タモリ論 (新潮新書)

  • 新潮社 (2013年7月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784106105272

みんなの感想まとめ

笑いの本質とその魅力を深く掘り下げた一冊で、著者はタモリやお笑いの世界に対する独自の視点を展開しています。特に、「笑っていいとも!」という長寿番組を通じて、タモリの影響力やその背後にある人間ドラマを描...

感想・レビュー・書評

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  • 「笑いについて知るものは賢者だが、笑いについて語るものは馬鹿だ」

    「タモリとお笑いへの思いを一冊にまとめる。そのためなら、僕は喜んで、馬鹿になろうと思います」
    (「はじめに」より)

    ここまで言い切る著者があえて、タモリについて、お笑いについて語る一書。

    よくぞここまで書き抜いた。

    著者の当事者に対する距離感と、愛の深さから生まれる論考の数々に目からウロコが落ちまくる。

    昭和から平成を駆け抜けた究極の長寿番組「笑っていいとも!」の真骨頂について。

    「私も、あなたの数多くの作品のひとつです」--恩師・赤塚不二夫の葬儀での伝説の弔辞。

    「世界のキタノ」ビートたけしの原点は、無名の青年時代の師匠・深見千三郎。
    プロレスラーに例えれば「華麗なる盗人」(古舘伊知郎)と呼ばれたハルク・ホーガンだ。
    憧れを自分の中に取り込み、昇華させていったから。

    「さんまさんはよく言っていた。俺はひとを笑わせるために生きてきた」ーーどんなに悲しみ背負っていても笑いを作り続けた明石家さんまは、プロレスラーでいえば武藤敬司。
    それは、どんなに強くても総合格闘技には行かなかった。

    著者はこの本を読み感動した女性から告白され、結婚にまで至ったという(エッセイ集「大江千里と渡辺美里って結婚するんだとばかり思ってた」より)。

    まさに、人生の節目に「いいとも」があり、「タモリ」がいた。

    だが、その人生を節目をたぐり寄せたのは著者自身の力だ。

    「人間のすることで、他の動物にはできないことがふたつあります。それは、笑うことと、祈ることです」(「おわりに」より)

    批判されることを覚悟で、愛するものを語り抜いた、著者の覚悟が素晴らしい。

    渾身の一書。

  • タモリの1ファンである。この著者はうまく表現していると思う。タモリの人生を追うと、人生って何をきっかけに大きく変わるか分からないとつくづく思う。

  • まぁ、タモリ論ではありませんよね。笑
    でも、こういうゆるさはすごく落ち着きます。評価の割にはぜんぜん嫌いにならない本。

  • 結構前の本なので本の中ではまだ笑っていいともがやっています。この1年後にいいともが終わる訳ですが、今年まさかタモリ倶楽部まで終わるとは、というのが未来人としての僕の心境です。
    というか全くタモリを論じていないし、何の情報も無い文字通り薄い本です。
    タモリ論ではなくていいとも論であればまあまあ許しますが、タモリの真価はどう考えてもタモリ俱楽部とブラタモリじゃないでしょうか。とてもとても残念な本です。期待外れもいい所です。

  • イマイチかな。タモリ本人の生い立ちや考察よりも、『いいとも』や、たけし、さんまといった周辺のことへの記述が多い。とはいえタモリ本人の記述もあるのでそれはそれで楽しめた。

  • 「お笑い」の地位向上を果たしたビッグ3、ビートたけし・明石家さんまとの対比/ユーモア作家はペシミスト、芸人も/師匠を持たない。生みの親は赤塚不二夫。師匠がいれば党派ができ政治が生じる/「笑っていいとも」は見終わって何も残さないという、歌舞伎と同種のエンタテインメント。彼が勝てなかったのは、地上波の凋落/即時性、素人参加、ヤラセと看破されない下準備/対称的に、政治を揶揄する爆笑問題/ブラタモリは、司馬遼太郎『街道をゆく』以上に「国民コンセンサス」の基礎となりうる。日本列島の先史時代地質学的背景、に国民性の鍵

