ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106108204

作品紹介・あらすじ

2019年7月22日、「東洋経済オンライン」記事で紹介され話題。
少年院には「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いた……。

この世には「反省以前の子ども」が沢山いる。認知力が弱く「ケーキを等分に切る」ことすらできない――。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、彼らを社会生活に導く超実践的メソッドを公開。

感想・レビュー・書評

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  • うーん…
    ちょっと期待しすぎてしまったからか、評価をつけづらい。
    ある程度知識がある人には、物足りなさを感じてしまうかもしれません。読みやすい文体と語り口で、スラスラと読むことができます。でもそれゆえ、これまで関わってきた子どもたちが頭をよぎりまくり、別のことを考えながら読んでいるような時間が実に長かった。あまり集中できていなかったように思う。

    わたしは児童分野でソーシャルワーカーとして働いていたことがあって、そこには”ケーキの切れない非行少年たち”と同様の子どもたちがたくさんいた。つまり、「見る力」や「聴く力」が弱く、そこから得られる情報が実際と異なってしまって、認識がずれている子どもたちだ。うんうん、いるいる…そう思いながら読んでいて、現場はいつもそういう子たちの対応に困っていた。でもたぶん一番困っているのは子ども本人なんだけど。そもそも”困ってる”って、結構高次の感情のような気もしていて。何か”困る”ような出来事があっても、それに対して”困ってる”と判断できるかどうか、がまず最初の関門で、その次に「どうやってその関門を乗り越えるか」という関門も存在する。
    “困ってる”という感情を知らなければその出来事は流されてしまう。また、人とコミュニケーションを取ることが苦手であれば、「困った(と思われる)時に誰かに相談する」という選択肢なんてまず出てこない。そうやって一人でさまざまな「困った(と思われる)場面を乗り切る方法」を繰り返していくうちに、犯罪に行きついてしまうことだってあるだろう。

    怖かったのは、自分にも非行少年たちと重なる部分があるという点だ。
    例えば、融通の利かなさや不適切な自己評価。困難にぶち当たった時に融通が利かないと、選択肢が乏しく、解決には程遠い方法しか思いつかない。自己評価が不適切であれば、自分に直すべき点があっても、適切にフィードバックできずに妙な自信を持っていたり、逆に被害意識が強ければ、「あの人が自分を見てくる、何か自分に問題があるのでは」という思いが募ったり。
    凶悪犯罪によって少年院に入所した子どもも、こうして日常生活の中のちょっとした出来事に困っていて、それを誰にも相談できずに一人で解決しようとして、ちょっとした勘違いから人を殺してしまったのかもしれない。誰かに相談しようにも、被害意識が強ければ、他人に馬鹿にされると思い込んで、結局誰にも相談できないのだ。
    P125「問題なのは自尊感情が低いことではなく、自尊感情が実情と乖離していることにあります。何もできないのにえらく自信をもっている。逆に何でもできるのに全然自信がもてない。要は、等身大の自分をわかっていないことから問題が生じるのです」。
    いかがでしょう?わたしはこれは、非行少年だけではない、今の時代を生きる人全員に言えることではないかと思いました。特に、SNSのように虚飾が可能な世界では、いくらでも自分を偽ることができる。どんどん現実の自分と、SNSでの自分の姿が乖離してゆく。
    彼らは決して、理解できない他者じゃない。

    認知の課題があったり、知的な課題がある人や子どもの話を、わたしは一生懸命聴いてきた。でもたぶん、「丁寧に話を聴く」だけではわからないものが潜んでいる。
    P123「”褒める””話を聞いてあげる”は、その場を繕うのにはいいのですが、長い目でみた場合、根本的解決策ではないので逆に子どもの問題を先送りにしているだけになってしまいます」。
    この一文は耳が痛い。
    これまで関わってきた子で、知能検査WISCでばらつきがある子は結構いて、でもだからといってどう対応すればその子が生きやすくなるのか、それはわからなかった。それがわからない以上、彼らは生きづらいままだし、「問題行動」を起こすことだってある。
    書籍の中では、彼らの生きづらさや「問題行動」の背景にある、「話を聴く」だけでは見えてこない、認知機能を強化するトレーニングが紹介されている。

