「自分」の壁 (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 181
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106105760

作品紹介・あらすじ

「自分」の壁はバカの壁の著者としても有名な養老孟司さんが書かれている著書です。医学的な専門的な知識を踏まえて現代社会の心理学などを我々に提示してくれる養老孟司さん。そんな彼がエネルギー問題や死の問題、情報過多に対する問題、政治的な問題などにも触れられています。勉強にもなり興味深く読むことができる一冊です。

感想・レビュー・書評

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  • 面白いところと興味ないところの濃淡の差があり過ぎて…。口述筆記やめようよ…とか思っちゃう。

    けど先日テレビで拝見した養老さんの標本フェチっぷりには舌を巻いた。壁一面の標本収納。ああ、あれが本棚だったら…と。仕事が(嫌いでも)出来て趣味にあれだけ没頭出来たら、ある意味尊敬するかも。

  • chap.10
    ここまでの章は著者自身の考えがつらつらと書いてあったが(あとがきにも、言いたいことをずいぶん言ったとあった笑)
    この章は自分にとっても耳が痛く、かつためになった。

    脳は楽をしたがるが、人生はごつごつしたものである。
    自分にどれだけ負荷を強いることができるか知ること。

    自分が成長できる環境に身をおきつつ、
    自分の人生をしっかり見据ようとおもった。

  • 読み進むにつれ、意欲ややる気を少し削がれる。
    自分では抗えない外的内的要因には、どうしようもない。

    が、一貫しているのは『向き合う』ということ。
    逃げずに、真っ直ぐに。

    自分であるための自信。
    選択は常に難しい方を選ぶ。
    簡単な人生で楽しいのか?
    自信はつくのか?
    それで、自分は自分を見つけられるのか。

  • 「バカの壁」に続く養老さんシリーズ。
    今回は「自分」というテーマに関し、著者の考え方について書かれている。
    前回のシリーズと同じく、1つの結論に対してすべてが書かれている本ではないので色々な話が出てくるが、著者の視点が独特であるため「新たな視点」が得られるという点では面白い本だと思う。

    ・「自分」は矢印に過ぎない
    →今のところ、自分の中ではあまり理解しきれていない。今後の感じ方が変わる日が来るか?

    ★意識は自分をえこひいきする
    →脳によって「自分」、「それ以外」を区別している
    <例>
    口の中にある唾 と 外に出した唾
    体内の便 と 体外の便
    生首や切り落とされた腕

    ・「思想の自由」は日本特有のもの。内と外がという感覚が日本人特有。
    →インターネットの70%は日本語(人口比は2%)

    ・誰かが感情的な批判をするときはどこかに「嘘」が存在している

    ・自殺の要因は以下3つ

    1 本人
    2 社会的要因 (いじめ等)
    3 意識できない社会的要因(GDP高→自殺率高 貧富の差が拡大するため)

    ★「世間」は「自分」より先。自分ではどうもできない事が多いと考えた方がラク
    →「いじめ」は無くならない。基本的には逃げる方が得策。

    ・老後は子供の世話になれば良い。
    「世話にならない」という姿勢は逆に、自分の親の世話をしないの裏返し。
    「共同体」であるという感覚こそが正しい
    <所感>
    現在の感覚ではイマイチ腑に落ちない

    ・不信はコストが高く付く
    →信じていない場合、すべてを確かめる必要がある
    ※口約束 → 書類での約束

    ★昔より「共同体感覚」が薄れている社会になってきている
    <例>
    特攻隊は「自分」は「自分だけのもの」ではなく、「親、家族、村、国etc」のものという感覚があったからこその行為

    ・日本 → 全体主義
     西洋 → 個人主義

    ・夏目漱石は海外で個人主義を学んだが、晩年は「私なんかいない」という考え方に達した

    自分に入ってくる情報をどこかで制限しないと、仕事は進まない
    <例>論文作成等

    ・「何が問題なのか?」から考える仕事の方が難易度が高い

    ★他人と関わり、面倒を背負い込める状況を楽しめるなら相当なもの。
    迷い、挑戦し失敗を繰り返し、自分で育ててきた感覚を「自信」という

  • 葉月は、蛹の家に勝手に上がり込むと、居間のテーブルの上に無造作に置いてあった本を手に取った。
    「……『自分の壁』っていうか、『自分が壁』って感じですよね」
    「……それじゃあ、安部公房だよ」
    蛹は、庭先で煙草を吸っていた。どこからか拾ってきた一斗缶を、灰皿の代わりにしている。縁側のガラス戸が開いていて、メンソール煙草の匂いが部屋の中まで微かに入ってきていた。

