「法令遵守」が日本を滅ぼす (新潮新書)

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  • 新潮社
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レビュー : 65
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106101977

感想・レビュー・書評

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  • コンプライアンスとは、「法令遵守」ではなく「組織が社外的要請に適応すること」。これだ。

  • ルールや法律が目的とズレが生じると形骸化されたり、法律の抜け穴になり法律は守ってるけど社会の要請に応えられてない事は世の中にも普段の仕事でもよくある。
    法律は守らないといけないが、守る為のルールに生産性を感じない。

  • 本書のテーマはコンプライアンスである。90年代の末か国家公務員倫理法制定により、官僚の実社会との隔絶が広がり、法令を遵守するだけでは、社会的要請に応えられなくなって来ているという問題意識が存在する。

    例えば、談合について、高度経済成長期には社会的要請としての富の再配分としてのシステムが存在しており、雇用の確保、中小企業を通した地域振興、天下りの受け皿、技術革新などの多面的役割があった。刑法の談合規定も適用されず、談合は公然化していた。しかし、低成長時代、弊害が多く出始めたので会社法上の規定と公正取独禁法の見直しにより、談合に課徴金を課し、談合コストを高める事で談合=犯罪のイメージは定着した。90年代以降の規制緩和の流れの中で、一方で競争システムを助長する事で、消費者の利益に資する反面、受注実績に制限を掛けなければ安全、良質という社会的要請には応えられない。談合を巡る問題で、結果的に談合は「不正の温床」というイメージは出来たが、なぜ談合が必要とされていたのか社会的実態を問う事をしなかったため、談合=悪論が目的化し、手抜き工事や有望ななどの問題が出始めている。

    上記のように、時代とともに法令と社会的要請にはズレが生じ、拡大して来ている。法令遵守する事がメディアや規制緩和の事後チェック型の流れで求められるが、社会の要請に基づかなければ法律だけ守っても問題の解決にはならない。そこで法と実態社会のギャップの拡大を食い止める為に、どうすれば良いかは述べられていない。ただ、おそらく法令が完全に社会の要請に応える事は困難であろう。筆者はコンプライアンスを「組織が社会的要請に適応すること」と定義し、組織が法の趣旨に照らし社会的要請に応えるための組織改革が必要だと言う。ただ、当たり前の事のようにも思え、多くの企業が生き残るべく実施しているのではないかとも思える。むしろ、官僚という組織について知りたいので、他の書にあたろうと思う。

  • ちょっと難しかった。
    法令を守るために不正を行うのでは、本末転倒ではないかと思う。

  • 法律を守るだけじゃなくてもっと能動的に考えようといった話。

    法律は相互に絡み合っていて、経済法をやるには色々な法律の理解が必要とのこと。
    検察官の方の本。

  • 目を引くキャッチーなたいとるだけど、要は「コンプライアンス=法令遵守」ではなく「コンプライアンス=社会的要請への適応」であり、法令だけまもっていても、その法令の背後である社会的要請に応えなければコンプライアンス違反のそしりは免れないということ。

    1,2章はちょっとこじつけな感じがするけど、3~5章は社会人として読んでおいたほうがよい。

  • レビューはブログにて。
    http://d.hatena.ne.jp/redeel/20090530/1243704440

  • インターンに向けてさくっと読了。
    法令遵守じゃなくてコンプライアンス!
    ホリエモンや村上ファンド、姉歯さんとか取り上げてて分かりやすい。

    眼をもつ組織に!

  •  なんかあると審査、検査を強化しよう、となる。また間接業務が増える。いまに間接業務だけになってしまうのではないだろうか?著者の言われるとおり「日本の建築物の安全性を支えてきた」のは「会社の信用と技術者の倫理」(p.80)なんですよね。文系の間接業務じゃない。

     まあそうはいっても信用だの倫理というのは文明だから、なかなか一朝一夕には対策が取れない。そこで、本書も背後にある社会の要請ってものをよく考えろ、というメッセージになっている。「常識が大事だよ、常識が…」というわけだ。著者は「本来、人間が持っているはずのセンシティビティ」(p.103)という表現をされている。まあ要するに、よく考えろよ、ということなんですね。だけどよく考えても報われないんだよね。それでも考えろ、と。そういうわけだ。

     読みどころはやはり実例が書いてあるところ。バカヤローという表現はとっていないが、困ったことがありますよ、という実例を使った文脈が面白いです。

     専門家のバカヤローという文脈がある。法律家ってのは生活にはたいして役にもたたない。そういう専門家だから、面倒なことは法律家に丸投げしていた。それでよかったし、法律家も少ないから偉かった、重宝された、というわけだ。win-winですね。著者は「巫女のようなもの」(p.130)だったとしておられます。

    縦割りのバカヤローという文脈もある。法律は個々にあるけれども、背後の価値観ってのはつながっているんだから、「タコツボの中に入ってでてきません」(p.138)というのは困りますよ、というわけだ。例えば企業法にしたって「企業に関する法全体を体系化して『面』でとらえるということ」(p.139)が大事とのこと。その通りですね。専門家ってのはその専門のオブジェクトのほうをキーに考えるんだよな。それをあてはめる相手の側の体系にあてはめないんだよなあ、と思いました。このくだりは賛同しました。しかし、面で捉えるには実体経済に近づかなければならないですよね。そこがイヤなんでしょうね。専門家の人は。そもそも実体経済がイヤだから専門家になった人が多いんじゃないのか?これは私の邪推。

     すぐ間接業務に持ち込むっていうところで、法令遵守ってのも、これもまた、わが国を覆う文系の禍いの一つだな、と解釈しました。

  • 新潮社
    郷原 信郎


    むずかしかったなーw
    普段新聞を読まない俺にとってはねw


    物事には多面性があって、
    ありき論や、善悪とか正誤とか、それだけで考えるのは幼いことですよー。

    っていいたいんだと思う笑

著者プロフィール

郷原 信郎(ゴウハラ ノブオ)
郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表
1977年東京大学理学部卒業。83年検事任官、公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、法務省法務総合研究所研究官、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官兼教官などを経て、05年桐蔭横浜大学法科大学院教授、06年弁護士登録、08年郷原総合法律事務所(現・郷原総合コンプライアンス法律事務所)開設。09年名城大学教授。2012年関西大学特任教授。
『青年市長は司法の闇と闘った』(KADOKAWA、2017年)、『告発の正義』(ちくま新書、2015年)、『検察崩壊~失われた正義』(毎日新聞社、2012年)、『第三者委員会は企業を変えられるか~九州電力「やらせメール」問題の深層』(毎日新聞社、2012年)、『組織の思考が止まるとき~「法令遵守」から「ルールの創造」へ』(毎日新聞社、2011年)、『特捜検察の終焉』(飛鳥新社、2010年)、『検察が危ない』(ベスト新書、2010年)ほか著書多数。

「2019年 『初級 ビジネスコンプライアンス 第2版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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