戦後史の解放II 自主独立とは何か 後編: 冷戦開始から講和条約まで (新潮選書)
- 新潮社 (2018年7月27日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784106038303
感想・レビュー・書評
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本書は「戦後史の解放」というシリーズタイトルの通り、イデオロギーや時間、空間の束縛から離れて、戦後史を語ることを狙ったものだとう。
素人には類書との比較が難しいが、本書が国内だけの視点ではなく、海外との逃れない関係の中で戦後史をとらえ、戦後の指導者が日本の何を守り、何を変えようとしたのかという視点は新鮮だった。戦後の首相がいずれも元外交官である、という指摘も今更ながら認識を新たにした。
読み進めたのが、ちょうど平成から令和に変わる時であった故に、新憲法や天皇制の維持などのくだりは一層感慨深かった。 -
日本国憲法制定、サンフランシスコ講和条約締結、日米安保条約締結の流れがよくわかる。
著書も書くように、外交は限られた中から最もましな選択肢を選ぶもので、自分の好きに絵を書くようなものではない。
刻々と動く周囲の情勢を踏まえて決断しなければ、国家の舵取りを誤る。
国内政治も国際関係も同じだと思うが、後者にしくじりが多いのは何故か。 -
東2法経図・6F開架 210.6A/Se64s/2(2)/K
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本書の出だしの第4章では、冷戦の萌芽やX論文を含むケナンの構想が丁寧に記述されており、国際政治史の本かと思うぐらいだ。だが、それが筆者の狙いだろう。続く第5章では、共産中国の誕生、アチソン・ライン、ダレスの登場、朝鮮戦争勃発という冷戦が進む国際政治と、保守・中道左派・保守の政権交代、吉田政権下での単独講和の経緯という日本の状況が2本の糸のように絡み合っていく。
著者は丸山眞男や雑誌「世界」に代表される「左派系知識人」に対しては、教養は認めつつも思想には批判的だ。戦前から外交に関わってきた政治家吉田茂と、国際政治を「いままで勉強していなかった」若い政治学者丸山眞男を対比させてもいる。また他の箇所では、占領下日本では、またそもそも現実の国際政治では、実際に取り得る政策の選択肢は限られてくることも書かれている。すなわち、現実という枠の中で、単独講和で西側の一員として生きることにした吉田茂の「主体的な選択」は正しかった、というのが著者の主張だろう。
なお、米国人の理想主義と英国人の勢力均衡・地政学という両者の思考の違いが時折出てくるのも、元々英国外交が専門の著者故か。 -
http://www.shinchosha.co.jp/sp/book/603830/
【〈後編〉目次】
目次 [003-009]
4章 分断される世界 013
1 リアリズムの復権 013
不安が交錯する世界
ソ連の不安
アメリカの不安
グルーの懸念
急転する世界情勢
2 再編される世界秩序 030
勢力圏分割による平和
ロシアの膨張主義
イギリス帝国とロシア帝国
スターリン演説の衝撃
「鉄のカーテン」演説の余波
東アジアの地殻変動
日本の退却
イギリス帝国のアジア
イギリスの帝国防衛
イギリスの対日占領政策
若きイギリス人の経験
マッカーサーとガスコイン
3 ジョージ・ケナンと日本 057
ケナンのリアリズム
「長文電報」の衝撃
「確固として注意深い封じ込め」
世界における「五つの拠点」
ドイツと日本
日本の戦略的価値
新しい戦略の胎動
マッカーサーとケナン
対日占領政策の転換
ケナンの見た日本
第5章 国際国家日本の誕生 083
1 吉田茂と新生日本 083
開花した民主主義
鳩山一郎とウィロビー
「戦争で負けて外交で勝った歴史」
娘との散歩
吉田茂の首相就任
新憲法の公布
国際主義者吉田茂
2 芦田均の国際感覚 101
中道左派政権の成立
リベラリストの矜恃
明治憲法から日本国憲法へ
芦田修正と自衛権の思想
芦田修正をめぐる混乱
「芦田メモ」とアメリカとの提携
3 吉田茂と政治の保守化 119
戦後史の転換
アメリカの方針転換
新しい政治の始動
総選挙での勝利
吉田茂の「非武装国家」論
4 冷戦のなかの日本 132
アジア冷戦と二つの危機
中国問題の重力
対日講和への動き
イギリスの勢力均衡観
「太平洋協定」という構想
アチソンの憂鬱
NSC四八/一と戦略の転換
国際情勢のなかの対日講和
ダレスの登場
5 平和という蜃気楼 152
戦争への嫌悪感
吉野源三郎と「世界」
思想から運動へ
平和問題談話会
丸山眞男の平和思想
平和主義の矛盾
「いままで勉強していなかった」
6 講和会議への道 174
二つの要望
吉田茂の密使
池田蔵相の渡米
東アジアの勢力均衡
ダレスの極東視察
東京におけるダレス
吉田=ダレス会談
朝鮮戦争の勃発
国連軍と共産主義圏
サンフランシスコへ向けて
「太平洋協定」の挫折
再軍備への道
吉田茂の宿題
マッカーサーの退場
終章 サンフランシスコからの旅立ち 211
和解の条約
「戦争犯罪という嘘」
「拘束と選択」のなかの自主独立
サンフランシスコへの旅
サンフランシスコ講和会議
吉田首相の受諾演説
二つの条約の調印
予期していなかった歓迎
愛国者の独立心
国際環境と日本の針路
戦後日本の自主独立
おわりに(二〇一八年七月三日 細谷雄一) [243-256]
註 [257-281]
図版提供 [282]
関連年表 [283-286] -
卒論へ向けて。
以下、本書より。
日本は幸運であった。日本は第一次世界大戦後のドイツのように、「恥辱的な和平」を強制されることはなかった。また、「戦争犯罪という嘘」に対する怒りが、多数の国民の間で爆発することもなかった。さらに、日本は第二次世界大戦後のドイツのように分割占領されることもなかった。あるいは、天文学的な数字の賠償金が科され、日本経済が破綻するようなこともなかった。
これらは何よりも、冷戦という環境下においてアメリカ政府が、勢力均衡の観点からも日本が大国としての国力を回復することを期待して、友好国としての同盟関係の形成と維持を求めていたからである。苛酷な国際政治の歴史を知る吉田(茂)から見れば、この対日講和条約は、「過去の平和条約に比べて比類なく公正で、かつ寛大」であったのだ。そのような歴史的な視座を持たず、また敗戦国であるという現実を直視せずに、あたかも日本が戦勝国であるかのように、何もかも自由自在に選択し決定できると夢想することは、あまりにも非現実的と言わざるをえない。
アメリカを中心として作成された講和条約を、それがアメリカの正義を押しつけるものであって、アメリカの利益に基づくものであると批判するのはたやすい。だが、国際政治の基調が、各国が国益を追求する中で、その国の国力が反映されるものであることは、国際政治学の教科書でわれわれが教わる基本でもある。われわれが考慮しなくてはならないのは、歴史上のそのほかの講和条約と比較したときのサンフランシスコ講和条約の特徴であり、歴史上のそのほかの占領と比較したときのアメリカによる対日占領への評価である。われわれは、より広い視野から、より長い時間軸の中で、戦後の日本の歩みを振り返ることが重要であろう。