- 本 ・本 (280ページ)
- / ISBN・EAN: 9784106035968
感想・レビュー・書評
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・仮にあなたが、高校卒の銀行員だったとしよう。出向先の地方銀行で定年を迎えようとしていた矢先に、中堅商社の社長になっている昔の上司から声がかかり、その会社に就職することができた。早朝から深夜まで粉骨砕身で働き続けたのが認められ、専務にまで取り立てられた。
あるとき、社長が得体のしれない人物を連れてきた。会社の役員にするのだという。そして、その人物が手掛けている得体の知れない事業をあなたが担当するよう命じられた。あなたなら、それを断れるだろうか?(イトマン事件)
・なぜ山一だけが破綻したのか。営業特金(法人の資金を一任勘定で預かり、利回りを保証する。自由に売買できるので手数料は稼ぎ放題だった。)を行っていたのは山一だけではない。バブル崩壊によって巨額の損失が発生したことも各社共通の事情である。違ったのは、それへの対処法だ。
原理的には、
①顧客先企業に損を含めて引き取ってもらう。
②顧客先企業に引き取ってもらうが、損失は証券会社が補てんする(法で禁じられてからは、訴訟を起こしてもらって裁判所主導で和解する形でこれを行った)。
③証券会社が引き取り、損失を償却する。
④引き取った後に簿外処理して隠蔽する。
事が考えられる。大まかに言えば、野村証券は①を、大和と日興は②を中心として解消した。山一だけが④を選択したのである。つまり、各社とも同じ問題に直面し、山一以外の会社は何とかそれを表面化させて解消した。山一だけが、ひたすら隠蔽する事を選択したのである。これは、「経営不在」以外の何物でもない。
・集中排除法は当初325社を分割の対象として指定していたにも関わらず、実際に分割されたのは日本製鐵、三菱重工業、大日本麦酒、王子製紙などの10数社にとどまった。しかも、分割された企業のほとんどがその後合併して復活した。
しばしば、「何がなされたか」より「何がなされなかったか」の方が重要である。とくに重要なのは、銀行業に対して集中排除法が適用されなかったことだ。戦後の日本の企業が、銀行を中心とした企業グループを形成したことはよく知られているが、これは、戦時中に作られた仕組みだった。また、中央省庁、マスメディア、教育制度、土地制度なども戦時体制が戦後に残った。そしてこれは戦前から継続されたものでは無い。だから高度成長は一般に信じられているように、戦後の経済民主化改革によってもたらされたのではないのだ。そしてこの戦中体制によって石油ショックへうまく対応できた(企業ごとの労組で賃金上昇圧力を抑えられた)事で、戦中体制が長く維持され、バブルで力尽きた。しかし、日本式経営と呼ばれるものの中に根強くその考えは残り、組織体は変革されていない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
再読中
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意外なこと、知らなかったことも多く、面白く読めた。
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占領期の経済政策から高度経済成長、バブル、金融機関の破綻までの戦後日本経済史を、戦時経済体制との連続性という観点から解説する本
筆者の個人的体験なども交えられていて読みやすい -
日本経済の行き詰まりが、なぜ起こっているのか。その理由として、戦時体制が戦後も継続していることを筆者は指摘する。銀行や企業の資金調達方法など、各種の問題がある。
先進国にキャッチアップする時期は、もう終わった。生活必需品は国民に行き渡り、新たな大きな需要はない。高度経済成長期のような成長率は望めなくなった。
しかし、全ての市場が伸びていないわけではない。AIなどの新しい市場もあれば、既存の市場に打って出るディスラプター企業もある。
だから、個人が生きていく上では、市場をうまく選んでいくことが大事だ。 -
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実は官民ともに第二次大戦中の挙国一致体制が温存されており、戦後(特に朝鮮戦争後)の高度経済成長は戦時体制だからこそなし得た、という著者の史観が書かれている。
憲法や教育制度の場合は「米国に押し付けられた」という整理が納得感があるが、大蔵省や通産省の官僚は「うまいこと看板架け替えでGHQをやり過ごすことが出来た」と考えていることがわかった。また、その主張は説得力があった。
昭和を理解するための良書。
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