国家と教養 (新潮新書)

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 41
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106107931

作品紹介・あらすじ

大ベストセラー『国家の品格』著者による独創的文化論。教養はどうしたら身につくのか。教養の歴史を概観し、その効用と限界を明らかにしつつ、数学者らしい独創的な視点で「現代に相応しい教養」のあり方を提言する。

感想・レビュー・書評

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  • 教養を養うことが情緒を育む、教養を持っていたことが日本が完全に植民地化されなかった理由。だから若い人も本を読むべし、との主張。

    老人の愚痴に感じる言い回しが気になってしまう。
    なお、著者が現代の素晴らしい大衆芸術として例に挙げた 君の名は を自分はそれほど面白いと思えていません。

  • 最終的には,読書を以てしか教養を得ることはできないと説く.残念ながら,多くの日本人は世界において自分が存在する,と考えず,個として世界を閉じているので,教養を獲得し,世界を俯瞰する,という必然性自体を必要と感じていない.だから,世界あるいは他者に対する寛容性が微塵もない世界が生成されるのだ.他者と自分とで構成されて世界が成り立ち,その一員として自分を客観視している人は,はじめから教養の必要性とその獲得方法は理解している.教養以前の段階に問題がある.

  • 国家を正しく導くためには真の教養が必要で、日本もドイツも偏った教養のために破滅の道を突き進んだ、という。また、第二次大戦前のアメリカの日本へのオレンジ作戦など、私の知らない記載が多く、目を疑った。世界には偏った教養ばかりで、真の抵抗は生まれなかった。▼「教養が哲学や文学に偏るのは危険で、人文教養・社会教養・科学教養・大衆文化教養の4つがすべて必要です。民主主義という暴走トラックを制御するのは、国民のこの4つの教養だけなのです」、と説きます。▼そのなかでも、日本古来の情緒あふれる文学や芸能は世界に誇るもの、大事にすべきと説きます。▼筆者の意図はよく分かるのですが、国民全体が筆者の説く教養を身につけることは、多大な努力を国民に求めるもので、残念ながら達成できる日は遠いと感じました。でも独自の考察には感心しました。読んで得るところは大きいです。

  • 教養は、世の中の一過性の流行や言動に流される事なく、自分としての意見を持ち正しい判断へと導くもなのだと痛感。少々書く内容に偏りがあるが納得できる所も多い。

  • 現代においては死語と化した「教養」について、『国家の品格』の著者が述べる文化論。
    その衰退の要因として、次の4点を挙げる。
    ①生活を豊かにするのには役に立たないと見下す現代人
    ②アメリカ化
    ③グローバリズム
    ④二つの世界大戦
    そして、教養を主体とした、ヨーロッパさらに日本の歴史が詳らかに綴られる。少数エリートに独占されていた教養は、戦争を押しとどめる上では無力だった、と。
    しかし、民主主義は教養がなければ成り立たないと、解き明かす。
    では、情報社会の現代に対応する教養とは何かといえば、「生を吹き込まれた知識、情緒や形と一体になった知識」だそうだ。
    それには、我が国が誇る「大衆文化教養」が役に立つと述べ、アニメ映画『君の名は』にも触れる。
    それらを自らの血肉にするには、読書が欠かせない、と強調する。
    ブクログの利用者の中には、我が意を得たり!と、感嘆する人もいることだろう。

  • ギリシア・ローマ文化をスタートとした「教養」というものと国家がどう付き合い、またその付き合い方により国家がどのような運命を辿ったか、主にドイツやイギリス、アメリカ、そして日本といった国を中心に論じている。
    ここでは教養プラス「ユーモア」を大切にしているイギリスが教養とうまく付き合っているとされている。それについては学の浅い私には正誤はわかりかねるが、頭でっかちにならずにユーモアを大切にすることの必要性は同感である。
    この本で私が一番納得したのは、民主主義の欠点をズバリついているところ。つまり大衆が政治に参加するためには大衆にも「教養」が必要であるが、現代の民主主義は経済性や効率性ばかりに目が行き、教養が疎かになっているために単なる衆愚政治に陥っているという点。
    そのために日本人は哲学や自然科学といった従来の教養のほか、芸能や大衆文化も含めた教養を身につける必要があるとしている。
    さて、これらの教養が私たちにとって必要なのかは私にはわからないが、少なくとも政治家を選ぶのに必要な教養が我々に備わっていないのは確かである。その結果が現在の日本の政治、である。まさにいい得て妙だろう。

