不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学 (新潮選書)

  • 新潮社 (2020年12月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784106038600

作品紹介・あらすじ

「不愉快な隣人」と共に生きるために――。「わたしはあなたの意見に反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」――こんなユートピア的な寛容社会は本当に実現可能なのか。不寛容がまかり通る植民地時代のアメリカで、異なる価値観を持つ人びとが暮らす多様性社会を築いた偏屈なピューリタンの苦闘から、その「キレイごとぬきの政治倫理」を読み解く。

感想・レビュー・書評

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  • 本書は、「啓蒙主義以前のアメリカ、というよりアメリカ「以前」の植民地時代に生きたピューリタンで、ロックより半世紀も前に、ロックより進んだ寛容論を唱え、唱えただけでなくそれを一身に担って実践した人」、頑固で偏屈だが異端や異教に対し徹底して寛容を貫き、新大陸に多様で寛容な社会の礎を築いた偉人、ロジャー・ウィリアムズの足跡をたどり、中世以来の「伝統的な寛容論」の現代的な意義を説いた良書。

    タイトル「不寛容論」には、「寛容に必ず内包されている不寛容を主題化することで、真の寛容の所在を明示する」意図があるとのこと。

    「伝統的な寛容」は、「相手をしぶしぶ認めることであ」り、「相手を是認せず、その思想や行為に否定的であり続け、できれば禁止したり抑圧したりしたいが、そうもいかないので、しかたなくその存在を認める、という態度」のこと。お互いに礼節を守って共に暮らすだけでよい。「もし礼節という絆を守るなら、礼拝や宗教のことでどんなに意見の相違があっても、何の問題もありません」(ウィリアムズ)。

    「伝統的な寛容」は、現実的な損得勘定に基づけば態度であり、無理に妥協したり、相手を理解し、認め、受け入れるために感情を抑え込む作業が不要なので、排外主義へ転化してしまうリスクが少ないのだとか。なるほど、その通りかもしれないな。ちなみに著者は、日本人は(均質な文化にどっぷり浸かっているので)寛容でも不寛容でもなく「無寛容」だという(そして日本人のこの温和な「無寛容」は、あっという間に凶暴な「不寛容」へ変貌してしまう危うさを秘めている)。

    ウィリアムズら初期移民たちの新大陸でのコミュニティ作り、読んでいてとても興味深かった。アメリカは、人類が壮大な社会実験を行って出来上がった国なんだな。初期移民の時代といえば、「大草原の小さな家」や西部劇の時代より更に古い時代だよな。アメリカは歴史が浅いので、これまでアメリカ史にはあまり興味が湧かなかったが、アメリカ史の本も手にとってみようかな。

  • 世の中では寛容が良いことで、不寛容は悪いことだという風潮がある。しかし、寛容であるはずのリベラル層が不寛容な言説に染まったり、一神教は不寛容だが多神教は寛容なので日本人はやさしいといった、寛容の意味合いを履き違えた話も散見される。

    寛容という言葉には、前提として評価する側の絶対的な正しさがある。間違っているけど赦す、という一方的な立場を正当化する危うさは、時には戦争や排斥を生み出すロジックとなってきた。寛容の起源にキリスト教の異教徒や異文化に対する理解という流れがあり、聖書や教義が絶対的に正しいという立場が見え隠れする。

    この本では、アメリカ建国にまつわる寛容・不寛容の流れをもとに説明されている。ロジャー・ウィリアムスという主役が登場すると、話は俄然面白くなる。新大陸の土地利用に対してなぜ教皇の許可を得なければならないのか、公職に就くためにどうして宣誓しなければいけないのか。ヨーロッパ由来の既存の秩序に対して空気を読まずに反論を繰り出す彼の存在が、先住民族や女性、奴隷といった多様な社会での寛容を形成していったのだ。

    これは事勿れ主義や長い物には巻かれよという日本社会においても大いに参考になる話だ。既存の秩序を守り、権威者の言うことに波風を立てないといった、個人レベルでの寛容な行動が実は社会レベルでの不寛容に繋がっている。異質や立場の弱い者への配慮に優先して、化石のような昭和システムが温存されているのは随所で見られる。

    ロジャー・ウィリアムスは先住民族との交流を通じて、この不寛容に対する糸口を見出していた。自分の価値観の尺度を正しく持ち、外側には敬意と礼節を以って対応すること。多くの日本人にとっては、前者はアメリカからの借り物であり、後者は同質性を好みなかなか他の価値観に触れる機会が少ない。だからこそ不寛容な社会になってくるとマズいのだ。

