政治家はなぜ「粛々」を好むのか: 漢字の擬態語あれこれ (新潮選書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106036903

作品紹介・あらすじ

復興に向けて粛々と努力します。-政治家や役人がよく使う「粛々」ということばは、元をたどると、古代中国で鳥が羽ばたくようすを表す擬態語だった。我々がふつうに使っている漢字の熟語の中には、このように元は擬態語だったものが、実は多数含まれている。それらは元はどういう意味で、どのように輸入されて「日本語化」していったのか…。

感想・レビュー・書評

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  • ・不信任決議案が提出されても粛々と否決する。
    ・開催にむけて粛々と手続きを進める。
    このように使われる「粛々」についてプロローグで指摘しておいたことは、大きく分ければ二つある。一つは、最近20年ほどの間に使用頻度が急上昇してきた言葉である、ということ。しかも、ナントカ長官とかナントカ理事長などといった肩書きを持つ、広い意味での「政治家」たちが好んで用いる言葉でもある。
    もう一つは、「粛」には「おごそかに」という意味があるので「粛々」もその強調表現のように思われがちだが、実際には「慌てずさわがず」という意味で使われることが多い、ということ。「おごそかに」が、儀式か何かを「日常とは違った特別な雰囲気で」行うことだとすれば、政治家のみなさんが好む「粛々」は、むしろ「日常のやりとりとは変わらずに」というニュアンスが強いのである。(195p)

    このあと、著者は頼山陽の漢詩の中の「鞭声粛々」で有名になったこの言葉は、擬音語由来の「漢字の擬態語」の典型例だという。この限りでは「しずしずと」という意味になる。しかし、あまりにも有名になったので、組織のリーダーが好んで使い「ある組織なり集団が、秩序を保ってあることを遂行していく」言葉として「生まれ変わった」と指摘する。(203p)

    ある組織が、秩序を保ってあることを遂行していく。その必要性を最も痛感する人物は、だれだろうか。それは、組織のトップであろう。秩序を保っていけるかどうかは、彼なり彼女なりのリーダーシップにかかっているのだから。そして、その必要性を最も痛感する場面はといえば、それは苦境にあるときに違いない。批判にさらされ、へたをすればその組織が空中分解しかねない状況でこそ、リーダーシップが必要とされるのだから。かくして、「粛々」は苦境にある「政治家」たちがよく使うことばとなっていく。(204p)

    この本の目的は、漢字の擬音語(日本語でいう「雨がしとしとと降る」のあれ)が変遷して擬態語になることを述べることである。しかし、私の関心はそこではない。いうまでもなく、先の菅官房長官と翁長沖縄県知事との会談で翁長県知事が「上から目線の「粛々」という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて、怒りは増幅していくのではないのかと思っている」と言ったことについてひと考察したかったからである。

    ネットウヨからは「粛々はおごそかにという意味だから、県知事の発言は的外れ」という指摘がけっこうあるらしい。それがいかに「的外れ」な意見かは、この長々と引用した文章を読んでいただければよーくわかると思う。

    では、「粛々」は「上から目線」なのか。この著者は「政治家が苦境にあって」使っているのだという。実際、官房長官は翁長県知事の言葉は心底意外だったようだ。お坊ちゃん首相は心底怒っていた。そして、上から目線の言葉に必然的になった。私は「苦境にあって」いるからこそ、「上から目線で」使っていたのだと思う。そういう言葉の使い方は、私たちは中学・高校生時代を通じて何度かは経験する。先生に正しい「指摘」をした時である。「今はそんなことを言うべき時じゃないだろ」「私はお前たちのためを思って言っているんだぞ」「もっと広い視野で考えろ」。それは1人の学生よりも1人の先生の方が立場は強いから言えた言葉である。他の言葉で言えば、「自分の立場を優先し、学生のことを思いやらないで使う言葉」だった。翁長県知事の「指摘」は、「粛々」の使い方の新たな定義を提出したという意味で画期的だっただろう。

    かくして「粛々」は、苦境にある「政治家」たちが、「ある組織が、秩序を保ってあることを遂行していく」という意味で、上から目線で使う言葉である。
    2015年4月19日読了