  • 「考え治す」必要がありました。
    自らの身体のこと(非常にまずいことになりやした!)
    が御座いまして。読書?識字に問題が出ていまして
    丁度しんどい時に読みました。
     

  • 【情報を論理的に体系化したものが知識とすると、これからの教養は書斎型の知識でなく、現実対応型のものでなくてはなりません。現実対応型の知識とは、屍のごとき知識ではなく、生を吹き込まれた知識、情緒や形と一体となった知識です】(文中より引用)

    主に日本、そして欧米における教養の歴史を振り返りながら、現代社会を生き抜く上で本当に必要な教養とは何かを探求した作品。著者は、大ベストセラーとなった『国家と品格』を手がけた藤原正彦。

    教養という多義的な言葉に切り込み、今日的な知の在り方について光を当てた点を評価したい一冊でした。かなり刺々しい言葉が作品中に目立つため、それを毛嫌いしてしまう人もいるかもしれませんが、藤原氏の思考回路をたどっていくのも本書の楽しみなのかもしれないなと感じました。

    『国家と品格』が懐かしい☆5つ

  • ・明治大正時代、舶来の教養を無邪気に身につけた世代は、日本という根がなく、借り物の思想であることに気づかず、大正デモクラシーを謳歌しているうちに、ロシア革命がおきるとマルクス主義にかぶれ、昭和ではナチズム・軍国主義に流された。戦後は、左翼思想に流され、今は新自由主義やグローバリズムに流されている。「上滑り」「虚偽」「軽薄」は一貫している。
    ・基盤となる形をもたない個性は、流行りの新しい思潮に常に圧倒される。ドイツでも、フェルキッシュ運動・ファシズム・贖罪意識に圧倒された。
    ・現代に至る日本の知識人のひ弱さは、世界に誇る我が国の大衆文化、日本人としての情緒や形を軽侮したことに因がある。
    ・民主主義という暴走トラックを制御するのは国民の教養である。
    ・実体験や大衆文化により養われた情緒や形があって、初めて知識に生が吹き込まれる。知識に、情緒や形がまぶされて初めて活性化され、真の教養になる。例えばグローバリズムを考えるとき、経済(=西洋の輸入品)だけを考える人と、日本の国柄とか美しい自然や弱者への惻隠を大事にしたい人はまるっきり異なる見方をする。

  • 若き数学者のアメリカ、とか大好きだったんだけど…。
    かなり、書き飛ばしている印象。

  • 「もっとしっかり勉強しなければならない」「もっとたくさんの本を読まなければならない」そう思わせてくれる本でした。
    そして何より日本人であることを誇りに思えるように、恥ずかしくないように、しなければならないと思いました。

  • 経済上の変化が、不思議といおうか、当然といおうか、人の優しさ、おだやかさ、思いやり、卑怯を憎む心、献身、他者への深い共感、と日本を日本たらしめてできた誇るべき情緒までをも蝕み始めたのです
    イギリス人には他人と違うことはかっこいいと言う文化があります
    読書を通じ、古今東西の賢人や哲人や文人の言葉に耳を傾けることができます

  • 藤原正彦 著「国家と教養」(2018.12)、私には難しかったです。最近は、冗談交じりで、教養とは「今日用事がある」(教育は「今日行くところがある」)なんて言ってる私ですw。教養はなぜ必要か、教養の衰退、教養と欧州、教養と日本、国家と教養・・・、難しかったです。著者の思いを推察すると、疑似体験の柱となる「読書」と教養の4本柱(人文教養、社会教養、科学教養、大衆文化教養)の重要性でしょうか。就中、大衆文化教養(情緒)の大切さに力点を置かれています。とにもかくにも難しかったですw。