  • 神学書を読む(69)牧師・教会役員必読の一冊! 森本あんり著『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』 : 書籍 : クリスチャントゥデイ
    https://www.christiantoday.co.jp/articles/29713/20210712/theological-books-69.htm

    森本あんり 『不寛容論―アメリカが生んだ「共存」の哲学―』 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/603860/

  • ちょっとだけ感動した。特に、平和と真理の対立の横にいるのが、言葉を発しない忍耐であることに。

    不寛容論、というのは、異文化理解や多様性がキーワードとなった我々の目の前にある「寛容」の矛盾に向き合うにあたり、まず「不寛容」から考えてみようではないか、という取り組みを表す。不寛容の代表例はプロテスタント(ピューリタン)へのカトリックの弾圧である。特に宗教と政治が繋がった時代において、宗教の違いがそのまま村八分と弾圧による死につながる問題であった。その根拠は、異端の存在が、コミュニティの平穏を揺るがす問題であるとの認識にあった。不寛容にもそれなりの根拠はあるわけである。それなりの根拠を持つ不寛容に対して何ができるだろう、というのをアメリカ史をたどりながらこの本ではみていく。

    なお、寛容は日本では簡単に扱われがちだが、難民の数万規模で訪れる欧州では、イスラム教徒が増えていることを恐れる向きもあるし、日本でも外国人が増えて治安が悪くなるという恐れの声は聞こえており、簡単なものではない。冒頭(本ではエピローグ)の、平和と真理と忍耐の話は、理想論がぶつかり合う時、間には忍耐がいなくては、相互の関係は不可逆的に壊れてしまう、ということを表していると考えている。寛容とは、忍耐や礼節に近いものであって、必ずしも心から歓迎することではないのではないか。

    寛容は、言葉の前提として、すでにその「寛容」の対象となる物事に否定的な姿勢がある。そして、その上でなお、存在を認めてあげる、というやや上から目線の姿勢である。しかもそれは、認めるのが正しいからではなく、面倒ごとになるよりはましだから、攻撃しないというのが、その原義である。これは中世カトリックが他宗教に対して持っていた考え方と共通する。
    現代では寛容は、あくまでそれ自体が望ましく正しいことだから、多様性を歓迎するもののように扱われる。しかし、自分の文化と全く相入れない人が目の前に来た時、自分の生活が脅かされるかもしれないと感じる時、簡単に歓迎できるものとは言えなくなる。
    さて、森本の紹介するロジャーウィリアムズは狂信的なクリスチャンであるからこそ、他の人の信仰もまた認めるべきであり、彼の異端的信仰は他の人によって侵害されるべきでないし、特に信仰の問題で街を追い出したりするべきでない、という寛容の論理を主張した。彼を弾圧したジョンコトンもまた、単なる頭ごなしの弾圧者ではなく、教派が異なっていて、心では信じていなかったとしても礼拝に出ていれば街から追い出さないという一定の寛容は見せていた。ここで彼らの差は、当然考え方の道筋にもあるが、結局のところ、どこまでがその人の許容範囲なのか、ということである。というのも、ロジャーウィリアムズは当初は弾圧される側、権利を主張する側だったわけだが、その後街を追い出されて自分でコミュニティを作る為政者となってから、そのコミュニティ内の異端分子に手を焼き、彼は彼でクエーカー教徒の信仰を痛烈に批判することになる。

    ウィリアムズのこの転向に対しては批判もあるが、一貫して礼節を重視していたことは変わりない。ウィリアムズは礼節を重視したがクエーカーはそうではなく攻撃してきたから、批判したようである。森本は完全な答えを示しはしなかったが、このように信仰について正しい正しくないの結論をつけることはせずに、とにかく市民的な分野では礼節を保とう、ウィリアムズの立場を一つの人権史上の重大事件と捉え、これこそ今必要な寛容だという。

    わかる。宗教的真理の統一、政治的平和の達成、そしてその双方の合一、全て、現実的には解決しきれない課題が山積みであり、それを見て見ぬ振りしながら、忍耐をして行くしかない現実がある、という話か。べき論とである論は分けて、どちらも必要であるが、どちらかだけになってはいけないし、どちらの方が重要とも言えない、というように思う。

