がんばると迷惑な人 (新潮新書)

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  • 新潮社
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レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106105999

感想・レビュー・書評

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  • 日本の労働問題として、昔ながらの「他社より倍働け!他人より倍働け!」は現在は通用しないという提言。農業〜工業の時代までは働いた分、報われる法則があったが、IT化された現代では、ただ頑張ればよい、というものではない。かえって無駄な動きや、同僚に悪影響を与えてしまったりなど、いいことはない。頑張った分、評価されるという時代はもはや終わっている。賛否両論あるだろうが、太田さんには今後も注目していきたい。

  • 友人や知人の話を聞いていると、何が忙しいのかわからないのにがんばるだけの人がたまに話題に出る。そういう人はなぜか頑張っているだけで成果があがっていない。日本は「がんばる」ということに美徳を感じる国なので、がんばっている姿を見せるということが無能な人間にできる唯一のアピール方法なのだろう。それがその人の中で閉じていればいいが、長時間労働していると、まわりもその人が気になるし、その人が上の立場の人間だと部下は同じようになり、それが代々繰り返されてしまう。こんな悪の連鎖を断ち切ると日本の生産性もあがるだろう。

  • 筆者の主張はよく分かる。無駄な努力で、周りにも迷惑をかける人。当然、自分もその一人。
    仕事における完璧主義は無駄なコストがかかりすぎ。頑張りが評価されすぎている

  • 無駄ながんばりって確かによく見かける。それを良質な努力に変えてあげたいと思う。しかし彼らに欠けているのは、野心とか目的意識以前に、仕事を楽しもうとする意識じゃなかろうか。真剣勝負する集団の中で、笑って仕事をすると何となく罪の意識を感じ、まわりもあまりいい気持ちがしない。これこそ日本の組織活動における負の文化じゃなかろうか。だからがんばる姿を見せることそのものが目的化してしまう。真剣の中にも楽しむ余裕。これこそ合理的手抜きを生む源泉。

  • 情報通信技術の進展に伴い人間のがんばりで処理してきた仕事がコンピュータに取って代わられることになる。今、人間に求められているのは、コンピュータにはできない人間特有のユニークな能力。独創性、創造性、革新性、ひらめき、感性など。これらの能力は強制や命令では、決して最高度に引き出すことはできない。がんばりを強要しても効果など上がるわけがない。「がんばる」とは、物事をひたすら決まった方向へ推し進めることであり、求められるのは努力の量。それに対して創造や革新は、努力の方向を探すこと、すなわち努力の質が求められている。量の差は倍数レベルだが、質の差は無限大。ヨーロッパ人は仕事より私生活を大事にするので基本的に働かない。したがって仕事は重要なものしかやらない。故に労働生産性は極めて高い。日本は労働生産性の低さを深く自覚しなければならない。がんばるではなく考える。合理的に手抜きをする。無駄ながんばりをなくすことこそが、努力の質を向上させるのである。

  • とにかく「がんばれ」ば、それで何とかなっていた時代は、ソフトの到来で終わりを迎えた。
    時代は「考えること」を求めるようになったというのに、いまだ「がんばり」を連呼し、がんばる姿を見せてアピールするなんて、見当はずれ。

    日本人がしていたのは、同質一方向への、人間の頭空っぽで同一化必須の個を殺したチームワーク。そんな団体力で、ずっと盲目的に邁進していたものだから、異質なものは受け入れられない。
    「考えること」を重視する時代に即す、異質性基本のチームワークに対応できない。

    野望を持ち、名声を求め、考えに考えて、充実した仕事の日々を過ごしたいものです。

著者プロフィール

1954年兵庫県生まれ。同志社大学政策学部教授。神戸大学大学院経営学研究科修了。京都大学経済学博士。専門は個人を尊重する組織の研究。おもな著書に『公務員革命』『ホンネで動かす組織論』『ムダな仕事が多い職場』(以上、ちくま新書)、『がんばると迷惑な人』『個人を幸福にしない日本の組織』(ともに新潮新書)、『個人尊重の組織論』(中公新書)などがある。

「2018年 『「ネコ型」人間の時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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