  • 欧米諸国をまわってみてから、改めて日本を見たらちょっと将来が心配です、というご老人からの啓発本。
    これからの日本人に必要なのはこれだ、というものをいくつか挙げている。

    それは戦争を止められなかった旧制高校の教養主義とも違うし、その残滓として戦後も残っていた文化とも違うことを、自身の経験から語っているのだが、それらを通じて、逆説的に日本における教養とはどういうものだったのかが浮かび上がってくる仕掛けになっている。

    ドイツの教養主義を成り立ちから説き、それが大衆から乖離しナチズムの台頭を許したところまでを丹念に説明した上で、そういう教養じゃ駄目だと言うのも、
    論理バカじゃなくてイギリスのようにユーモアを持ち合わせないと、と言うのも、
    そして、そういった諸々を切って捨て、実利的なものを良しとするアメリカ的な価値観も嫌だと言うのも、すべて大掛かりな伏線で、
    日本で教養とされたものは、戦争に勝つ知恵も、避ける知恵も、バブル後の経済的な蹂躙を防ぐ手立てにもなりませんでした、との主張につながる。

    ただ、それらの「敗戦」が、その教養とされたものの性質の問題なのか、それを実践に移す者がいなかった、あるいは少なかったことが問題なのか、が議論として峻別されていない。
    無論、これからの日本人に必要なものを指し示すのが著者の目的なので、民主主義なのでみんなでこれらを学びましょう、で論は閉じるのだが、なんとなく消化不良の感はある。

    ただ、反省とか総括とかいうことをまったくしないか、言い過ぎるかで70年あるいは30年経ってしまい、今や元号も令和だし。
    そもそも数学者の著者にそこまで求めるのも酷な話か。

  • 年取ったなぁ。。。丁寧さに欠けた文章がもったいない。正論が老害に見えてしまう。すごい正しいこと言ってるのに。天才数学者が長年の知見で綴った名著であることは間違いない。賛否あっても、深く参考になる一冊。

  • 西洋史が大半を占めていますが、とても勉強になりました。また、教養=読書の重要性を改めて再認識しました。
    将来の日本を担う子供たちへ、今後も読書を強く勧めていきたいと思います。

  • 【感想】
    近代の世界史について、筆者の客観的な視点も相まって、読んでいて非常に勉強になった。
    どの国の歴史を見ていても、(当たり前だが)やはり自国の国益を最優先に考えて動いており、その中で社会主義や資本主義が発展しているのが読んでいて分かった。
    正直、「教養」というのは一文の得にもならないということを分かった上で、ただ欲望にまみれた本能を抑制する手段として身につけなければならない。
    ナチスドイツの発展やソ連の誕生なども、国民の教養不足の合間を縫って発展したのだから、その点は非常に頷ける。

    ただ、作中にもある通り、利害損失のみで動いている人間が多い今世において、果たして「教養」という剣が本当に役に立つかどうかについては、甚だ疑問とも思った。
    これから必要な教養として、「人文的教養(哲学や古典)」「社会的教養」「科学教養」「大衆文化教養」などが挙げられているが、この世で生き抜くにあたっては、メシのタネになる、あるいは自身を守る盾になる「実学」を身につけなければいけないのではないか。
    自身の仕事に直結するための勉強や、収入につながる勉強、誰かに騙されないよう見抜くための勉強など・・・
    多少軽薄なのかもしれないが、誰かに欺かれたり競争で勝ち抜くためには、そういった知識も身につけないといけない世の中なんだと個人的には思っている。
    「教養が大切だ!」という意見は勿論頷けるが、綺麗事だけではこの世の中で生きていくにあたってハズレを引き続けてしまう気もする・・・

    リベラルアーツなど、知識として身に着けておく重要性も感じたが、それと同時に、いやそれ以上に、「VUCA」と称されるこの世の中を生き抜くためにも、別ジャンルで必要な知識やスキルを身に着けていく必要がある。
    「性善説」を貫いて生きるのは確かに素晴らしいが、それは疑う事を怠けてしまっているのと同義である。
    この世に悪意が潜んでいる限り、「清濁併せ吞む」覚悟で生きていく必要があるなと、最近になってとても感じる。