  • 近代や現代の寛容論ではなく、その源流とも言える中世の寛容論を下敷きに、米国建設前(植民地時代)の人物でもあるロジャーウィリアムズに焦点をあて、彼にとって寛容が如何なるものだったのかを中心に論じている。
    彼が重んじた「礼節」について、「マナー」に通じるところがあると感じつつも、「マナー」よりもより深層にあるような、所作や心情の向け方まで表したものであるように感じた。

    ウィリアムズみたいなちょっとおかしな(褒め言葉のつもり)人達が社会から少しずつはみ出ることで、漸進的に社会が変わってきたのだと感じる。もちろん、そういうおかしな人たちを下支えしてきた他者や社会があってのことだけれど。

  • 寛容というと現代においてはリベラリズムに近い考え方という印象が持たれている。社会に多様性や包摂性を求め、マイノリティの権利を擁護するといった姿勢が、寛容とされることが多い。一方で、これらの姿勢が「リベラル」という価値観の押し付けやそれまでの宗教観やコミュニティの伝統的な価値を否定するものとして、反発を招くという状況も顕在化している。

    このようなリベラルな寛容論は近代啓蒙主義にその端緒があるが、本書では、そのような近代の寛容論の枠組みを一度離れて、中世の寛容論と、それが変化していく過程を描くことで、寛容論の世界に新しい視点を持ち込み、それにより現在の寛容論の行き詰まりを乗り越える可能性を提示している。


    中世の寛容論は、キリスト教の価値観が社会の強固な基盤となっている時代背景の中で展開した。キリスト教の教えは人々の日常生活における善悪の判断の基準になっていたが、すでに聖書の時代から1000年以上が経過した当時の社会において、聖書の教えでは認められないような活動が社会の中に組み込まれている状況も存在した。これらの当時の価値体系にとっての他者を社会の中に位置づけるための論理が、中世における寛容論であった。

    中世の寛容論は、キリスト教の倫理において悪とされながら社会に存在するものに、「是認はしないが許容する」という態度を持って臨む。そして、それらが「より大きな悪」を防ぐための「小さな悪」であれば、それに対して寛容になるという論理を持っている。

    本書では、異教徒、金融業(高利貸し)、売春という3つの例が取り上げられている。例えば異教徒については、彼らにキリスト教を強制するということは、本心からではない信心という「より大きな悪」をもたらすことになるため、それよりは異教を信じるという「より小さな悪」を当面は許容し、彼らを寛大に扱うことでいつか彼らが回心することを期待するという論理で、寛容が語られる。

    中世の寛容論は異教については寛容であったが、同じキリスト教の中の異端に対しては厳しい態度を取っていた。これは、異端という「共同体の中における異分子」の存在を許容することは、共同体の維持というより重要度の高い問題に直結するからである。つまり、中世の寛容論はより大きな目的や価値のために、それより小さな問題に対しては寛容に対処するという、合理性を持っていた。


    このような中世の寛容論が大きく揺さぶられたのが、17世紀である。この時代は英国における英国国教会からの迫害を逃れたて新大陸に渡ったピューリタンによって、アメリカ開拓が行われた時代である。ピューリタンたちは、国家と一体となり世俗的な側面を切り離せない英国国教会を批判し、より純粋な信仰に基づく社会を作ろうとしてアメリカに渡った。そして、この理想の社会をゼロから作るという使命に従って、ピューリタンたちは宗教の教えに対しても社会の仕組みに対しても、異端や異議に対して厳しい態度を取った。

    このような厳しい態度に導かれた人々は、中世の寛容論の考え方から徐々に離れていき、善悪や正邪といった価値基準に基づいて寛容であるべきか不寛容であるべきかを判断するという様相が濃くなっていった。


    このような社会に対して真っ向から異議を唱え、それを生活の面でも実践したのが、本書の後半の主人公として登場する、ロジャー・ウィリアムズという人物である。彼はロンドンで生まれボストンに渡ったピューリタンであるが、ネイティブアメリカンの土地の権利からクエーカーの信仰に至るまで、他者に対する寛容を徹底的に擁護した。

