安部公房全集 06 1956.03-1957.01 (安部公房全集)

  • 新潮社 (1998年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (498ページ) / ISBN・EAN: 9784106401268

感想・レビュー・書評

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  • 安部公房の娘ねりの著書『安部公房伝』を読むと、ねりのいかに自分が父より頭がいい人間かという自慢ばかりが鼻について到底読めたものではなかったが、神奈川近代文学館の安部公房展のイベントで、三浦雅士が「安部公房全集」を完全編年体にしたのは、ねりがそれに拘ったからだと言っていた。ねりも今回は素晴らしい仕事をしてくれたわけだ。
    なぜなら、この全集を編むにあたって、小説や戯曲をエッセイや対談なども含めて完全編年体で編んだことによって、明らかに小説や戯曲の解像度がぐんと上がっていると思うからだ。
    この全集を読んで行くことにはそうした喜びがある。/


    ◯「鏡と呼子」:
    安部公房作品にはよくあることだが、よく分からない小説なので、思いついたことだけを書く。/

    教員Kが赴任したのは、最近若い者の家出が多いという村の学校。
    校長から世話してもらった下宿というのが一風変わっている。
    昔は村長もしたことがあるという主人の宇然は、毎日山に登っては望遠鏡で村民を監視しており、教員たちからはキ印だと思われている。
    教員たちから釘を刺されたKは、逆にどうしても宇然の遠眼鏡を覗いてみたくなってしまう。この辺りの無邪気な軽さはカフカ『城』の技師Kを彷彿とさせる。/

    【「さ、先生、見たいんなら、早くしてな…」
    あわてて、考える暇もなく、受取って眼にあてた。(略)
    白い空間が、輝きながら、はげしく廻転した。なにか見えたかと思うと、くるっとまわって、消えてしまう。ふいに、斜かいに傾いた天井の下を、倒立して駈けていく少女の赤い後ろ姿がみえた。
    「おや、これは、逆さに見えるんだな⁈」
    「さよう、天体用だからな。この式の地上用じゃ、五倍以上には見えません。(以下略)」】/

    像が逆立ちするところから、ちんぷんかんぷんで挫折した吉本隆明『共同幻想論』の「共同幻想と自己幻想は逆立する」を想起する。/

    【Kの顔が神経質にひきつってくる。「(略)もっと具体的な話を聞かせてもらいたい。たとえば校長が宇然のスパイを利用しており、村民がそれに不満をいだいているとか…」
    「いや、むしろ支持をうけているくらいなんですね…とにかくああして、家出人を監視してくれているんだし、(略)」
    「(略)」
    「(略)家出のことだってそうです。農村じゃ、どこだって、青年たちの出たり戻ったりは、あたりまえのことなんですよ。(略)現にせんだって戻ってきた家出青年なども、(以下略)」】/

    最後の【せんだって戻ってきた家出青年】で、高橋ユキ『つけびの村』の犯人を想起してしまった。
    宇然の監視は、見られていることを対象者が知っているだけで足りるというパノプティコン(一望監視システム)だ。
    だとすれば、村民が近隣のことなら何でも知らないことはないという村の在り方そのものが、パノプティコンだろう。
    前登志夫の《鬼一人つくりて村は春の日を涎のごとく睦まじきかな』》の鬼が生まれて来る素地も感じられる。
    《都市の空気は自由にする》と言うが、案外都市の中も、学校、職場などから個々人の胸中に至るまで、全てパノプティコンに刺し貫かれている。/


    ◯「けものたちは故郷をめざす」:
    であれば、「怠けものたち」は何処をめざすのであろうか?
    やはり、「朝日のあたる家」(アニマルズの)だろうか?/

    大戦末期、十九年暮らした満州で孤児となった久木久三は、ロシア軍将校達の下で下働きをしていたが、国府軍敗走との情報を耳にして、まだ見ぬ日本を目指して脱出を決意する。
    何度読んでもこの物語には引き込まれてしまう。サスペンスが凄い!/

    【六時十分…夜明けまでにはあと一時間…
    顎まで埋まるように襟巻をまき、外套の袖をとおし、スケート用の耳当てをして、徽章のとれた学生帽をかぶり、ポケットの中の手袋をたしかめてから、ゆっくり寝床を出た。荷物の縄を輪に結んで肩にかける。出発だ!(略)
    ストーブとアレクサンドロフのベッドあいだを通りぬけ…じゅうのうがガチャリと音をたてる…(略)
    天井裏を大きな音をたてて鼠がはしった。ダーニヤが寝返りをうち、ベッドがきしんだ。台所に出るドアのところまでたどりついた。どうも、誰かに見られているような気がしてならない。(略)
    把手をまわして、ドアをおす。冷たい空気がむこうからおし返してきた。ふるえる手でドアを支え、荷物から先に体をまわして斜かいに外に出る。風にあおられてドアが自然に閉まり、低いがしかし、はっきりした鉱物的な音をたてた。息をとめ、全身を耳にして立ちすくむ。ことりと、靴の踵を床におくような音がした。それっきり、またひっそりとしてしまう。ただ家のまわりをうろついている北風が、思いだしたようにうめき声をあげていた。】/