  •  これは眼から鱗。「ぶつぶつ」「どきどき」といった和語の擬態語はなじみ深いけど,中国から伝わってきた漢語の擬態語もあって,日本人も長い間親しんできたんだよという話。
     漢字は表意文字で,字自体が意味をもつという固定観念があったので,今まで意識したことがなかったが,漢語に擬態語があるのはまったく自然で,何の不思議もない。説得力のある一冊。
    「堂々」「丁寧」「揶揄」といった,漢字の意味だけからは解釈しきれない言葉で,音をリズムよく重ねることで何らかの状態を現す言葉が漢字の擬態語と言える。「堂々」は同じ音が続く畳語,「丁寧」は終り方を重ねた畳韻語,「揶揄」は始りを重ねた双声語で,和語の擬態語も,「うろうろ」は畳語,「うろちょろ」は畳韻語のように同様の特徴を持つ。
     擬態語では漢字の意味ではなく音の響きが重要なので,表記が一定せずいろいろな形で書かれる。それが擬態語のサインらしい。「揶揄」ははじめ「邪揄」とも書かれ,「邪」に手偏が付いた形でも書かれていたそう。それなのに,後世の漢和辞典は,擬態語から逆算して字義を創設したりしていてややこしい。
    「齟齬」とか「齷齪」とか「矍鑠」とか「酩酊」とか,一定の言い回にしか出てこないような漢字って結構多い。何とも効率の悪いことだなあと思っていたんだけど,もっぱら音を写すのに使われ出した表記が,表意文字体系の中で変化しつつ定着していったと考えるとなるほど合点がいく。
     そして日本人による漢字の擬態語の受容。多くの古典や,講談に繰り返し出てきたり,超有名作品で人口に膾炙したり,その積み重ねで日本は多くの擬態語を中国から輸入してきた。一方で当然限界もある。音韻体系が異なることから,音の響きをそのまま受け入れることはできなかったし,日本の中で流通していくうちに,独自の変遷を遂げた擬態語もある。タイトルの「粛々」のように,政治が言葉の意味を変えていくこともある。ちなみに「颯爽」は中国では女性について使うことが多いそうだが,それは毛沢東の詩「颯爽英姿五尺槍 曙光初照演兵場 中華児女多奇志 不愛紅装愛武装」の影響とか。
     言葉と文化って本当興味深いな。円満字さんの本は当たりが多い。またいろいろ面白いのを期待。

  • ふむ

  • 政治家はなぜ「粛々」

    畳語 繰り返し しゅくしゅく(粛々)
    畳韻語 終わりが同じ 丁寧 て「い」ね「い」
    双声語 始めが同じ 斟酌 「し」ん「しゃ」く


    古代日本人は、中国に憧れども海を渡れず、
    発音を知らずに文字だけで漢文を学んだ。
    中でも擬態語は、外国語学習でも特に習得が難しく、
    音なしではイメージが伝わらない。
    それでも、修辞の優れた詩文や、記憶に残る物語、
    よく使う表現から熱心に学ぶことで、
    日本人は擬態語を漢文創作や日本語に取り入れた。

    漢字は表意文字であり、一字に意味があるので、
    言葉自体が変化し失われることはなかった。
    しかし、例文(参考にした詩文など)の
    文脈以外の意味は失われ、意味は狭く変化した。
    模倣は繰り返すと原形を留められない。
    逆に言えば、単なる中国の模倣ではない、
    独自の文化が生まれた。

    このとき漢字の擬音語も音が失われ、擬態語と化した。
    擬態語も漢字辞典に一字での意味が載っているが、
    それは熟語から逆算したもので、元は当て字である。

  • 勉強になりました。

  • 「漢字の擬態語」って何だ? と思いますが、まさに漢字で書かれている擬態語のこと。擬態語というと、ひらがな、かたかなで書くイメージですが、確かに中国では漢字で書くしかない訳です。
    「粛々」は一例として、中国で擬態語として使われていたであろう言葉が日本に伝わり、漢字のまま擬態語になったり、あるいはそれが変化して行ったりということを解き明かしていきます。
    本書のテーマからは外れますが、「粛々」の使用例を新聞DBで検索すると、近年非常に多いそうですが、それは政治家が好むだけではなくて、メディアがそのまま書くからじゃないかなあ、なんて気もするのですが…
    ともあれ、なかなか好きなカテゴリーの本です。

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著者プロフィール

円満字二郎(えんまんじ・じろう):1967年生まれ。大学卒業後、出版社で国語教科書や漢和辞典などの編集を担当。2008年に独立。現在は、ライターとして漢字に関する辞書やエッセイなどを執筆するほか、東京や名古屋のカルチャーセンターで漢字に関する講座を持つ。著書に、『語彙力をつける 入試漢字2600 』(筑摩書房)、『漢字が日本語になるまで』(ちくまQブックス)、『漢字ときあかし辞典』『部首ときあかし辞典』『漢字の使い分けときあかし辞典』『四字熟語ときあかし辞典』(以上、研究社)、『漢字の動物苑』(岩波書店)など多数。

「2023年 『高校生のための語彙+漢字2000』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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