- Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
- / ISBN・EAN: 9784120016479
作品紹介・あらすじ
精神的拠りどころを失いながらも、自己確立のためにもがきつづける人間のドラマ。"英国文壇の若き獅子"カズオ・イシグロの傑作長篇。'87年ウイットブレッド賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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カズオ・イシグロ、上手過ぎて怖い。もうほんと怖い!
戦後の日本、戦時中に国威掲揚の絵を描いていた老画家が主人公。
物事の明かされなさが絶妙だった。
主人公が正当化、美化している自分と、周囲の反応とのズレが物語の世界を揺らす。
その揺れから船酔いのような気分で読み終えた。
是非再読したい作品。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
カズオ・イシグロが一人称で小説を書く時、主人公がどういう人物なのか、いわゆる俯瞰した視点から語られることが余りないような印象がある。この「浮世の画家」でもそれは例外ではなくて、主人公が現在を語りつつ過去を思い出したように振り返り語ることで、徐々に背景は見えてくるのだけれど、一向にどのような人物であるのか、掴ませてくれない。主人公の目を通して見えていた風景、そこに居る人物、そしてその人物が語った言葉、それに対する主人公の答え、そのようなものが明らかにされる度に、読む者の中に少しずつ人物像は輪郭が描かれるのだけれど、その像には何かが欠けてしまっている気配がずっと残るのである。一言でいえば、顔、が無いのである。
主人公の語りはとても淡々としている。あまりに感情が無くて、口に出される言葉が喚起する感情の激しさとの間にギャップもある。そこがまた捉えどころのなさのようなものを印象づける。語りはあくまで、自分は自分のことをしっかりと手中に収めている、という雰囲気であるのだが、主人公が投げかける言葉は尽く周囲の人物を不穏な気持ちにさせるようである。時に主人公に感情的な言葉が投げつけられる。主人公はそれを相手の気の迷いのせいであろうと受け流すのだが、ここで自分はつまづく。本当は解っているのじゃないか、と。
それは過去を語る主人公の言葉の中から徐々に見えてくる。そしてそれを主人公が回りくどく語る様子は、言い訳めいているようにも見える。その中々語られない過去こそが、回りの人々を時に感情的にし、主人公に対して距離を測るような態度を取らせていることを、主人公は知っている筈である、と思えてくるのである。
それにも係わらず、余りに自分のことは自分が一番解っていると思いこみ過ぎていて回りのいうことが理解できなくなってしまった一人の老人に過ぎないのかも知れない、という思いも消えることがない。物語が進むにつれて、その印象よりもむしろ知っていて知らないふりをしている、という印象が勝ってくるのだけれども、最後にはまたしても確信は大きく揺らぐことになる。自分のものであるのに、結局のところどんな顔をしているのかは自分では知ることができないようなもどかしさだけが残る。
例えば、ここにモノゴトの善悪のメタファーを見出すことも可能だろう。そしてタイトルにある「浮世」とは、その善悪を決めてしまうこともあるコンテクストと読むこともできる。そこに絶対的な正しさはない。カズオ・イシグロがこの主人公にはっきりとした人格を最後まで与えなかったのは、そういうことなのかも知れない、とぼんやりと思う。 -
読み終わって、改めてどこが真実かわからなくなる。そんな気にさせる本でした。
戦前、戦後の日本での画家の立場を回想して描いているという設定です。
人の考えは、対する人、場所、時代によって変化していく。そんな様子が、一人の高名な画家の語り口で綴られていきます。
翻訳とは思えないほど、のめり込めます。 -
主人公の独白で話は進んでいきますが、時に主人公目線で、時に外から主人公を見る目線で視点を変えながら読むことで、主人公の自己評価の独断さを強く感じました。英国在住の著者が戦前戦後の日本を描いていますが違和感無く読めました。戦中戦後で自分の描いた絵の評価が変わってしまう画家の話ですが、結局自分が思っていたほど世間からは大きくは評価されていなかったのかも。
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戦前戦後の価値観の変化とその時代の空気に押されて流され、自省する画家の心理。日本を舞台にした英文学作品ということだが違和感があるのは地名のみ。 この作品が英国で高く評価されたということは、日の名残りのモチーフにもなっている通り、英国でもこの変化が大きな傷跡を残しているのだろ。
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長崎などを舞台とした作品です。