日本辺境論 (新潮新書)

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  • 新潮社
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本棚登録 : 4891
レビュー : 611
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106103360

感想・レビュー・書評

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  • 内田樹さんの本に出会えて本当に良かったと思う。

    読み進める度に、話が心に沁みる

    完全にロジカルというわけでもないし、大風呂敷を広げまくっているところがあるのは分かっている。でも、何故か言っていることが、腑に落ちるというか、「あーなるほどなあ」と感嘆と発見がそこにはあるのだ。

    理解できていない部分もあるし、また読んだら感想も新しくなると思う。素敵な本でした。

    <中身かいつまみ>
    1 日本の辺境性
    日本の本質的な性質に、「辺境性」があるというのが主旨である。
    コレをかみくだくと、ココではない何処かに、素晴らしいものがあるという想いである。
    確かに、日本は世界比較が好きだし、中国・アメリカ・ヨーロッパなどがなんか凄いって思ってるところはあると思う。凄い納得がいく。そしてその性質は地政学的にも長期で身についたため、空気のようになっておりナカナカ取り除くことは難しい。
    一方アメリカや、中国などは、自身は〇〇であるなどの自身の存在理由や流儀に中心がある民族である。

    2 辺境性の学び
    辺境性は、別に悪いことばかりではない。(どんな性質にもメリットデメリットの両面がある)
    際たるものに、辺境の学びの効率の良さが挙げられる。
    辺境性を持ってるが故に意欲的に様々な文化を取り入れることが出来る。
    ただ、それだけではなくこの辺境性は、師の教え以上のことを学ぶということも可能にする。これは、日本人が得意、特徴とする学びの形である。学ぶものをその全貌がみえる前に学ぶべきだと嗅ぎ分け、そして師と認めることで、師の言葉以上のことを学ぶ。例えば禅問答などはその一例。師は語らないが、弟子は勝手に師が語り、持っている以上のことを師から学ぶ。
    このような学びの構造は大変効率的かつ日本人特有である。

    3 辺境性と日本人文化思想と文字
    辺境性が生み出した日本文化や哲学は色々ある。(哲学の部分も紹介されてたが語れるほどはよく分からなかった。笑) 1つ日本文化と辺境性に大きく関わっているものに日本文字というものがある。
    漢字を真名、ひらがなを仮名としている部分も明らかに辺境性の結果である。それだけなく、表音文字と表意文字をハイブリッドで使っている極めて珍しい言語である。この図と音を同時並行に処理するという文化が、日本の世界に誇れるマンガ文化を醸成してきた理由とも捉えることができる

    (4 おまけ 時間の相対性)
    本論ではないが、時間の体感はそれまでに過ごした時間に反比例するというのが面白かった。
    (例えると一歳の時の1年を1とすると、50歳の時の1年は、0.02になる。)
    これは確かにそんな気がする。ただ、真剣白刃取りの時などは、一瞬が引き延ばされる。だからこそ白刃が取れる。これはその瞬間に新しい自己が生まれているからというのである。なるほど面白い。逆に体感人生を長くするためには色々新しいことやらなきゃと思った。


    面白いので是非読んでみてください。m(- -)m

  • 構造主義的知見に基づき、地政学を念頭に置いた日本人論を展開する本。

    後の著作に見られる、「師匠と弟子」論の原型が見られたことが興味深い。日本が辺境であるが故に、日本人は師匠なるものにオープンマインドになることができ、学びの効率を極限まで高めてこられた、という主張は後の著作でも一貫している。

  • この本もまた2回目。1回目よりはすうすうと読めた。読んでいると、書かれている1つの文章や言葉をきっかけに、自分の頭の中でいろんな想いが花火のように湧き上がってきてページがなかなか進まない。その割りに想い浮かんだことは、すぐに消えてしまって、後から思い出そうとしても思い出せない。その時思い浮かんだことを瞬間的に切り取る技術ってできないのかしら?本当に一瞬で消えていくのよねぇ・・・。まっ、いっか(ローラ風)。日本人である自分ということについて、考えようっと。

  • 日本文化とは何か、日本人とはどういう集団なのかについて書かれた本。

    日本人は自国について他国との比較でしか語れない。他の国がそうしてるから、といったものの見方しかできない。それは、そもそも日本列島の民族意識、政治意識が中華(中国)と対をなす辺境民としての自意識から出発したからである。アメリカのように、国の成り立ちとしてのアイデンティティがないのである。この地理的必然から生まれたある種の劣等感はいつでもいつまでも日本を支配している。日本は、国内外に数多の被害をもたらした戦争ですら、自発的な意志や理念なく行った。他の列強がそうしてたからといって。日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮してきた。またその一方で、先行者の立場から他国を領導することが問題になると思考停止に陥ってしまう。これはまさしく今の国際社会での日本の微妙な立ち位置を表している。
    しかし、日本人の辺境的民族性は悪いところばかりではない。「学ぶこと」に関して、その高い開放性が効率のよさをもたらした。目的を持ち、見返りを求めて学ぶのではなく、見るものすべてから学ぶという姿勢が資源の限られた日本では発達した。この「学ぶ力」こそが日本最大の国力であった。