  • 昔、アルタでバイトしてた時一回も見られなかったけどその凄さは雰囲気だけでも感じていました。露出が高くなってきた最初の頃まだ本当にエガちゃん的なキワモノという感じがあったのが、どんどん変わって行った。それに抵抗しなかったタモリさんがすごいなと思う。

  • これも感想が難しい。

    お笑いビッグ3との比較(特に、たけしの映画論)などを
    行わずにタモリ一本にしぼって考察したほうが、面白かった
    のではと思います。
    タモリの過去の著作をもっとふんだんに利用した内容を
    期待した。
    そういう意味でいうと、タモリを知るならば雑誌ケトルの
    タモリ特集のほうが、より参考になった。

    タモリ論、というよりも樋口さんのお笑い論、という感じか。

    あ、この読後感、いいともを見終わったような、満足も不満足も
    しないあの感じだ。

  • 本書の帯ではないですが、「やっぱり凄い!」。タモリって凄いです。その魅力を独自の視点で、しかも新書1冊にまとめた著者の手腕も凄い。いや、面白かったです。それは恐らく私が著者と同世代だということもあるでしょう。いちいち共感しました。
    タモリといえば、「BIG3」の一人ですが、たけし、さんまと比べ派手さがないゆえ、私の中では長らく格下でした。でも、自分が年を取るのに従って、タモリの良さがだんだん分かってくるのですね。滋味とでもいうのでしょうか。
    著者は、タモリを評して「絶望大王」と喝破します。すべてに絶望している。そうでなければ30年間も昼の帯で「笑っていいとも!」を続けられるわけがありません。テレフォンショッキングに素人の男が乱入してタモリの隣に座るという珍事もありましたが、タモリは慌てず騒がず平然と対応しました(私は見ていません)。タモリの絶望の深さを証明するエピソードかもしれません。
    でも、たけし、さんまがお笑いの世界で「神」と崇められる存在であるのに対して、タモリは長年、テレビの第一線で活躍するスーパースターであるにも関わらず、ほとんど評論の対象にすらなっていません。そこにタモリの凄さが存するのだと思います。
    「タモリは『笑い』という難題を、表面上は容易く見せつつ敢行する」(P11)。本当にその通りではないでしょうか(ちなみに、著者はさんまこそ「真の絶望大王」だとも)。
    私のレビューですから私の個人的な思い出も書きます。私は父が漫才好きだったこともあり、小学生の頃に漫才にハマりました。大のお気に入りはツービート。マシンガンのようなたけしのトークには毎回陶然となりました。小5の時にツービートの漫才のネタ本を買い、以後、大学時代まで友人との会話で利用していたのを覚えています(本書ではたけしの「パクリ」についても詳述していますので好きな方は必見です)。
    高校に入ってからはダウンタウンの松本人志が「神」でした。周りにも何人かいましたが、自分も松本を気取って他人のあざとい受け狙いにはニヤリともせず、ここぞという時に切れ味の鋭いボケをかますということに日々精進していました(その多くは失敗しました)。
    俺ほどお笑いを理解している者はいないと、甚だしい勘違いをしていた時期もあり、同好の士と口角泡を飛ばしてお笑いについて議論したことも数知れず。今、考えると汗顔の至りです。
    著者は「人を笑わせること」を、世界の七芸術(建築、彫刻、絵画、音楽、詩、演劇、そして映画)と比較して「いちばん難しい」(激しく同意!)としたうえで、次のように述べます。
    「そんな、『人類最困難のジャンル』に日々挑んでいる芸人を、『俺はお笑いにうるさいよ』とばかり、エラそうに語っている人たちが、僕にはカッコ悪く見えて仕方がないのです」(P17)
    昔の自分が恥ずかしい…。
    話があちこち飛んですみません。タモリの「生みの親」である赤塚不二夫の葬儀で、タモリが読んだ弔事が全文掲載されていますが、あらためて感銘を受けました。何度も読み返したい、言葉の正確な意味で「名文」だと思います。
    本筋ではないかもしれませんが、私には次の個所がとても深く心に残りました。
    「私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです」(P31)
    「感謝」の言葉が巷に溢れ返る昨今、なんと奥の深い言葉でしょう。本当に大切な人には、「ありがとう」を伝えられないものなのです。他人行儀になるのが嫌だから。
    そういえば、千原ジュニアが交通事故で入院していた時、仲間の芸人が次から次へと見舞いに来るにも関わらず、誰ひとりとして見舞いの言葉を述べないばかりか、病人に対しては一般的に不謹慎とされるようなことを言ったりしたというエピソードを、千原ジュニア本人が面白おかしく語っていたのを見たことがあります。私はそういう関係性を心底羨ましいと思いました。
    そうだ。談志もライバルの志ん朝が死んだ時に「いい時に死んだんじゃないのかな」と言ったのでした。聞く人が聞けば酷い言い方ですが、その背後にある志ん朝への親愛の情が確かに感じられ、感動したものです。私が芸人に対して強い憧れを抱くのは、こういうところにもあるのですね。
    タモリからかなり離れてしまいました。
    さて、「笑っていいとも!」が終了します。その報に初めて接した時、「え、なぜ?」という思いと、「そりゃそうだよな」という思いが交錯しました。マンネリ化を指摘する報道もありましたが、本書を読んで分かったのは、その指摘は筋違いだということです。
    私も大好きな吉田修一さんの「パレード」(吉田作品の中では私のベスト!)から、「笑っていいとも!」について書かれた個所を引用して、長くなりましたが筆を置きます(ちなみに本書でも引用されている個所です)。
    「『笑っていいとも!』ってやっぱりすごいと私は思う。一時間も見ていたのに、テレビを消した途端、誰が何を喋り、何をやっていたのか、まったく思い出せなくなってしまう。『実にならない』っていうのは、きっとこういうことなんだ」(幻冬舎文庫、P68)

