる。現代の小説とは何を書こうとしたものなのか、それを読むことはどのような意味を持つのか、というのが講義の眼目らしい。

    冒頭に読者と作者、登場人物の間に幸福な関係の成り立つ小説として『パルムの僧院』が挙げられている。これが始まり。次に来るのが『アンナ・カレーニナ』と『カラマーゾフの兄弟』。前者はメロドラマで大衆小説、後者はリアリズム小説と、作家の評価に温度差はあるが、いずれにせよスタンダールに比べると、二作とも今日的なテーマを持つ小説として現代でも通用する。

    『白鯨』は発表当時、よく理解されたとは言えない。単純なストーリー展開とは別に、鯨についての百科事典風の知識を羅列的に書き並べたその作品の持つ構造が当時は理解されなかった。世界はツリー状の構造をなしているわけではなく、それぞれがばらばらに並置されているアト・ランダムな状態になっているというのは今日としては自然だが、当時としては先見的な解釈だったろう。読者の世界観と作品のそれに乖離が生じているのだ。

    『ユリシーズ』を採り上げた講義では、様々な言語、文体を駆使することで、膨大な分量を持った世界をあれだけの長さに圧縮してみせた、小説における言葉の持つ力に言及する。また、『魔の山』では世界を考える上での西ヨーロッパという問題、『アブサロム、アブサロム!』ではアメリカ南部の抱える問題、『ハックルベリイ・フィンの冒険』ではアメリカ人の信じるイノセンスの問題と、採り上げる話題は変わるが、話題が文学以外のものに推移していくのが分かるだろう。『百年の孤独』では、ラテン・アメリカという「別世界」を、『競売ナンバー49の叫び』では、エントロピー論やアメリカという国に根強く蔓延る陰謀説を話題に上らせている。

    「小説は、その時代、その国、その言葉の人々の世界観の一つの表現である」というのが作家の立てた仮説である。19世紀から20世紀後半までの十人の作家の作品からその変遷をたどってきたわけだが、きわめて常識的な説明に終始しているように感じた。むしろ、脱線したところ、たとえば、作家は自分の中の批評家を押さえつけなければ書けないという話の例に、批評家として優れた作家に丸谷才一を挙げ、だから十年に一度しか作品を書かないと言ったりするところに小説家としての実感が出ていて面白かった。政治的な発言もあるが、そのナイーブさから見て、若い読者向きと言えるだろう。

  • 2016.11.25駒井稔氏講演
    「世界文学の古典を読むためのお勧め8冊」

  • 2004年の論なので、9.11以降のところはすでに古くなってしまっているが、大きな物語を失った時代状況は変わっていない。

    文学が向き合っているものが、現代世界の人間の状況であることを再認識した。

    改めて骨太な文学に向き合おうと思わせてくれた池澤氏の講義に感謝したい。

    『白鯨』の現代的意義、ピンチョンの作品群の示唆にも感ずるところが多々あった。

  • スターンダール、トルストイ、ドストエフスキー、メルヴィル、ジョイス、マン、フォークナー、トウェイン、ガルシア=マルケス、ピンチョンのそれぞれ1つの作品を、著者なりの解釈で解説している本です。
    京都大学で行われた7日間の講座をまとめた本ですが、どの解説もサクサク読めて分かりやすいです。
    講座の後に行われたらしい、著者と学生の質疑応答もできれば収録して欲しかったです。

  • 恥ずかしながら,この本で取り上げられた世界文学は,傑作だが難解という印象もあって,とっつきにくくて,読んだことがありませんでした。
    この本では,そんな難解な世界文学の世界が,講義形式で非常に分かりやすく解説されており,自分で読む前にこの本に出会えてよかったと率直に思いました。
    自分で興味本位でこれら世界文学に挑戦したとしても,途中で挫折しているか,何とか読み終えたとしても字面をなぞるだけに終わったに違いありません。

    小説を読む面白さを教えてくれるだけでなく,世界の見方に新しい視点も加えてくれる,おすすめの本です。

  • 近代小説の世界観の変遷をたどる。

  • 勉強になりました。

  • とても面白かった。ここでテキストとして使われている作品の半分も読んでいなかったが、いくつかチャレンジ(いくつかは再チャレンジ)したいと思う。
    スタンダールの「パルムの僧院」、どうしてもあの恋愛を基軸にバタバタしていることが自分には好きではなかった。けれども、スタンダールがどれだけ登場人物を愛して魅力的に書き、祝福された小説になっているかの視点。
    アンナ・カレーニナのメロドラマのようで、トルストイがいかに登場人物を神の視点から扱っていたのか。ドストエフスキーは、どの視点で物語を書いたのか。
    「魔の山」は、当時のドイツから見たヨーロッパの縮図であり、EUに繋がって行き、ガルシア=マルケスのマジックリアリズムにいかに世界は驚愕したのか。
    白鯨のディレクトリ制、フォークナーの小説の構成、ピンチョンの評価まで。
    全編通して読むと、小説はいかに世界を捉えてきたか。そしてそれは、私たちの世界の捉え方の変遷でもあることがわかる。

  • 池澤夏樹が選んだ10の小説についての講義。
    すでに読破したことのある作品でも、新たな視点から作品を見直すことができ、大変ためになった。

  • 大学の講義をまとめた本です。
    この人の深く広い読書経験はほんとにすごい。

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著者プロフィール

池澤夏樹(いけざわ なつき)
1945年、北海道帯広市生まれ。1964年に埼玉大学理工学部物理学科に入学し、1968年中退。
小説、詩、評論、翻訳など幅広い分野で活動する。著書に『スティル・ライフ』(中央公論新人賞、芥川賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)、『花を運ぶ妹』『カデナ』『光の指で触れよ』『世界文学を読みほどく』『アトミック・ボックス』等多数。また池澤夏樹=個人編集『世界文学全集』、同『日本文学全集』も多くの読者を得ている。旅と移住が多い。
2018年9月から、日本経済新聞にて連載小説「ワカタケル」を連載。

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