    日本人論云々のところよりも、学ぶことについて論じていた章が強く印象に残った。日本人がもともと持っていた「学ぶことに関する有用性を先駆的に確信する力」がこの先の時代においてとても大切だと思う。
    学ぶことに関していちいち意味を考えてしまう冷めた大学生にこそ読んでもらいたい一冊。

    • hayashi401さん
      だいさん

      例えば大学の講義などで、「これを学ぶことに意味はあるのだろうか」と、学ぶことによるはっきりとした見返りを考えてしまうことです。
      ...
      だいさん

      例えば大学の講義などで、「これを学ぶことに意味はあるのだろうか」と、学ぶことによるはっきりとした見返りを考えてしまうことです。
      こう考えてしまうと、自ずと学びから得られるものはその見返り(目的)に限られてしまいます。
      大事なのはどんなことからも学ぶ姿勢であり、その態度です。

      古来から日本人はどんなことからも学ぶ姿勢を自然と有していました。その代表例が武道などにみられる師弟制度です。弟子は師匠から事前説明を受けることなく、その動きを見て学んできました。このとき、師匠の行い全てが教科書となり、師匠の意図しない動きからも何かしらを得ることができます。
      しかし、今では大学にはシラバスがあり、講義の目的を事前にはっきりとさせてしまう。これでは、学ぶことが限られ、知的ブレークスルーが起きない。このような姿勢が昨今の日本人の学力低下につながっています。

      昔の大学生と比較はできませんが、大学の講義を、自分の進路と関係のあること以外は無用だと考えてしまう学生が多いと思います。
      そういう学生にとって、学ぶことについてもう一度考えるいいきっかけを与えてくれる本だと思いました。
      2012/12/10
    • だいさん
      hayashi401さん
      どうもありがとう。参考になりました。
      (このレビュー)
      学生に限らず、多くの人のキッカケになるといいですね!...
      hayashi401さん
      どうもありがとう。参考になりました。
      (このレビュー)
      学生に限らず、多くの人のキッカケになるといいですね!良かったですよ!

      私は、「学ぶこと」についても“好い加減”が必要だと思ってます。
      2012/12/10
    • hayashi401さん
      だいさん

      はい。ありがとうございます。
      お互いどんどん学んでいきましょう。
      だいさん

      はい。ありがとうございます。
      お互いどんどん学んでいきましょう。
      2012/12/10
  • ダヴィンチで橋口さん、内田さん、名越さんで対談やっているのをいつも読んでた→西靖さんとやってる辺境ラジオを聞いた→内田さん著作 の流れ。

    新書などでよくみる〜論って、面白そうだけど難しそうでもあってどうも敬遠していた。内田さんのこの本はラジオの延長のようで、ほとんど口語にちかくて、カッコ書きでわかりやすく言い換えたりしてくれていて、するっと理解することができた。
    よみやすい上にぷっと吹き出すこともしばしば。
    今回図書館でかりたんだけど古本屋でみつけたら買おうw
    本にそのままライン引きたいくらいだわ。

    本は返さなきゃいけないのでとりあえずノートに抜き書きしておいたんだけど、こういう本読んだ後、学んだことをメモしておくにはどんな方法が良いのかな…
    私読んだ時すっごい感動して理解し…たつもりになっても、数年たつと忘れちゃうんだよ。
    「あの時あの先生があの本であんなことを書いていた」とか、するっと思い出せるようになりたいなぁ。

    日本が東の辺境のすみっこに位置する国で、常にその「田舎っぷり」を武器に(無意識にも)している。
    コトバについての話はとても面白かったな。漢字とかな(+カタカナ)を使い分ける器用さ。
    明確に教わったわけでもないのに、なぜか武士でない層にまで浸透していた武士道(日本人の道徳的美学)のこと。
    意味もなく国歌=国粋主義みたいなイメージがあったが国歌は戦後設定されたものだということ。

    無知な私が日本のなりたちや歴史について少しでも理解を広げるすっごくいい機会になった。これ読んだ後家にある日本史の事典を引っ張りだして読み始めた笑

    優柔不断とか、何考えているかわからないとか、いろいろ言われる日本人だけど、私は心底、日本人でよかったとおもっている。
    短所としてとらえるのではなく、長所をのばす、短所を長所にかえていけばいいだけの話じゃないのか。

  • 内田樹さんはおもしろすぎるから、最近はあまり読まないようにしています。

  • 自分および周囲の人間に対して、どこか「矛盾」というか疑問のようなものを感じていた。

    それをこの本が指し示してくれたようにおもう。

    日本辺境人は
    「自分が何を欲望しているのかを、他者の欲望を模倣することでしか知ることができない」
    と、タツルは堂々と言ってのけた。

    自分たちは世界の中心ではなく端にいる。
    自分の中にもともとあるものを「資産」と思わず、「資産」は「外から来たもの」に限定される、という潜在的な思考。

    そしてそれは日本固有の考えであると。

    この構造を、わたしたち日本人たちはうっすらと感じとってはいたが、様々な哲学、宗教、地理上の問題、歴史等を全てふまえて語ることは「超複雑」なので不可能だと勝手に思っていた。
    しかしタツルは、丸山眞男から岸田秀、ハイデガーからヘーゲルといった先人たちのエッセンスを引用して解説してくれた。とても分かりやすく。

    ここには何も「新しいこと」は書かれていないのかもしれない。
    しかし、「先人たちのエッセンスを抽出する」という偉業を成し遂げた内田樹氏をすばらしいと思うし、これからも応援して行きたいと素直に思える一冊だった。

  • ★4.5.

