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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784106110696
作品紹介・あらすじ
「本物の城」は12しかない!? 近年の「城ブーム」のおかげで、全国各地で名所・史跡として人気を集める城の数々。だが、中には史実とはおよそ異なる姿がまかり通っている例もある。そもそも、かつて数万あったという日本の城郭はなぜ激減してしまったのか。「現存天守」「復元天守」「復興天守」「模擬天守」の違いとは――文化財としての城の値打ちと、その歴史と未来を問う。
感想・レビュー・書評
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ある時からお城巡りを始めた。
立派な天守のあるお城はもちろんだが、土塁だけの城跡にもなぜか魅力を感じる。
「お城」の文字がタイトルにある本は見つけると手に取ってしまう。
この本もそうだ。
天守が現存するお城は全国に12ある。12しかないともいう。
弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、備中松山城、松江城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城だ。
この本では、天守がなかった城に建った天守が紹介されていたり、平成、令和の復元事情が語られている。
中でも、名古屋城に多くのページがさかれていることは単純にとても嬉しい。
名古屋城の木造再建についてメディアで多く取り上げられているが、「名古屋城天守は特別な建築だった。「日本の伝統的木造建築技術の最高到達点」だった。それほどの建築が、ほかの天守とは比較にならないほど正統的で、正確で、精密な復元が可能である。だからこそ、500億円ともいわれる費用を投じる価値があしり、巨費を投じる以上は、可能な限り史実に忠実に復元し、後世に伝える必要がある」という著者の主張に首肯できる。
あーあ。でも、名古屋城、第2次世界大戦末期に空襲で焼失してしまったことは本当に惜しい。残念でならない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日本各地に残るお城。だが、現存する天守は12しかなく、他は全て復元・復興されたものである・・・。
以前、家族で小田原城を訪れたことがあるのだが、中に踏み入ってみるとあらびっくり。かつての木造の城の面影などなく、無機質で近代的なRC造の博物館になっているではないか。これには特に子供ががっくり。それ以来「次は本物のお城が見たい」と言われていた折も折、実に丁度良さそうな本が出版されているではないか、ということで手に取った。
本書は、日本の城がいかに作られ、最盛期を迎えたか。そしてそれらがどのように扱われ、次第に打ち捨てられ、あるいは破壊されていったか。そして、どのように復興・復元の道を辿ったかが記されている。
戦国時代以前の土塁を中心とした「中世城郭」に対し、石垣の上に天守を備えた我々のよく知るスタイルの「近代城郭」は織田信長による安土城を画期として、それ以降急速に普及していった。
しかし、江戸の世に入り一国一城令が出ると、各藩の中核となった城以外は打ち捨てられる。
また、城はその維持修繕にも莫大な費用がかかるため、江戸時代が下るにつれ、天災地変で失われたまま再建されない天守もあった。
更に明治維新を経て、城は旧時代の象徴として文化的な価値は一切顧みられることなく、軍事施設として使えるか否かの観点でのみ評価し、多くが破壊されていった。天守が残った城であっても、天守を取り巻く様々な施設は破壊されどんどん市街化されていった。
そして、太平洋戦争において、市街地が爆撃されるにあたり、市街のど真ん中に位置することになっていた城も大きな被害を受け、現存する天守は遂に12のみとなった・・・。
戦後の城の復興においては、まず戦争の記憶が生々しかったゆえかほぼすべてがRC造にて再建された。また、復興の意義としては、文化的価値を評価する側面もさることながら「地域おこし」の役割を期待されることが次第に増え、史実通りに復元するよりも、観光客にウケそうな姿かたちで復興するような例さえしばしば見られた。
平成に入り、ようやく旧来の資料を徹底的に検証し、在りし日の姿に近づける姿勢が全国的に広がってきているが、そこには建築基準法等の法律との難しい関係があり、復元も容易でないことが語られる。
上記のような流れを、かなり多数の城の歴史と復元・復興の経緯を列挙していく事で浮き彫りにしている一冊だ。
著者は徹底して、城を復元するのであれば「在りし日の姿の通り」に最大限近づける努力をすべしとの姿勢である。それを通じて、日本の歴史・文化を省察し、適切に評価することに繋がるのだとさえ説く。
日本人と歴史的遺産との向き合い方について考える一冊とも言えるし、