    とても面白い本だったし、勉強にもなったが、結局は筆者の主張とは大きく異なってしまった。
    結局、マジメな人間が損をしてしまうリスクが大いにあるこの世の中では、「功利性」や「金銭」の大切さから極端に目を背ける事が今の自分には到底できない。
    前記したが、「清濁併せ吞む」スタイル。
    また、「性善説」に依存しすぎないスタイル。
    「教養」をしっかりと身に着けつつ、決して貧乏くじを引かないためにも、打算的に狡猾に世の中を生きていくダークスキルも併せて今後は身に着けていこうと思った。


    【内容まとめ】
    1.「教養」とは、世の中に溢れるいくつもの正しい「論理」の中から最適なものを選び出す「直感力」、そして「大局観」を与えてくれる力。

    2.アメリカのトランプ大統領も、口ではウォール街を牽制しているが、実際は金融規制緩和などでウォール街を喜ばせ、国益を優先としている。
    アメリカに限らずどの国も、弱者や敗者への惻隠などはどうでもよいこと。
    世界中の99%の人々は、ほとんど利害得失だけで行動しており、そういった人々から成る国家がそのような浅ましい行動やさもしい行動に向かうのは、残念ながら仕方のないこと。
    そんな中で、「教養」は本能を制御する力として大きな意味を持つ。

    3.リベラルアーツの起源
    アリストテレスは数学中心主義から離れ、広く人文、社会、自然からなる3つの科学が体系的に教えられた。
    アリストテレスはリュケイオンで教えながら哲学・論理学・生物学・修辞学・倫理学・政治学をはじめ諸分野で膨大な業績を残し、「万学の祖」と呼ばれるようになった。

    4.※補足「リベラルアーツとは?」
    リベラル・アーツとは、 ギリシャ・ローマ時代に理念的な源流を持ち、ヨーロッパの大学制度において中世以降、19世紀後半や20世紀まで、「人が持つ必要がある技芸の基本」と見なされた自由七科のことである。
    具体的には文法学・修辞学・論理学の3学、および算術・幾何・天文学・音楽の4科のこと。
    (Wikipedia引用)

    5.これからの教養とは?
    書斎的の知識ではなく、現実対応型のものでなくてはならない。
    現実対応型の知識とは、屍のごとき知識ではなくて、生を吹き込まれた知識、情緒や形と一体となった知識。
    実体験は擬似体験により補完され、健全な知識と情緒と形、バランスのとれた教養を!



    【引用】
    「教養」とは、世の中に溢れるいくつもの正しい「論理」の中から最適なものを選び出す「直感力」、そして「大局観」を与えてくれる力だ。
    では、教養を身につけるためにはどうしたらいいのか?
    教養の歴史を概観し、その効用と限界を明らかにしつつ、数学者らしい独創的な視点で「現代に相応しい教養」のあり方を提言する。


    p25
    誰しも、有限の人生において、無価値の情報に関わっているヒマはありません。
    自分にとって価値のある情報だけを選択したい。それらがその人の判断力の基盤となるからです。

    ありとあらゆる情報から、どんな物差しにより自分にとって有意義で価値のある情報を選ぶのか?
    その嗅覚は何によって培われるのか?
    教養とは一体何か?


    p28
    紀元前三三一年、ギリシア人の国家マケドニアのアレクサンダー大王は、念願のペルシアとの戦争に勝利しました。
    その後10年も経たないうちに32歳の若さで病没してしまい、大帝国は将軍達により三分割されました。

    そのうちの一つが、アレクサンドリアを首都としてプトレマイオス一世の創立したプトレマイオス朝エジプトです。
    アレクサンダー大王は「父から生を受け、アリストテレスから高貴に生きることを学んだ」と言うほどアリストテレスを崇拝し、その下で教養を積んでいましたが、このプトレマイオスも同様に学問や文学を愛好していました。
    彼は首都アレクサンドリアに学術研究所「ムセイオン」を作り、文献学を中心に、数学、物理学、天文学など70万巻以上の蔵書数を持ち、大いに隆盛しました。

