バカの壁 (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 9856
レビュー : 1079
  • Amazon.co.jp ・本 (204ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106100031

感想・レビュー・書評

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  • mixi・GREEのレビューを見ていると、賛否両論ありますね。GREEのほうが辛い評価多いかな。

    良し悪しは個々人の判断の問題なのでいいのですが、なぜこの本が世間で大いに話題になったのか?は気になるところ。
    哲学チックな内容(というより頭の体操と言ったほうがいいかもしれませんが)なのですが、そういう本って、あまり世間の話題になるようなウケるものではない印象があるのですが。。。

    ただ、サラリーマンしていると(分かっていても)多面的な思考は失いがちで、物事を一面的にしか見れなくなりがちなことは事実。
    その意味で、サラリーマンにウケやすい内容ではあったかもしれない。

    とはいえ、この本は世間で大いに話題になるようなものなのだろうか?


    ある著名コンサルタントは、「この本を知らないということは、教養の問題だ」と言っていた。
    本の内容のうんぬんではない。
    これだけ話題になっていることは、みんな読むのが当然だろ、ということ意味。
    …そういう仕組みの世の中だということだろうか。
    図らずも、雑学と常識とは、この本で言っていることなのですが。

  •  十年前に話題になった本ですが、いま読んでもなかなか面白い。考え方のヒントを与えてくれる。

  • 1,複数の解答を認める社会が、住みよい社会
    人生でぶつかる問題に、そもそも正解など無い。 2,今の教育は、子供に顔が向いていない。
    校長、教育委員会などに向いてしまっている。サラリーマン化。給料の出所に忠実で、仕事に忠実ではない。でもしか先生。
    3,教育とは、自分が面白いと思う事しか教えられない。 俺を見習えというのが無理なら、せめて好きなことを伝えられるようになりたい。情報ではなく、自然そのものを学ばなければならない。
    4,万物流転
     3日会わなければ、人は変わる。

  • 市立図書館URL:https://library.city.takamatsu.kagawa.jp/asp/WwShousaiKen.aspx?FCode=216964

    Aさんおすすめ本です。

  • それは屁理屈やろーって思うところもいくつかあったけど言うほど気にならなかったし考えさせられた。

  • 「話が通じないって言いますけど、相手に聞く気がないなら当たり前っていうか」
    葉月は、完全に愚痴モードだ。
    会社で何かあったのかもしれない。あるいは日頃溜まっていく些細な苛々が、たまたま今日爆発したのかもしれない。

    蛹はとりあえずコーヒーを二人ぶん淹れた。
    いつものように、ソファに向かい合って座る。
    余分に作ったぶんは、ポットごとテーブルに置いておく。長い話になりそうだと思ったのだ。

    「……詳しくは知らないけど、分かり合う必要ってあるの? それ」
    これは蛹のいつもの「前向きな自暴自棄」で、
    何かにつけて、彼は他人とのコミュニケーションに対する失望を表明する癖があった。
    それが彼なりの身の守り方なのだろうと、葉月は理解していた。

    「こっちは分かり合いたくもないんですけど、相手もそうとは限らないっていうか」
    「目的や目標やが違えば、話が通じないのは当たり前だと思うけどな。目指すものが違うなら、今どうするべきかも違ってくる」
    「あー……」
    何か思い当たることがあったかのように、葉月は低く唸った。
    「何ていうか、仕事のことなら、利害の不一致はお互い分かってるからいいんですけど。でも、ある種のことにおいては、みんな同じところを目指していると思ってるじゃないですか」
    「君がそうやって愚痴るのは、大体それ系だよね。幸せについてとか、価値観についてとか」
    「そういうのがみんな同じだった時代は終わったんですよ」
    蛹は首を横に振った。
    「同じだった時代なんてないよ。同じだという約束だったんだ。約束を守れない人は共同体から追い出される。それだけ」