  • タモリが好きだから読んでみました。

    今書かれたらまた読みたい。

    2013年の本なので、ちょっと今の自分の求める「タモリ論」よりは古かった。

  • おもってたのとちがった

  • タモリの本当の“凄さ"って何だろう。なぜ三十年以上も毎日生放送の司会を超然と続けられるのか。サングラスの奥に隠された孤独や絶望とは。デビュー作でその愛を告白した小説家が、秘蔵の「タモリうんちく」を駆使して、この男の狂気と神髄に迫る。出生や私生活にまつわる伝説、私的「笑っていいとも!」名場面、ビートたけしや明石家さんまとの比較等、読めばあなたの“タモリ観"が一変する、革命的芸人論!
    (2013年)
    — 目次 —
    第1章 僕のタモリブレイク
    第2章 わが追憶の「笑っていいとも!」
    第3章 偉大なる“盗人"ビートたけし
    第4章 明石家さんまこそ真の「絶望大王」である
    第5章 聖地巡礼
    第6章 フジテレビの落日、「いいとも!」の終焉

  • 著者がタモリさんに密着して書いたわけでも、親しい訳でもなく、自論タモリ論を展開する。
    でも、妙にしっくりくる内容であり、タモリという人の独自性をよく表している。

  • タモリさんといえば長年司会を務めた「森田一義アワー 笑っていいとも!」や「タモリ倶楽部」、「ブラタモリ」等の番組で御馴染ですよね。この本にはそんなタモリさんの他、同じお笑い界ビッグ3のビートたけしさん、明石家さんまさん、タモリさんがデビュー時から御世話になったとされる故赤塚不二夫さんとの交流が書かれております。私の様な40代以上の方は凄く懐かしく思える事もありますが、それ以下の年代の方はどうですかね~。あまりわからないかな。。。