    本書の後半は、この彼の生涯を通して、中世な寛容論と近代の寛容論の間にある忘れられた寛容論の姿を描き出し、その意義を考察する。


    ウィリアムズは徹底したピューリタンであった。そのため、本国英国国教会を批判してアメリカに渡りながら、英国国教会の祈祷書を使うなど本国とのつながりを断ち切れていない植民地の教会に対して、彼は批判的であった。また、信仰は真にその人の心の中から生まれてくるもの以外は偽りであるという考えから、日曜日の礼拝への参加の強制や全住民への忠誠の宣誓の強制にも強固に反対した。

    ウィリアムズの主張が当時のニューイングランドの社会とどのような軋轢を生んでいたかを知るために、本書では当時のボストンの教会における神学の権威であったジョン・コトンとウィリアムズの間の論争が、詳細に紹介されている。

    コトンとウィリアムズの議論を大きく分けているのは、「良心は間違うことがあるか」という問題である。両者ともに良心の自由を尊重するという原則には同意している。しかし、コトンは内なる神の声である良心が過つことはないが、人間がその声を誤って聞くことはあると考える。そして、そのような「自分の良心に反して罪を犯す」状態にある人に対して、訓戒や罰によって正しい道に戻るよう促すことは、良心の自由を侵害するものではないと考えており、さらには度重なるそのような働きかけにも関わらず過ちを犯すものに対しては、追放という形でその害が社会に及ぶのを防ぐことも、必要であると考える。

    一方ウィリアムズは、人は良心に反した行動をすることはできず、たとえそれが「誤った良心」であっても、人はそれに従わざるを得ないと考えていた。そして、そこに意思の介在がない以上、その行為は罪に問われてはならず、寛容に扱われるべきであると主張する。つまり「間違った良心に従う自由」をウィリアムズは主張している。そして、コトンのように人々を「正しい良心」へ強制的に従わせようとしても、そこに生まれるのは偽善でしかないと論じる。

    ウィリアムズのこの議論は、現代の哲学や法学における「愚行権」の議論と重なるものである。そしてそこには、自分はその価値観や行動に賛同しないが、他人がそのような価値観を持つことや行動をすることは認めるという立場が表れている。コトンとウィリアムズの議論は主に宗教的な価値を巡るものであったが、これは飲酒や賭博、不品行な行動など、自分にとって不愉快な他人の行動にどのように向き合うかということを問われるテーマである。


    ウィリアムズの生涯は、寛容論に対するもう一つのテーマとして、社会を建設するときに秩序の維持と寛容の間にどのようなバランスを取るべきかという問いにも直面している。

    徹底的な寛容を説いてコトンを始めとするボストンの政権当局から追放処分を受けたウィリアムズは、ロードアイランドに移り、そこで新たなコミュニティを建設する。この地は、ウィリアムズだけでなく、信教の自由を求めるクエーカーの人々や、信仰はどうでも良いが自由気ままに暮らしたいという人、土地の利権を目当てに入植した人など、多種多様な人々が集まる場所になっていた。そして、この土地でコミュニティのリーダーの役割を担ったウィリアムズは、自らの寛容と社会の維持との間の葛藤と向き合うことになる。

    ウィリアムズがリーダーとして人々に語ったのは、「船の譬え」である。それは、コミュニティに属する人たちはひとつの船に乗り合わせた人々のようなものであり、船の上で各々が信じる宗教に従って礼拝をする自由はあるが、船がどちらに進むべきかを決めるのは船長であり、船内の正義と秩序を守るために船長以下の船員によって権力が行使されることは当然であるというものである。

    また彼は、クエーカーの人たちが他の宗派の人たちの礼拝にしばしば闖入し、その静穏な礼拝を妨げることを批判している。クエーカーが自らの良心に忠実に生きることは認めるが、たとえ他の人々の礼拝が誤ったものであると考えても、他の人の進行も同様に尊重されねばならず、その信仰を妨害することは許されないと考えていたのである。

    このようなウィリアムズの唱える寛容は、近代啓蒙主義から発して、他者への価値観の押し付けとも取られる考え方をまとうようになった現代の寛容とは異なり、より中世の寛容の考え方に近い。一方で、中世の寛容があくまでキリスト教の価値観を土台にしており、異教徒と異端との間で対応を大きく変えていたのに対して、ウィリアムズは異教にせよ異端にせよ、他の人の良心には介入すべきではないという点を徹底しているという点で、より多様な人々の存在を前提としているとも考えられる。


    彼の唱えた寛容は、寛容というものにアイデンティティ政治のような相互認証を求める議論が加わっている現代の寛容論に対して、一方引いて考えるきっかけを与えてくれているように思う。

