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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784106107771
作品紹介・あらすじ
あの“凶行”は、神社の危機を象徴するものだった――。富岡八幡宮で起きた前代未聞の事件は、“崩壊”の予兆か――。不透明な経営や経済格差、神社本庁の正体、「日本会議」との関係など、宗教学者が神社界のタブーを抉る。
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みんなの感想まとめ
神社界の危機を描いた本書では、富岡八幡宮で起きた衝撃的な事件を起点に、神社本庁の実態や権力構造の変化が探求されます。著者は、経済格差や不透明な経営の背景に迫り、神社の意義やその儲けの仕組みについても言...
感想・レビュー・書評
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「こんぴらさんが離脱するという神社本庁ってなに??」と思っている方がもしいたら、この本を読むといいかもしれない。
この本は今(2020年6月)からちょうど2年半前の、富岡八幡宮宮司殺害事件を受けて宗教学者の島田裕巳によって書かれた、神社界の現状と課題を解説する新書だ。
まずは基礎知識として下記のことがわかった。
・「神社本庁」ってまるで役所みたいだけどそうじゃなくて、いち宗教法人(ただし役所かのように思わせたかった意図はありそう)。
・宗教法人には「(1)単位宗教法人(=神社や寺院や教会のように礼拝の施設を備えているもの)」と「(2)包括宗教法人(=宗派や教派や教団のように(1)単位宗教法人を傘下に持つもの)」がある。
・「(1)単位宗教法人」にも2種類あって、「(1)-a.被包括宗教法人(=(2)包括宗教法人に包括されている(1)単位宗教法人)」と「(1)-b.単立宗教法人(=そうでないもの)」だ。
・神社本庁は「(2)包括宗教法人」で、金刀比羅宮(こんぴらさん)は神社本庁傘下の「(1)-a.被包括宗教法人」から「(1)-b.単立宗教法人」になろうとしている、というわけだ。(富岡八幡宮も、事件より前に離脱している。)
・神道にもいくつかの系統があり、神社本庁が唯一の神道系包括宗教法人だというわけではない。が、圧倒的に傘下の神社の数は多い。
・神道の単立宗教法人の有名どころは、靖国神社、伏見稲荷大社(稲荷信仰の総本山)。明治神宮は2004年に神社本庁を離脱するが2010年に復帰。宇佐神宮(八幡信仰の総本山)も2000年代から離脱するやせざるやでもめている。
そしてつまるところ神社本庁ってなんなの、という段になるとどんどんきな臭い話になっていく。とはいってもそこは安定の島田裕巳さん、過度に煽らず淡々と事実を述べているので、クールに読めます。
古代、中世、江戸時代の神道は、神仏習合で今とは全く違ったものだったのだよ、、、という(私は島田さんの別の著書で読んだときに目から鱗だった)歴史の説明があって、そのあとに続く終章で提示される現在の神社界の抱える問題点の数々は、一般人としても素直に「そのとおりじゃん」と頷けてしまう説得力の高さ。
神社仏閣めぐり、好きなのにな。
神社でお守り買うの、いやになっちゃうな。
手塚治虫でも読みたくなっちゃうな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
なぜ伊勢神宮が中心になっているのかよくわかった。
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東2法経図・6F開架:175A/Sh36j//K
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東京江東区の鶴岡八幡宮で起きた、前代未聞の凄惨極まる事件(2017年12月7日)は、日本中を震撼させる記憶に刻まれる出来事となった。宗教学者【島田裕巳】が、本事件凶行の背景を探り、日本の神社界の様相や「宗教法人・神社本庁」の成り立ちと権力構造の揺らぎなど、御簾(みす)の裏に潜む闇を解説している。前半の週刊誌の事件報道から一転して、神道研究者向け学術参考書のような論調に片腹痛くなり、通読して終わる。
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●富岡八幡宮の一の宮は日本一の黄金神輿、4.5トン10億、奉納者は佐川清。バブル期の1991年
重過ぎて担げないから二の宮が作られた。
●また、周辺は神社の所有地ばかりで、莫大な不動産収入がある。
●深川に縁がある人物としては、滝沢馬琴や平賀源内、松尾芭蕉、そして富岡八幡宮に銅像もある伊能忠敬など。
●宗教法人も交際費が認められる。しかも損金算入限度という概念がない。これが豪遊の背景にあるのかもしれない。
●戦後の農地改革により、小作地が奪われたのは地方の農業地帯にある神社で、都会の神社にはもともと小作地がなかったので奪いようががない。これによって都市の神社と地方の格差が生まれた。
●神社本庁は包括宗教法人のうちの一つ。他には神社本教や神宮教、出雲教などがある。富岡八幡宮はそこの傘下にあった被包括宗教法人だった。その関係を解消して、単立宗教法人となったのだ。靖國や伏見稲荷がそうである。
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しかし20年ごとに建て替えるのは、もったいない。
2013年は出雲と重なり地方の神社の杉がやられた。
こんどのお伊勢さんの式年遷宮は2033年です。
神社本庁はそれに向かってまっしぐらだそうです。 -
地元にある身近な神社に日々の安穏を祈る、という近代以前の姿でありたい。
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神社そのものもよくわからない仕組みでできている
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富岡八幡宮で起きた宮司殺害事件を導入部分に置き、神社経営の実態や神社間の格差の問題、そして、神社本庁を中心とする神社神道の体系の問題点にまで問題を掘り下げていく。神社神道は日本の伝統的宗教と思っていたが、実は、明治維新を境にして大きく変容したというか、それ以降に創られてきたものであるらしい。そして戦後、戦前の国家神道への回帰を目指す神社本庁の戦略は民心と離れ、政教分離の原則が根付いた現在は、もはや絵に描いた餅に過ぎない。そんな歴史も含め、神社への人々の自然な信仰さへ薄れ、まさに崩壊の危機に立っているのではないかという著者の訴えは現実味を増している。
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元宮司の弟が現宮司の姉を刺殺した富岡八幡宮事件から書き起こし、その背景にある神社ならではの事情に話を広げていくスタイルでたいへん読みやすい。神社の財務状況といったマテリアルなところから、神社本庁とはなにか、神社の政治学といった権力構造にいたるまで、よどみない。"神社本庁は「新宗教」である"という喝破は、すごく自分のなかで合点がいった。伊勢神宮がいちばん偉いという権威は、明治以降の日本政府がつくった天皇制の秩序につながるもので、けっして日本古来のものではないということがわかったというのも収穫だった。
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