    きっと子どもも大人も、あらゆる点において「自分で気づくしかない」。しかし、周りは何をすれば、それが本人の”傷つき”ではなく”自分を変えよう”とする気づきになるのか、それは人によって違うのだけれど、答えのない、非常に難しい問いのように感じた。

    • ロニコさん
      naonaonao16gさん、おはようございます^_^

      コメントをありがとうございました。
      コメント欄に書き始めると、途中でフリーズするこ...
      naonaonao16gさん、おはようございます^_^

      コメントをありがとうございました。
      コメント欄に書き始めると、途中でフリーズすることが多く、今回も何度かフリーズ…返信遅くなりすみません。

      naonaonao16gさんの書かれているレビューから、社会福祉の分野でお仕事をされている方なのだろうな…と思っていましたが、ソーシャルワーカーとして働かれていたこともあるのですね。

      私のような経験の浅い学校関係者でも、そこから先の詳しい情報が欲しいな…と思うのですから、専門職の方は尚更でしょうね。
      とはいえ、この本、勤め先の先生方の間で一時期引っ張りだことなり、喜んで頂きました。しかし、先生方こそそこから先が知りたいでしょうね…。

      学校現場は、制度的に昔と変わらないのに社会や子ども達の様子は大きく変わっています。もっと柔軟に対応できるように、現場の先生方は奮闘されていますが、大元がお役所的なだけに色々と難しいですね。
      末端にいる自分にさえ、そんな風に見えてしまいます。

      naonaonao16gさんの心のシャウト、私は全く違う立場にいながら、いつも共感しております。
      2020/07/06
  • R3.12.4 読了。

     以前ラジオの「武田鉄矢 今朝の三枚おろし」で紹介されていて気になって購入しました。
     非行少年たちは学校の授業についていけない、親からの虐待、ストレスをため込みやすい、他者とのコミュニケーションが苦手などの背景があることがわかった。
    また、過去に読んだ本の中にも刑務所内には、発達障害や知的障害を持っている者がおり、そうした者たちの再犯率は高いと書かれてあった。
     この本でも少年犯罪の現状や学校教育や矯正施設の課題や取り組み、そしてコグトレ(認知機能強化トレーニング)についても紹介されていた。
    犯罪に関しての知らないことを学ぶことができた。
    コグトレについても著者の本を読んでみたい。

    ・「認知機能とは、記憶、知覚、注意、言語理解、判断・推論といったいくつかの要素が含まれた知的機能を指します。人には五感(見る、聞く、触れる、匂う、味わう)を通して外部環境から情報を得ます。そして得られた情報を整理し、それを基に計画を立て、実行し、さまざまな結果を作りだしていく過程で必要な能力が認知機能です。つまり認知機能は、受動・能動を問わず、すべての行動の基盤であり、教育・支援を受ける土台でもあるのです。」
    ・「目標を立てられないと人は努力しなくなります。努力しないとどうなるでしょうか。二つ困ったことが生じます。一つは、努力しないと成功体験や達成感が得られないため、いつまでも自信がもてず、自己評価の低い状態から抜け出せないことです。もう一つは、努力しないと『他人の努力が理解できない』ことです。」
    ・「悪いことをした子がいたとして、反省させる前に、その子にそもそも何が悪かったのかを理解できる力があるのか、これからどうしたらいいのかを考える力があるのか、を確かめなければなりません。もしその力がないなら、反省させるよりも本人の認知力を向上させることの方が先なのです。」
    ・「解決案のバリエーションの豊富さと、状況に応じて適切に選択肢を決める『融通を利かせる』力です。頭の柔らかさと言い換えてもいいのかもしれません。」
    ・「自己の問題や課題を気づかせ、『もっといい自分になりたい』といった気持ちを持たせることが、変化のための大きな動機づけになるのです。」
    ・「対人スキルがトレーニングできる機会は確実に減ってきました。…(中略)携帯電話がまだ普及していないその昔、相手の家に電話をかけるときには、本人以外の家族が出ることが多くありましたので、それなりに電話をかける時間帯や言葉遣いなどの最低限の礼儀は心得ていなければなりませんでした。」
    ・「イジメは、その当事者だけでなく新たな被害者を生んでいたのです。」
    ・「『子どもの心に扉があるとすれば、その取っ手は内側にしかついていない。』まさにその通りだと思います。子どもの心を開くには、子ども自身がハッとする気づきの体験が最も大切。」

