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Amazon.co.jp ・本 (604ページ) / ISBN・EAN: 9784120005053
感想・レビュー・書評
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本著はオランダの歴史家、ヨハン・ホイジンガによる十五世紀のブルゴーニュ地方を中心にした文化論であり、また歴史書である。
書名の由来は、ホイジンガは十二、三世紀を中世精神の最高潮期としており(P30)、それを文化の繚乱期―春―とするならば、本著で取り扱う十五世紀はそれの落魄期―秋―にあたるところにあるだろう。
そして中世文化は恐るべき冬の時代―異端審問とペストの流行―を耐え、続くフランスルネサンス期へと発展していく。
本著は中世のひとびとの暮らしを丹念に追うところから始まる。五百年前の暮らしぶりである。
「災禍と欠乏とにやわらぎはなかった。おぞましくも過酷なものだった。病は健康の反対の極にあり、冬のきびしい寒さと恐ろしい闇とは、災いそのものであった。」(P74)
ちょうどこのころ、「中世の温暖期」といわれた時期が終わり、小氷期を迎えていた。
中世の温暖期は約四百年ほど続いており、農耕を初めとする生活のすべてがこの暖かさに依存していたであろう。それが一転して気温が下がり、飢饉が頻発するようになる。
この厳しい時代を生き抜くひとびとの心にあるものは、激しい情感の働き(パトス)であった。(P83)
ホイジンガが数多の書物を引用して詳らかにする中世の人びとの精神性に触れていると、その幼稚性に気付かされた。
彼らは幼児のように極端で、残酷で、即物的で、視覚的で、善良である。
彼らと幼児の共通性はこういったところにもあるだろう。
例えば、寓意小説「ばら物語」に登場する寓意人物たちである。
閑暇、遊楽、歓喜…。こうした目に見えぬものどもが視覚的で立体的な人物として登場し、詩人と語り合う。
この『ばら物語』をホイジンガは、
「ところで、『ばら物語』は、およそ頭でかんがえるところのことすべてを、微に入り細をうがってイメージに描きだし、ひとつの体系にまとめあげようとする、後期中世の人びとの心の動きと完全に同調して、エロティシズムの文化に、多彩にして内容ゆたか、まことにそのテーマにふさわしいかたちを与えたのであった。」(P234)
と評する。
現代のわれわれにとっては、寓意人物なるものの存在意義そのものが理解の範疇を超えているように思える。
「美」だの「素直」だの「友だちづきあい」だのが服を着て喋るなんて滑稽としか言いようがない。
しかし、目に見えぬものの特徴を視覚的にイメージし、目に見える形に変換して理解させることは、幼児の世界にはままあることである。
幼児向け歯磨き絵本を見てみよう。
目に見えぬミュータンス菌が歯のエナメル質を溶解し、う歯を作りだすとどうやって幼子たちに理解させようか。
そこで登場するのが「むしばきん」なる人物である。
彼は歯を削るツルハシやドリルを手に、がりがりと歯を削る。
多くは悪魔に擬せられ、鈎状に折れた尻尾や角を持つ。
体色は黒いことが多い。これは不潔を意味しているのだろう。
「むしばきん」をやっつけるのは「はぶらし」や「はみがきこ」で、彼らはもちろん正義の味方である。
体色は清潔を表す白を基調とし、時にきらきらと後光をまとっている。
幼子は歯に取り憑いた悪魔「むしばきん」をヒーロー「はぶらし」「はみがきこ」の力を借りてやっつけるのである。
これはホイジンガのいうとおり、『多彩にして内容ゆたか、まことにそのテーマにふさわしいかたちを与えた』といえよう。
彼らよりももっと原初的な思考の持ち主であれば、こうした寓意や比喩でさえ理解できなかったと思われる。
世界各地に今も残る新石器時代さながらの生活を営む人びとに、寓意や比喩は通じるのだろうか。
人類の精神史といった面からも大変興味深い一冊である。
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