国語教科書の闇 (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106105340

作品紹介・あらすじ

国語教科書は、なぜ「羅生門」「こころ」ばかりなのか。安直に選ばれる定番教材、結論ありきの編集会議、変化を嫌う人たち、教員の本音、仰天の舞台裏。問題は歴史教科書だけじゃない。もう一つの教科書問題を問う。

感想・レビュー・書評

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  • 国語教科書はなぜ「羅生門」「こころ」「舞姫」といった定番小説ばかりなのか。

    著者は本書中にて
    ①1970年改訂の学習指導要領で「主題や要旨を的確にとらえ、それについて自分の考えを深めること」が強調され、比較的主題の捉えやすい前述の3作品が選出されたため
    ②1990年代以降の少子化の影響で〝教科書会社の淘汰〟が起こり、定番小説を外すという挑戦的な編集方針で教材を選定することが極めて困難な状況になったため
    という2つの理由を挙げている。

    また、著者はこの状況を踏まえて、現代の高校生にとっては難解な上、後味が悪く悲惨な結末の作品であるこれらの作品が、子供達の国語嫌いや読書嫌い、ひいては昨今話題になっている読解力の低下を促していると警鐘を鳴らしている。

    私も以前まではこの意見に賛成であった。

    私自身読書が好きになったのはつい最近であり、その前までは「なんで羅生門なんて読まなきゃいけねえんだよおお(゚Д゚)ゴルァ!!こんなんほぼ古典じゃねえかよおおお(゚Д゚)ウゼェェェ」と思っていた。

    周りを見ても国語の授業は寝てるか机の下でスマホをいじっている生徒が大半だった。

    こんなことなら本屋大賞作品などもっと中高生に親しみやすい作品を題材にしたほうがいいのではないかと思った。

    しかし、本当にそれで現代の若者の国語嫌いや読書離れを改善することができるのだろうか。

    たしかに本屋大賞の受賞作品は私達学生にとって幾分親しみやすいものが多いとは思うが、それらをほんの数ページ教科書で扱っただけで世の読書嫌い中高生に読書の魅力をわからせるような優れた作品は残念ながらまだ存在しないと私は思う。

    というのも、人の感性は十人十色であり、感銘を受ける作品も人それぞれであるからだ。

    人に勧められた本を読んでみたがつまらない、というのもこれが原因であると思う。

    それ故、たとえ「羅生門」や「こころ」や「舞姫」を違う作品に変えたとしても、それは国語嫌いや読書離れの根本的解決には至らないのではないか。

    また、私のようなものにとっては普段大衆小説ばかり読んでいるため、授業などで半強制的に自分の興味のなかったジャンルのものを読めて逆に嬉しいといったこともある。

    何がともあれ、私はこれらのような小説が現代の国語教科書において定番化していることは、特に問題視することでもないと考える。

    むしろ若者の読書離れを食い止めるためには我ら図書委員が精力的に活動しなくてはならないのだ…(●´ω`●)ゞエヘヘ

    • kuma0504さん
      こんにちは。古典に目覚めてくれて大変嬉しいおじさんです。
      この3つの古典に関して言えば、読んでおいてホントに損はない。
      特に「こころ」は、最...
      こんにちは。古典に目覚めてくれて大変嬉しいおじさんです。
      この3つの古典に関して言えば、読んでおいてホントに損はない。
      特に「こころ」は、最近注目されたこともあって関連本がたくさん出ました。いろんな読み方ができることが改めてわかりました。私自身も、集英社文庫の「こころ」で、第一部を読んだだけで伏線張りまくりのとっても面白いエンタメサスペンスだということを発見して書評に書いています。(2013年8月)下手なサスペンスよりもよっぽど面白いと思いました。おすすめです。
      2019/12/29
  • 芥川「羅生門」。漱石「こころ」。鴎外「舞姫」。これらの小説は高校国語教科書に必ず掲載され今や‘定番教材’と化している。なぜか?その理由と背景を探った内容。


    定番教材化の理由は主に2つあるという。
    1)1970年の学習指導要領の改訂により、国語科の指導事項が‘教材の主題が明確で生徒が自分の考えを深めることができるもの’に変わった。これにより教科書会社の教材の選定基準が、テーマが明確で生徒の考察が無理なく行える小説に変わった。
    教科書に欠かせない芥川、漱石、鴎外の小説で、この条件を満たすものが少なく結果として掲載できる小説が定番化した。



    2)さらに定番教材化を加速させたのが90年代以降の少子化。
    縮小する教科書市場でパイを奪い合う教科書販売の特殊性もあり、各社は定番小説を外す勇気もなく且つ新たな作家・小説を発掘し掲載するリスクとコストをかける気もない。かくして毎年日本中の高校生が同じような教科書を使い小説を読み教え続けられている。

    ・・って結論なんだけど、そこに至るまで記述が雑過ぎ。
    いいたいことは分かるんだけど、内容のほとんど著者の体験や知り合いの教員、業界関係者から聞いたことをダラダラと書いているだけ。詳細なデータもなし緻密な論証もない。作文じゃないんだからさ。タイトルも大仰で内容とのずれがある。テーマは面白いのにもったいない。

  • 高校の国語現代文の教科書。100%芥川の「羅生門」が、そして殆どに漱石の「こころ」鷗外の「舞姫」が判で押したように掲載され、定番化している謎を追った一冊。

    教科書問題といえば「歴史」教科書問題であったが、若者の活字離れが叫ばれる今、その原因の一端でありそうな国語の教科書について誰も問題にしていないことが恐ろしくて仕方ない。

