市川崑と『犬神家の一族』 (新潮新書)

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  • 新潮社
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感想 : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106106446

作品紹介・あらすじ

なぜ『犬神家』は革命的なのか――。『ビルマの竪琴』『東京オリンピック』『細雪』などの名作を遺した、巨匠・市川崑。その監督人生と映画術に迫る。『犬神家』徹底解剖&石坂浩二のロング・インタビューも収録。

感想・レビュー・書評

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  • 市川崑監督論の研究書。

    久しぶりに仕事以外で小説でないものを読みました。
    自分はちょうど「犬神家の一族」の封切から市川監督作品を見だしたので、それ以前の監督作品の解析は大変勉強になりました。
    自分も監督の最高傑作と思っていた「細雪」が評価されていたのもうれしいです。
    ただ、自分は映像的には評価している「東京オリンピック」ですが、聖火ランナーのやらせについて言及しなかったのはちょっと物足りなかったです。
    しかし、市川作品の映像美に虜にさせられた「犬神家の一族」の詳細な分析も納得ですし、石坂浩二のインタビューで晩年の苦労もわかり涙しました。
    読書感想から離れてしまいますが、自分は高校・大学と映画のクラブに所属していて、鑑賞、製作とどっぷりつかっていました。
    崇拝する監督の一人が市川さんで、大学時代に監督をした時に真似をしてくわえ煙草で演出していたことを懐かしく思い出しました。

  • 巨匠といわれる市川崑監督の作品がもう一つしっくりしていなかった理由が少しわかった気がする。
    巨匠の映画製作の裏には奥様の強力な後ろ盾があったという事、そしてミステリーを映画に本格的に導入して成功したのは犬神家の一族が最初なのではないかという視点がもの凄く興味を引いた。

  • 市川崑の映像美へのこだわりってやっぱすごいんだな。あと、犬神家がミステリーを映画で成功させた稀有な例というのも、興味深い。引用されてたヒッチコックの話も面白かったんで原典読みたい。

  • 著者のひと周り上な世代ゆえ、ぎりぎり金田一シリーズに間に合ったとは言え、その後の作品群に歯切れの悪いサムシングを感じていただけに、それらをすーっと晴らしてくれる軽快な読み解きは大変面白く、一気に貪り読む。リアルタイムで敬遠していた作品を見直したくもなりました。まえがきに記されたとおり、邦画現在どうしてこうなった?!の鍵もそこかしこに。そして、あのお方を「監督クラッシャー」とキッパリと。いやはや、こちらも長年のモヤモヤではありました。確かに。

  • 嘘偽りなく、市川崑監督の映画「悪魔の手毬唄」は日本映画、ミステリー映画の最高峰だと思う。
    そして、その最高峰を生む基礎となったのが一作目の「犬神家の一族」。
    「犬神家」の面白さ、映像の美しさ、市川崑監督映画の秘密はどこにあるのか?を明らかにする。

  • 春日さんの評論ものは分かりやすい。映画を見た疑問やトリビアを徹底的に解明しようという姿勢は特筆もの。映画を背景にした市川崑論。

  • 「本格ミステリは映画に向いてない」という話が面白かった。

    《犬神家の一族》について、『この映画は本格的ミステリ映画として製作されたのですが、本格的ミステリ映画として製作されてここまで大ヒットした上に、後世まで評価されている作品というのは、実は日本映画史上この映画だけだと言っても過言でない。』と書いている。

    クリスティ作品といった本格ミステリは、殺人が起きて、後は、犯人探しのための関係者の尋問シーンが延々と続く。小説でもこの部分はたいがい退屈なんですね。最後の解決編で、その退屈な部分が見事に再構成されるところが快感なので、我慢して読むしかない。

    しかし、それを映画でするのはさらに退屈だというのです。

    ヒッチコックは娯楽映画の三大要素として、ミステリーとサスペンスとサプライズをあげている。謎があて、それを解いていくのが「ミステリー」となるが、『隠された事実というのはサスペンスをひきおこさない。謎解きにはサスペンスなど全くない。一種のち的なパズル・ゲームにすぎない。そこにはエモーションが欠けている。殺人事件が起こって、あとは、犯人がだれかという答えが出るまでじっと静かに待つだけだからね、エモーションがまったくない。』