  • 凄い、今自分が図書館で借りて手にしている分で33刷目らしい…。(初版は2019年7月刊・手元にある分は2021年5月刊) 随分話題になっていたけど、反響も凄かったんだな。
    タイトルの「非行少年たち」とは具体的に、「医療少年院に入所している、知的障害をもち非行を行った少年たち」のことを指す。犯罪行為はともかく、性質の面では非常にデリケートな問題だというのは間違いない。

    児童精神科医の著者は大阪の精神科病院・少年院を経て、現在三重県の医療少年院に勤務されている。医療少年院とはいわば少年院版特別支援学校で、「特に手がかかる」と言われている上記のような少年たちを収容する施設のことだ。
    「ホールケーキを3等分に分けよ」という問題をはじめ、少年たちは簡単な計算や漢字問題が解けない。また無気力だったりすぐ暴力に訴えたりと、どうすれば良いのかこちらも頭を抱えてしまう。
    本書ではカウンセリングや治療プログラムの模様から、知的障害をもつ少年たち(本書では女子も「少年」と呼んでいる)や彼らを軽視してきた学校や社会を詳細に分析していく。

    「非行は突然降ってきません。生まれてから現在の非行まで、全て繋がっています。[中略]子どもが少年院に行くということはある意味、”教育の敗北”でもあるのです」

    「教育の敗北」…。ズドンとくる言葉だ。
    犯した事件の重大さを把握せず、反省の色も見せない。果ては殺人を犯しても「自分は優しい人間だ」と主張する。
    様々な特徴がある中でも認知機能の弱さが際立っていたように思う。見たり聞いたり想像する力が最初から歪んでいると、考えや行動にズレが生じる。(ホールケーキの件もさることながら、複雑図形を模写する実験で全く違う図を書き残した例も大変ショックだった)
    学校のカリキュラムはおろか、通常の更生プログラムまでもが通用しない。でも学校や社会では知的障害とは認識されず「ただのできない人」扱い。完全なる「教育の敗北」…

    「子どもの心に扉があるとすれば、その取手は内側にしかついていない」

    みんなができることができずに壮絶ないじめや虐待を受けた彼らは、明確なSOSを発信できずにいる。それでも彼らなりに「サイン」を出し続けるのだが、周囲は見過ごすばかり。通り一辺倒の対処では、たとえ出所してもまた塀の中に戻りかねない。
    現状を踏まえた上で我々が最も注目すべきは、第7章「ではどうすれば?1日5分で日本を変える」である。「コグトレ(Cognitive Training、認知機能強化トレーニング)」など、彼らの苦手意識を改善していく方法が多数取り上げられており、それらは学校現場でも導入できるという。積極的に取り組む姿勢が見られたら、それはもう彼らが”扉”を開け始めている段階なのだ。

    彼らの風貌は想像するしかないけど、克明な記述から表情は読み取れた。
    カウンセリング時の無表情・すぐ喧嘩を吹っかける時の険しい顔・光が戻ったかのような笑顔。こうした想像でも彼らのことを知っていく糸口になれば…。

  • たまには、小説以外もと、前からタイトルが気になってたので…
    ケーキが切れない?何のことかと思ったら、そういう事なんや。
    色んな事件を起こして、少年院に入ってる非行少年。
    院側も反省させようと、色々、カリキュラムを組んでやってるけど、反省以前の問題もあるんか…
    認識能力の障害というんかな。

    例えば、信号を赤で渡る少年がいる。
    「赤で渡ったらアカンやろ!」と怒られる。
    「すみません」と謝るけど、また、やる。
    でも、本人には、信号の色を認識してなかった。