    芥川作品の中でも、戦前は一度も採録されたことのない「羅生門」が何故戦後登場し、他を駆逐する勢いで定番に収まったのかという経緯が下手なミステリーを読むより面白い。

    少子化により限られたパイを奪い合う戦いで、どの教科書会社もリスクを冒せないまま、無難な教科書が横並びする現状。

    「羅生門」も「こころ」も「舞姫」も、いずれも名作には違いないが、果たして教科書の教材に相応しいのか。
    これらを読んで更に深くこの作者について知ろう、他の作品を読んでみようと今の高校生が思うのかどうか。

    私にとって本を読むことは人生においてなくてはならないものだが、それは決して国語の授業で培った習慣ではなく、むしろ授業を聞かずに好きな小説を隠れて読み耽ったお陰だと思っている。
    教科書はあくまでも入口だとしても、教師、学生共に興味を持てるものになるよう議論を尽くすべきではないか。

    受験において軽視されがちな現代文。しかし日本人の根幹である国語能力を国として今後どうしていくのか、全く見えないでいる。

  •  「羅生門」「こころ」「舞姫」。これらの作品を、授業でどう扱ったらよいか悩ましい。生徒たちに何を教えたらよいのか、模索し続けている。一応「羅生門」では小説の型を、「こころ」では利己心と罪悪感を、「舞姫」では社会と自己の葛藤を、教えることにはしているが。
     著者は、これらの作品がほとんどの教科書に掲載されていることを批判的にとらえている。掲載の意図はあるにせよ、それが生徒に伝わっていない、国語嫌いを生産するばかりで教科書にはふさわしくないものだ、と。
     これかの作品がふさわしいかどうか、私の中ではまだ答えは出ていない。しかしこれだけ多くの教科書に採録されるのには意味があり、自分がそれを明確に理解できていないだけではないか、とも思ってしまう(教科書に載る作品はすばらしい、という思想に近い危険な発想ではあるが)。著者は1人の教科書編集者にしか話を聞いていないが、もっと多くの教科書編集者の話を聞いてみたいものである。また、新学習指導要領に則った新しい教科書はどのような編集になるのか、興味深い。

  • 高校1年で「羅生門」、2年で「山月記」「こころ」、3年で「舞姫」といった具合にどこの出版社も国語教科書は全くのワンパターン。業界では定番小説などと言われている。元々国語には、現代文であれ古典であれ、これでなくてはならない作品などは存在せず、「羅生門」や「こころ」がなくとも教科書検定で不合格になることはない。そこには出版界の摩訶不思議な裏事情がある。興味深い真実が一つひとつ詳らかにされていく。今後の国語教育はいかがあるべきか。深く考察させられた。

  • 「羅生門」、「こころ」、「舞姫」が定番となっている高校の国語教科書の問題で、筆者は「舞姫」の不適格性を詳細に言及している.納得できる論考だ.ただ、他の作品に変更するには、かなりの時間と労力が要りそうだ.

  • 20140325読了
    芥川「羅生門」、漱石「こころ」、鷗外「舞姫」が定番教材になっている理由を探る、読み応えのある一冊。P152「定番の真の理由」が結論。●教科書業界も競争社会で疲弊しているんだなと思った。●「舞姫」を教材から外すべきという主張には賛同する。最近出版された六草いちか氏のエリスを追う書を読むまでは、自分も舞姫の主人公(鷗外が投影されている人物)をなんてひどい奴だとずっと思っていたし、鷗外の印象もあまり良くなかったから。教科書に載っている「舞姫」を表面的に学ぶことで鷗外への偏見、拒絶感を助長するのは「近代日本の生んだ最高の知識人の一人である鴎外に対する冒涜(P175)」であるという著者の主張はもっともだと思う。国語というよりもむしろ、日本史の中で時代背景を掘り下げながら生涯と作品を語られるべき人物であって、そのほうが魅力を伝えやすいんじゃないかな。…受験勉強一辺倒の高校教育では非現実的な話だけれども。

  • 歴史や教育方針の変遷、少子化、そして出版社の逼迫等の事情により、題材の固定化を余儀無くされる、今日の国語教科書事情。
    『羅生門』『こころ』『舞姫』等は、いまや殆どの高校教科書に必ずといって良いほど載っているのはそのためである。これらに代わる新たな作品を取り入れようにも、適切な作品の選出や、内容校正に金と時間がかかるため、ただでさえ余裕の無い出版社にそんなリスクは犯せない。そんなことよりも、より自社の教科書を売り上げるために、付属のオプション等を充実させるのだ。
    今日の教育は、市場主義によりその質と可能性を貶められているのだ。

  • なぜ、どの教科書にも、鷗外の「舞姫」、漱石の「こころ」、龍之介の「羅生門」が入っているのか? という疑問に対する考察。
    なるほど。

  • 高校国語の現代文の教科書に掲載されるものは定番化されており、主に「羅生門」「こころ」「舞姫」が、定番が固定化してしまったかを分析した本。

    歴史の流れもあるし、少子化の流れもある。現場の教員や、元教科書会社の編集者のインタビューもあった。事情を知らなければ陰謀説を唱える人もいるだろうが、私が思うに、歴史の流れの中で定番化を求められて確立してしまったように思えた。

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