    『犯人探しのために調査する、聞き込みをするという場面は、情報の交換をしているだけなので、感情が動かない。つまりミステリーは映画だと動きや感情表現しにくいし、推理の主だった部分も頭の中だけれで行われるから画にならない。観ている側としては、退屈なものになってしまう。』

    テレビだと、ニ時間ドラマ、刑事ドラマでは、会議室などで事件のおさらいを延々説明するシーンをいれてます。それができるから、テレビドラマの世界ではミステリが成り立っている。テレビは「ながら視聴」が基本なので、説明的な場面を作って、画が死ぬことになっても、視聴者は音声だけ聞いていることもあるので、長々としたダイアローグも許される。しかし、暗い中でスクリーンに釘付けにされる映画だと、画が死ぬことは許されない。なので、ミステリの謎明かし自体をクライマックに持ってくるということは、基本的にまずやらない。

    コメディ・リリーフの起用(インタビュー的な捜査、事情説明のシーンには喜劇的な芝居を入れる)

    徹底した誇張(登場人物はことあるごとに「キャー」と叫ぶ)
    短いショットの積み重ね
    不自然な会話(日本語の解体)
    傍観者としての探偵=観客の視点の探偵

    なるほどね。かなり考え抜かれた作品なんですね。もう一度見たくなる。

    『力強い健康的なヒーローは一人もいません。みんなウジウジ・ナヨナヨしているか、飄々としている。熱い友情とか正義感を前面に出すことは決してない。』

    『人間にも景色にも躍動感がない。「動」的なものを全て解体して、一枚の画として「静」的に提示している。』

    『映像に対しての根本的な発想としてあるのは、「ありものを撮る、映す」という感覚ではありません。「一枚一枚の画を描いて、それを繋ぎ合わせていく」という発想なんです。』

    『徹底的に三人称の視点から世界と人間を客観的に捉え、決して熱くなることなく冷めたタッチで描く。』

    『「情に訴える感動」をさせないというのが、市川崑の美学でした。』

    『市川崑の映画に登場する人物たちは主張を高らかに語ったり、感情を大きく爆発させたりするようなことはしません。また、感情が発露する場面になるとカメラが引いたり、カットを細かく割ったりと客観的な視点に転じ、容易に感情移入させてくれません。』

    『市川崑がやろうとしたのは、日本人特有の性質に根ざした、伝統的な日本映画の技法に対する挑戦でした。その象徴として「ハート」つまり「情」があり、その非近代性をなんとか現代的に解体しようとします。』

    『《細雪》を分岐点にして天使が去ってしまい悪魔に魅入られたということができる。天使はもちろん和田夏十ですが、悪魔とは誰か-それが「監督クラッシャー」と言うべき吉永小百合です。吉永小百合と組むようになると、ほとんどの監督が駄作を連発するようになり、評判を落としていく。そんな彼女の現代にまで連なる「監督クラッシャー伝説」の生贄の一人が、市川崑でした。』

    『アップの時に瞬きすると、そこでカットがかかる。「スクリーンに大きく顔が映るのに瞬きなんかすると、それで一つの芝居になって新しい意味が生まれる。だから、だめなんだ。』

  • 2018/9/9購入
    2018/12/20読了

  •  リメイク版も含めて何度か見ているのだけど、けっこう忘れているのでDVDをレンタルして見返して読んだら、映画も含めてとても面白かった。確かに金田一は何もやってなかった。これまで分かったつもりで見ていたけど、けっこう複雑な話でDVDで戻りながら見てやっと分かったところもあった。読み終わったから、改めてもう一度映画を見てみたい。

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。日本大学大学院博士後期課程修了。著書に『天才勝新太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず! 完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『すべての道は役者に通ず』(小学館)など多数。

「2021年 『忠臣蔵入門 映像で読み解く物語の魅力』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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