    葉月はしばらく黙っていた。蛹の言葉について考えている。
    だがそれに結論が出る前に、蛹は言葉を続けた。

    「もっと根元的な部分は、確かに共有できるはずなんだ。この本にあるように、人間であれば当たり前のことについてはね」
    「殴られれば痛いとか、刺されれば死ぬとか、死ねば二度と生き返らないとか? ……そういうことすら共有できないのに、幸せの定義は共通だと思ってるのかしら。笑える」
    「たとえが物騒なんだけど、つまりそういうことじゃないかな。不思議なことに、痛みは共有できないのに、幸せは共有できると思っている人もいる。確かに笑える話だ」
    笑えませんよ、と葉月は呻いたが、蛹は笑っていた。
    「つい最近まで、幸せの定義ってのは明確だったんだ。つまり、食べていくことだよね。誰もが安定して食料が手に入るようになったのは、たぶん高度経済成長以後かな。よく知らないけど」
    「それまで何千年だか何万年だか続いていた幸せの定義が、通用しなくなったと」
    蛹は頷く。
    「これに代わる大きな目標となりうる価値観は、まだ見つからないね。おかしな話だけれど、俺たちの世代はどうやら、食べていけるだけでは幸せにはなれなくなってしまったらしい。しかも、何をどこまで得られれば幸せなのかも分からないでいる」
    「いや、私としては、そこそこ食っていける状態で放っといてくれれば幸せなんですけど」
    蛹はまた笑った。
    「今日はよく笑いますね」
    「まあ、体調がいいし、君が感情を露にするのを見ているのは悪くない」
    悪趣味です、と言いながら、葉月は空になったカップを差し出した。
    おかわりを寄越せということらしい。
    蛹はカップを受けとると、ポットに残っていたコーヒーをなみなみと注いで、葉月に返した。
    葉月は、冷めかけたコーヒーを勢いよくゴクゴクと飲み、一息ついたというように、トン、とカップを置いた。
    「で、どうすればうまくいくんでしょうね」
    「それなんだけど……一元論とか、一神教とか、表現を変えながらも否定されているのは、結局のところ一人ひとりの内なる神だろ。これが正しいと信じて疑わない、人の核の部分だ。大抵の人間は、これが揺らげば人は揺らぐと思っている」
    「あ、それが序盤の、情報と生命の話になるんですね」
    「そう。核は揺らぐんだ。簡単に。それを否定するかのように核を硬くして、揺らがないものであるかのように思おうとする。でもね、揺らぐんだよ」
    「今日の幸せは、明日の幸せではない」
    「その通り。君の身に起こった事実は、決して揺らがない。それは情報だから変化しない。でもそれを受け止める君は変わってもいいんだ」
    「忘れろ、ってことですか」
    「覚えていてもいいさ。でも、苛立ちを苛立ちのままにしておく必要はないだろ」
    まあそうですね、と呟きながら、葉月はカップに半分ほど残っていたコーヒーを飲み干した。

  • ひたすら話題性だけが先行して、中身が空っぽ。何も心に残らないし響かない。

  • 20131124読了 「知行合一」(陽明学)=知ることと行うことが一致すべき=知ったことが出力されないと意味がない←これが文武両道の本当の意味。「文武両道」=並列する文と武の両方に習熟すべしではなく、両方が回らなくては意味がない、つまり学んだことと行動とが互いに影響し合わなくてはならないという意味。

  • これは再読。

    そうか。でも登録されてないってことは2009年以前に読んだってことか。


    個性なんか追求するより、人の気持ちがわかるようになれ。


    まったくその通りだなぁ。あらためて読んでも発見がある。

    こういう本が、読み継がれていくのだろうな。


    先日、学校での自分のうわさを人づてに聞く。


    「怖いって思われているよ。」と。


    「話しかけづらいんだって。」と。

    「なんか、いつも申し訳なさそうに歩いていて、逆にそれがすんごい目立ってるって言われてるよ。」と。


    別に来年同じところに勤めるつもりはないからいいけれど、

    地味に傷つくんだよなぁ。

    ほかにもいろいろ言われてるんだよなぁ。

    「毒吐くよね。」と私に言った人が、後日

    「毒と悪口って一緒だよね。」と言ってたり。

    「教育学部出身の人って、部活見れるほど技量ないよね。」とかさ。


    言ってる当人は、正直思いめぐらせたところで、「それは別にあなたのことを言っているわけではない。」というつもりでその言葉を吐いている。


    でも、その話を聞いて受け止めてる私としては、それを他人事のように聞くことはできない。


    ほかにもある。


    教科部会で、飲み会が開かれることになった。
    そこで、
    「noire先生が参加できる日にちで設定したから。」と主催した先生が私に言ってきた。つまり強制参加。
    しかしながら、教科部長と折り合いのその悪い先生は、その飲み会に教科部長だけを誘っていないっていう。


    そうやって、自分の気持ちに素直になりすぎた結果、周りを気にする人間に多大なる暴力的な行動をさせてるという自覚の欠如。それがまかり通る環境であることを信じて疑わない思考回路。


    とかく今勤めている狭い環境の中では普通に起こりうる。


    自分の行動は、誰もが考えて理にかなっていることだと考えはしないのだろうか。

    私は少なくとも考えるよ。

    この本では「客観性なんてありえない。」って言っている。

    もちろんそうだと思う。

    でも、「誰もが考えて、それはOKか。」っていう目線で、自分の決める物事が偏りすぎていないかどうかをしっかり考えるという努力を怠っている人間がわんさかいるいまの職場環境は、


    信じられないくらい病んでいると思う。

    それが、学校現場だという事実が、本当に泣きたくなってくる。

    私は決して頭のいい人間ではないし、自分に都合のよいように物事が運ぶように考えてしまうこともある。でも、それでも少なくとも自分が行動を起こす前にいろいろ考える。
    そんな風に私みたいに考える人間が、あんまりに少ない気がして、

    本当に今働いている職場環境から逃げ出したくなってしまうのです。

    教師を取り巻く人間環境のあり方は、ダイレクトに生徒に反映する。

    「一緒に居づらい人」がいたときに、その人を排除する方向に物事を考えるか、その人とどうやったらうまくやれるかを考えるか。それだけのことなのに。


    わたしは、人間関係の中で、自分が優位に立てるように立ち回る人間が、嫌い。本当に嫌い。

  • <閲覧スタッフより>
    人間は、結局自分の脳に入ることしか理解できない。世界はもっと複雑怪奇なもの。「分かった気になる怖さ」を様々な角度から指摘しています。
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    所在番号:新書||304||ヨウ
    資料番号:10155074
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著者プロフィール

解剖学者

「2019年 『世間とズレながら、生きていく。(仮)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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