武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106100055

作品紹介・あらすじ

「金沢藩士猪山家文書」という武家文書に、精巧な「家計簿」が例を見ない完全な姿で遺されていた。国史研究史上、初めての発見と言ってよい。タイム・カプセルの蓋を開けてみれば、金融破綻、地価下落、リストラ、教育問題…など、猪山家は現代の我々が直面する問題を全て経験ずみだった!活き活きと復元された武士の暮らしを通じて、江戸時代に対する通念が覆され、全く違った「日本の近代」が見えてくる。

感想・レビュー・書評

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  • おもしろい。
    タイムカプセル開封感がたまらない。旧金沢藩士の猪山家は代々「御算用者」という会計•経理の家柄だった。幕末に新政府の会計方を任され、明治以降は海軍に出仕した。経理のプロが自家の借金返済のために付け始めた家計簿が、現代までよく残っていたものだ。関連する手紙類も含めて、取りまとめて保管した几帳面さも驚嘆に値する。

    一応、大学で歴史学を学んだ身としては、何となく『こうじゃないかな』と類推していた幾つかのことに正答を得られた感じで満足感が高い。
    だが、私がこの本を読んで何よりも感じいったのは別の所にある。それは"藤沢周平の小説のもつ時代描写の的確性"だ。ご存知の通り、藤沢周平は学者ではない。様々な文献にあたったり取材したりして書いたのだろうが、描かれたフィクション(時代小説)は江戸期の武家生活を見事に活写していたと言わざるを得ない。何か、『事実が後から追いついた』…そんな感覚に陥ったのだ。
    …という訳で、藤沢周平ファンはぜひ一読してみる事をお薦めします。家計のやり繰りに苦心する歴代の猪山家の人々が、藤沢周平作品に登場する無名の人々に重なって見えるかもしれません。

  • 幕末、加賀藩の猪山家は家計簿をつけていました。
    その家は代々、加賀藩の「御算用者」
    いわゆる経理を勤めており
    仕事柄というか性格というか
    私用の家計簿も実に細かい!
    ところが当時の生活を調べるのに
    これほど適した資料は他にありません。
    武家社会の出と入りの実態もさることながら、
    この家計簿と猪山家の歴史を通して
    幕末から明治において
    武家から士族へどうやって変わっていったのか
    までがわかるのです。

    というようなことを原本から読み解き
    平易な言葉で伝えてくれる本。
    この古書にめぐりあったとき
    著者はすごく興奮したみたいですが、
    そのワクワク感そのままに書いているので
    おもしろいですよ。

  • T図書館 再読

    猪山家は加賀藩の御算用者、いわゆる経理のプロ
    天保10年7月~明治12年の5月(1842~1879年)まで37年間、幕末武士が明治士族になるまでの完璧な記録
    家計簿及び家族の所管や日記
    金融破綻 地下下落 リストラ 教育問題 利権と 収賄 報道被害などの問題に直面していた

    《感想》
    磯田先生の本はいつでも情熱が感じられ、それでいて読みやすいしわかりやすい
    こちらも夢中で読むことができる
    数字が飛び交う文章に、幕末までくると疲れてしまったが、大村益次郎や秋山真之などの有名人が登場し、時代と猪山家の変遷が見えて勉強になった

    早い段階で借金に着手したことは、先を見通す力があったと言える
    その後、武士としての使命の部分、教育関連と医療にはお金を使い、絵の鯛だったり、我慢できる部分には節約をがんばっていた
    祖父、父、子供、共に信用され、出世していったことは素晴らしいし、当然の結果だろう

    《内容》
    猪山家の借金は年収の2倍あった
    藩士の金利は15%を越えるのが普通であった(高すぎるっ!)
    理由は大名ほど信用がなく、担保が取りにくいことから高金利だった

    天保13年1842年の夏
    所持品を売り払って借金を返すと家族全員同意した
    父の信之、茶道具をあきらめる
    本人の直之、書籍、四書五経は高額で売れた
    妻、母、加賀友禅を手放す
    以後着物を買わなかった
    妻の実家から1000匁(もんめ)援助
    勤務先から500匁借用
    それでも2200匁残った借金は四割返すから無利子十年賦
    利払いの圧迫から解放され破産からよみがえった

    猪山家が貧しくなった理由
    江戸詰の負担が重い(二重生活)
    金利が高い
    勤務にあった俸禄が支払われない
    接待交際が多い(親類、町方など)
    家来と下女の人件費
    出産儀礼、成育儀礼
    葬儀(10年に1回の計算、年収の1/4)

