2005年刊。著者は元米陸軍日本語専門官、元沖縄那覇駐在米国総領事。
アジア太平洋戦争において、日本軍(陸軍)は捕虜となるべからずという戦陣訓を行動原理の一としていた。
とはいえ、戦場で捕虜になる者が一切いないとは神の如き御業で非現実的である。当然、戦火の中で一定数の捕虜が出、彼らは米豪印あるいはニュージーランドの収容所で生活することとなった。
本書は、米国の近時の公開資料と日本人捕虜自伝や直接の聴取り等から、日本人捕虜の実像を米国向けに開陳する。
確かに、捕虜を恥辱とする兵らの雰囲気や心性は色濃い。また、ファナティックな反米感情を向ける陸軍下士官・海軍沈没艦艇の生存者もいて、時に収容所における叛乱に繋がったケースもあるようだ。
しかし、総じて、北風の如き自国の軍隊での規律に比し、食糧・衛生面など太陽の如き米軍の存在が捕虜の頑なさを解き、さらには機密保持の重要性と黙秘の有効性を教育されていなかったため、機密事項を進んで陳述する結果を招いた様が日本人手記・米史料から丁寧に紐解かれる。
正直、内容に驚くべきものはない。ただ、そもそも日本人の手記と聴き取り調査を利用した点。また、米軍の戦時中の人種差別的政策を批判的に叙述する点、日本人の叛乱も余すところなく叙述する点で、単純な米軍礼賛ではない視座を感じる。
また、これを米国内向けに書いたこと自体に大きな意味もあるのだろう。
翻って、日本陸海軍あるいは国民の、捕虜となった者への目線。日本から棄てられた存在との自覚を呼び覚ます社会規範の存在と、戦陣訓がそれを強烈に助長した。
このような、捕虜になった瞬間に日本人ではなくなったという自己規定は、本書以外の日本人捕虜の分析書にもあるが、ここからも、先の規範の利敵性が雄弁に語られていることが見て取れよう。