学びの本質 (新潮新書)

  • 新潮社 (2024年10月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784106110603

作品紹介・あらすじ

日常生活から難解な科学理論にいたるまで、現代のネット社会では、欲しい情報の入手にはほぼ困らない。では、人はなぜ学校に行くのか。教師や教科書を通して知識を得るためか、それとも経済的に恵まれた仕事につくためか――長年アフリカをはじめ世界の教育政策と歴史を研究してきた著者が、自身の試行錯誤を振り返りながら、「学ぶ」という人間の本質的な営みの核心へと迫る。AI時代の到来を見据えた画期的論考。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は早稲田大学を卒業した後、アメリカの大学院へ行き、専門を比較国際教育学とアフリカ研究、として博士課程を終えている。今は名古屋大学大学院国際開発研究科教授。アフリカで、4半世紀に及ぶフィールドワーク、歴史探究から見えてくる「知」の本質の答えを探る。

    本の内容は硬く、アフリカに行って調査するという著者の情熱は物凄い。学ぶということの本質を、なぜアフリカまで行って探究できるのかが驚きである。しかし、私は、本の内容としては、第5章社会で求められる能力、の章だけが大事だと思ったし、この本の肝になっていると感じた。全9章で構成されているが、やはり第5章の考察が魅力的だ。

    とはいえ、その第5章の内容としては、社会で生きていくために必要な能力に関してで、仕事をこなして自立して生きていくためには、どのようなことが必要で、社会はそれを学ぶことをいかに提供できているか、という内容である。学びの本質としての答えは、社会で生きていく能力という感じだが、もっと哲学的な答えを期待してしまったところがある。

  • 本屋で面白そうなので購入。

    アフリカ教育などの研究者である著者が書いたというわけで、研究内容はアフリカの調査などが多い。とくに学校教育がどうだったかは繰り返し述べられているので面白い。

    こうすればいいということはもちろんないし、教育自体がその社会構造の中に入る(例えば学歴が高いと良い給与を得られてとなるように、切り離しができない)のは確かにと思った。そこを知っていても、違う国の教育や歴史から見ていくと色々と違ったものが見えてくる。というのが本書の骨子かと感じる。

    とくに印象に残ったのは、
    ・発展途上国の若者では、教育が充実しているわけではない(学校が義務としてどの程度あるか、そしてそれらがあるからといって、優遇されて職があるかは、昨今日本や先進国でも同様。博士課程など高学歴でも職がないのは、結局社会の需要と供給が噛み合ってないからだろう)
    ・そういった中でキャリア形成とは、日本とは大分異なる印象になる。どこか学校で学んで再就職するなんてものはあまりなさそうだ
    ・結局自らを「セルフプロデュース」していき、どこでどうすればいいか。それこそ路上の行商で携帯パーツを売るも選択肢だし、観光客向けにビジネスをやってもいいだろう。でもビジネス?どうやる?となって、必要があって初めて学び始めたりということだろう(これは推測だが)

    日本の教育は優れた点もあるだろうが、一方で同調しすぎたり、その規律を守ることが全てとなり、逸脱を許さないという点が課題となる。当たり前だが、完璧なシステム=教育システムといったほうがいいだろうが存在しない。なんでも長所と短所がある中で、著者的にはどこらへんが学びの本質かというと、これだというところは少ないかもしれない。

    ただ、AIとの対比もあり、そこでは問いを持つことであったり、口伝ではないが口承文化の話から、文字や言語だけに頼らないという「あり方」もある(アフリカの昔の文化は、口承文化もあり、何も明文化された文字だけが全てではないということが明らかなのだと思う)。そこに人がやれることや人の感覚というのはやはり重要ということは再確認できる。

    例えば非認知能力などであったり、また仕事における問題解決能力の定義や測り方を研究するのはとても面白いと思う。

    そして最後に最も刺さったのは「疑問を形成する力」は時間がかかるということだ。訓練すれば身につけられるが、これは為政者や力を持つものにとっては脅威だとも言える。だからこそ、身に付けさせない方が楽なのは確かだ。そして、構造として身に付けさせない方が考えないほうが楽だと思わせる(学ぶ側が)のもありそうだ。この本にはないが、民主主義というのが必ず良いと思っている人はいるかもしれないがそれはなく、やや乱暴であり暴力的だが福祉といってそれを「出汁」にしているかはわからないが、そうやって支持者を取る政権や団体はあるわけだ。(もっといえば、民主主義が良いに反対させないようにして、その民主主義自体の概念ややり方を変えてけばいかようにもコントロールできるのかもしれない)。

    自分の育った環境や教育を否定するのは難しいだろう。一方で、教育として「学習者中心主義」的なものとして「考えろ」といい、そしてある面では「考えるな」といって思考停止させるほうが全く矛盾しているが、都合が良い人は多いかもしれない。

    自らの教育やシステムや文化、経済とも重なっている教育をそれだけ引っ張り出すのは確かに困難だなと思うしそこをアフリカという教育や歴史から研究していくアプローチはなかなか面白そうだと感じた。

    学びとはこういうものだと、自己啓発みたいなものを想定している人はおそらく面白くないのでおすすめしない。本書は教育学とか教育研究というのが適切で、そういうものを見ていくとなにか見える点があるかもしれない。著者なりの気付きが多いのでそこはとても学びになったと感じる。
    という意味で、その話題や研究を元にネタとして教育、学びって何かを考えるのはとても面白いのだと思う。

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000073796

  • アフリカの教育のフィールドワークに教育批判が含まれ、最後はAIの問題となっていて多岐にわたる。5章までのアフリカの教育のフィールドワークで教育と開発の問題を中心として読むことで、ユネスコを中心とした教育開発の歴史や現状がわかると思う。6章からあとのことは付け足しなのかもしれない。

  • 著者が主にアフリカの研究をしているということで、日本との違いを明らかにし、学びとはなんなのかを明らかにしていく本だと思い購入した。ことごとく私の思惑と異なり、著者の経歴、著者の日本教育の見方などが書かれていた。さらに、いかにも大学の先生らしく、本人はわかりやすく書いているつもりだと思うが、カタカナや専門的な言葉が多く、なかなか頭に入ってこなかった。

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著者プロフィール

名古屋大学大学院国際開発研究科 教授。
ガーナで博士論文調査を実施して以来、定期的に訪れる。国際開発分野のコンサルタントや財団職員、広島大学、政策研究大学院大学を経て現職。専門はアフリカ研究、教育社会学、国際開発学。
【主要著作】
『学びの本質』(新潮新書、2024年)、『「持続可能性」言説分析――知識社会学の視点を中心として』(東信堂、2023年)、『途上国の産業人材育成――SDGs時代の知識と技能』(大野泉との共編著、日本評論社、2021年)、『知識論――情報クラウド時代における“知る”という営み』(東信堂、2019年)、『世界はきっと変えられる――アフリカ人留学生が語るライフストーリー』(明石書店、2019年)など。

「2025年 『ガーナを知るための57章【第2版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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