  • 映画を見た直後に読んだ。本の方が格段におもしろく詳しい。映画での各エピソードの裏事情なども分かった。しかし映画もこの本をもとに作られたのだとすると、うまく映像化したものではあるな、とも感じた。映画での顔が頭に浮かぶので、より本がおもしろく感じられたのかもしれない。

    古文書をもとにした猪山家の天保13年から明治12年までの変転がとても分かりやすい文章で記されている。計算力で身をたてた猪山家の江戸時代末期の暮らし、また維新をはさんでの親戚士族の行く末なども、手紙によって分かるので紹介されている。家計簿なので、何を何のために買ったのか、が記されているので、今まで知ることのなかった武士の暮らしのリアルな生活の一例がわかった。

    また維新後は、計算力を買われた成之が海軍勤めになったので高い給料をもらえ猪山家の生活は安定したが、親族では武士の商売で失敗したものもあり、官吏になれたかどうかで岐路が分かれたようだ。秩禄処分が反乱もなくすんなりいったのも、士族は知行地をもらっても現地には行かず、藩から該当分の米俵を貰い、換金する方式、なので知行地への執着がなかったせいでは?と磯田氏は言っている。

    猪山家は明治12年に妻子も東京に移住するが、成之の息子3人も海軍に務め、成之は大正9年(1920)に77歳で没している。

    これが、平成13年の夏、どうして猪山家の古文書が古書店で売りに出されていたのか? 手放すにしても博物館とかに寄贈ではなかったのか? 著者の磯田氏宅に送られてきた古書店の目録でこの「金沢藩猪山家文書 入佛帳・給録証書・明治期書状他 天保~明治 一函 十五万円」があり、古書店に行くと温州みかんの段ボール箱が一つあったのである。

    成之の子供は男子3人、女子1人。男子3人とも海軍に入る。3男兵助は少尉として日露戦争に従軍するが戦死。成之の妹の子、沢崎寛猛も海軍に入り、これがなんと「シーメンス事件」(大正3年)で三井から賄賂を受け取ったとして弾叫され官界を追放される。三井物産社員吉田収吉と沢崎家は家族ぐるみの付き合いをし、その吉田が病気で寝ていた沢崎の妻の枕元に見舞いと称して函を置いて行った。開けると7000円の大金が入っていた。その後も吉田は4000円と500円の函を置く。返しに行ったが受取ってもらえない。吉田は獄で縊死体で発見される。沢崎は成之のあとを継ぐかのように海軍の武器弾薬購入を一手に引き受けていた。一方海軍の薩摩軍閥は検察の手を逃れている。

    <猪山家の家計簿からみえたこと>
    ○夫と妻の財産がきっちり分かれている。江戸時代は離婚も多い。がすぐに再婚もする。再婚時困らないように、という思惑もあった。家計簿にも「妻より借入」との記述もある。
    ○女性は結婚しても実家との結びつきが強い。
    ○直之の嫁いだ姉にもお小遣いをやっている。
    ○直之の妻の出産費用、子の通過儀礼には妻の実家でも金を出している。
    ○猪山家では俸禄支給日には家族全員にお小遣いを与えていた。おばば様90匁(うち衣類第50匁)(1匁4000円として36万)、父上様176.42匁、母上様8.匁、直之19匁、妻21匁、姉様(直之の姉ですでに嫁いでいるが)5匁、姉その2(同じく直之の姉で嫁いでいる)5匁、直之娘9匁
    ○俸禄は米で屋敷に運びこむのは食用米の8石のみで、あとは支給時に、藩の米蔵においたまま自家で売却しすべて銀にして持ち帰っている。食べる米も節約し、年末に2石を余して売った形跡があった。
    ○交際費が多い。親戚や家中とのつきあい、寺など。子供の通過儀礼、葬儀費用、出産費用など。
    ○だが親戚や家中との交際で得られる諸々の情報が生活に役立っていた。
    ○直之の子、成之は直之の兄の娘と結婚。江戸時代は従兄弟婚が多かった。猪山家の借金も親戚より借入があるなど、親戚間で窮乏を補い合っており、結婚を財政的に釣り合わせるのは生活の知恵ともいえた。