    彼は自身が徹底したピューリタンであったように、決して宗教的にも文化的にも中立的な人間であったわけではない。しかし、自らがそのような強い信仰心を持っていたからこそ、他の人が良心から信じていることに対して介入することにも極めて抑制的であり、賛同はしないがその自由は認めるという考え方で接した。

    これは、相手を是認しないがしぶしぶ認めるという態度であり、相手に対する消極的な容認である。現代の寛容論では、相手を承認し敬意を持って包含的に扱う「肯定的寛容」、「強い寛容」、「認知としての寛容」、「水平的寛容」といった考え方が唱えられている。

    このような自分の信念に対してある程度の妥協を要求される寛容のあり方は、多くの人にとっては負担である。しかし筆者は、相手の考えを一定程度認めるというところまで求めず、内心の不寛容と対外的な礼節を両立させるようなあり方も、認めても良いのではないかと考えており、このような最低限の礼節を保って会話と共存を続けることは、社会を成立させ、願わくばもう一歩先の関係性へとつながる可能性を残すことにつながるとも述べている。


    寛容であるということに道徳的な態度や包摂性を求めず、「仕方なく」付き合っていくことに一定の評価をしているという意味で、本書で紹介されている寛容のあり方は印象に残るものだった。このような態度は本書で「忍耐」という表現もされているが、一度そのようなところに寛容のあり方を捉え直してみることで、共存への道筋が見えてくることもあるのではないか。

    本書で紹介されている、内面的に不寛容であるからこそ他者に対して寛容であるべきであるという、ウィリアムズの生き方に、他者や社会への接し方に対する認識を新たにさせられた。

  • 「反知性主義」を面白く読みました。「不寛容論」も分析すべき現代アメリカの問題を論じてるのかと思い、書店にあったのを何度も見かけ、迷った末買ってみました。

    けれど、「線」の思考、アースダイバー神社編、、と同じく。。いまこれを読む時間を割けるかというと、なかなか。。。ということで、途中でパラパラ読みになってしまいました。。。

    ただ、ピューリタンがパブティストなどを不寛容な態度を取っていた。契約結んで作られたコミュニティは、そのルールを承認してない人を入れる必要はない。。てことになる=不寛容=排斥。。って考えを学べました。

  • 私には難しそうで最後まで読み切れるかと心配したが、易しい言葉で、興味がずっと保たれたまま読み続けられた。
    歴史から学ぶこと、遠い昔の他国の人や出来事から得たことを今現在を生きるに当たって知恵としてそのまま具体的に取り入れられること、しみじみと実感できた。

  • 2021/02/23
    不寛容があってはじめて寛容が成り立つ…言われてみればそうだなと思う。
    ひとつの伝記としてもなかなか面白い。
    政教分離と簡単に言うけれど、今に至るまでには多くの人々の苦労があったことを改めて教えてもらった。
    礼節が大事ということも共感。
    改革者は気が付くと新たな改革側からの批判の的になってしまうし、同じような考えであったとしても具体的対応策は必ずしも同じにならないということも含めて、世の中は永遠に試行錯誤を続けるしかないんだろうなと、そして歴史から学ぶということはその振れ幅を少しずつ小さくしていくためなのではないかと改めて思う。

  • 個人の属性として一般的に語られることの多い「寛容」と、ここで展開される「寛容」には大きな違いがある。ひとことでいえば「宗教的かつ社会制度としての『寛容』論」。現代アメリカの理解のために読み始めたが、非常に納得した。前著の『反知性主義』も読んだが、相変わらず切れ味がいい。

  • 通販生活の表紙に「私はあなたの意見には反対だけど、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」というヴォルテールの言葉が掲げられていた。確かに、美しい言葉かもしれないけど、この通りにするのは、かなり無理をして、頑張らないといけない感じする。

    この本によると、中世の「寛容」は、大きな悪が実現しないように小さな悪をそのままにしておくという、かなり消極的な、相対的な考え方だったというのです。金貸しも、娼婦も、それ自体は悪には違いないけど、それが無くなったら、社会全体はもっと悪くなるので、まぁ、放っておくか。そんな考え方だと。

    なるほど。

    この現実主義が、カトリック教会をさまざまな極論から守り、大いなる中庸を維持させてきたんだろうと思う。

    それに比べて、上記の近代啓蒙主義の寛容論は、多様性を守ることを「絶対視」するような「非」寛容が見え隠れする。人間はそうあるべき。啓かれた近代人は、そういう考え方をするべき。そんな生堅な人間観が見えてくる。