    って感じかな。
    そら、分からんし、本人もツラいな。

    こういう認識能力などの問題点を早く見つける。
    それが、解決策なのは分かった。
    (策が絶対に効くもんではないにしても)
    軽度の障害は、小学2年生ぐらいから、発動するみたい。
    この辺の対策は、学校で実施して欲しいらしいけど、そんな授業は、あって「道徳」とか。
    (今の授業内容知りません〜(^^;;)
    まぁ、事件などが起こってからでは仕方ないので、非行せんように、早期発見しかないんやろうけど、これ以上、求めると先生の方が、病みそう…
    もっと、予算出して、それ専門の人らを学校に配置するとかして欲しいな。
    それで、犯罪が少なくなるなら、安いものでは?

    勉強になりました〜

  • 宿題を忘れる、遅刻をする、同じ過ちを繰り返す、すぐにキレる…以前なら性格の問題や家庭のしつけ或いは学校での教育の問題、果ては親の愛情が足りないなどと片付けられていたことが、発達障害を始めとする様々な障害と名付けられて久しい。

    著者はこうした障害を持つ少年たちが「適切な支援」を受けられないまま放置されたがために「反省以前の」、自分の行為と向き合うことも出来ないまま犯罪を繰り返す異様な事態になってしまうことの危険を提示している。
    しかし帯にあるような、ケーキを等分に切ることが出来ないほど認知機能が弱い子供たちは、自分が「困った」状態にあることすら認知していないから周囲に支援を求めることもない。また保護者の問題もあるようだ。

    結局のところ学校で見つけてもらう他ないようだが、ただですら多忙な先生方の業務をこれ以上増やすのも心苦しい。
    とは言ってもこの発達障害や知的障害の割合は決して無視出来ない数だし、出来るだけ早い段階で「適切に」対応することが望ましい…らしい。

    最近よく聞くグレーゾーンも含めると、結局何が障害で何が障害ではないのか、どこまでが「普通」でどこからが「普通じゃない」のか分からない。
    本文の中で提示されている言動の例からしても、一つくらい思い当たる人は誰しもあるだろう。

    序盤には聞く力や見る力が弱いために、相手の意図や感情が正しく読み取れない、歪んで受け止めてしまうという旨が書いてあるが、それは障害だけではなくて加齢によっても起こりそうだ。近年よく聞く「キレる老人」とはこういうことだろうか、ともふと思う。

    最近は「褒める育児」という言葉が踊っているが、それもどうなのかという作者の言葉には大いに頷けた。
    個人的には「多様性を認めよう」という言葉も本来の意味とはずれて認識されているような印象を受けることがある。
    つまり個性や人格を認めることは大事だが、社会で生きていく以上はルールやモラルを守らねばならないわけで、そこを逸脱する行為に関してはきちんと注意して矯正しなければ、後に「加害者」と「被害者」を生む不幸な事態になるということ。

    これほど多くの人々が何かしらの障害を持っているというのなら何とかしなければならないだろう。
    かと言って学校現場に押し付けるのはなんか違う気もするし、結局のところ国を挙げて様々な分野から対処するということになるのだろうか。

    それで結局どうすれば「困った」子どもたちが社会の中でも上手く適応し前向きに生きられるようになるのか。
    そもそも「適切な支援」って何なのか。人によって「適切」とは何かは違うはずだし、そんな事細かに出来ることなのだろうか。

    …と思っていたら、最終章で一日五分で出来るトレーニングの例が最後に出てきた。これなら学校のホームルームの時間でも行えるとのこと。
    ただ最後は詳しくは著者の別の本を読んでね、という宣伝であった。

    う~ん、何とも言えない読後感。
    ただ「障害」のあるなしや「困った」自覚のあるなしに関わらず、聞く力や見る力のトレーニング、感情統制のトレーニング、様々な選択肢を持てるトレーニングなど、社会の中で生きるためのトレーニングは必要だろうと思った。
    特にSNSの発達で実際に人と対面してコミュニケーションを取らなくてもよくなった現代だから対人スキルの低下ということはあるのかなと納得。