    2003.4.10発行 2003.6.5第8刷 図書館

  • いやあ、やっぱり面白いなあ

  • 世襲制が続いた江戸時代。その世襲制に終わりを告げる例外を与えたのが算用者という職種。つまりそろばん方だそうです。武士はこのような学問は下級武士が行うものとバカにしていた。しかしながら、算用方は必要ということで能力次第で登用される。ナポレオンも下級騎士出身だったため、大砲方を選んだのは、同じ事情がヨーロッパにもあったそうです。数学が世襲制を打ち砕いて近代化を進めたのは、感慨深い。

  •  古本屋で温州みかんの段ボール箱に入っていたのは、加賀藩士猪山家の37年間にわたる細密な出納帳だった。ただの家計簿ではない。「御算用者」という会社で言えば経理と資財を合わせたような職務に代々ついていた、いわば会計のプロが残した家計簿だったのだ。磯田道史『武士の家計簿』は、「国史研究史上、初めての発見」というこの貴重な史料をもとに、武士の暮らしぶりを超具体的に紹介してくれる一冊だ。
     家計簿を付け始めた当初、一家の収入は米にして五十石。1石が27万円程度として現代感覚にすると年収1350万円相当だったという。ところが借金は年収の倍もあった。武士としての体面を保つために多額の交際費が必要不可欠だったからだ。祝儀交際費の支出機会は年200回以上、額面で年収の三分の一にも上っている。明治維新によってこの「身分費用」がなくなったことは、武士にとって特権を失う以上にありがたいことだったのでは、という著者の推測も肯ける。
     さて猪山家、さすが会計のプロだけあって、いよいよクビがまわらなくなる寸前に家財の一切を売り払って借金を整理したようだ。家計簿には嫁入り道具の着物はおろか、欠けた茶碗までいくらで売ったと生々しく記録されている。その後も苦しい台所が続くが、幸いにも猪山家は親子三代にわたって計数能力に恵まれ、徐々に藩政に重用されるようになる。一介の下級武士から、藩主の家族の秘書役へ、そして家計簿三代目(猪山家としては九代目)の成之は加賀百万石の兵站を預かる立場へと出世。さらにロジスティックの腕を見込まれて新政府軍にヘッドハントされ、誕生したばかりの日本海軍のソロバンをはじくことに。明治7年の彼は現代で言えば3500万円相当の収入を得ていたそうだ。
     という具合にこの本、歴史読み物としてのトリビア的楽しみもさりながら、筆とソロバンを両手に激動の幕末を生き延びた会計一家・猪山家の成り上がりストーリーとしても格別のおもしろさ。森田芳光監督で昨年末、映画になったのも納得だ。無味乾燥な数字から無類の物語を抽出した著者の仕事に感謝したい。

  • この古文書の発見は確かに画期的で、近世武士の生活が解り、その後の時代物文学やドラマに影響を与えたのだろう

  • 面白かった。当時の士族の生活の細部が描写されていて、リアリティが感じられた。このような話を今の教育現場ですれば歴史好きな子ども達が増えそうだ。

  • 「武士は食わねど高楊枝」の秘密。

    武士がどのように家計を管理していたか、どれくらいの収入があり、どれくらいの支出があったか。時代劇を見ていてもよくわからないし、あまり考えたこともなかった。この本は、加賀藩のある武家一家の財政管理のまとまった記録を元に、江戸末期から明治にかけての武士の生活を紐解いた本である。

    そもそもきちんと記録を付けていたのが、おそらくこの記録者が算盤で職を得ていた人だからというのが面白い。計算能力は世襲じゃないし、武士の中ではあまり好まれない技能だった。でも猪山家はその力を磨き、出世の道を駆け上がり、厳しい家計をなんとかしたのだ。

    武士は儀式や付き合いにお金がかかる。でも武士であるためには欠かせない出費である。それをなんとか工面して体面を維持していた猪山家。明治維新で士族の多くが今までのやり方から抜け出せず、新たな生き方にも苦労した。猪山家は学問の力で海軍に入り収入を得る。家禄を手放すタイミングや資産運用も考えて動いている。その結果、大きな時代の変化を抜け出せている。

    社会のシステムが変わっても活かせる力。猪山家の記録からはそれが時代の大転換を生き抜くポイントになったと考えられる。AIに仕事を奪われると心配している自分たちもそのような社会システムが変わっても必要とされる力を見抜いて磨いていきたい。

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著者プロフィール

磯田道史
1970年、岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、2016年4月より国際日本文化研究センター准教授。『武士の家計簿』(新潮新書、新潮ドキュメント賞受賞)、『無私の日本人』(文春文庫)、『天災から日本史を読みなおす』(中公新書、日本エッセイストクラブ賞受賞)など著書多数。

「2022年 『日本史を暴く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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