人間の器量 (新潮新書 340)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (191ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106103407

作品紹介・あらすじ

優れた人はいる。感じのいい人もいる。しかし、善悪、良否の敷居を超える、全人的な魅力、迫力、実力を備えた人がいない。戦後、日本人は勉強のできる人、平和を愛する人は育てようとしてきたが、人格を陶冶し、心魂を鍛える事を怠ってきた。なぜ日本人はかくも小粒になったのか-。その理由と本質に迫ることこそが、日本人が忘れたものを再認識させ、人生を豊かにしてくれるのである。

感想・レビュー・書評

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  • 器量が育つ時代から自ら育つ必要があるということか。
    お金にとらわれない、人の評価にとらわれない生き方。
    毎日を充実して過ごす。誰もが長短あれど、死んで終わり。思い残すことが無いようにするために、器量を育てる。今の現在があるのは先人のおかげ、歴史を知り当たり前の尊さを知る。今を戦うことで、未来の人に当たり前を届ける。人を育てながら、自分も育つ。細分化で専門を極めると小粒になる、でも現代は専門化が進んでいる。ならばいくつもの専門性を身に付け、仕事や立場を離れたことも大事ということ。

    最初はしんどいが、読み返すと味が出てくる。

  • 戦前と戦後で人材教育の何が違うのか。筆者は江戸時代をも評価し、明治維新、列強入りは人物がいたからだと、大隈重信、西郷隆盛らを例に挙げながら説明を試みる。薩摩藩士が島津公と狩に出かけた話。ある藩士が号令前に銃声を上げてしまい、獲物が一斉に逃げた。切腹ものだと島津公。それを聞いた薩摩藩士は一斉に銃声を上げる。切腹を怖がると思われるのは屈辱と。

    命を賭す覚悟、そうした幼少教育の有無。いつからか、戦後の我々の在り方は、人との横並びに安心し、踏み固められたレールや、その逆張りのパターンを見ながら、自らの大成や利益を上げることが成功であるかのような価値観にシフトしてしまったようだ。そうではなく、どうせ死ぬもの。人生は死をいかにプロデュースするか、大事を成す事に情熱を傾けねば、戦前のような人物は得られまい。どちらが良いとは単純には言い難いが。

  • 人間の器が大きい、とはどうゆうことか。近現代の先人たちの立ち振舞いを交えて、ポンポンと軽妙な語り口の面白い一冊。

    「貧しくなることも富むことも煩わしい」現在の日本人の中からは、なるほど「人物」と呼べる人物は出てこないわけだ。

    考えさせられます。オススメ。

  • 器とは何なのかを考えるきっかけには良いと思います。
    ただ、帯の宣伝文句に踊らされると拍子抜けかもしれません。
    最近は明治時代に興味をもちつつあるので、その頃の器量の大きかった人物伝は興味深かったです。
    (2010.3.21)

  • 要約

    ▽筆者の主張
    –人を測る物差しが乏しくなっている世間
    –複眼で見なければ分からないのが人間なのに
    –でも器は大きくできるモノだから学ぼう
    ▽器量とは何か?
    –人の微妙さを測る為に古の人が生み出した言葉
    –全てを包み込む風呂敷のような言葉
    –厳しい体験から己の良し悪しを探し続けるモノ
    ▽どのように器量を問うか?
    –人を見る事は自分の器を測る事。即ち人を見る事
    –仕事の経験。小さい仕事は小さい人間を作る
    –仕事の捉え方。世間の専門化が進めば小粒になる

    本編では、
    ▽why?戦後なぜ日本人は小粒になったのか
    ▽what?戦前先達の器量に学ぶ
    ▽how?器量を大きくする五つの道

    という事が様々な歴史上の人物を例に書かれています。自分ならどうするか?と考えながら読み進められる。

    器量を大きくする五つの道を私なりの再解釈をするのであれば以下の通り。

    –修行をする→逆境を見据え備える
    –山っ気を持つ→楽観的にとりあえずやってみる
    –ゆっくり進む→孤独に耐える
    –何ももたない→自分の頭で考える
    –身を捧げる→志高く

  • 思索
    自己啓発

  • <blockquote>結局、気にかける人、心を配る人の量が、その人の器量なのだと思います。自分の事しか考えられない人は、いくら権力があり、富があっても器はないに等しい。死を前にして最後の最後まで未練にしがみつかなければならない。</blockquote>

  • 器量の大きい人間について書いた一冊。

    主に明治以降の人物についてだが、あまりよく知らない人物もいて非常に興味深かった。

  • 本の紹介にあるが、戦後、日本人は勉強のできる人、平和を愛する人は育てようとしてきたが、人格を陶治し、心魂を鍛える事を怠ってきた。
    なぜ日本人はかくも小粒になったのか――。
    その理由と本質に迫ることこそが、日本人が忘れたものを再認識させ、人生を豊かにしてくれるのである。
    ということで、内容であるが、
    序章 器量を問う事
     人物観の平板さは、自らを縛りかねない
     人を見る事は、自分の器を図る事
     器は何歳になっても大きくできる
    第1章 なぜ日本人はかくも小粒になったのか
     戦後、わが国は人物を育てようとしてきたか
     戦死に対する覚悟がいらなくなった
     貧困と病苦に対する怯えがなくなった
    第2章 先達の器量に学ぶ
     西郷隆盛の無私
     横井小楠の豹変
     伊藤博文の周到
     原敬の反骨
     松永安左衛門の強欲
     山本周五郎の背水
     田中角栄の人知
    第3章 器量を大きくする五つの道
     1.修行をする
     2.山っ気をもつ
     3.ゆっくり進む
     4.何ももたない
     5.身をささげる
    終章 今の時代、なぜ器量が必要なのか

    著者の感覚(予断と偏見?)で器量のことが書かれています。選ばれた人物描写もその延長線で。
    でも、人の見方はそれでいいのであって、それでこそ愉快な人生が過ごせるのであります。
    こんな引用もありました
    大物だといはれる人は純粋ではない。
     純粋な人は粒が小さくて、大きな舞台には立たされぬ
      森 銑三

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著者プロフィール

1960年、東京都生まれ。批評家。慶應義塾大学名誉教授。『日本の家郷』で三島賞、『甘美な人生』で平林たい子賞、『地ひらく――石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。

「2023年 『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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