    葉月はとりあえずキッチンに入り、旧式のコーヒーメーカーをセットした。お湯が沸くまでに時間がかかるタイプだ。コーヒーが出来るまで、居間のソファで待つことにして、先ほどの本をぱらぱらとめくり始める。
    「あまりに強固な『自分』を作り上げてしまうと、そこからうまく外に繋がれなくなる、という話でしょうか」
    「多分ね。もちろん、自分は自分だ。他者との境界がないわけじゃない。けれども、他と明確に切り離され、独立して存在するものでもない。それは生物学的に見れば当たり前だけど、それはそれとして、自分を唯一無二で、不可侵で、尊いものだと思いたがる傾向はあるのかもね」
    「個性とみせかけてみんな同じ、っていうアレかもしれないですね。でも、前から思っていましたけど、だからといってシロアリも人間も対等だという考え方の人って、意外と少数派かもしれませんよ」
    「そうかなあ。じゃあみんな、ソーセージは下等生物の死体だと思って食べてるの?」
    「いや、ソーセージはソーセージだと思って食べてますけど」
    「それ、意味が分からないよ」
    首をかしげながら、蛹はゆっくりと煙を吸い、吐き出した。
    「ところで話を戻すんだけど」
    と、蛹は言う。
    「俺は原発がどうなろうと正直どうでもいいんだけどさ、でも、この本の中の原発に言及した部分は、とてもまともだと思う」
    「政治の話なんて、珍しいですね。他人をまともだと表現することも珍しいですし」
    「政治の話じゃなくて、科学の話だよ。これにも書いてあるだろ。政治の話にすると、すぐ脱原発か、再稼働か、みたいな話になる。どうするのが安全か、という議論ができなくなるし、実際、今から原子力技術者を目指したいと思う若い人がどれだけいるのかって話。要はめんどくさい」
    「まあ、止めても動かしても、この先、原子力とは途方もなく長い付き合いになるわけですからね……って、最後に本音出ましたね?」
    「うん。政治的に言えば、全部今さらなんだよ。だから科学の話をしないといけない」
    「自分はどう思うか、どうしたいか、じゃなくて、どうするか、ってことでしょうか。結局、手の届く範囲の外にあることは、口ではどう言おうと、頭でどう考えようと、自分と関係の無い他人事ですし」
    「そういうことかもしれない。俺みたいな人間からすると、絆とか相互理解とか、正直鬱陶しいんだけどね。でも、言っていることはもっともだと思う。まあ、鬱陶しいんだけどさ、ものすごく」
    そのとき、コーヒーメーカーが小さく電子音を発して、コーヒーが出来たことを知らせた。
    「……何度も言わなくても、分かってますって」
    葉月は立ち上がり、コーヒーを淹れるためにキッチンに入っていった。

  • 養老先生の本がわかりにくいという人がいる理由は、ひとつの本にいろいろなテーマが詰まっている、という事情もあると思う。
    たとえばこの本も、個性の問題、エネルギー問題、政治の問題など、話題がくるくる展開する。いまの人は気が短いから、「結局、何が言いたいんですか?」となってしまう。そんなの、一言で言えたら本なんか書いてねえよ!こっちはいろいろ考えてんだよ!お前さんも自分で考えろよ!
    まあ養老先生はそんな言い方はされないけど。でもそういうことだと思います。

  • 養老先生の本は何冊か読んでおり、基本的に養老先生のファンなのだが、今まで読んだ本の中ではこの本がいちばんおもしろくなかった…。
    とても共感したり納得できる部分はもちろんあるのだけれど、一方で、違うんじゃないかなあと思ったり、矛盾してないかなあって思う箇所が、今まで読んだほかの本に比べて多かった。話があちこちにとんでる感じがしたし。
    まあ、何冊も読んでればこんなこともあるよね。

  • 自分の意識がいかに頼りないか。を強く感じざるを得ないのがよく分かった。
    とにかく「現実を見る」為に」「経験をする」ことにしか「真理」はないのだと思いました。

  •  世間、社会は自分よりも先にできあがっていて、世の中の約束事はすでに決まっている。そこにあとから入ってきた者は、どういう振る舞いをすべきなのか。幼い頃、若い頃は特に、そこがずっとわからないでいました。これは私にとって、ずっと考えざるをえないテーマでした。(p.80)

     気がかりだったのは、誰かを糾弾する風潮が強くなることでした。これまでにかかわってきた人を吊るし上げていくと、彼らは正直に物を言わなくなる。そのうえ、これからその世界に進もうという人材が減ってしまう。(p.87)

     親孝行は、子どもに対して「お前はお前だけのものじゃないよ」ということを実は教えていたのです。
     特攻隊の生き残りの人たちに、なぜあんなことをしようとしたのか、話を聞くとみな同じことを答えます。親、家族、故郷の人たち、村や国、つまり共同体のためだ、と。
     そうした考え方を戦後は徹底的に否定しました。その結果、自分の人生は自分のためにある、という考え方が暗黙の前提とされました。その延長線上に、個性の尊重、自分らしさや「自己実現」といった考え方があるのでしょう。(pp.167-168)

     当たり前のことで、解剖の場合でいえば、すべては目の前にある現物の体を見るところからしか始まらない。それを自分がどう見るかであって、極端にいえば、他人がどう見るかは問題ではない。ある程度、唯我独尊でいいのです。
     もちろん、最低限おさえておかなくてはいけない知識というものはあります。しかし、世界中の研究者の成果を全部おさえようとしたら、それだけで時間がなくなる。別に論文を書く必要がない人でも、なにかを調べる時にネットで検索して、出てきた情報を全部見たらたいへんなことになる、というのはすぐにわかることでしょう。つまり、自分に入ってくる情報をどこかで制限しなければ、仕事は進まないのです。(pp.206-207)

  • 養老孟司さん曰く、日本人は欧米人に比べると、世間の中で「自分」を出さずに従っているけど、その分、頭の中の自由度は相当なものなんだって。

    「頭の中が好き勝手なんて、そんなの当たり前じゃないの?」って思うかも知れないけど、案外そうでもないらしい。思想の自由に枠をはめているもの、それは宗教。実際、C.W.ニコルさんが日本にきて一番良かったことは「宗教からの自由があること」だそうです。

    ネット上で匿名の手当たり次第の放言が飛び交っているのも、そんなところにあるのかな。

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著者プロフィール

解剖学者

「2019年 『世間とズレながら、生きていく。(仮)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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