  • 芸術のジャンルを超越して一番難しい→笑い 絶望大王

    人類再困難のジャンルに日々挑んでいる芸人を語る人が、筆者にはカッコ悪く見えて仕方がない

    笑いができる人 どんな悲しい状況でも人のおかしみを見出してしまうような鋭い感性の持ち主
    誰よりも人の痛みを理解できる。どんな苦しい状況でも「笑い飛ばしてやろう!」とするダイナミズム、客観性、粋な生き方

    マンガ「人間交差点」 海について知るものは賢者だが、海について語るものは馬鹿だ 笑いと同一

    たけしは吉本隆明もバカにしていた モノを作ることができないお前らが偉そうにオレの評価を決めるな!

    伝説のナンパカメラマン佐々木教 目白駅と高田馬場駅の間から見えるノッポの白夜ビル 教ルーム→教が稼いだ金で作った部屋 今では有名になった被写体・バンドボーカル夫人

    帯の生放送 習慣と継続 久しぶりに帰ると大きく変わったところがない 故郷の商店街
    笑点 サザエさん ソウルフード

    1982年10月放送開始 新年のハワイ旅行を予約→30年間で台湾とハワイだけの海外旅行
    ハプニング・ウエルカム主義
    安産祈願のマーク 公開羞恥プレイが起源

    1984年有吉佐和子40分 日本文学史上屈指の天才、文体の美しさ、凄艶さ…

    あの日、あのときのいいとも 日本で生まれ育った人間でいいともと人生を切り離して語ることなど不可能
    アメリカ 1961年11月22日 ケネディ暗殺の日、自分が何をしていたか、そこでその一報を聞いたか見たか、鮮明に記憶し、後々まで自分の経験を語る。

    ビートたけし映画
    パクリの条件①カミングアウト②愛と感謝がある③センスがある④元ネタを超えている⑤新しい解釈を与えている⑥元ネタを再評価させたいという気持ち

    さんま 1987年男女7人夏物語 社会現象 関西弁をカッコいい方言・イメージ一新
    タレントがアルタに登場→観客のキャー さんまが最初

    黎明期のひょうきん族 紳助に返しができず・芸人よりも俳優として売り出されていた

    たけちゃんマン・ブラックデビル→1回目は高田純次→病気かけがで代役

    さんま=本当の絶望大王 陰を見せたくない
    大竹しのぶの自伝「俺は人を笑わせるために生まれてきた」

    いいとも観覧 …しかしスタッフはもっと若いジャニーズに入れ替えたいのが本心ではないかと邪推しています。☆中居のすごさとは逆の記述

    テレフォンショッキングのポスター TBSのふぞろいの林檎たちⅡ 出演者が順次登場→番宣

    急速にいいともが老け込んでいる
    フジテレビが時代遅れのテレビ局へ
    ポストタモリ、いいともは誰にも思い浮かばない

    2012年の27時間テレビ、あれはフジテレビの葬式でした。
    いいとも終了後、フジテレビには本格的な地獄の季節が到来するでしょう。

    タモリは海が好きなのに海について語ったことはない

    ☆最後の文章 前略、タモリ様…これでいいのだ。(リスペクトのための文章表現が雑・本人へのメッセージはなし)

  • 長く『笑っていいとも!』をはじめとするタモリの番組を見つづけてきた著者が、その魅力について語っている本です。

    やや長めの「はじめに」で、著者は「お笑い」について論じることのエクスキューズをおこなっています。著者は、「人を笑わせることの困難さといったら、他に並ぶものがありません」といい、「そんな、「人類再困難のジャンル」に日々挑んでいる芸人を、「俺はお笑いにうるさいよ」とばかり、エラそうに語っている人たちが、僕にはカッコ悪く見えて仕方がないのです」と語ります。さらに、「笑いについて知るものは賢者だが、笑いについて語るものは馬鹿だ」とも述べています。そのうえで、今回の著書を書くにあたって、進んで馬鹿になることを決意したと語っています。