当初私が目的としていた、「観光に行ってがっかりすることのない、ちゃんとした城はどれか」という目星もちゃんとつく。笑
細かい築城技術が述べられている個所などは、さすがに何十もの事例を読んでいるうちに飽いてくる部分もあったが、全般的には楽しめたし、勉強になった。 -
江戸期に長らく統治・行政の中心であった城は、街のシンボルだ。特に、天守閣はその高さ故、街のどこからも見ることのでき、心の拠り所であり、誇りでもあろう。しかし、明治期には、レガシーとされ、建物は売られ、石垣や堀は崩された。手本にした西欧、特にフランスでは、当時から、中世の封建君主や絶対君主の城や宮殿が文化財として保存された所は手本にできなかった。筆者の書く通り、残念に思う。もっと多くの城が周辺も含めて残っていればと思わざるを得ない。しかし、今残っているものはより良い状態で構成に残っていくと良い。少しでも復元が進むと、訪れ、当時の様子を感じたい者としてはうれしい。
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いろんな城がありますね。私は、楽しめれば、史実と違う城でもいいと感じます。
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名古屋城の木造再建計画の意義が分かってよかった。再現した姿を見てみたい
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維新以来の城の扱われ方と今後の課題がテーマ。ただし城と言っても、焦点はシンボルとしての天守にほぼ絞られ、山城など城郭全体の「値打ち」は本書の話題から外れている。現存する12天守も殆どが偶然賜物によって解体を免れており、戦災含め国内の城保存事情は、戦後の高度成長が終わる頃まで一貫して危うかった事が窺われる。また観光資源や街の象徴として価値が見直され始めた時代以降も、模擬天守濫造や景観破壊など、理解を伴わない「整備」も散見される。史跡をどう捉えるかは国の文化レベルに繋がる話で、平和で豊かな暮らしが前提にもなる。その意味では漸進してはいるものの、道なお険しと言えなくはない。
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歴史上の契機は7つ。
1. 信長の安土城で高い天守を設ける思想。
2. 家康の頃、外様大名の反乱に備えるため築城が盛んになった。
3. 次に一国一城制度で大量の城が無くなった。
4. 明治になると従来の日本を捨て、欧米に追いつこうとする流れの中、旧来の象徴である城が毀損された。
5. そして太平洋戦争では全国の城のほとんどがアメリカに爆撃されてしまった。
6. 戦後、復興のシンボルとして城の再建が図られたが、火災への恐れからコンクリ造、それも史実にもとづいた再建ではなく、観光客を呼べるように改変された。
7. 平成になってからは史実に基づいた再建、復元が行われるようになってきた。
とても深い内容で、興味深く読ませてもらった。
読了120分 -
20250126読了
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1. 城の歴史的背景
- 多くの日本の城が明治維新以降、軍用施設としての観点から取り壊された。
- 城は単なる軍事施設ではなく、地域の権力の象徴であり、日本の技術や文化、美意識を反映している。
2. 戦争による影響
- 太平洋戦争中の空襲により、20の天守のうち7棟が失われ、大規模な文化遺産も消失した。
- 名古屋城の天守は、徳川家康によって建てられ、その規模は当時最大であったが、戦災により焼失した。
3. 現存する城の状況
- 現在、現存する12棟の天守のうち、松江城、松山城、高知城の3つが県庁所在地にある。
- 戦災で失われた天守は、国宝に指定されていた可能性が高いが、実際には消失してしまった。
4. 再建と復元の動き
- 戦後、失われた天守の再建が進み、鉄筋コンクリート造で外観を復元するケースが増えた。
- 再建された天守は、外観が元のものに近いが、細部において史実との不一致があることが多い。
5. 文化財保護の重要性
- 国宝保存法の制定により、文化財の保護が進み、城郭建築もその対象となった。
- 伝統的な技術や手法を用いた木造復元が増えてきており、文化財の価値を再評価する動きが見られる。
6. 現代の課題と展望
- 名古屋城天守の木造復元計画が進行中であり、バリアフリー化などの問題が議論されている。
- 城郭建築の再生や、伝統を次世代に伝えるための努力が求められている。
7. 日本の文化と城の関係
- 城の価値を理解し、過去の歴史や文化に向き合うことが、現代の日本人にとって重要である。
- 城は日本のアイデンティティの一部として、今後も価値を持ち続けるべきである。
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