  • これは、かなり衝撃的な内容。
    殺人や性犯罪などの凶悪犯罪を犯して少年院に服役している子どもの中に、無視できないパーセンテージで、認知機能が極端に低い子どもがいる、というお話。

    学力が低い、という問題ではない。
    学力も低いのだが、それ以前に、視覚や聴覚などの発達があまりにも未熟すぎて、その年齢の人間に当然要求される諸能力を身につけることができず、壮絶な「生きにくさ」を抱えている、という話である。

    例えば、帯に書いてある図形。
    「ケーキを三等分して下さい(3人で平等に分けて下さい)」という課題に対する、ある受刑者の解答である。
    小学校低学年ならまだわかるが、この図を書いたのは10代半ばの少年で、何分間も考え抜いた末の解答なのである。

    さらに衝撃なのは図形模写のテストで、ある受刑者が書いた図。
    まるで幼稚園児か、認知症の高齢者が書いたような図だ。
    正直、これは下手なホラーより怖い。
    自分の隣で普通に生活している、健康そうな若者が、実はこんな稚拙な認知機能しか持たない、脳障害を抱えた人だとしたら。
    幼児や認知症患者のように、本来なら保護と管理の対象となるべき人間が、成人の身体と資格(車の免許など)を持ったまま、放置されていたとしたら。
    それは、本人にとっても周囲にとっても不幸なことだ。

    現在、知的障害の基準はIQ70以下とされているが、これはかなりゆるめの基準らしい。
    現実にはIQ85でもかなり生活に不具合が生じるらしく、このIQ70-85の境界知能の人も含めると、知的に問題を抱える人の割合は人口の約16%となるそうだ。
    ざっくり言うと、35人クラスなら下位5人が該当する計算となる(実際には学校間のレベルの差があるので、単純には当てはまらないが)。
    この見逃された知的障害の子に、小学校低学年くらいの早い段階で介入し、支援するのが、福祉の観点からも犯罪防止の観点からも望ましいと著者は述べている。

  • ケーキの切れない非行少年たち。
    読めば読むほど色々と腑に落ちた。
    発達障害を持って生まれ、その障害を誰にも気付かれず適切な教育を受けることもなく、『落ちこぼれ』として生きていかなければならなかった非行少年たち。
    相手の気持ちや表情が読めず、『空気の読めないやつ』として社会からはじかれてしまった彼らが、犯罪を犯し少年院に入ってくる。そこで初めて発達障害を認知され、矯正プログラムとともに療育が施される。しかし10代後半まで成長してしまった彼らが障害を受け入れていくには長い時間が必要であり、彼らを根気強く支えていく他者が欠かせないだろう。
    それまで非行少年として周囲に『厄介者』扱いされてきた彼ら。彼らにそんな理解者がいることは稀であろうし、そもそも彼らが自分のことを障害者として理解することも困難だ。
    非行少年が非行少年になる前に、社会としてできることは何なのだろう。
    自分がこれまで通ってきた小学校時代、中学校時代、高校時代、大学時代、それぞれに必ずいた『空気の読めないやつ』『すぐにトラブルを起こすやつ』、彼らにももしかしたら発達障害があったのかもしれない。
    こういった情報は、知識としてもっと広く知られるべきだと思った。

  • 認知能力が低く、反省する以前の少年がたくさんいる。ホームレスに石を投げて殺した某大学野球部員たちも、そういう少年なのかもしれない。

    発達障害や知的障害への早期からの支援は、僕が育った頃に比べかなり充実してきていると思う。それでも、育った環境によりなかなか気づかれない子どもたちもいる。

    こういった子どもたちが生きていくのは、我々が想像している以上にしんどくて辛いことなんだと思う。

    行動変容のためには適切な自己評価が欠かせない。本書の後半では、どのように支援を行うべきか述べられている。参考になる。

  • 非行少年たちは自分が犯した罪に対して反省などはしていない。

    それは何故か反省が出来ない。

    少年院に行く少年たちは
    読み書きや計算などが出来ず、タイトルにあるようにケーキの三等分に切ることも出来ない。

    それはIQが低いと言うわけでもないIQが高くても、未来を想像する力が著しく欠けている少年が多く、自分の欲求を消化する行動の選択肢が犯罪であっても実行してしまう。

    それに少年たちは見る力が弱く相手の表情などから相手の気持ちを読み取る事が出来ない。

    想像力が弱いと目標が立てれない。
    そのことにより2つ困ったことが起きる。
    →1つ目は努力しないので成功体験が得られず
    自信をつけることができず、自己評価か低い状態が続いてしまう。