    プトレマイオス朝は300年ほど続きましたが、陰りの見えてきた紀元前30年、絶世の美女クレオパトラが即位し、美貌美声媚声を駆使してローマ帝国の英雄を籠絡したが、乳房をコブラに噛ませて自殺してしまい、その後プトレマイオス朝はローマに滅ぼされました。


    p41
    ・12世紀ルネサンス
    バグダッドを拠点としたイスラム国家アッバース朝が地中海沿岸を占領してから3世紀あまり、地中海貿易は停滞し、この海はいわば閉ざされた海となっていました。
    アッバース朝の勢いが衰えた12世紀になって、ジェノヴァやヴェネツィアなどの北イタリア都市国家が地中海貿易の主導権を握るようになりました。
    ヴェネツィアの貿易商人だったマルコポーロはジェノヴァとの戦争中に捕虜になりましたが、その時に著したものが「東方見聞録」です。
    日本をジパングとして初めてヨーロッパに紹介しました。

    ギリシア古典は千年間もビザンティン帝国やイスラム国家に保存されましたが、衰退する帝国に見切りをつけた幾多の学者たちがヨーロッパに里帰りしました。これがルネサンスです。
    知識人は新たな知識を求め、これら古典をむさぼり読みました。


    p49
    ・リベラルアーツの起源
    アリストテレスは数学中心主義から離れ、広く人文、社会、自然からなる3つの科学が体系的に教えられた。
    アリストテレスはリュケイオンで教えながら哲学・論理学・生物学・修辞学・倫理学・政治学をはじめ諸分野で膨大な業績を残し、「万学の祖」と呼ばれるようになった。


    ※補足
    リベラルアーツとは?
    リベラル・アーツとは、 ギリシャ・ローマ時代に理念的な源流を持ち、ヨーロッパの大学制度において中世以降、19世紀後半や20世紀まで、「人が持つ必要がある技芸の基本」と見なされた自由七科のことである。
    具体的には文法学・修辞学・論理学の3学、および算術・幾何・天文学・音楽の4科のこと。
    (Wikipedia引用)


    p52
    現代人は、科学技術や生産手段の進歩を人間性の進歩と勘違いしたまま、自惚れと傲慢に身を置くようになっている。
    このような現代人は、生存競争に勝つためにも、生活を豊かにするためにも役立ちそうにない教養などは、遺物であり暇人の時間潰しと見下すようになっている。

    功利性、改良や発明、金銭は確かに大切だが、教養が疎かになってしまうのは、、、


    p55
    アメリカのトランプ大統領も、口ではウォール街を牽制しているが、実際は金融規制緩和などでウォール街を喜ばせ、国益を優先としている。
    アメリカに限らずどの国も、弱者や敗者への惻隠などはどうでもよいことなのです。
    世界中の99%の人々は、ほとんど利害得失だけで行動しており、そういった人々から成る国家がそのような浅ましい行動やさもしい行動に向かうのは、残念ながら仕方のないことなのです。

    そんな中で、「教養」は本能を制御する力として大きな意味を持つのです。


    p60
    ヨーロッパでは「大戦争」と言えば第二次ではなく、より多くの死者を出した第一次世界大戦のことです。
    大戦勃発の引き金は「サラエボ事件」です。
    1914年6月に、オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻が、サラエボでセルビア人に暗殺された。
    事件の発生とともにオーストリアでは新聞などが国民を煽り始め、それに反応した国民が激昂したため、政府は事件のひと月後にセルビアに対し宣戦布告をした。


    p67
    ・近代ドイツの振り返り
    長い中世を抜け出たものの、16世紀にはルターの宗教改革、17世紀には30年戦争と、プロテスタントとカトリックの抗争で人口は激減し、国土はすっかり荒廃していた。
    約300もの領邦に分かれ、それぞれが主権や外交権まで持っていたため、国としてのまとまりはなかった。
    1807年にナポレオンに国土を蹂躙された挙句に国土の7割あまりを奪われ、巨額の賠償金を課せられた。
    ナポレオン失脚後もドイツを弱体化させたままにしておくというコンセンサスがヨーロッパにはあった。

