超バカの壁 (新潮新書 (149))

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106101496

感想・レビュー・書評

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  • ◯大切なのは『先見性』より『普遍性』
    ◯オンリーワンを主張しない。
    ◯『女は実体だが、男は現象である。』→女性X。男性X+Y。本来Xのみで生きていける所に+Yなので、男性は”出来損ない”が多い。生物学的には女性の方がバランスが良いが、一方で個体としての安定性が仇となり、社会性が欠如していると判断される事も。
    ◯原則を持つ事。原則がないのはプロではない。
    ◯職業倫理を持つ事。

  • バカの壁はシリーズみたいになっていますが、どれも独立しているのでこちらだけでもお読みいただけます。

    「今回は社会に対しての自分をどう捉えるか」という話が多かったように思いました。
    例えば、自分にあう仕事ではなく、社会側から見て必要な仕事を探すべき、という主張や人間の信仰の話など。

    特に前半の仕事探しの話などは、就活生の僕にとっては自分に語りかけられているようで養老先生には頭が上がりませんでした。

  • 「続バカの壁」の方が、より具体的なので読みやすいでしょう。
    こちらでは、フラクタル理論の話が、例えとしてはわかりやすかったですね。
    また、都市化と少子化の問題について論じているところは全体的に考えさせられました。

    ・一般的には、科学的な結論というのは一義的に定まっており、正しい答えが必ずある、と考えているでしょうが、これがフラクタル理論やカオス理論によれば、答えはものさし次第であり、ものさしに応じた答えがそれぞれ複数存在している、という結論になります。

    ・科学技術が与えた錯覚では、社会システムですら「ああすればこうなる」的な科学的な論理で割り切れると言う風にどこかで思ってしまう。が、半分くらい「ああすればこうなる」をすてて考えないとうまくいかない。

    自分に当てはめますと、いろんな事象を想像して「こうなればこうなる、だから前もってこうする」を考えたりすることが多かったのですが、あんまり直接の役には立ってないんですよね。
    なんでもかんでもシミュレーションしておくのは無駄だと思うようになって、今はやらなくなったのですが、そうかといって、考えること自体が無駄なので一切考えないというのもあまりにも短絡的です。正規分布の両極端に分布するような考え方、行動は、一般人にとってはたぶん有害なんでしょう。
    「ほどほど」という感覚を大事にしていこうと思います。

    2006/07/31

  • 養老先生の、~の壁シリーズ

    解剖学を専門としてきた著者が、脳科学者の観点から様々な問題に触れています。
    超バカの壁では、これまでの著書以上に多岐の分野にわたって話がされています。ちょっと広げすぎ、と思わないことはないですが、的を外したものはないと感じましたし、なんというかもっと根底にある心得のようなものがより伝わってくる内容でした。
    職業倫理の話と、子どもと都市の問題なんかは特に興味深かったです。

    絶対的なものがない、と言い、あえてはっきりとした物言いで、「違うと思うなら塗りつぶして」という著者の思想に共感できるタイプなら、とても面白いと思います。

  • <特に印象に残ったこと>
    *相談をするときに、具体的な答を期待する人がある。それはおかしい。自分のことは自分で決めるので、相談とは、根本的には「考え方」についての疑問である。
    *○仕事というのは、社会に空いた穴です。~そのまま放っておくとみんなが転んで困るから、そこを埋めてみる。
      ~自分に合った穴が空いているはずだなんて、ふざけたことを考える孟もんじゃない
    *「秀吉の草履取り」は秀吉の頭の良さを表すためのエピソードだと思われるかもしれません。しかし、そうではありません。初めから本気でやれば、あそこまで偉くなれるという話
    *努力すれば夢はかなうという幻想も、相当に根強い
    *他人に認めてほしい。だからわざわざ主張をするのです。それは確信のなさの裏返しでしょう。自己を確立するというけれども、確立するまでもなく自己はまじめからあるのでしょう。
    *ささいなことで「それは自分らしくない」「それをやると自分ではない」
    *関西では相手のことを「自分」と言います。ここからわかるのは己と相手を同一とみているということです。
    *コルベ神父はよほど脳みその丈夫な人だったのだと思ったほうがよいでしょう。
    *日本の社会における個の単位は家から「公」と「私」の最の「私」はイコール「家」なのです。
    *大切なのは予防
    *保守の意味
    *「起こらなかったことの重要性」を知っていたように思います。
    *社会が本当に進歩するというのは、どんどん変化するのではなく日々平穏になっていくこと
    *テロというのは倫理問題~「そういうことはしちゃいけないよ」ということをしらない人たち、規制が利かない人たちがいる。それは彼らには倫理がないからです。
    *〇湾岸戦争のときに日本は莫大な金を払いました。その金のもとは血税です。~血税はがんで死にそうな人でも収入さえあれば取られます。だから、「血税」というのです。
    そこからあれだけの金を出して、それでいて「血を流してない」というのは、あまりにも単純な論法ではないでしょうか」
    *「出来損ない」というのは何も勉強ができないとかそういうことではありません。偏った人、極端な人が出来ると言ってもいいでしょう。
    *○「らしさ」を認めるということは、その対象に根本的な価値を認めているということなのです。
    *こどもの本質的価値というとたとえば無垢である
    *まともな親なら子供の存在をきちんと認めているはずです。
    *いじめは都市が作った。 対人世界、対自然世界、それぞれにプラス面とマイナス面があります。
    *大人のいじめ ~ 本人が強ければいじめられないのですが、弱いからいじめられる。その点においては火につけ込むすきを与えているのです。そういうすきがあったら、他人はいじめてくるもの。
    *○自分の筋でしが物事を理解していません。必ず「なぜ私ばかりがいろいろ言われるの」と思っていますのです。それは相手の嗜虐性、サド性を誘発する性質を自分がもっている

  • 普段はこの手の実用書はあまり読まないが、「大人のいじめ」についての記載があり、職場で似たような事象があるので興味があって手にとった。歯に衣着せぬ意見がどんどん出てきて皮膚感覚により近い感じがした。「仕事というのは社会に空いた穴です。」「原則がないのはプロではありません」などなどなるほどって思わせる。
    一元論でまわりを見えなくしてしまうことが「バカの壁」という理解で良いのかな。

  • けっこう、あたりまえ脳体操だった。けど、観念的に頭の中にあったことが具現化されたり、新しい観点を得たり、肩の荷が下りる感覚になったりしました。軽く養老孟司さんの話をきいてみようって気持ちで読んでもいい本だと思いました。

  • 養老さんの文章が好きです。バカの壁と死の壁とこれしか読んでませんが、いっきに読み進めてしまいます。

    自分も基になるものを考えて、自分のものにして行動する事ができるようになればいいなと、真剣に思いました。

  • 無気力になること、他人を干渉しないこと・・・、(ニュアンスが異なるかもしれないが)ネガティブの推奨をしているような印象を持ちましたね。

  • はじめから仕事が自分に向いてるかなんて分からない、まずは社会に空いた穴を埋めるつもりでやってみるという気持ちが大事。対照として、余計なものを作ることを地面の上に山を作ると表現していることが面白い。これは社会が必要としているかどうかという視点がないせいだと言う。

    変な子が育つのは「ああすればこうする」式の育て方をされたからだと思った。社会がそうなのはどうしようもないので、家族くらいは子どもを自然だと思って辛抱強く付き合ってあげるべきだろう。

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著者プロフィール

解剖学者

「2019年 『世間とズレながら、生きていく。(仮)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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