    →2つ目は悪いことをしても反省出来ない

    それに対人スキルが低い少年たちが多い。
    そのことにより、嫌いな事を断れなかったり、他者に助けを求めたり出来なくなってしまう。

    こういう少年たちが更生しようと思う時は?
    1.将来の目標が決まった時
    2.信用できる人に出会えた時
    3.人と話す自信がついた時
    4.勉強がわかった時
    5.大切な役割を任せられた時

    このように一般の人が小学生や中学生など社会人になる段階のどこかで経験することを経験しないまま社会に出る事により非行に走ってしまうケースが多くなる。

    現在刑務所1人を年間養うのに300万円ほどの税金がかかるのでそれだけでもかなり損失です。

    それとは別に犯罪被害者の損害賠償がありこれは支払われてないのがほとんどです。

    よって罪を犯す前に事前に防ぐ対応が必要になってきている。

    犯罪を起こす動機をなくす事が少年あるいは未来の日本を救う為には必要と感じたが
    それをするには途方もない時間と労力が必要。
    そもそもそんな方法はあるのかと思いました。

  • 非行に走ってしまう人たちがなぜそのような行為に及んでしまったのかという事を精神科医の目線から書いている本。
    非行に走る人のイメージは、根っからの悪人などどうしようもなく手をつけられない人間であると言う物であった。しかしこの本を読んだときにそのイメージはひっくり返された。そもそも、「悪いことをやってやろう」・「傷つけてやろう」という心理の元ではなく悪いことをしているという認識が薄く、自分への評価が低くなってしまうという所に問題があるという。そして、その問題を解決するためには「褒める」・「話を聞く」というものではなく、自分が社会に存在しているという事実を認めさせ、自己評価を上げていくという事が必要であり、トレーニングを重ねていけば構成していくことが多いのである。
    この本を読んだとき、アドラー心理学の『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の事を思い出した。アドラーは社会に存在するということが人間の営みとして重要なのだと説いている。最近ではSNS等の繋がりで社会のあり方も変化しているが、改めて考えさせられる本に出会えたと思った。

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著者プロフィール

立命館大学教授、児童精神科医。一社)日本COG-TR学会代表理事、一社)日本授業UD学会理事。医学博士、日本精神神経学会専門医、子どものこころ専門医、臨床心理士、公認心理師。京都大学工学部卒業、建設コンサルタント会社勤務の後、神戸大学医学部医学科卒業。大阪府立精神医療センターなどに勤務の後、法務省宮川医療少年院、交野女子学院医務課長を経て、2016年より現職。児童精神科医として、困っている子どもたちの支援を教育・医療・心理・福祉の観点で行う「日本COG-TR学会」を主宰し、全国で教員向けに研修を行っている。著書に『教室の困っている発達障害をもつ子どもの理解と認知的アプローチ』『性の問題行動をもつ子どものためのワークブック』『教室の「困っている子ども」を支える7つの手がかり』『NGから学ぶ 本気の伝え方』(以上、明石書店)、『身体面のコグトレ 不器用な子どもたちへの認知作業トレーニング【増補改訂版】』『コグトレ みる・きく・想像するための認知機能強化トレーニング』(以上、三輪書店)、『1日5分! 教室で使えるコグトレ』(東洋館出版社)、『ケーキの切れない非行少年たち』『どうしても頑張れない人たち』(以上、新潮社)、『境界知能とグレーゾーンの子どもたち』(扶桑社)、『境界知能の子どもたち』(SB新書)などがある。

「2024年 『身体をうまく使えるためのワークブック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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