    ここ数日のオリンピック組織委員会の森会長の「女性蔑視発言」を巡るゴタゴタも、「多様性」を「絶対善」として、それが否定されると、その相手を全否定するような潔癖感が現れていて、ちょっと危ない感じがする。

    そんな時代に、この本は、もっと現実的な「寛容論」を提示してくれる。悪は悪なんだけど、そんなに大きな悪ではないので、とりあえずは放っておくか的な(現教皇の同性婚に対する「寛容」も、この線にあるのではないだろうか)。

    またまた、今年のベスト3候補の1冊。

  • 最低限の礼節だけでよい
    とのことで、気が楽になりました

  • アメリカ的な寛容論を紹介する議論だが、タイトルは「不寛容論」となっている。それだけ、ちょっと屈折した寛容論なのかな?

  • アメリカ独立前史。
    ますます重要な「寛容」の概念がどのように彫琢されていったのか。
    猛烈に面白い。
    寛容という言葉が雑に使われるようになっていると思う。
    良心や礼節も重要なキーワード。

  • ロジャー・ウィリアムズを中心としたピューリタンの思想から「寛容」を考察する本,かなり骨太な新書。

  • かなり興味深い内容だが、なかなか読めず、、いつか再読したい。

  • 分断が進むアメリカにおいて、「寛容」とは何かを論じる一冊。トランプ以後、顕在化した分断を前に、現代アメリカについて語られるのかと思うと、豈図らんや、アメリカ入植史と、当時活躍されたロジャー・ウィリアムズ氏についての本になっている。
     アメリカのピューリタンの対極に位置する中世カトリックの寛容さについて触れたあと、政教分離と内心の自由を認めるウィリアムズについて語られ続ける。あとがきでも述べているが、森本先生、ウィリアムズ大好きでしょ。
     端的に言えば、「ムカつくけど排除しないし礼節を持って接してやる」のが寛容だと論じられている。ユダヤ人の弁護士がネオナチを「テメーの意見はムカつくけど、テメーの言論の自由は守ってやる」という民主主義の根幹をなすところと同じである。逆に昨今よく言われる、多様性を認めない多様性の押し付けも非難の対象となっている。上記の心がけでいるのはなかなか大変だが、これからの時代、皆がその心持でいればいいのにね。

  • なぜ今まで宗教学に興味をもってこなかったのかと後悔してしまうほどすばらしい内容。人間が考えたものである以上、政治思想や哲学や歴史や人々の価値観にはいつも宗教の下地があることが理解できる。もっと学びたい。
    価値観が異なっても許容し共存するという意味での寛容は、「トルコから世界を見る ――ちがう国の人と生きるには? (ちくまQブックス)」に書かれていた「ものさしは複数ある」という認識に近いし、子どもの学級内での過ごし方としてよく言われる、「みんな仲良くは難しいが平和的に共存しよう」という考え方とも通じる。
    皆が「礼節をもって、暴力に訴えず、会話を遮断せずに続けるだけの開放性を維持する」ことができれば平和になるので、さほど難しくはないように思えるが、その境地に至るのが困難だから諸々の問題が生じるのではと思う。まず自らの信念によほど強い確信がなければ、他者の異なる意見に接することで自分の内部に揺らぎが生じ、不安になる。自分を不安にするものは排除しなければならない、となる。相手の態度があまりに確信に満ちていると、自らの不安定を指摘されているようで、あたかも自分が攻撃を受けたかのように感じる。攻撃を受けたら自らを守るため反撃しなければならない、となる。これらの問題をどのように乗り越えるかが、私たちが考えなければならない課題だと思う。

  • BIBLIOTHECAで紹介された本。読み応えがあった。「悪を最小限に抑えるために寛容になる」というフレーズが印象的だった。

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著者プロフィール

1956年、神奈川県生まれ。国際基督教大学(ICU)学務副学長、同教授(哲学・宗教学)。専攻は神学・宗教学。著書に『アメリカ的理念の身体‐‐寛容と良心・政教分離・信教の自由をめぐる歴史的実験の軌跡』(創文社)、『反知性主義‐‐アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書)、『異端の時代‐‐正統のかたちを求めて』(岩波新書)など。

「2019年 『キリスト教でたどるアメリカ史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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