    しかしながら、こんなことはあえていうまでもないことだと思うのですが、「馬鹿になる」ことと「馬鹿になると宣言する」ことでは、まったくその意味がちがいます。後者は、笑いについて語ることの本質的なむずかしさを自分は理解しているのだというポーズというべきでしょう。本書を刊行することに、著者なりの気恥ずかしさがあったことは、けっして理解できないことではありません。しかし、刊行することがきまった以上、著者はただ端的に「馬鹿になる」べきだったように思います。「はじめに」の文章を書くことで、著者は彼がもっとも軽蔑しているひとたちとおなじレヴェルにみずからを貶めていることに、どうして気づかなかったのでしょうか。

    冷静になってみれば、本論にはおもしろく読めたはずのところもけっしてすくなくなかったように思うのですが、読者をほとんど目を覆いたくなるような恥ずかしい気持ちにさせる本だといわざるをえないように思います。

  • これまでなぜか語られることがなかった芸人タモリを新鋭の異才作家・樋口毅宏が著すとなり、出版前からかなり話題になっていた本。タモリって、30年間もいいともに出続けながら西川きよしのような刻苦勉励さは微塵も感じず、脱力感は所ジョージ同様でありながら、ライフスタイルを切り売りをせず、たけし同様大学中退のインテリでありながら政治について黙して語らず。博覧強記でありながら上岡龍太郎的な理屈分析を芸風にはせず、もちろんクイズ番組にも一切出ず、本も出さない。とは言え、ストイックな堅苦しさも醸さないし、お笑いの大御所よろしく、自分の番組に可愛がってるタレントを遇することもない。そう、どの鋳型にもはまらない得体の知れない狂気さを実は孕んでいるんではないかと著者は見る。お笑いBig3のたけし・さんまとの比較も交えながらサングラスの奥に潜む芸人タモリの真髄に迫った好著。オススメ!

  • さんま、北野武とタモリを比較しながらの論考。3人の芸風を比べ、裏話的な絵エピソードを綴っている内容で、期待外れだった。なんでこれがタモリ論なんだろう???

  • ベストセラーになってたし、タモさんファンとしては一読しておくべきかなと思って手にとったけど、全然読む必要なかった。
    最初にいろんなエクスキューズが打ってあって、はじめのうちは何もそこまでと思ったけど、読み進めていくうちに、批判されたくないならそもそも本なんか出すなって思ってしまった。
    これは新書レベルではないし、って言うかそもそも本として出す内容ではなく、個人のブログレベルでしょ。「論」などと大上段に構えるなら、「いいとも」の前の、イグアナや4か国マージャンのころから考察したらどうなの。筆者より年齢が上の人間は、その頃のタモさんのことを筆者より詳しい人間いっぱいいるわけで。たけちゃんやさんちゃんのことも浅いし、買って損した本のワースト3に入る内容だと思った。

  • これ最悪。タモリさんの博学卓識、英知を侮辱するに同等する屈辱的な新書本。

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著者プロフィール

1971年、東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社に勤務したのち、2009年『さらば雑司ヶ谷』(新潮社)で小説家デビュー。2011年『民宿雪国』(祥伝社)が山本周五郎賞と山田風太郎賞の候補作となり話題に。著書に『日本のセックス』(双葉社)、『テロルのすべて』(徳間書店)、『二十五の瞳』(文藝春秋)、『タモリ論』(新潮新書)、『ドルフィン・ソングを救え!』(マガジンハウス)、『無法の世界』(KADOKAWA)、『凡夫 寺島知裕。 「BUBKA」を作った男』(清談社Publico)などがある。

「2025年 『中野正彦の昭和九十二年』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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