    このような数重なる国家存亡の危機に立たされたところでドイツはやっと目を覚まし、国家主義の気運が一気に高まった。
    果敢な政治改革、軍制改革、そして教育改革が断行されてゆく。


    p81
    産業革命を経た19世紀末から、ドイツでは大衆の精神的空隙に、まずマルクス主義が、ついでフェルキッシュ運動(民族運動)、そしてついにナチズムが怒涛のように入り込んだのです。


    p114
    第一次大戦末期、ロシア革命(1917年)が起きてロマノフ王朝は滅び、1922年にソ連が誕生しました。
    その間にレーニンにより、世界革命を目指すコミンテルン(共産主義インターナショナル)が組織化されました。
    日本共産党は、その日本支部にあたる組織です。

    満州との国境を平穏に保つため、同じコミンテルンの出先である中国共産党を用い、日本軍を挑発し続けて中国と日本の戦争を泥沼化させました。

    またドイツ軍に追い詰められたソ連を救うため、アメリカを世界戦争に参加させます。
    そのためには日独伊同盟を結んでいる日本に、アメリカに対して最初の一発を撃たせることを行います。
    日米通商条約の一方的破棄、在米日本資産の凍結、鉄鉱石や石油の対日禁輸、日本を真っ向から侮辱するハル・ノートなど。


    p127
    ・独ソ不可侵条約の密約
    ソ連がバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)を併合し、独ソでポーランドを分割するというもの。
    結果、1937年9月にドイツがポーランドに突如侵攻して第二次世界大戦の引き金を引き、密約通り18日後にソ連が東からポーランドに侵攻、独ソに占領・分割統治されました。

    ポーランドは両国に対しいかなる敵対行動をとったわけでもなく、それどころか両国と不可侵条約を結んでいました。
    しかもこの密約の存在は独ソが明かさなかったため、ゴルバチョフが1989年に情報公開するまで、50年間も隠蔽されていた。


    p148
    ・これからの教養とは一体なに?
    書斎的の知識ではなく、現実対応型のものでなくてはなりません。
    現実対応型の知識とは、屍のごとき知識ではなくて、生を吹き込まれた知識、情緒や形と一体となった知識です。

    実体験は擬似体験により補完され、健全な知識と情緒と形、バランスのとれた教養を!


    p175
    ・これから必要な教養
    何かが突出しているだけでは、いくら論理的であっても間違った方向に行ってしまう。

    人文的教養(哲学や古典)
    →長い歴史をもつ文学や哲学など
    社会的教養
    →政治、経済、地政学
    科学教養
    →自然科学や統計学
    大衆文化教養
    →漫画やアニメも

  • 国家の品格に続いて。
    相変わらず筆者のイギリス贔屓とアメリカ嫌いが前面に出ている。
    たまに出てくる自慢風自虐も健在でクスッとなる。

    第一章
    グローバル化×新自由主義に対する批判。
    90年代以降の規制緩和や郵政改革などをアメリカに押し付けられた結果、日本は経済的に疲弊し、拝金主義や弱肉強食という日本の伝統とは離れた世相になっていると。

    第二章以降

  • 語りおろし的な、さーっと読める本だが、なかなかに本質をついていて、現代人必読の書。
    藤原氏の辿ってきた戦後の生育体験、アメリカでの学究生活からの知見、今までの日本の大学生に接してきた経験、豊富な読書体験などに裏打ちされた話はどの世代が読んでも有益だと思う。
    ドイツの教養主義の誕生を歴史的背景から考察し、エリート知識層の功罪と、それが輸入された日本の戦前高等学校文化の系譜は興味深い。今まであまり疑問視しなかったけれど、今から見ればかなり偏った文化的態度が日本の知識層カルチャーであるなと相対化できる。
    アメリカの知識層、支配層の内奥に接した藤原氏だけに、アメリカの日本支配の真相にも触れている。
    本物の教養を持った藤原氏だからこそ語れる日本の良さ、あるべき姿への提言は、どこにもおもねることはないが、その藤原氏をして大切と言わしめる日本の心は、どこか古き良き日本だ。
    例えば、見えないところにまで気を配る文化、他者を慮る文化、努力する文化など。四季を感じたり、先祖や自然の尊さを大切にする文化。強い者に巻かれず弱いものを助ける文化。年寄りの情緒的な傾斜もあるかもしれないが、逆説的だけれど、海外に行って帰ってきた人が改めて日本の良さを語る時、そういう場所に回帰していくように思う。
    それを、ガチガチの保守政治家が説く「美しい日本」みたいなものとは一緒にしたくはないが、日本の存在意義として大切にすることを提言している。