    買う前は東アジア論的な本だと思っていたが、読んでびっくり。

    日本辺境の話ではなく、

    日本=辺境、日本人=辺境人 という話。

    えーと、これって日本は中国の一部ですよ、って言ってるように聞こえるんだけどどうなの?という箇所もあるから反中思想がある人は序盤嫌悪感を持つかもしれません。でも、我慢して読んでみて下さい。著者は全然及び腰な感じだから笑

    断言します。

    「日本人ってどんな人間なのか?」「日本人のナショナル・アイデンティティーとは?」という問いが浮かんだとき、これは絶対必読です!

    自分が生まれた国は、辺境なのだという意識を頭の隅にでも置いておいたら、なんか生き方変わる気がします!自分を知った気がする!

    あと日の丸の意味すら分かってなかった自分に情けなくなったりします笑(あ、これに関しても国民的合意はないなぁ)

    日記にも書いたけど、後半の部分は『バガボンド』ファンにはたまりません!




    最高にしびれた名言を一つだけ。


    ”日本人が国益を損なっても守らなければならないものがあるとすれば、それはひとつしかありません。それは日本です。”

  • きっとこれ以上の日本人論はない。昨今の日本国、日本人をとりまく、やるせなさが腑に落ちる。なんども読み返したい恐るべき新書。

  •  年末年始にかけて。

     なんとなく色んな本を読んでいて、
     (あれ、この展開に既視感覚えるぞ?)と思い、
     たくさん読んでいるにもかかわらず、似たようなことを堂々巡りしている感じがしてしまうこと。

     これってきっと、「日本人とは何か」を姿かたちを替えて幾度となく自分に、日本社会に問い給う人たちの作品を読んでいたんじゃないかと思う。




     知識が上滑りしていく感覚。
     何も深まらないような気がしてしまう感覚。
     そこから抜け出したいと願うが何か抗えないものを感じてしまう感覚。


     私がやはり「日本人」だからなのだろうか。

     辺境魂故の利点を生かしつつ、
     どうしようもない血肉化してる「行為のパターン」から生まれる悪しき点に抗ってみるのならば、

     私はこの本を最後に、「上滑りしていく感覚のない本」を意識して選ぶようにしなくちゃならんだろう。

     それはどんな本かって言ったら、ちょいと昔の本であり、今までお目にかかったことのない分野の本であり、海外の本であったりするのかもしれない。

     「上滑りしていくような本」は、「読んでいて頭がすっきりするような気がする本」であり、「何だか安心する本」なのは当然なのだ。


     「私も同じ気持ちよ!」って気分が味わえるのだから。
     
     そんな本、もういいか。なんてこの本読んで思ったり。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「似たようなことを堂々巡りしている」
      だって、そうでないと足元が覚束無いでしょ?泥濘に立つ時はね(偉そうにスミマセン)。
      「似たようなことを堂々巡りしている」
      だって、そうでないと足元が覚束無いでしょ?泥濘に立つ時はね(偉そうにスミマセン)。
      2012/10/23
    • noireさん
      nyancomaruさん>コメント、ありがとうございます。…偉そうではないです、だから平気です。ですが自分の書いた感想への無責任さに呆れてま...
      nyancomaruさん>コメント、ありがとうございます。…偉そうではないです、だから平気です。ですが自分の書いた感想への無責任さに呆れてます。こんなこと、自分書いてたのか…とw
       コメントの言葉、察しかねるところも多く申し訳ないですが、「本を読む目的」をどう自分自身で捉えているか、によって「堂々巡り」の受け止め方が変わってくるのかもしれません。
       足元の覚束なさ、うーん。確固たるものへの疑いや、揺らぎや、自分を疑うものに出会うために、本を読みたいと考える自分がいます。とんちんかんな返答だったら、ごめんなさい。
      2012/10/23
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「自分を疑うものに出会うために」
      安心したい自分と、驚かされるコトを欲している自分が居て、背伸びしても足が届かない本の海に溺れかかっています...
      「自分を疑うものに出会うために」
      安心したい自分と、驚かされるコトを欲している自分が居て、背伸びしても足が届かない本の海に溺れかかっています。。。
      「とんちんかんな返答だったら」
      いえいえ、トンチンカンなのは私の方ですから。
      2012/10/31

著者プロフィール

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。道場兼能舞台兼私塾「凱風館」館長。神戸女学院大学名誉教授。翻訳家。専門はフランス現代思想史。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ブログ『内田樹の研究室』。



「2019年 『そのうちなんとかなるだろう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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