    物語序盤でソ連軍将校が好人物に描かれているのが、強い違和感を感じさせる。
    本作品は1957年1月に発表された作品なので、既に公房も大戦末期のソ連兵による数々の蛮行を聞き及んでいたはずだが、どうにも解せない。
    もちろん、ソ連軍将校だからといって中には好人物がいても何の不思議もないわけだが、ロシアのウクライナ侵攻におけるロシア軍将兵による数々の悪業を嫌になるほど見せつけらてきた僕にはどうしても受け入れ難い。
    安部公房が日本共産党に批判的な立場をとり、意見書を公表して党を除名されるのは1961年 だが、内外の共産党の方針に座談会等で批判的な立場を表明しつつも、まだこの時点では訣別を選ぶ意思は固っていなかったようだ。/

    やがて、日本語を話す謎の朝鮮人「高」が、極寒の曠野の逃避行の道連れとなるが、高は負傷して高熱を出し人事不省となってしまう。/

    【久三の考えでは、高はその日の夜のうちに死ぬはずだった。夕刻、鴉の大群が沼のむこう岸にまいおりたのは、高を食うためにちがいない。月の出と同時に、息を引きとるのだろうと思い、火をたやさぬように注意していた。

    ー中略ー

    物音に満ちた夜だった。その中には実在する音と、実在しない音とがあった。実在するのは、風のはためきと、けだもののの吠え声と、鳥の叫びである。(略)けものたちは、うなされたような、(略)声で、飽きずにいつまでも吠えつづけた。しかし、それらよりも敵意にあふれていたのは、実在しない声どもである。翼をもった無数の幻影のはばたきである。】/

    1990年代、インターネットの前身のパソコン通信Nifty-Serveに「冒険小説&ハードボイルドフォーラム」というのがあった。
    僕はそこに参加こそしていたものの、感想一つあげることのできないメンバーだった。
    その頃のメンバーたち(シュンさんやディックさんたち)が今どこでどうしているのか僕は知らないが、多分に遅きに失した感があるとはいえ、この物語を僕は当時のフォーラムのメンバーたちに推薦したい。
    ようやく見つけましたよ!これぞ、安部公房の冒険小説です。
    ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』が、1991年の「このミステリーがすごい!」の海外部門のベスト1になっているのだから、この小説が冒険小説のオールタイム・ベスト10に入ったところで何の不思議もないはずだ。/

  • ようやく6巻読了、といっても小難しい対談なんかは流し読み。しかし痛切に思うのは、昔の芸術家は頭がいいなぁ。語彙もすごいが理論立ててしっかり話ができている。

    ということで本巻には長編小説『けものたちは故郷をめざす』が収録されており、これは20年以上前に読んだときはただただ苦痛で観念的な小説だという感想だった。
    50歳になって久々に読んだわけだが、まるで逆だった。ストーリーはかなり具体的だし、『終りし道の標に』などでの観念的で難解な言葉は影を潜めている。『砂の女』『箱男』『燃えつきた地図』などにつながる閉そく感、堂々巡り感が生理的かつドライな表現で迫って来て、巻置く能わざる状態。
    『笑う月』に登場していた、かさぶただらけの化け物の夢とこんなところで出会うなど、何十年か振りの再読してよかった……。

  • 「砂の女」と「他人の顔」が収録されたものです。
    初めて安部公房を読みましたが、ものすごく怖い。
    「砂の女」は砂に、「他人の顔」は顔に焦点を当てた物語になっていましたが、どちらも焦点の当て方がすごく徹底的。

    どちらも映画化されているようなので見たいのですが、TSUTAYAにはなく・・・

    ちょっと江戸川乱歩的な感じかなあと思っていたのですが、また違う薄気味悪さです。特に、「砂の女」の、女を村人の前で犯そうとする場面は秀逸。
    どんどん人間の内面にもぐっていってしまうような気持ちになります。

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著者プロフィール

安部公房
大正十三(一九二四)年、東京に生まれる。少年期を旧満州の奉天(現在の藩陽)で過ごす。昭和二十三(一九四八)年、東京大学医学部卒業。同二十六年『壁』で芥川賞受賞。『砂の女』で読売文学賞、戯曲『友達』で谷崎賞受賞。その他の主著に『燃えつきた地図』『内なる辺境』『箱男』『方舟さくら丸』など。平成五(一九九三)年没。

「2019年 『内なる辺境/都市への回路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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