  • 教養は、政治や歴史もカバーしないと。でも、半分以上は歴史書。

    国家の品格よりはあきらかにつまらなかった

  • 古典的な教養論だが、情報過多の現代こそ必要な生き方。
    最初は軽く読み流すつもりだったが、実は「現代日本への警鐘」として、あるいは現代人へ生き方の問題提起として、真摯に受け止めた。

    アメリカ主導の市場原理主義・新自由主義が主流となる中で、金融資本主義による覇権が至上の価値となり、
    実務・金銭・収益の物差しがスタンダードとなった。
    歴史的に敬意を払われてきた「教養主義」は時代遅れとして捨てられていくようだ。
    権力者にとって、うるさい教養人が居なくなり、享楽主義者ばかりとなるのは望ましい社会である。

    しかし経済的成功が国民を幸せにしないのは、戦前の第一次大戦時の好況も、戦後の高度成長期の好況も同じ。
    物質的成功は精神の充足を導かなかった。むしろ更に高みを求めて、結果的に転げてしまった。

    人間としての幹を鍛えることが、強靱な国家を形成する。
    そのための肥やしが、読書であり、教養だ。

  • ・主張に新規性もなければ、根拠に納得感もない、売る価値のない本。評価してる人達の気が知れない

  • 日本史と西洋史の勉強やね。

    内外の哲学や知識、しっかりせよ日本人。
    明治中期を境とした生まれで大差があるのは、
    以前の人は四書五経、漢籍の素読ができ儒学を身につけているからという。
    それは、明治天皇自決に際し妻とともに自決した乃木希典の評価に現れると言う。
    以前の人は新渡戸稲造、西田幾多郎、徳富蘆花、南方熊楠、森鴎外、夏目漱石、幸田露伴など。
    以降の人では、武者小路実篤、芥川龍之介、志賀直哉、荒畑寒村など。
    具体的な評価が面白い。

  • 民主主義は成熟した国民がいてはじめて成り立つ。ポピュリズムは選挙を経て国民から選ばれたという前提が成り立つために、独裁政権よりもたちが悪いと思ってしまう。

    いつの時代も教養のあるもの申す市民は権力者に嫌われるものかもしれません。本を読み考えて行動するひとが増えることは、政治や経済を他人任せにしないで、自分達の足で立って考えるきっかけになるのではないでしょうか。

  • 藤原正彦氏(1943年~)は、新田次郎と藤原てい(太平洋戦争直後のベストセラー・ノンフィクション『流れる星は生きている』の著者)の次男で、数学者にしてエッセイスト。1977年発表の米国留学記『若き数学者のアメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。2005年発表の『国家の品格』は270万部を超えるベストセラーとなり、「品格」は翌年の流行語大賞にも選ばれた。
    本書は、『国家の品格』以後、ますます広範に渡り深化する情報社会において、われわれ日本人(そして日本という国)が生き残っていくためには、日本の歴史・文化に根差した「教養」が最も大事であることを(藤原流に)力強く語ったものである。
    印象に残った内容は概ね以下である。
    ◆現在一般に認識されている「教養」の原型は、古代ギリシアから帝政ローマ時代の、自由人になるための技術「リベラル・アーツ」(音楽、算術、幾何学、天文の数学系4科と、文法、修辞、論理の言語系3科を合わせた、自由7科)である。
    ◆リベラル・アーツは、帝政ローマ以後はビザンティン帝国やイスラム国家に保存され、約千年のときを経てルネサンスでヨーロッパに復活したが、その後、①教養そのものは、生存競争に勝つにためにも、生活を豊かにするためにも役に立たないと考えられた、②世界のアメリカ化により、ヨーロッパ的なものが否定され、功利性、改良・発明などが重視された、③グローバリズム、新自由主義の浸透により、利潤を最大化し競争に勝つことが求められるようになった、④ヨーロッパは、「教養」により二度の世界大戦を防ぐことができなかった、などにより世界的に「教養」は衰退した。
    ◆近代以降、古典と哲学を重視したドイツ教養市民層と、スポーツやユーモアを大事にしてバランス感覚を培ったイギリス教養市民層は対照的で、それが二度の世界大戦を含む、過去一世紀の両国のたどった運命に表れている。
    ◆日本では、明治維新以降ドイツ的教養主義が広まり、第二次大戦の戦前戦中も概して教養主義を貫いてはいたが、ドイツの教養市民層と同じく政治には疎く、戦争に向かう過程では無力だった。戦後の教養層は、GHQ史観、それに基づく戦後体制、対米従属による経済成長ばかりを重視し、日本古来の形(武士道精神、儒教精神、情緒など)を忘れてしまった。
    ◆深化した情報社会において最も大事なものは、無限の情報の中から最も必要で本質的なものを選択するための、知識や情緒に根差した物差し(座標軸、価値基準)であり、それは現実対応型の知識、即ち、情緒や形と一体となった知識であり、それこそがこれから求められる真の教養である。「生とは何か」を問うのがかつての教養で、「いかに生きるか」を問うのがこれからの教養とも言える。
    ◆これからの教養とは、人文教養、社会教養、科学教養に加えて、日本が誇る大衆文化教養が柱となるべきである。
    「論理に先立つ情緒や形が大事」、「日本は情緒や形を重んじた、他国にない優れた文化を持つ」、「読書に勝る修養はない」などは、藤原先生がこれまで繰り返し主張してきていることで、安心して読み進めることができたが、それらの主張を“教養”というワード・切り口で編みなおした一冊と言えるだろうか。
    (2019年1月了)

  • ものすごく単純な解釈をすれば、リテラシーを高めるために本を読んで教養を身につけようという内容。
    藤原先生はロマンチストに見えますね。

  • 特に、現代のデジタル化された社会において、論理や結果はコモディティ化してくる。その中で、自分らしく、社会正義に基づいた考えを持つことが重要だね。それには、日本人らしい、教養の持ち方、自分らしい教養の持ち方が問われる。でも、そんな教養人を凌駕する権力や大衆の空気とは、何ものでしょう。できることは、教養の無い人をリーダーにしないことですね。

  • 民主主義を維持するためには、国民の教養を高く維持することが必要不可欠であり、そのためには時代・状況に応じて様々な知識・情緒教育が必要。中でも読書は大切で、昔からの日本の芸能・本は、世界的にも優れている。常に批判的に捉えることにより、周囲のミスリードに惑わされずにすむだろう。最近、何も知らないのに「絶対反対!」とか騒ぐ人が多い。

    要は、ちゃんとしっかり時代に合った勉強をして、国民の役割をまっとうに果たせよ!ということ。

  • 「教養は大事である」と口々に言われるが、教養とは何なのかについて、本書読了前は全く理解していなかった。本書を通して、教養とは”堂々たる価値基準”であると理解した。民主主義が成り立っている以上国民一人一人にこの教養が求められている。昔の同世代の人々と比較していかに自分の教養のないことか。
    また世界が以前より近いものとなっている昨今、日本人としての価値基準を持つことがアイデンティティとなるはずなのに、自分にはそれがあると断言できないことに気づいた。グローバルスタンダードに踊らされることなく、日本的教養を身につけることが重要であると感じた。
    最後に本書で紹介された、教養の4本柱。
    人文教養…文学や哲学
    社会教養…政治、経済、歴史、地政学
    科学教養…自然科学や統計
    大衆文化教養…情緒や形の修得。大衆文芸、芸術、古典芸能、芸道、映画、漫画、アニメなど。

  • 2019年、29冊目です。

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